第11話 神災級とは

 週が明けて月曜日。

 帝都郊外の森に神災級の魔物が現れたという話は、学園内に留まらず帝都内で大いに噂となっていた。

 そして、その神災級を討伐したのがS級六位 《白薔薇》であることも。


 俺が教室に入れば、クラスメイトたちはその話題で持ちきりだ。詳しいところは緘口令も敷かれているため、ルナーリアが神災級を討伐したという事実しか伝わっていないはずなのに。


「よーガルム。一昨日のこと、かなり話題になってんな」

「おうオスカー。そうみたいだな」


 当事者の一人でもあるオスカーが近寄ってきて、困ったように苦笑している。どうやら、クラスメイトから質問攻めにあったらしい。


 俺もオスカーも、ルナーリアとは同じ班だ。行動を共にしていたことも知られているようで、ルナーリア本人に直接聞きに行く度胸のないやつらに、朝からあれこれ聞かれたのだろう。

 だが実際、オスカーはほとんどなにも知らない。神災級が現れてから、すぐに逃したからだ。だからルナーリアが戦っているところも見ていない。


「俺に色々聞かれても困るんだよなぁ。どっかの誰かさんが、詳しいこと聞く前に帰らせるし」

「悪かったよ、冒険者ギルドの方と色々あるんだ」


 俺がリリに救助要請を出してギルドまで帰った後、ルナーリアを医務室に寝かせてからオスカーたち三人には先に帰ってもらっていた。

 だから、諸々の説明も出来ていない。当事者とはいえ、本当に神災級が出現した、ということしか知らないのだ。


 しかしこのオスカー、俺やルナーリアよりも早くにあのオーガキングに気がついていたこともある。


 俺が固有魔法を使ったのは三人が離れたことを確認してからとはいえ、なにかしら勘づいていてもおかしくなさそうだ。


「つーわけで、なにか聞きたいならガルムに聞いてくれ、ってみんなには言っておいたぜ」

「は?」


 ぞくりと嫌な予感がして、教室内を見渡すと。

 クラスメイトたちの目が、まるで獲物を見つけた狩人のようにこちらを見つめていた。


 おいおい、嘘だろ。オスカーこいつ、面倒ごとをこっちに押し付けやがったな……。


「いいではないですか。皆さんに語って差し上げれば?」

「……殿下までなにを仰るのやら」


 おほほ、と上品に微笑むリリ。ふざけんなよこいつ、緘口令敷かれてるの知ってんだろバカがよ。


 今にもこちらに飛びかかってきそうなクラスメイトたちは、互いに誰が聞きに行くかと牽制しているのか、じりじりとにじり寄ってくる。怖い怖い。てか仲良いなお前ら。


 そうして睨み合っていれば、教室の扉が開いて話題の中心人物が入ってくる。


「……?」


 この状況に訝しげな顔を見せたルナーリアは、それでも気にせず自分の席へ向かい、その一つ前の席に座るリリの前に立った。


 まさかの展開に、クラスメイトたちやオスカーも注目してしまう。

 昨日の今日で、S級同士の会話だ。嫌でも耳目を集めてしまうのは仕方ない。


「アルカンシェル、少し付き合いなさい」

「あら、授業が始まってしまいますわよ?」

「担任には許可を取ってるわ。ガルム、あんたもよ」

「え、俺も?」


 早速リリにお礼でも言うのかなーと、完全に他人事として見ていたのに。まさかまさかの不意打ちキラーパス。

 S級同士と言うことでただでさえ注目されてる中、一応ただの平民ということになってる俺が加われば、クラスメイトたちの好奇心は更に刺激されてしまう。


「あなたも当事者で、その上冒険者でしょう。文句は言わずに着いてきなさい」

「まだ文句は言ってねぇでしょうが」

「顔に書いてあったわ」


 そいつは器用なご尊顔なことで。

 まあ、仕方ないか。こんな公衆の面前で話せるような内容でもない。俺も呼んだと言うことは、まず間違いなく昨日の神災級についてだ。ルナーリアとしては、その辺の情報交換をしておきたいのだろう。


 でもなぁ、リリにはバラさないでって言ったはずなんだけどなぁ。


「待て! そんな勝手が許されると思っているのか⁉︎」


 と、クラスメイトの中からそんな声が。

 誰かと問わずとも分かる。うちのクラスでこんなこと言い出すのは一人、エリック・インソレンスだ。

 今日も懲りずに元気なようで。ある意味尊敬するよ、お前。


「殿下やそこのエルフはまだしも、貴様は平民、冒険者ランクも所詮はC級なのだろう!」

「て言ってるけど?」

「私に振らないでちょうだい……」


 腕を組んで右手を額に当てて、アタマイターのポーズ。様になってるじゃん。


「まあ落ち着こうぜ、エリック。所詮はC級って言うけどな、それでも俺だって一端の冒険者のつもりだ。おまけに当事者、二人の話し合いに参加する権利はあると思うんだが」

「黙れ! 馴れ馴れしく名前を呼び捨てにするな!」

「えぇ……」


 今更そこ気にする?

 こりゃダメだ。俺がなにを言っても火に油。そもこいつにとっては、俺と会話すること自体が耐え難いのだろう。


 つーわけで、こういう時は権力に縋るのが一番。いっちょお願いしますよ皇女殿下。


 と、振り向いたのだけど。

 リリより先に口を開いたのは、意外にも銀髪エルフさんだった。


「あなた、C級を所詮と言ったわね?」

「それがどうした? 貴様や殿下のようなS級と比べると、足元にも及ばない有象無象の冒険者に過ぎないだろうに」


 そいつはたしかに事実なんだが。

 ルナーリアにとって。というより、全ての冒険者にとっての地雷を踏み抜いたな、エリックのバカは。


「なら、C級昇格に必要な条件は知っているかしら?」

「ふん、知るわけがないだろうそんなこと」

「そう。では教えてあげる。まず二年以上の冒険者活動は大前提。次にソロ、パーティ問わず災害級の討伐実績があること。その上で、一定以上の対人能力、いえ、綺麗な言い方をしても仕方ないわね。殺人能力と言った方がいいかしら」

「殺人、能力……?」


 物騒な単語が飛び出たためか、エリックが息を呑む。


「C級に上がれば、盗賊討伐を始めとした人間の相手も依頼に含まれる。いかに敵を効率よく殺せるのかを試されるのは、当然のことでしょう」


 これは、オスカーたち三人にはすでに話したことだ。冒険者とはそういう仕事なのだと。

 こうして話してるルナーリアも、聖皇女と呼ばれるリリも、俺だって。普段ギルドの酒場で飲んだくれてるオヤジどもですら。C級以上のランクなら、誰もが通る道。


「C級は冒険者の中で最も多いわ。そう意味では、有象無象と言うのも間違ってはいない。私たちからしたら事実そうだもの。でも、私も、あなたが敬愛するそこの皇女様も、他のS級だって誰だって、C級の道を通って今のランクにいる。いつも命懸けで依頼をこなして、いつ隣にいる仲間がいなくなるかもしれない中闘う。そこにランクの差なんてない。S級もC級も関係ないのよ、わかる?」


 分からないだろうな、貴族のおぼっちゃまには。ルナーリアも、別に理解を求めているわけでもないのだろう。

 ただ、我慢ならなかっただけ。同じ冒険者の仲間たちが侮辱されることを。


 エルフ女王国の元王女様だろうが、国で忌み嫌われた銀髪を持っていようが、彼女は血の滲むような努力でS級にまで上り詰めた、一人の冒険者だ。


「そのことを理解していないあなたが、冒険者を馬鹿にしないで。ましてやランクをその理由に使うなんて論外よ」

「い、言わせておけば……!」

「弁えなさい、エリック・インソレンス」


 ヒートアップするエリックを止めたのは、凛と響く声。

 ルナーリアの背後に立つリリは、常の優しい微笑みを引っ込めて、非常に険しい顔つきでエリックを見つめていた。いや、睨んでいたと言っていい。


「リリウム殿下、しかし! このような悍ましい銀髪のエルフに言われたままなのは、帝国貴族として──」

「弁えなさい、と言いました。あなたは、己の発言の意味を理解していらっしゃいますか? ルナーリア嬢は神災級の魔物から帝国を救った、我々皇族にとっての、延いては帝国国民にとっての恩人です。それも昨日だけではありません。そんな彼女に対して、わたくしの前で、なにを発言しようというのです?」

「……っ」


 常にはないリリの剣幕に、エリックは気圧されてなにも言えない。


「さあ、参りましょうかお二人とも。許可は頂いているとはいえ、早く戻るに越したことはありませんもの」


 おほほ、と上品な微笑みを取り戻し、リリは教室を出ていく。ルナーリアも、もはやエリックには一瞥もせずリリの後に続いた。


 まあ、なんだ。そう気を落とすなよエリック少年。まだまだ若いんだしさ。



 ◆



 教室から出た俺たちは、始業のチャイムが鳴ったにも関わらず廊下を歩き、空き教室のひとつに移動した。

 周囲に人の気配はないが、ルナーリアが念の為に防音の結界を張る。当然だが、汎用魔法であるその結界も見事なものだ。並のやつじゃ破れないだろう。


「リリウム・アルカンシェル。まずあなたには、礼を言っておくわ」


 口火を切ったのは、礼を言ってるとは思えないほど澄まし顔のルナーリア。だがその表情と相反して、彼女はしっかりと頭を下げた。


「ありがとう。あなたのお陰で助かった」

「お礼を言われるようなことではありませんわ。冒険者として、軍人として、皇族の一人として、当然のことをしたまでですもの」


 笑顔で礼を受け取るリリだが、内心ではどう思ってることやら。ルナーリアに貸しをひとつ作れたようなものだ。そのうち無理難題をふっかけそう。


「けれど、話はそれだけではないのでしょう? 彼をここに呼んだと言うことは──」

「お察しの通り、あの神災級についてよ。そこのC級も当事者だし、一応ね」


 お、リリには隠してくれって約束、守る気はあるんだ。よかったよかった。

 と、思っていたのだけれど。


「ぷっ、くくく……」


 急に笑い出す皇女様。こいつまさか、と過ぎる俺に対して、ルナーリアは本気で困惑しているのか、一歩後ずさった。

 ついに声を出して笑うリリに、銀髪エルフさんはもはやドン引きしている。


「ガルムがC級って、思ってもないくせによく言うね、ルナーリア。いやぁ面白い面白い。二人がわたしに必死に隠そうとしてるのは見ててとっても愉快だったけど、これ以上はいいかなー」


 突然口調を変えたリリ。唖然としたルナーリアは、ちょいちょいと俺を手招き。はいはいなんでござんしょ。


「ちょっとガルム、誰よこれ」

「我らが親愛なる第一皇女様だが?」

「嘘言わないで。詐欺じゃないこんなの。多重人格なの?」

「本人曰く、人格じゃなくて性格をスイッチしてるらしいぜ。誰だって、シチュエーションに応じたペルソナを持ってるもんだろ」

「限度ってものがあるでしょう」

「ちょっとちょっと、二人だけで仲良くお話? わたしも混ぜてよ」


 後ろからかかった声に、二人揃って振り返る。未だに得体の知れないものを見るような目をしたルナーリアだが、俺はついため息を漏らしてしまった。


「ま、気づいてたよなそりゃ」

「急に仲良くなりすぎだし、そもそも神災級を二人で相手にしてる時点でね」

「別に仲良くなってないのだけれど」

「第三者からはそう見えるって話だよ、ルナーリア。他のクラスメイトたちは同じ冒険者だからとか、同じ班だからとか、適当な理由を思い浮かべては勝手に納得してくれるけどね。事情を全部知ってるわたしからしたらまた別」


 パチン、と指を弾けば、豊かな黒髪を纏めていたリボンが解ける。代わりに取り出すのはメガネ。

 ここから先は、お仕事の時間というわけだ。


「さて、本題に戻ろうか。神災級の件についてだったね」

「このまま進めるのね……」

「気にしたら負けだぜ」


 こいつはいつもこんな感じだ。早々に慣れることをオススメする。


「もういいわ……あのオーガキング、明らかにおかしかったけれど、国としてはどう考えているのかしら」

「目下調査中、としか今は言えないかな。ちなみに、ルナーリアから見てどこがおかしかった?」

「なにもかもよ」


 そう、なにもかもがおかしかった。

 神災級とは、その名の通り神がもたらした災害に例えられるほどの魔物だ。人類では到底敵わないと、そう思わされるほどに強力で、凶悪な、暴力の塊。


 もちろん、そんなやつが動く時は周囲の魔力に揺らぎが生じる。探知系の魔法なんて使わなくても分かるほどに。

 あるいは、冒険者ギルドと各国が協力して世界各地に張り巡らせている探査網が、事前にその兆候を拾う。


 そのどちらもなかったのだ。

 急に現れた。なんの前触れもなく。

 まるで、その時その場で生まれたばかりだと言わんばかりに、だ。


 本来あり得ないのだ。ギルドも各国も、神災級の魔物の位置は常に把握するようにしているし、あの帝都郊外の森は神災級が生まれるような条件が揃っていなかった。

 そもそも、オーガ自体があの森に存在していない。


 そしてなにより、なによりだ。


「あまりに弱すぎたわ。いくらオーガキングが神災級の中でも低級とは言っても、それでも神災級に変わりはない。S級三位と六位がいたからなんてのは理由にならない。私たちですら死力を尽くさないと倒せないのが神災級のはずよ」


 そうなのだ。S級三位だとか救国の英雄だとか持て囃されてる俺でも、一人で挑めばまず間違いなく死闘になる。リリと二人がかりであっても無傷とはいかず苦戦必至。

 それが神災級。オーガキングだって例に漏れない。

 本来であれば。


「魔力はたしかに本物だったわ。神災級だと言われて誰も疑問に思わないし、S級かそれと同等……この国の騎士団長とか皇帝とか、そういう人たちでもなければ戦ったとしても神災級だと判断する。でも、あんなのが人類最大の敵だなんて、あり得るはずないわよ」


 だってルナーリアも俺も、オーガキングからは一撃だってもらっていないのだ。敵から受けたダメージはほぼゼロ。最後にルナーリアが自分の固有魔法で自滅しただけ。


 たしかにオーガキングの能力であるオーガの召喚は、未遂とは言え行われたけれど。それ以前に、本体があまりに弱すぎた。


「多分、アルカンシェルなら一人でも余裕よ、あれ」

「そんなに?」


 さすがに言い過ぎだと感じたのか、リリは俺の方に視線を向けるが、残念ながら頷くことしかできない。

 実際、あのオーガキング本体だけなら、俺もルナーリアも一人で余裕だった。リリなら真正面から力比べしても負けないだろうし、神災級相手では必須だった七星虹魔アルカンシェルの奥の手、神化も必要ないレベル。


「でも、あり得ないはずのことが起きてしまっている。一度起きたなら、二度目も考えなければならない。そうでしょう?」

「おっしゃる通りだ。リリ、昨日城で会議があっただろ。聞かせてくれ」

「はいはーい」


 普通に国家機密なのだけど、ルナーリアはS級だ。遅かれ早かれギルドを通して知らされることになるから、なにも問題ない。


「まず今回の神災級オーガキングの出現に際して、観測所はなにも捉えていない。正確には、その予兆がなにもなかった。出現したその瞬間にようやく観測したって感じ。これは現場にいた隊長とルナーリアの言葉と同じだね。ただその後、オーガ召喚の魔力は予兆を捉えてる。ていうか予兆しか観測してない。ルナーリアが止めてくれたお陰で」

「お偉い様方の見解は?」

「いくつか出たけど、最終的には二つに絞られたかな。何者かが出現の予兆を隠したか、あるいは神災級が人為的に操られた、もしくは生み出されたか」

「どっちにしろ、黒幕がいるってことね」

「そこは間違いないと思う」


 魔物の等級を災害に例えるのは、的を射ているのだ。

 やつらは自然災害と同じ。人の手でコントロールできない、一般市民はただ過ぎ去るのを待つしかない。

 だが逆に、魔法科学の発展したこの世界では、その対処法も確立されている。魔物に対抗する戦力を個人が有し、種類ごとの生態を把握して、被害を予測できる。


 この世界にまだまだ存在する神災級も、ワイルドボアみたいな最下級も、規模こそ違えどそこは変わらない。

 要するに、法則性があるのだ。


 しかし今回は、その法則を逸脱した。

 であれば、そこに人の手が介入した裏付けにもなる。


「面倒な話になってきたわね……」

「S級の仕事なんていつも面倒だろ。いや仕事っていう概念そのものがもう面倒の塊だぜ」

「あなたが言うとやけに説得力があるわね。さすが、学園で子守りを任されただけあるわ」

「ばっか、それは別にいいんだよ。俺は青春を謳歌しつつ、片手間で適当に仕事をこなすつもりだからな。むしろ普段より楽なまである」

「はいはい、仲良いのは分かったから。話を戻してもいい?」

「だから、仲良くなんてないわよ」

「そんな強く否定するなよ、泣くぞ」

「勝手に泣いてなさい」


 リリから大きなため息が漏れる。珍しい。


「正直、予兆を隠すにしろ操ったり生み出したりするにしろ、どっちも現実味がない話ではあるんだよね。どうなの隊長、そう言うことができそうな固有魔法とか、心当たりない? 無駄に長生きなんだから」

「無駄とか言うな。現実味の話で言えば、前者は不可能じゃないと思うぜ。隠蔽に特化した固有魔法だったらな」


 予兆はあくまで予兆だ。それを観測して、実際に神災級が動き出し、被害が出るまでは、相応のタイムラグがある。

 だからこそ、ギルドは先手を打ってS級を派遣できるわけなのだが。


 要するに、あの膨大な魔力を、長時間隠し続けることは可能なのか、ということ。


 不可能じゃない、というのは、その手の固有魔法ならという意味だ。

 汎用魔法ならまず無理。どれだけ上手くとも、隠蔽魔法も魔法の一つ。魔力の痕跡というものはミクロ以下でも残る。気づくやつは気づくし、単なる汎用魔法であればそも観測所がその魔力を捉えている。


 しかし固有魔法であれば。

 痕跡なんて本当になにも残さないことだって出来るだろうし、規模も、発動時間も、大した問題にならない。


「後者に関しては、なんとも言えないな。魔物を操るやつは見たことあるけど、神災級となると全く別だ」


 いわゆる使い魔というやつ。

 低級の魔物を使役すること自体は、特別珍しいことじゃない。これが魔物の等級が上がるにつれて見かける機会も少なくなり、通常のオーガのような災害級ですら、既存の汎用魔法では不可能だと言われている。


 いわんや、その更に上。神災級である。

 人類が敵わない、神のもたらした災害。


 そいつを操るだって? バカ言うな、んなこと出来るなら、俺たちS級はおまんまの食い上げだ。


「それより、問題はタイミングよ」


 唐突な話題の変換はルナーリアから。

 どこか神妙な、あるいは深刻そうな顔をした彼女は、俯きがちに短く言葉を紡ぐ。


「私は、私の価値を正しく把握しているつもり。そう言えば分かるでしょう、あなたたちなら」


 なるほど、こいつも俺たちと同じ考えに至ったというわけか。


 銀髪のエルフ、S級六位のルナーリアが魔法学園に入学した。そしてそのルナーリアを狙ったと思われる刺客も現れた。

 それとほぼ同じタイミングで、ルナーリアの元に謎の神災級出現。


 偶然? んなわけあるか。俺たち軍人は、偶然なんてものを当てにしないし、考えない。

 点と点が繋がれば、そこには必ずなにかの意味がある。誰かの意図がある。


「隊長、結局どこまで話したわけ?」

「俺からは特になにも。こいつの師匠、全知のババアらしいから。最初から全部知ってたっぽいぜ」

「全部って?」

「さあ?」


 ジト目の皇女殿下だが、マジでルナーリア本人から詳しく聞いたわけじゃないし。俺がガルム・フェンリルだとバレてるってこと以外は。


 ルナーリアの監視やらなんやらは、俺の口から直接言っていない。

 でも、今の彼女の口振りからするに。


「入学歓迎パーティの夜。あの時の刺客は、おそらく私を狙ったやつらなのでしょう? どうせエルフ女王国よね。この国との戦争を再開するため、体良く利用しようとしたってところかしら」


 お見事正解したルナーリアには三千ガルムポイントを上げたいところだが、ふざけていいような雰囲気でもない。


 故郷から命を狙われていると知ったルナーリアは、どこか諦めたような、あるいは呆れたような笑みを漏らしている。

 先日の、オーガキングと戦った後の医務室と同じだ。


 彼女は、慣れてしまったのだろう。

 故郷からの迫害に、同族からの嫌悪に。長く身を苛んでいるはずの、孤独に。


「襲撃が失敗したから、次の策を打った。それが一昨日のオーガキングのはずよ。私もその原理は知らないけれど、あれもエルフ女王国の仕業の可能性が高いわ。あるいは、裏で糸を引いてるのか」


 俯いていた顔を上げた時、その表情はいつもの気丈なものだった。


 まったく、同じようなことを何度も言わせないで欲しいものなんだが。


「だったら尚更だな、ルナーリア」

「なにがよ」

「俺たちを頼れって話だよ。一昨日も言っただろ?」


 空を映したような綺麗な目が、驚いたように見開かれる。

 なんだよ、そんなに変なことは言ってないぜ。


「そうだね、隊長。わたしたちは任務を受けた軍人として、この学園の生徒たちの平穏を守る義務がある。その中にはもちろん、ルナーリアだって含まれてる。原因不明の神災級だって捨ておけない。だからこれからは、わたしたちと一緒に、ね?」


 一歩前に出て、リリが握手を求める。

 当初はどうなるかと思っていたこの二人の関係だけど。リリの方から、歩み寄りを見せた。


 ルナーリアはその手を見つめて、どうすればいいのか戸惑っている。それでもやがて、自分の右手を上げようとして。


 中途半端な位置で、止まった。


 同時に、冷気が溢れ出る。


 俺たちの足元には薄く氷の膜が張っていて、それが誰の仕業なのかは考えるまでもなかった。


 感情に呼応して勝手に発動してしまう固有魔法。それは、教室でも一度見たけど。

 それがなぜ、このタイミングで?


「……最初に言ったでしょう。私は、必要以上の馴れ合いはしない。あなたたちに協力はする。ガルムに言われた通り、あの三人のことも冒険者としては面倒を見る。けれど、それだけよ」


 手を下ろし、踵を返して。表情は見えないけれど、冷たい声色。


「何か分かったら教えて。私も、この件に関しては調べておくから」


 銀髪を揺らしながら、ルナーリアは教室から出ていく。

 振られちゃった、と舌を出しているリリだが、考えていることは同じだろう。


 きっと、この冷気の理由こそが、彼女が強さを求め、誰も寄せ付けない理由にもなる。

 それが分からない限りは、銀髪エルフとの青春ラブコメなんて夢のまた夢だ。

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