第6話

 初日から早速色々とありはしたが、ともあれ翌日の今日から、セレスティア魔法学園の新入生も授業が始まる。


 刺客の件についてはリリにも学園長にも報告したし、埋めてある死体も学園長に頼んでおいた。

 ちなみに学園長ということはセレスティア公爵家のゴトウシュサマでもあるわけで。そんなお偉いさんに死体の処理を頼まなければならなかった俺の心情を、誰か察してほしい。

 なんなら普通に皇族と血縁のある家だし、皇位継承権も持ってるような家だし。恐れ多くて敵わんね。


「よし、ちゃんと全員来てるな。それじゃあ今から、記念すべき初授業を始めるわけだが」


 我らA組総勢三十名は、朝っぱらから魔法演習場に移動していた。


 この学園には四つの演習場があり、そのうちの一つが第一演習場のここ。円形かつドーム状の建物で、外縁の高い位置には観客席もある。前世の野球ドームみたいな感じだ。

 これと同じものがあと三つ、学園内にある。


「セレスティア魔法学園は完全実力主義。もちろん腕っぷしの強さだけを言うわけじゃないが、それでもこの一年で、最低限身を守る術は身につけてもらう」


 二年次からは四つの学科に分かれるわけだが、戦術科以外の三つは研究者や技術者的な色合いの強い学科だ。しかしそれでも、ある程度の実力は必要になる。


 工学科は魔道具作成に必要な素材を、時には自分で取りに行かなければならないだろうし、薬学科や生物科はフィールドワークなんかも行うだろう。


 もちろん、金銭を対価に戦術科の生徒に依頼するのもアリだし、そうして得た素材で作った魔道具や薬なんかを売ることで、学園内に小さな経済が回っているのも事実だが。


「そこで、まずはそれぞれどの程度戦えるのかを見たい。つまりは簡単な模擬戦をやってもらうってことだな」


 初日から模擬戦なんてやらされるとは思ってなかったのか、一部のクラスメイトたちは不安そうな顔をしている。

 その不安を吹き飛ばしてやるように、グロウマンがニッと笑った。


「安心してくれ。まだお前たちは新入生だからな。万が一にも怪我がないように、こいつをつけてもらう」

「身代わりの羽飾り、ですわね」


 取り出したのは、三枚の羽飾りがついたバッジだ。軍で見たことのあるそれを、リリが代わって解説する。


「一定以上の魔力や衝撃を外部から受けると、ダメージを三度まで肩代わりしてくれる魔道具ですわ。騎士団や軍の一部の部隊にも配備されているものですわね。ただ、生産コストが高くて量産の目処が立っていないものですから、わたくしも使ったことはありませんわ」

「ご説明ありがとうございます、殿下」


 そう、リリが使ったことないってことは、俺も使ったことないってことで。我らが第416特別攻撃には、一生縁がないと思っていた高級品。

 つーかあんなの使ってたら感覚が鈍るからな。混沌の森につけて行っても、あそこ入っただけで三枚とも秒で溶けるし。うん、うちには必要ない。


 部下たちの文句がどこからか聞こえた気もしたが、幻聴だろう。


「殿下の仰った通り、こいつは高級品だ。使うのは今回限り、ただしこいつを使う以上、全力を出してもらっても問題ない。先に三枚失った方の負けだが、それぞれの実力を見るのが目的だ。勝ち負けにはあまり拘らなくていいからな」


 と、そうは言われても。

 年頃の少年少女、それも実力主義のこの学園に入った者たちにとっては、勝ち負けこそ拘りたい部分でもある。


 不安そうな顔をしていたクラスメイトたちも、殆どがやる気に満ちていた。ドロシーは未だ顔が真っ青だけど。


「さて、それじゃあ早速始めるか。だれかトップバッターを務めたいやつはいるか?」


 そう訊ねられても、中々手を上げる奴はいないだろう。キョロキョロと近くの奴らと顔を見合って、視線だけでどうするかと相談し合う生徒たち。


 だがそこに、スッと伸ばされる白い腕があった。

 言わずもがな、みんな大好き銀髪エルフさんである。


「ルナーリアか。だったらまあ、相手は……」

「リリウム・アルカンシェル。あなたしかいないわ」


 グロウマンが言い終えるより前に、ルナーリアからの宣戦布告。

 受けたリリはニコリと柔和な笑みのままだけど、そこはかとなく敵対心のようなものも浮かんでる。


「ええ、もちろんお相手いたしますわ。クラスの皆様も、S級同士の戦いに興味がおありでしょうから」

「他の奴らを言い訳に使う必要はないわ。あなたも私と戦いたかった、そうでしょう?」

「否定はいたしません」


 前哨戦とばかりに、言葉と同時に火花が散る。

 現S級六位と、元六位。

 因縁と呼んで差し支えないものがある両者の戦い。そうでなくとも、ソロのS級冒険者は、およそ人類の頂点に立つ実力者だ。

 クラスメイトたちも、どこか期待を込めた眼差しを送っている。


「二人とも、模擬戦用の武器は使うか?」

「必要ありませんわ」

「同じく」


 いつだったか、ステゴロは淑女の嗜みだとかリリが言っていたけれど。まさか本当に殴り合いを始めないだろうな、この二人。それはそれで見てみたい気もするが。


 グロウマンに言われ、二人以外の生徒たちは観客席へと上がる。

 眼下に残されたのは、リリとルナーリア、それから審判を務めるグロウマンだ。一瞬だけ俺の方を見た担任教師は、代わってくれと目で語っていた。

 S級同士の戦闘に巻き込まれかねない位置で審判をするのは、一介の教師かつ帝国軍の下士官。可哀想に。代われるものなら代わってあげたいのは山々なんだけどなー。今の俺はただの生徒だからなー。

 彼には今度酒を奢ってやるとしよう。


「あー、魔道具はちゃんと着けたな? それじゃあ二人とも距離をとってくれ」


 10メートルほど離れた位置に両者立ち、グロウマンが片手を上げる。


「始め!」


 瞬間、爆発が起きた。

 いや、そう錯覚するほどの勢いで、リリが駆け出したのだ。

 音の速度など軽く超えて、彼女が立っていた場所は陥没している。


 およそただ人には反応することも、視認することもできない速度。

 しかし相手は同じくS級。未だ未熟なれど、人類の頂点に片足を突っ込んでるエルフ。


 リリが急停止したかと思えば、眼前には地面から氷柱が突き出している。あのまま真っ直ぐ突っ込んでいたら、間違いなく直撃していた。

 氷柱を迂回するものだと、ルナーリアも考えたのだろう。その道を遮るように伸びるのは、白い茨だ。

 彼女の二つ名でもある、氷の茨。


 対するリリの金の瞳は、輝いているように見えた。ニッと実に楽しそうな笑みを浮かべて、拳を振りかぶる。


破軍虹魔アルカンシェル!」


 力ある言葉を叫ぶ。

 その固有魔法により、極限まで強化された肉体から繰り出されるのは、悉くを粉砕する必殺の拳。


 迂回することも、下がることもせず。真正面から氷柱を殴り砕き、白い茨の死角となっていた道をただ真っ直ぐに駆ける。


「随分と柔な氷ですわね、勢い余って転んでしまうところでしたわ」

「帝国の皇女様は淑女らしさというものを知らないのかしら。あまり乱暴な戦い方をしていると、ご自慢の人気が失われるんじゃないの?」

「ご心配には及びませんわっ!」


 言い合いながら、リリの拳や蹴りをルナーリアが氷の壁を使いながらうまくいなす。


 しかしこいつら、こっちまで声が届かないからって言いたい放題言い合ってるな……俺にはバッチリ聞こえてんだぞ。


「やべぇ、なにやってんのか全然わかんねぇ……」


 一方こちら観客席。

 S級同士の戦闘を観戦しているクラスメイトたちな、皆呆然としていた。


 恐らくは初めて見るだろうリリの戦闘もさることながら、平然と対応するルナーリアにも、全員が畏敬の念を抱いている。


「ベルク、見えるか?」

「うむ、辛うじてだが」

「え、見えんの?」


 オスカーの問いに渋い顔で頷いたベルク。思わず驚いて声を出してしまった。

 だって普通に音速超えてるんだよ? 

 リリは本気出してないとはいえ、固有魔法による強化で。ルナーリアは体の動き自体はリリに劣るが、魔法の発動スピードだけで追いついている。


 まさか生徒の中に、この戦闘を視認できる奴がいるとは。やるじゃん山田。筋肉だけじゃなかったんだな。


「あ、あの……わたしもギリギリ、目で追えてます……」

「うそ、ドロシーもかよ。もしかしてガルムも見えてたり?」

「まあ、こう見えてC級冒険者だからな」


 嘘である。一般的なC級程度じゃ見えるはずもない。


「うわぁ見えてないの俺だけかぁ……仲間外れは凹むなあ」

「あ、あのあの! わたしも見えてるのは魔力の動きだけでっ、お二人自身の動きが見えてるわけじゃないのでっ……!」


 その方がすごいよドロシーさん。俺でも無理だよ、あいつらの魔力の動きだけであの速度の戦闘を把握するのは。


 ふむ、これはあれだな。魔法学園の生徒の評価を改める必要がありそうだな。恐らく、オスカーもなにかしら一芸に秀でているのだろう。


「で、今どんな感じになってるんだ?」

「殿下が一方的に攻撃しているように見えるな。ルナーリア嬢は防戦で精一杯といったところか」


 残念ベルク、ハズレだ。

 動きは見えていても、やはり戦闘経験がないからか。状況をそのまま見てしまうらしい。その辺は今後にご期待だな。


「えっと、でも……このままだと殿下が、危ないと思い、ます……」


 自信なさげに言うドロシーだが、まさしく正解だ。

 彼女には見えているのだろう。リリを囲むように、薄く広がるルナーリアの魔力が。


 動きはすぐにあった。

 有利に立ち回っていたはずのリリが、突然その場から飛び退いたのだ。

 一瞬遅れて、いくつもの細く鋭い氷の針が、リリが立っていた場所に突き刺さる。


 上手いな。

 攻撃のいなし方も、反撃に転じるタイミングも。


 人間、自分が有利な時ほど油断するものだ。未来視がなければ、さしものリリも今ので被弾は免れなかっただろう。


「厄介な眼ね」

「お母様譲りで自慢ですの」

「金ってのが気に入らないわ」


 ルナーリアの足元に魔法陣。

 演習場の気温が下がる。吐いた息は白くなって、彼女がひとつギアを上げたのだと理解できた。


 魔法陣は、詠唱と並んで、魔法を制御する上でかなり重要なものだ。必要不可欠とまでは言わないが、正確に、精密に、より精度の高い魔法を使うのであれば別。まず間違いなく必要。


 リリもルナーリアも、これまで魔法陣を必要としない魔法ばかり使っていた。リリが一度固有魔法の短い詠唱を叫んだくらい。


 つまり、小手調べは終わり。ここからがS級六位 《白薔薇》の本気というわけだ。


冰剣絶華ブランシュローズ


 ルナーリアの背後、宙に浮く形で現れるのは、様々な武具。剣や刀、槍に斧。種類もデザインもバラバラな無数のそれら全てが、リリへと矛先を向けている。


「面白い」


 舌なめずりする皇女様。おい、被ってた猫が家出してんぞ。


 ルナーリアが右手を翳すと同時、全ての武具がリリひとりに向けて射出された。

 衝撃すら発する速度と圧倒的物量の弾幕に、リリは広いフィールド全体を縦横無尽に駆け回ることで逃れる。

 当たりそうなものだけは殴り砕き、あらゆる方角から襲いくる武具を躱し続ける。


 バク転みたいなアクロバットな動きで一気に下がったところへ、ルナーリアが距離を詰めた。未だ氷の武具は雨のように降り注いでいるにも関わらずだ。


 その、降ってきた武具のうち剣を右手で直接キャッチし、リリに斬りかかる。正面からは手に持った剣の斬撃、頭上からは降り続ける武具の雨。

 あのリリが、ギョッと驚いた顔をしている。油断しやがったなあのバカ。


流星虹魔アルカンシェルッ!」


 しかしその後の判断は早い。

 正面の攻撃は左腕で受けて、頭上には右手を掲げる。

 その先に広がる魔法陣から、極光が迸った。


 氷の武具を全て飲み込み、ドームの屋根を破壊して空に伸びる光の柱。

 リリウム・アルカンシェルが持つ膨大な魔力に、指向性を持たせて攻撃へと転化した単純極まりない使い方。要は、超強力なビーム。


 観客席の生徒たちは目を剥いていたが、ルナーリアはその程度で怯まない。普段神災級の相手をしてるなら、これくらい日常茶飯事だ。


「もう一枚貰う!」


 左腕でまともに斬撃を受けたから、リリの羽飾りは一枚散ってしまっている。

 その機を逃さず追撃するルナーリアは、剣術の腕も見事なものだ。遠距離からぶっ放すだけの砲撃タイプかと思っていたが、やはりさすがはS級というべきか。


 宙に待機させたままの武具を時折弾丸のように撃ち出しながらも、ルナーリアは剣を振い続ける。

 剣だけじゃない。手に持っていたそれすら投擲したかと思えば、リリに躱され地面に突き刺さっていた槍に持ち変える。


 鋭い刺突を紙一重で避けるリリは、実に戦いにくそうだ。なにせ線の攻撃から点の攻撃へ変わり、間合いも全く別物。

 目の前の対処ばかりにリソースを割かれるわけにもいかず、気を抜けば遠距離から攻撃が飛んでくる。それをいなせば、影に隠れて接近してきたルナーリアが今度は斧に持ち替えていて、また対応を変えなければならない。


「よくあんな、色んな武器を使えるよな」

「ああ、剣術だけでなく、槍も斧も全て達人級の腕前だ。どれだけ才能があろうと、あそこまで使いこなすには並大抵じゃない努力が必要になる」


 してきたんだろう。その、並大抵じゃない努力とやらを。

 理由はわからないけど、彼女が求める強さのために。寸分の迷いもなく、ただ真っ直ぐ。


「氷の武具。これがあなたの固有魔法なのですか?」

「教えるわけないでしょ」

「それは失礼いたしました。出来れば全て見せて頂きたいところなのですが、実力を見るという意味ではもう十分でしょう」

「降参するつもり?」

「まさか」


 次の瞬間、白銀の世界と化していた演習場が、一部元の姿を取り戻す。

 リリの周囲から、ルナーリアの氷が全て消える。


 なにが起きたのか分からなかったのだろう。しかしそれも僅かな間。瞬時に悟ったルナーリアは急いで氷の壁を張るが、無駄だ。


 リリの綺麗な回し蹴りが壁をぶち破り、側頭部に突き刺さる。

 ダメージを肩代わりしてくれるとはいえ、衝撃の勢いまで殺せない。錐揉み状に回転しながら吹っ飛ぶルナーリア。


「魔力吸収……」


 ポツリと、近くに座っていたドロシーが漏らした。

 魔法師の天敵。わかっていても避けられない、問答無用の力。


 ルナーリアの魔法として残っていたこの場の氷、その魔力全てを吸収し、右足の一点に集中させた上での蹴りだ。

 今日見せたどの攻撃よりも強く、凶悪。咄嗟に張った氷壁程度で防げるものじゃない。


「残り一枚、ですわね」


 ニコリと微笑むリリの言う通り、ルナーリアの羽飾りは一気に二枚が散っていた。さっきの蹴りにそれだけの威力があったというわけだ。

 羽飾りがダメージを肩代わりしてくれなかったら、はたしてどうなっていたことやら。


「まだ一枚残ってる!」


 立ち上がったルナーリアが新たに作り出すのは、氷の大鎌。

 身の丈以上のそれを両手で持ち、彼女の魔力が再び場を支配する。氷点下の世界が再来する。


 ちょっとまずいかもだな。

 リリはもちろん、ルナーリアだってこれまで本気を出していなかっただろう。理由はいくつか挙げられるが、この演習場が持たないし、観客席にいるクラスメイトたちが巻き添えを食らう可能性だってあるから。


 しかし、眼下のルナーリアから発せられる魔力は、紛れもなく本気のそれ。

 エルフという魔法に優れた種族、彼女自身が生まれ持った才能、積み重ねられた並々ならぬ努力。その全てが込められた、正真正銘全力全開。


「さ、寒っ! なあガルム、あれやばくないか⁉︎」

「やばいな」

「いや冷静すぎるだろ!」


 腕をさするオスカーに突っ込まれた。もうちょいリアクションした方が良かったかな?

 だがまあ、心配はいらない。


「もう十分だと、そう言いましたわよ?」


 空間が、裂ける。

 景色がひび割れ、その先に広がるのは虚無の漆黒。リリウム・アルカンシェルにしか許されない、次元の狭間。


 一ヶ所だけじゃない。ルナーリアを囲むように、合計八つ。次元の裂け目が現れる。


「あなたが魔法を発動するよりも早く、わたくしの砲撃は届くでしょう。羽飾りは残り一枚ですが、どう致しますか? もちろん、どちらが早いか試してみても構いませんわよ? わたくしこう見えて、治癒魔法が最も得意ですから」


 リリの魔力砲撃を八つも受けたら、当然羽飾りは貫通してただじゃ済まない。

 ルナーリアが本気を出すというなら、リリだってそれに応えるため本気で撃つ。


 だが、ルナーリアは既に銃口を向けられてしまった。リリはもう引き金を引くだけ。


「……私の負けよ」


 持っていた大鎌を消して、降参を示すように両手を挙げる。

 意外と素直に負けを認めたな。あの鎌、ちょっと気になったんだけど。


 リリも次元の裂け目を消して戦闘態勢を解き、互いにフィールドの中央へ歩み寄る。


「ありがとうございました、ルナーリアさん。同じS級と戦うことは中々ありませんから、いい経験になりましたわ。順位を抜かれた汚名はこれで返上できたでしょうか?」

「次は負けないから」


 握手を求めるリリを無視して、ルナーリアはそのままフィールドを出る。


 てかこれ、この後に模擬戦やらされるの、めっちゃやり難いんだが?

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