第12話 また開く距離
セレスティア魔法学園に入学して、なんだかんだと三週間が過ぎた。
色々あったのは入学当初から一週間ほどの間だけで、その後はまあ平和なもんだ。聞く意味があるのかわからない授業を受けて、週末はオスカーたち三人を連れて冒険者稼業。
クラスではエリックも不気味なくらい大人しくしてるし、その他のクラスメイトたちとも上手くやれている。
ルナーリアも、表面上は誰かと激突することなく静かに過ごしていた。
あの日リリと三人で話してから、彼女との間には見えない壁がひとつ立ち塞がったように感じる。それまでだって別に心を開いてくれていたわけではなかったのだけれど、それでも些細な軽口は交わしていたし、最低限以上のコミュニケーションは取れていた。
それが今では、本当に必要最低限の会話しかない。こちらから戯けた感じで話しかけても無視される。何気にそれが一番辛かった。
「美人に無視されるって心にクるんだよなぁ。それが好みど真ん中の銀髪エルフだぜ? たしかにクーデレポイントは高いけど、それだって限度があると思うんだよ。どうやったら元に戻ってくれると思う?」
「ァ……ぐッ……!」
返ってくるのは情けない呻き声だけ。それもそうか、まともな言葉を返せるわけがない。なにせ口には猿轡をしているし。あーあー、端から涎出てるよ汚いなこいつ。
「ったく、こっちは呑気に青春を謳歌したいってのに、どこから湧いて出てくるかねお前らは」
夜に紛れるための黒装束は、入学初日にも見た。前回は無力化してからすぐに自害されたから、それの対策として猿轡を用意したわけなのだが。
「なんか、そういう趣味の人みたいだね、隊長」
「言うなリリ、俺に変な趣味はない」
「銀髪クーデレエルフは変な趣味じゃないの?」
「は? どこが変なんだよ」
むしろ王道も王道だろ。
「本人に聞かれたらどうなるだろうねー」
「ドン引きされた上にゴミを見るような目でも向けられるんじゃね?」
まあ、本人に聞かれることはないが。実際この場にルナーリアはいないし、この場に来ることもない。何故って、ここ以外にもう一箇所、刺客が潜んでいたからだ。
俺たちのことが色々とバレたあの日から、彼女は出来る限りの協力を買って出てくれている。今回の刺客どもの掃除もその一環で、やはり狙いはルナーリアなのだろう。本人も自覚しているようで、囮を引き受けてくれた。
この刺客どもは暫定でエルフ女王国のやつらだとしているが、確たる証拠があるわけではない。あくまでも状況から推測しているだけ。そこで俺たちよりエルフ女王国に詳しいルナーリアが、自ら囮を引き受けて刺客を確認してみる。そういう算段だ。
狙われている銀髪エルフを囮にした挙句助けにも行かないのは本末転倒ではあるけれど、この程度のやつらであればS級六位様の敵じゃない。
ほら、言ってる間に遠くから冷気が漂ってきた。
「こんな調子じゃ、来週が不安だな」
「むしろいい機会なんじゃない?」
セレスティア魔法学園には、高度な結界が張り巡らされている。生徒や教師、学園関係者に敵意あるものを通さない、非常に強力なものだ。
しかしその結界が弾く対象に、学園関係者は含まれていない。
つまり、生徒か、あるいは教師に内通者がいる可能性がある。
それが分かっていながら、来週には魔法学園一年生にとって最初のイベントが控えていた。
「校外学習……それも三泊も山でサバイバルか……」
本来であれば、帝都郊外にある森の中で行われるはずだった校外学習。
しかし先日、ルナーリアの神域魔法によって一面銀世界になってしまい、場所の変更を余儀なくされてしまった。
あそこは冒険者にとっても初心者向けで、魔法学園一年には丁度いい場所でもあったのだけれど。まあ、ダメになってしまったもんは仕方ない。本人にも氷は溶かせないらしいし。
代わりの行き先となったのは、帝国北東部に位置するテオール山。
そこは俺も知り合いであるミラージュ辺境伯の領地であり、お隣の小国、エルピダ共和国との国境沿いでもある。だが安心して欲しい、共和国とは友好的な関係を築いているし、そもそもテオール山はかなり険しい山だ。
俺たちはその山の浅いところで校外学習を行うとはいえ、国境を越えようと思えば登山家でもそれなりに苦労する。
つまり、隣国と厄介ごとが起きる可能性は限りなくゼロに近い。
はずなのだけど。
「共和国との国境だからって、安心はできないよなぁ」
「状況的に、何が起きてもおかしくないもんね。辺境伯にある程度の事情は説明してるけど」
異なる二国間の外交感情を悪化させる。そういう計略も存在している。エルフ女王国か、あるいは他の敵性国家からの介入はないわけじゃない。
「その辺どうなんよ、えぇ? ちょっとくらいゲロっちゃってもいいんだぜ?」
捕まえた刺客に話の矛先を向けるが、黒装束の男は忌々しげに見つめ返してくるのみ。猿轡外そうにも、自害されたら敵わんからな。どうにか意思疎通できる方法はないものか。
「ていうか隊長、その髪と耳はどうやって誤魔化すのさ」
「ああ、これ? 固有魔法の影響って言っとけば誰も突っ込んでこないだろ」
俺の髪は、夜になると銀髪に変化する。
より正確には、星の光を浴びるとフェンリル族本来の姿に戻るのだ。
蒼銀の髪と、狼の耳。
昼よりも魔力が活性化、増幅して、より強力な魔法が使える。
正直昼間の俺なんて、神災級一体相手にするだけでもかなりいっぱいいっぱいなのだけれど。
今この時間、夜は俺の領域だ。
「終わったわよ」
なんとなしに星を見上げると、背中に声がかかった。ゴトリ、と何かが倒れたような音は、銀髪エルフが捕まえた刺客。捕まえたと言っても、完全氷漬けの生きてるかも分からない状態だが。
ルナーリアは俺を、というよりも俺の髪と耳を見て、息をひとつ吐いてから口を開く。
「予想通り、エルフ女王国のやつらね。術式の癖が全く隠せてなかったわ」
「物的証拠は?」
「なにも持ってなかったわよ。まあでも、一応これは生きてるから。後はそっちの仕事でしょう」
「俺らと言うか、情報部の仕事だな」
こちらから合図を出せば、軍の人間がこいつらを引き取りに来てくれる。情報を引き出すのは俺たちの仕事じゃない。餅は餅屋、前線で戦うことしか脳のない我々に、情報部の真似事なんて到底無理だ。
「それじゃあ、私は帰るわ」
「なんだよ、俺の髪と耳を興味深そうに見てた割には、コメントの一つもなしか?」
「どうでもいい」
踵を返したルナーリアは、本当にそのまま帰ってしまった。これが入学当初なら、罵倒という名の軽口を飛ばしてくれたのに。
肩を竦めてリリの方に振り返ると、露骨なため息が。
「超塩じゃん」
「それがいいんだよ」
「きもちわる」
「やめろ」
泣くぞ。大の大人が大声で泣くぞ。
◆
俺たちが裏で色々と苦労してることなんぞ知らず、魔法学園の日常は平穏に過ぎていく。
むしろそうでないと困るというものだが、それにしたって不自然なほどには平穏だ。
火種はいくつか燻っている。
例えば、ルナーリアのこと。彼女は未だに、あるいはより一層、クラスメイトと距離を取り過ごしている。キツイ物言いも、周り全てを敵だと思ってるような視線も、なにも改善される気配がない。本人にそのつもりがないのだから、当然だけど。
この件に関しては、女子生徒の雰囲気が若干よろしくないくらいで収まってるのだ。今のところは、と注釈がつくけれど。
それもこれも、リリが色々と手を尽くしているからだろう。あの日ルナーリアから拒絶されても、だからこそと言うべきか、皇女様はなにかと銀髪エルフを気に掛けているから。
もう一つの火種。
エリック・インソレンスだ。
彼は帝国では逆に珍しいくらい、階級意識が強い。インソレンス侯爵家自体はあまり悪い噂を聞いたことがなかったから、エリックの個人的な性質なのかは分からないが。
おまけに銀髪エルフさんまで蔑んでいる始末。典型的なお馬鹿な貴族令息といった感じではあるけれど、いい加減俺も相手をするのが面倒になってきた。
なにせ毎日なにかしら難癖つけて絡まれるのだ。今は適当にあしらっているが、俺とて貴族と揉めるのは避けたい。
なにせこちらは伯爵、あちらは侯爵。同じ貴族でも序列というものがあって、当然伯爵よりも侯爵の方が格上だ。
俺一人ならまだしも、フェンリル伯爵家はサラというメイドを雇っている。彼女にまで迷惑をかけるのは避けたいところである。なぜって絶対怒られるからね。あの無表情で淡々と。それもありか?
いっそどっちも一気に点火してやろうかとも思ってしまう。燃え残った全てに火をつけろってごすも言ってた。
特にエリックの件に関しては、早々に決着をつけたいところだ。あの手の馬鹿は、悪い大人に騙されやすい。なまじインソレンス家が高位貴族なだけに、悪い大人とやらも相応のメリットを期待して仕掛けてくる。となれば面倒が大きくなって、話はエリックと俺やルナーリアの間だけに留まらなくなってしまう。
俺の仕事が増えるだけのクソ循環。
ため息を吐きながら机に突っ伏すと、近くに寄ってきたベルクが心配そうに声をかけてきた。
「どうしたガルム、随分疲れた顔をしてるじゃないか」
「いや、まあな。最近ギルドの方が忙しくてさ」
「ああ、神災級出現からまだ日も経っていないからか。C級ともなれば、色々駆り出されるのか?」
「そんなところ」
その話題になれば未だに教室内が若干ざわつくが、まあ無視でいいだろう。
実際、ベルクの指摘もあながち嘘というわけではないのだ。S級冒険者の一人としても、帝国軍人としても、先日のオーガキング出現の後始末は山ほど残っている。
まあ、殆ど部下任せだし、冒険者側にしても書類仕事はギルド側がやってくれるしで、そこまで大変でもないのだけれど。
「今週の校外学習は、何事もなく終わればいいんだけどなぁ」
「そう立て続けに神災級が出てきたりしたら、それこそ大事になるな! いや、ルナーリア嬢の順位が上がるチャンスではあるのか……?」
「おいやめろよベルク。そういうのフラグって言うんだぞ」
「フラグ……?」
おっと、こっちの世界じゃ通じないやつだった。
首を傾げるマッスル山田を横目に、再度ため息が漏れてしまう。
校外学習ねぇ……マジで何か起こりそうで今から憂鬱なんだよなぁ……神災級出現は、さすがにないと思いたいけれど。
ミラージュ辺境伯には一応連絡取って、事前調査は念入りにしてもらうように言っている。あちらさんとしても、魔法学園の生徒、それも皇女殿下までいらっしゃるわけだ。その辺りを杜撰にすることはないだろう。
だからと言って、安心できるわけではないが。
それから教師が入ってきて、授業が始まる。魔法薬学の座学だ。軍人として一通り収めてる学問でもあるので、退屈そのもの。
となると、やはり思考は無駄に回ってしまう。
神災級出現のこと、エリックのこと。
なにより、ルナーリアのこと。
今も視線を前にやれば、窓から差し込む陽光で煌めいた銀髪がある。
背筋をピンと伸ばして、彼女も退屈だろうに板書された内容をしっかりノートに書いていた。
S級六位 《白薔薇》
そう呼ばれる彼女が、とても華奢で孤独な少女なのだと、今の俺は知っている。
その孤独をどうにかしてやりたいと思うのは、まちがっているのだろうか。彼女にとっては迷惑でしかないのだろうか。
あの時の、拒絶するような冷気の意味を知りたいと。
そう願うのは、烏滸がましいだろうか。
待て待て、落ち着け。思考を一旦中断させる。ルナーリアはあくまでも監視対象であって、そのために仲を深めるだけのつもりだったはずだ。たしかに銀髪クーデレエルフは俺の癖にブッ刺さりだが、今の俺は軍人。そこは弁えなければならない。
と、理性でそう言い聞かせたところで、俺の心は簡単に言うことを聞いてはくれない。
彼女の孤独に、触れてしまったから。
あの一面銀世界で、独りで、寂しいのだと。それに慣れているのだと。
そう漏らした彼女の言葉を、聞いてしまったのだから。
ならば俺に何が出来るのかと自問自答したところで、答えは出てくれない。そもそも答えのあるようなものでもないのかもしれない。
だってきっと、ルナーリア本人の望むものではなくて、ならば俺がどんな答えを出したところで、結局のところそれはまちがいでしかないのだから。
あまりにも不躾に視線を投げすぎていたか。ルナーリアの長い耳がぴこぴこと動いて、僅かにこちらを気にする素振りを見せた。
たしか、エルフの耳は聴覚以外にも色々も鋭敏だと言う話だったか。そうでなくとも、彼女はS級にまで上り詰めた実力者だ。こちらの気配なんてもっと前から察していただろう。
こちらを気にかけたのはそれきりで、彼女はその後再び授業に集中しだした。
他人を気にする、あるいは気にかけることはできる。口をついて出る言葉は辛辣だが、礼儀を知らないわけでもなければ、人でなしというわけでもなく。ドロシーに対する態度なんかを見ていると、むしろ優しい方だろう。冒険者仲間からの評判も悪くないし、チームワークを蔑ろにすることもない。
それでもルナーリアという少女は、他人を寄せ付けない。常に自ら望んで一人で、独りでいようとする。
孤独を願い、孤立を望み、孤高を往く。
その在り様は見方によっては眩しくて、しかし酷く歪だ。
人は一人じゃ生きられないなんて戯言を言うつもりはないけれど。矛盾した彼女の生き方は、彼女の心を締め付けるだけなのに。
「さっきからなに? そこまで不躾に見られると流石に気持ち悪いのだけれど」
どうやら、気づけば授業も終わっていたらしい。席から立ち上がったルナーリアに、冷たい目で見下ろされる。
このクーデレ語を翻訳すると、『なにか報告することでもあれば聞くけれど、そうでないならこっちを見るな気持ち悪い』である。結局気持ち悪いのね、泣きそう。
「いや、特に用があるわけじゃねえよ。今日は天気がいいし日が差してたから、いつもより銀髪が綺麗に見えてただけだ」
「……」
ゴミでも見るような目で見られて、特に何も言葉を返されることもなくルナーリアは教室を出て行った。頼むから軽口の一つでも返してくれない? 俺が哀れでしょうが。
しかしやっぱり、銀髪は彼女にとって鬼門というか、地雷そのものだよな。そんなもん褒められても嬉しくはないか。
いやでも銀髪いいと思うんだけどなぁ……ルナーリアのクールな印象とばっちりだし、彼女の様な白銀と呼ばれる類だと、太陽の光にもよく映える。一方で俺の元の髪色みたいな、青っぽい銀は月の光がぴったりなわけだが……。
「あー、まさかそういうことか……?」
エルフはその多くが、太陽と勇気の神ソールレウスを信仰している種族だ。そしてほぼ全員が、ソールレウスの加護を得ている。
俺やリリがフォルステラ様から賜ってるもののように強力というわけではないけれど、エルフが人よりも優れた能力を持っているのは、神の加護があるからだ。
一方でルナーリアは、月と恐怖の女神ルナプレーナの加護を強く受けている。少なくとも、俺はそう考えている。
だがもし、ルナプレーナの加護だけじゃないのだとしたら? 他のエルフたちの例に漏れず、ソールレウスからも加護を受けていて、あまつさえ他の神からも、なんてことがあり得るのだとしたら?
では他の神とは誰なのか。心当たりなんて一人しかいない。世界そのものすら凍らせる神域魔法なんて、あの方の加護でもなければ説明がつかないのだから。
「リリに頼んで確認してもらうか……」
小声で呟き、ため息を漏らす。あの方が素直に教えてくれるとは思えないけど、聞くだけならタダなのだし。
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