第8話 イケメン銀髪エルフさん

 午後の授業では、予想通り冒険者云々の説明があった。担任のグロウマンに代わってリリが冒険者について説明してくれて、その後は他にも部活動や研究会、同好会などの説明。


 今日一日は総じて、今後の学園生活のためのものだったと言える。


 さて、放課後も過ぎ去って現在は夜。

 寮の一人部屋でダラダラしてると、次元の裂け目が開いた。


「よっ、と。うわ狭っ!」

「お前の部屋と比べんな」


 やって来たリリは風呂上がりなのか、少し髪が湿っぽい。血行が良くなって頬もほんの少し赤らんでいた。

 おまけに寝巻き姿なのだから、こんな格好で男の部屋に来てることが城の侍女にでもバレた日には、卒倒する人も出てくるだろう。


 いや、俺の部屋だったらみんな安心して送り出すか?


「報告に来ましたよー」

「おう、さっさと報告してさっさと帰れ」

「せっかちだなぁ。わたしみたいな美少女が、こんな時間に会いに来てあげたんだよ?」

「はは、わろす」

「ムカつくー!」


 お前がいくら美少女だろうが、俺が本気で欲情するとでも思ってんのかこいつは。


 不満げに、新しく開いた次元の裂け目へ手を突っ込む。そこからメガネと書類を取り出したリリは、早速報告を読み上げる。髪は下ろしたままだ。


「まず、昨日隊長が殺した奴らだね。軍の方で調べてもらったけど、やっぱり身元を確認できるようなものはなかったって」

「だろうな」

「でも、狙いはルナーリアだったんでしょ? 人種もバラバラだし、エルフ女王国の可能性はそれなりにってのが軍としての見解」


 エルフ女王国とはいうが、実際は帝国と同じ多種族国家だ。エルフが治めていてエルフの人口が多いけど、他の種族もそれなりに住んでいるし、やつらの軍にもエルフ以外はいる。


 むしろ、ああいう捨て駒みたいな刺客は、エルフ以外の種族を使いたがるだろう。


「使ってた毒は?」

「ナイフに使ってたのありふれた毒だったね。自決用の毒も同じ。少なくとも、混沌の森産ではない」

「マジで手掛かりなしかよ」

「しかもこっちは、隊長の固有魔法を見られた。全員殺したとは言っても、もし本当にエルフ女王国からの刺客だったら、どこからか見られてたかもね」


 例えば、視覚共有の魔法なんかがある。

 あの場に他の人がいないことを確認していたとはいえ、その手の魔法を使われていれば対処のしようがない。


「まあいいか、どうせ今後も馬鹿みたいに湧いて出てくるだろうし」

「だねー」

「他に報告は?」

「ルナーリアについて」

「ああ、それは俺も聞きたかった。どうだリリ、あいつの戦闘力」

「思ってた三倍は強かった」


 疲れたようにため息を吐くリリ。模擬戦中は結構余裕そうに見えたが、案外そうでもなかったらしい。


「さすがエルフって言うべきかな、魔力の出力はわたしと同等だし、積んできた経験値なんて段違い」

「あのまま続けてたら勝てたか?」

「正直びみょー。最後のあの大鎌、あれはちょっとヤバそうだった」


 やっぱりか。

 金の瞳を自分で指差しながら、リリはどこか遠くを見る。


「あれを出した途端、未来が見えなくなったんだよね。だからなにをしてくるかも分からないし、わたしがそれに対処出来るのかも分からない」


 リリの未来視は、あくまでも無限に広がる可能性のひとつを垣間見ているだけだ。

 その中で最も高い確率の未来を、リリの視点で映し出す。


 つまり、未来視がなにも映さなかったということは、ルナーリアの魔法を見る前にリリが気絶するか、あるいはあの大鎌自体に、なにかしら時間に干渉する力があるのか。


「向こうの手札が全部割れたわけじゃないから、ハッキリとは言えないけど。条件次第じゃわたしが負けるかも」


 おお、あの負けず嫌いなリリが自分の負ける可能性に言及するとは。それだけ、ルナーリアのことを脅威に思ってるのか。


「それと、もしかしたらわたしの気のせいかもしれないんだけどさ」

「言ってみろ」

「最後、ルナーリアからほんの少しだけ神の気配がした」


 神とは、人類と明らかにが異なる。存在の質というものが明確に違う。

 魔力とも違った、異質な力を持っている。


 人間と神のハーフであるリリは、その力を感じ取るのに長けていた。

 どちらの血も継いでいるからこそ、その違いがよく分かるらしい。


「本当か? 俺は何も感じなかったぞ?」

「だって隊長、鈍いし」

「鈍くねぇし」

「本当にほんのちょっとだけどね。でも、神の加護を受けてるなら、色々と納得できる」


 ふむ、リリが言うなら間違いないんだろうけど、ルナーリアはエルフ女王国のいわば厄介者だ。それも、かなり大それた事件を起こした張本人でもある。


 そんなやつに、神が加護を与えるか?


 神の加護とは、端的に言えば神たちの気まぐれや気に入ったやつに対して、自分の力を分け与えるというものだ。俺とリリはフォルステラ様の加護を賜っている関係上、時間に干渉する魔法を使える。


 いや、俺だってイリス神族のことはフォルステラ様以外によく知らないし、神族は本当に気まぐれなやつらばかりだという話だから、ありえないことはないのだろうけど。


「単純に考えれば、月と恐怖の女神だよな」

「名前も似てるし、あとは魔法もね」


 月と恐怖の女神ルナプレーナ。

 その女神の加護を受けたものは、氷の魔法や精神感応魔法に強い適性を見せる。


 だが、それだと釈然としない。

 たしかにルナプレーナは強力な女神だ。イリス神族のリーダーである、太陽と勇気の神ソールレウスと対になる神であり、恐怖を象徴としている以上はいちいち信仰されずともいい。


 知的生命体から、恐怖という感情を取り除くことなんて出来ないのだから。


 でも、それでも。

 リリが未来を見えなくなるほどの魔法が、果たしてルナプレーナの加護だけで説明できるだろうか。


 神としての格は、フォルステラ様の方が上だ。そのフォルステラ様の娘であり、加護も受けたリリだぞ?


「考えても分からんことは放っておくか」

「だね。もしルナーリアと敵対しても、わたしと隊長の二人がかりならまず負けないし」

「おいおい、慢心はしない方が身のためだぞ。もし俺でも勝てなかったらどうすんだよ」

「隊長が勝てない相手とか、いるわけないじゃん」


 なにその信頼、ちょっと嬉しいじゃん。

 でもねリリさんや、世の中は広いんだよ。俺でも勝てないやつとか普通にいるんだよ。S級一位のクソとかね。


「それで、ルナーリアとは仲良くなれそうなの、ガルム?」


 メガネを外したリリが、イタズラな笑みを浮かべて聞いて来た。

 ここぞとばかりに俺を揶揄おうってんだが、そうはいかないぞ。


「まあな、百戦錬磨のガルムさんを舐めるなよ? 今のところデレ度50%ってとこだ」

「はいダウト。今日演習場で話してた感じ、マイナス50%の間違いでしょ」

「ちゃっかり聞いてんじゃねえよ」


 クラスメイトは全員がリリの方に集まってたからこそ、あの場でルナーリアと会話していたのだけど。当のリリには普通にバレてた。


「まあ見てろって。そのうちルナーリアが俺にメロメロなところ見せてやるからさ。……いやそれはちょっと解釈違いだな」

「面倒なタイプのオタクじゃん」


 うっせえわい。俺が好きなのはクーデレであって、デレデレじゃねぇんだよ。



 ◆



 翌日。

 今日から通常授業が始まるわけだが、魔法学園とだけあって魔法の授業ばかり、というわけじゃあない。


 非常に残念なことに、異世界なくせして、この学園には日本の高等教育相当の理数系授業がある。

 それはなぜか。魔法に必要だから。


「魔法とは、己の内なる世界で外なる世界の理を書き換える力だ。魔力を用いて、イメージを具現化する。端的に言えばそういうもんだな。ただし、イメージだけじゃあ威力も精度も不安定になる。そのイメージを補うために必要なのが術式だ。要するに魔法の設計図。こいつは現代の魔法において、必要不可欠と言われてる。物理的な現象を起こすための計算式とも言えるな。一般教養の授業がこの学園にもあるのは、そこが理由だ」


 魔法基礎理論という授業にて、担任のグロウマンが教団に立ち、黒板に板書しながら話を進める。

 初日の授業とあってか、話している内容は初等部や中等部で一度は習ったであろうもの。まずは復習からというわけだ。


「そして、その設計図を呼び出すための詠唱に、設計図を実際に描いてみせる魔法陣。この二つがあれば、魔法の発動、延いては術者のイメージがより強固となる。さて、では詠唱と魔法陣を省略した場合のメリット、デメリットが分かるやつはいるか?」


 手を挙げるのは4、5人といったところ。他の奴らは分かっていても答えづらいのか、分かっているが答える気がないのか。

 ドロシーなんかは前者だろうし、ルナーリアは後者だろう。


「よし、ではインソレンス、答えてみろ」

「はい! 詠唱と魔法陣の省略とは、つまりそれだけ魔法発動のためのプロセスを省略できることになります! 戦闘における速攻性という意味ではメリットになるかと!」

「ならデメリットは?」

「省略した分だけ精度や威力に劣ることです!」

「正解、といいたいが、それだと50点だな」

「なっ、しかし中等部ではそのように……」

「教えられたことだけで満足してたか?」


 昨日俺に噛みついて来たエリック・インソレンスが、早速洗礼を受けている。

 まあ、習ったことをそのまま垂れ流すだけなら、馬鹿にでも出来るわな。ここは魔法学園、将来有望なエリートが通うべき学園であり、となればさらに一歩先まで答えなければ。


「代わりに……ニュアージュ、お前は分かるか?」

「速攻性もそうですが、詠唱を唱えないことで敵に発動する魔法を直前まで悟らせない、魔法陣構築の手間を省けば、その余力を手数に回せます。精度や威力の低下は、鍛錬でいくらか補うことができます。状況にもよりますが、それらより手数が優先される際には大きなメリットになるかと」

「ふむ、デメリットも答えろ」

「そうですね……矛盾するようですが、やはり精度の低下は大きなデメリットかと。同じく状況によりますが、速攻性や手数よりも精度や威力が重要な場面もあります。無詠唱、魔法陣もなしでそれなりの精度、威力を発揮できるなら、その二つがあれば更に上のレベルの魔法が使えるということにもなりますし」

「90点といったところだが、今はそれでいいだろう」


 満足げに頷くグロウマンと、オスカーを睨むエリック。完全に逆恨みだぞ、それ。


「まあ、ニュアージュの言ったことが大体全部だ。一部では無詠唱がすごいだのなんだのと言った風潮もあるが、そうとは限らん。昨日の模擬戦を見ていれば、そうも思えないかもしれんがな」


 昨日の、というと。リリとルナーリアの模擬戦のことだ。

 リリはともかく、ルナーリアなんて一度しか詠唱してないし、それも短略化された魔法名のみのもの。


 にも関わらず、あの戦闘だ。ルナーリアの氷の魔法はとてつもない冷気を常に発し続け、リリなんか無詠唱の次元跳躍。

 詠唱を省略してのあれはたしかに凄いが、逆に詠唱ありならもっととんでもないことになってただろう。


「さて、次だ。魔法は大別して、二つに分類される。ひとつが、誰にでも扱える汎用魔法。こいつは本当に多くの種類がある。この世に存在する殆どの魔法が汎用魔法だが……エクレール、代表的な汎用魔法をいくつか答えてみろ」

「はひっ! え、えっと……地水火風の四大元素魔法に……雷や氷、光に闇などの派生元素魔法……そ、それから、身体強化魔法と治癒魔法と、学園にも使われている結界魔法……あ、あとは、あとは……魔力を砲撃や弾丸に転化する魔力放出とか魔力通信も、術式を使うから魔法だし……魔道具を作る上で重要な付与魔法も代表的……? でも厳密には強化魔法の一種だったはずだけど、それを言えば治癒魔法も強化魔法の派生で……」

「あー、その辺でいいぞ、エクレール」

「すっ、すみません!」


 別に怒られてはいないのだけど、ドロシーは涙目になりながら頭をぺこぺこと下げる。


「元素魔法、強化魔法、結界魔法。汎用魔法の中でも、この三つが特に代表的だな。得意にしてるやつらも多い。特に元素魔法は、誰もがひとつ、適性のある元素を持っている。昨日ルナーリアが見せた氷がそうだ」


 汎用魔法は、本当に多くの種類があるのだ。

 例えばうちの部隊で使ってる偵察用の魔法は、擬似的な目を空中に作り、上空から見下ろす形で視界を確保できる。これは第416特別攻撃部隊の全員が使える、汎用魔法だ。


「一方で固有魔法だが、こいつはその術者にしか扱えない、完全オリジナルの魔法だ。ただ、固有魔法もいくつかの分類にわけられる。フェルディナント、分かるな?」


 おいグロウマン、聞き方。なんで俺が分かってること前提の聞き方してるんだよお前は。

 いや答えられるけどさ。


「汎用魔法を極め、自分だけの使い方へ変えた昇華魔法。精霊と契約することで扱える精霊魔法。血や師から受け継がれる継承魔法。そして、神や神に連なる者、神の加護を強く受けた者だけに許された神域魔法です」

「その通り。固有魔法の定義とは、他の誰にも真似ができない魔法だ。特に昇華魔法なんかは一見再現できそうに見えるものが多いんだが、出来ないからこそ固有魔法として認定されるんだ。リリウム殿下の七星虹魔アルカンシェルも、ある意味では昇華魔法とも言えるが、お前らは真似できる気がしないだろ?」


 グロウマンの問いかけに、クラスメイトたちは首を縦に振る。

 リリの七星虹魔アルカンシェルは、身体強化や魔力放出、治癒魔法といった汎用魔法の範囲内のものもあるが、リリ以外ではあの出力での行使は不可能だ。故に昇華魔法の一つとも数えられるが、同時に神の血を引く皇族に代々継承されていることから継承魔法でもあり、人間と神のハーフであるリリが扱うために神域魔法としても扱われる。


「次に精霊魔法だが、こいつは精霊が見えるやつじゃないとダメだ。ある意味、固有魔法の中では一番才能がものを言う」


 神の眷属とも言われる精霊は、誰にでも見えるわけじゃない。

 ではどういうやつが見えるのかと言うと、実はそこはまだ解明されていない部分だ。むしろされない方がいいだろうと、俺は思っている。


 もし原理の解明に成功し、誰にでも聖霊が見えるようになってしまえば。

 力を求めるバカなやつらが、精霊と契約しようと躍起になるだろう。中には手段を選ばないやつだって。


「さて、ここでひとつ、汎用魔法を昇華魔法へと進化させるコツみたいなものを伝授してやろう」

「そんなものがあるんですか?」

「ある」


 訊ねた女子生徒に、グロウマンが力強く頷く。


「魔法はイメージ。つまり大切なのは発想力だ。己の力を深く理解し、知識を得て、解釈を広げる」


 例えば、火の魔法。

 一般的な使い方としては、対象物を燃やす魔法だろう。

 では、具体的にどんな燃え方をする? それは物理的な『燃える』という現象に囚われるのか? どこからどこまでのモノを燃やすことができる?


 それらの条件を突き詰めていき、解釈を広げる。この世界でも化学式は存在するし、魔法の術式構築の上でとても大切なものだが、そこに囚われていては先に進めない。


 俺の固有魔法にしたってそうだ。

 己の時界を操るだけ、身体強化以外の方法で速くなるだけの固有魔法だったけど。今じゃそれ以外の使い方がいくらでもある。


「これは昇華魔法に限らない、魔法というものの腕を磨きたいのなら、頭の片隅にでも入れておいた方がいいだろう」


 もっと言えば、魔法に限った話でもない。剣術や体術などを始めとした戦闘術、研究などでも同じことが言える。どちらにも魔法が関わるから当然と言えば当然なのだけど。


 知識と、理解と、解釈。

 極論、屁理屈をくっ付けるだけでもいいのだ。それで術者のイメージが強固に持たれるのなら、意味のわからない屁理屈を無理矢理こねくり回してもいい。


「っと、そろそろ時間だな」


 丁度授業終了のチャイムが鳴って、グロウマンは教室から出ていく。


 ちなみに、前の席に座るルナーリアは、授業中ずっとつまらなさそうに外を見ていた。

 まあ、君からしたらつまらないでしょうけどね。ちゃんと聞いてやれよ。



 ◆



 あれから幾つか授業を挟んで、昼休み。

 入学三日目ではあるが、クラス内はすでにいくつかのグループで分かれていた。


 基本は同じ班になった面々で連んでるようだが、そうでないのが何組か。

 例えば、伯爵家、子爵家といった中位貴族の令嬢たちのグループや、平民出身の中でも比較的貧しい家の出の者たちのグループ。あとは、エリック・インソレンスとその取り巻きたち。

 大体三人から五人くらいのグループで、入学早々仲良くやっているらしい。


 他方で俺はというと、入学初日に声をかけられてそのまま同じ班にもなった三人と、リリも含めた五人で、食堂で昼食でもと思っていたのだけど。


「週末のことについて、今のうちに打ち合わせておくわ」


 そこになぜか、ルナーリアの姿もあった。

 六人で囲む円形のテーブル。それぞれ頼んだ昼食を前に、彼女は寮の部屋で自作して来たっぽいお弁当を広げている。クマの型取りをしてあるハッシュポテトが可愛らしい。


 いや、なぜか、というのもおかしいのだけど。なにせこの六人で一つの班だ。ある意味ではいて当たり前。だが、入学初日からあんな態度を取っていたルナーリアがという意味では、やはり首を傾げてしまうのだろう。

 オスカーもベルクもドロシーも、皆一様に不思議そうな顔をしており、リリですら訝しげな目をチラリとこちらに向けていた。俺を見るなよ。


「えーっと、ルナーリア嬢? 割と突然で俺たちも話についていけないんだけど……」

「週末、ギルドに行って登録するのでしょう。その案内をそこのC級に頼まれたのよ」


 困惑するオスカーの言葉に、ルナーリアは若干棘のある声音。C級をやたら強調しているのは、当てつけなのかなんなのか。


「せっかく同じ班になったんだ。どうせなら、S級六位様に色々とレクチャーしてもらいたいかと思ってな」

「それはまあ、そうだけど……ルナーリア嬢はよく引き受けてくれたな」

「勘違いしないで。同じ班のあなたたちに足を引っ張られたくないだけよ」


 出ましたツンデレ。いやこれツンデレとかじゃなくて割とマジの本音だな。


「それで、打ち合わせとは具体的にどのような? 冒険者登録に行くだけなら、特に必要ないと思うが」

「必要だからやるのよ」


 ベルクの疑問をにべもなく切って捨て、ルナーリアは右手の細く白い指を二つ立てた。


「事前に決めておくこと、注意しておくことを二つずつ伝えておくわ」


 そのまま右手でフォークを取り、弁当箱からミニウインナーを取って口へ。咀嚼して飲み込めば、エルフ特有の長い耳がぴこぴこと動いていた。なんだそれかわいいな。


「まずは決めておくべきこと。ひとつは、あなたたちがどの程度冒険者の活動をやっていくのか。それによって、私やそこのC級の指導も変わる」


 三人揃ってこちらを見る。俺に補足説明しろってことね。


「まず大前提として、俺たちは学生だ。冒険者稼業に本腰を入れられるわけじゃない。だが、冒険者の依頼ってのは魔法学園の生徒としちゃ身になるものがそれなりにある。魔物の討伐依頼は言わずもがなだけど、採取系の依頼やお使いクエストなんかもな。だから学園外での訓練としてしっかりやりたいってなら、俺たちも相応にちゃんと付き合う。ただ、適当な小遣い稼ぎ程度なら、まあそこまで真剣にやらんでもいい。魔物の討伐はこっちだって命懸けになるんだし」

「命懸け……」

「それだけじゃない。C級にまで上がれば、野盗やらの相手をすることもある。つまり、人間相手に殺し合いだ」

「ひっ、人と、殺し合い……」


 ゴクリ、と生唾を飲んだのは、わずかに体を震えさせてるドロシー。

 男二人も、多少はビビってくれてるか。


 さてどんな返答が来るかなと待っていれば、予想外にも最初に口を開いたのは、おどおどしていて今も震えているドロシーだった。


「わたっ、わたしは、真剣に、お願いしたい、です……」


 言葉尻は掠れてしまい、視線も俯いてしまっていたけど。およそ覚悟ができているようにも見えないけれど。


 ルナーリアはその姿を笑うこともなく、ひとつ頷いてから他の二人へ視線を移す。


「ドロシーがそう言うなら、俺たちが適当で終わらせられるはずもないよな?」

「うむ! 俺は元より騎士団志望なのだ。魔物の相手だけではなく、人間相手の訓練もしておかなければならないからな!」

「決まりだな。そう言うわけなんで、しっかり頼むぜルナーリア」

「分かってるわよ」


 綺麗な三角に握ったおにぎりを小さな口で食べながら、お行儀よくちゃんと飲み込んで話を続ける。


 どうでもいいけど、帝国でおにぎりも珍しいな。米自体はあるけど、この国ではパンの方が主流なのに。


「ルナーリア嬢、もう一つの決めておかないといけないことって?」

「陣形よ。依頼は基本的にこの六人で受けることになるでしょう。討伐、探索、採取、いずれの依頼を受けるとしても、パーティで行動する以上は陣形を決めておいた方がいいわ。まずはそれぞれ、武器は何を使うのか教えて頂戴」

「俺は無論、剣だな!」

「あー、武器ねぇ……とりあえず一通りは使えるけど、一個に絞った方がいいのか」

「すっ、すみませんっ、わたしは武器は……」


 ベルクは俺との模擬戦でも剣を使っていたし、その腕前も中々のものだった。

 問題は他二人か。オスカーも一応、模擬戦だと剣を使っていたが、正直なところそこまで腕があるわけじゃなさそうだったし、ドロシーに至っては模擬戦で武器を使っていない。だからと言ってリリのように徒手空拳というわけじゃなく、魔法だけが唯一の武器って感じだった。


「わたくしはもちろん、この拳ひとつですわ」

「あなたには聞いてないわよ」


 優雅にスープを飲んでいたリリは、にっこり笑顔で力こぶを作ってみせるけど。細い腕にはひとつも山ができていない。

 まあ、見た目だけならね。普通の女の子と変わらんからね。


「ガルム、あなたは?」

「ん、俺?」

「ガルム・フェルディナント以外のガルムがここにいるのかしら?」

「いやいや、ははは……」


 不意に名前で呼ばれてしまい、ちょっと驚いただけだ。

 オスカーたち三人は今の変なやり取りに首を傾げているが、リリのやつは笑いを堪えている。ちくしょうこいつめ。また猫が家出してんぞ。


 つーか、リリにはバレたことバラすなって言ったでしょうが。


「俺は短剣とハンドガンだな。状況によりけりだけど」

「となると、少し偏るわね。私は後ろでも問題ないけれど」

「オスカーとドロシーにどれ使わせるかだな」


 リリは徒手空拳の殴り屋、俺も使える魔法の都合上最前線だし、ベルクも剣を使うなら同じく。

 前衛三枚は多いようにも思えるが、まあ俺はどこでもいいし、なんならリリは前に置かない方がいいかもしれない。こいつ一人で全部終わってしまうから。


「ガルム、ライフルの当てはある?」

「家に戻ればな」

「ドロシー・エクレール。あなたは後衛で銃手よ」

「えぇっ⁉︎」

「いちいち驚かないで」


 ふむ、それはいいかもしれない。模擬戦の時にも思ったが、ドロシーは目がいいからな。単純な視力という意味だけではなくて、俺と同等かそれ以上のレベルで、魔力を視認できている。その上でリリとルナーリアの高速戦闘もちゃんと見えていた。

 訓練を積めば、銃手どころか狙撃手としての適性もある。


「てかおい、俺が貸すのかよ」

「なにか文句でも?」

「いやないけど」


 ないけどね? でもまずは俺から許可取ろう? こいつマジでコミュニケーション能力終わってるだろ。


 でも、カスタムしてない銃ってあったっけな……俺が持ってるの、基本的に俺の固有魔法に合わせてカスタムしてるからな……。


「んじゃ後はオスカーだな。風魔法が得意なんだっけ?」

「そうそう。得意って言っても、ルナーリア嬢の氷魔法みたいなのは期待しないでよ」

「比べるところが間違ってるぜ。でもそうだな、武器はオスカーが一番使いやすいやつでいい。どっちかって言うと、戦闘よりも他のところで活躍してもらいたいからな」


 風魔法は索敵系の魔法と相性がいい。オスカーにはその辺りを担当してもらうことになるだろう。

 俺やリリ、恐らくルナーリアも索敵系の魔法は使えるが、なんでもかんでも俺たちがやってしまっては意味がない。


「決まりね。前衛で殴るのはガルムとモンターニュ。中衛でサポートが私とニュアージュ。後衛の火力担当がアルカンシェルとエクレール。これで行くわ」

「わたくしは徒手空拳と伝えたのですが」

「あなたが前に出たら他のメンバーが必要ないでしょう。自重しなさい」


 よく分かってらっしゃる。


 とまれ、決めるべきことは決めた。

 残りは伝えるべきことが二つ。


「あとは伝えておくこと、というよりも注意事項ね。まず、私たち三人や他の現役冒険者の忠告、助言、命令には絶対従いなさい」

「ふむ、たしかに先達の言葉には耳を傾けるべきだとは思うが、絶対従えと来たか」


 不服そうに、と言うわけではない。むしろどこか納得したような表情で、ベルクは頷く。

 騎士団と縁深い彼には、その理由がちゃんと分かっているのだろう。一方で、オスカーとドロシーの二人は困り顔。


「ルナーリア嬢、俺たちこう見えても、公爵家の人間なんだけど。殿下や君はともかく、他の冒険者から命令されることってあるものなのかな?」


 別にオスカーは、実家の権力を傘に着るような男じゃない。だが事実として、公爵家子息であることは変わらないのだ。

 そんな高位のお貴族様に上から命令してくる冒険者、というのがいまいち想像しにくいだけなのだろう。


「冒険者に家柄なんて関係ないわ。この学園以上に実力主義だもの。冒険者の価値は、どれだけ依頼を達成できるかだけ」

「ってのはちょっと極端に言い過ぎだが、要するにベルクが言った通りだよ。先輩の言うことには従っとけば、命を落とすようなことはまずない」


 脅すような言い方に補足してやる。

 ただまあ、ルナーリアの言葉も嘘というわけじゃない。

 冒険者の実力とは、すなわち依頼の達成率だ。戦闘の強さや頭の良さだけで決まるわけじゃない。


 例えば、どれだけ強い魔物を倒すことができても、依頼内容がその魔物の特定部位の入手だった場合。その部位ごと消し炭にしちゃったりなんかしたら、依頼は達成できない。


 単純に、戦闘技能以外のものが求められる依頼がそれなりにある。採取系や探索系の依頼が特にそうだ。魔物との戦闘自体は起こるだろうけど、それらの依頼に重要なのは観察眼だったり分析力だったり、あるいはサバイバル能力だったり。


 S級冒険者はソロもパーティも、いずれも全ての能力を十二分以上に満たしているからこそなのだ。


 間話休題。

 冒険者にとっての実力とは即ち依頼の達成率だが、しかし彼らにとって最も優先すべきものはまた別だ。


「冒険者が最も優先すべきは、自分の、延いては仲間の命だ。依頼が失敗しそうでも、自分の命が危険に晒されるなら迷わず撤退。これが大原則。そのためにも、先輩冒険者の言うことはちゃんと聞いておけってことだな」

「騎士団でも似たような教えがある。国のため、皇帝陛下のために戦うのが騎士ではあるが、それは己の命を蔑ろにしていい理由にはならない。故に同僚や先輩騎士の指示はよく聞き、命令系統は徹底しておくようにと」


 それに関しては軍も似たようなものだ。

 人的資源というのはとても大事なもの。

 俺個人の意見としては、命は他に変えられないとか、死んだら悲しむ人がいるとか、別にその辺はどうでもいい。


 ただ、本当に国を守るためというなら、自分の命についた人的資源としての価値を自覚しておかなければならない。

 末端の冒険者や新米騎士、軍人の下っ端でも同じだ。


「安心しなさい。私がいる以上、誰一人死なせないわ」


 やだルナーリアさんイケメン。不覚にもときめいちゃったじゃない。


 実際、このパーティで万が一が起こることなんてまあない。S級三人で対処できないような事態とか、それはもう国家規模、いや世界規模でやばいってことだし。


「最後にもう一つね。自分の力は過信しないこと。あなたたちはたしかに学園内なら優秀なのでしょうけれど、正直言って有象無象の冒険者よりも下よ。魔法の扱いも、戦闘技術もね」

「つまり、変なプライド持つだけ無駄ってことだな。三人は大丈夫だろうけど、いるんだよなぁ毎年。自信満々で冒険者登録しにきて、鼻っ柱へし折られる貴族の学園生」


 はっきり言って、入学したての一年生じゃ、ギルドで毎晩飲んだくれてるオヤジ共の足元にすら及ばない。

 経験が違いすぎるのだ。最低ランクのE級、その上のD級の冒険者でも、一年坊主くらいなら片手であしらえる。それくらいの差はある。


 それを理解せず、自分の力を過信して慢心した傲慢なバカが毎年現れては、現実に打ちのめされる。

 シンプルに実力不足だったり、命の奪い合いに心がやられたり。

 理由は様々だが、殆どの学園生が最初の挫折を味わう場所。それが冒険者だ。


「勘弁して欲しいのよね、あれ。上手くいかなかったらこっちのせいにするし、かと言ってギルドから直接指名されたら断るわけにもいかないし。まさか自分が学生側になるなんて、思ってもなかったけれど」


 ため息を吐きながら弁当を畳み、ルナーリアは立ち上がる。ちなみに、俺たち五人はまだ食い終わってない。食べるの早いな、食いしん坊さんか?


「打ち合わせは以上。当日は今伝えたことを必ず守りなさい」


 颯爽と立ち去るルナーリアを見送る。

 とりあえず、彼女に最低限の交流はする気があるようでなにより。冒険者としてならちゃんとこいつらの面倒も見てくれるみたいだし、その働きぶりを楽しみにしているとしよう。

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