第5話

 現在この大陸で最も広まっている宗教。

 それは、虹神教。


 七人の上位神と、その眷属になる中位、下位神からなる多神教で、帝国の国教でもある。


 太陽と勇気の神ソールレウス。

 月と恐怖の女神ルナプレーナ。

 火と戦争の神フランベル。

 水と芸術の女神アクアルス。

 風と冒険の神カストゥス。

 大地と豊穣の神テラピア。


 そして、星と運命の女神フォルステラ。


 この七柱からなるイリス神族と呼ばれる神たちが、虹神教の崇める神たちだ。


 神は実際にこの世界に実在していて、基本は神界と呼ばれる別次元に位置する世界に住んでいるのだけど。たまに変わり者の神が、肉の体を得て下界たる俺たちの世界まで降りてくる。


 現在の帝国にも、そんな変わり者の女神がお一人いらっしゃるわけだが、驚くとこはそこじゃない。

 なんとその女神様、皇帝の妻の一人なのだ。


 なんでも、アルカンシェル帝国の皇族は、これまでも何度か女神を嫁にしてるらしい。女神だけでなく、イリス神族全体から割と好印象を持たれてるとかで、皇族の方々は神様に好かれるフェロモンみたいなのが出てるんだろう。多分。知らんけど。


 さて、問題はまだある。

 今の皇帝陛下に嫁いだ女神様なのだが、よりによって上位神のひとりだった。

 それも信仰者が多く人気のあるアクアルスや、神族の中でも特に強い力を持つルナプレーナではない。


 上位神の中で最も謎が多いとされていた、星と運命の女神フォルステラ。


 俺の種族とも無関係とは言えない女神様が、皇帝陛下を見初めた。

 それが今から20年前。当時冒険者をしていた俺ですら、そのニュースには唖然とした。虹神教総本山の教会なんてもっとだろうし、帝国国民は貴族平民問わず空いた口が塞がらなかっただろう。


 それから5年間は女神様曰く夫婦水入らずのイチャイチャ期間だとかで、15年前にようやく子供が産まれることになる。

 人間と神のハーフ。それも、上位神の子供。


 それが何を隠そう、我らが第一皇女殿下、リリウム・アルカンシェルその人だ。

 もうお前が主人公でいいよ。


 で、その女神フォルステラ様なのだけど。


「新入生のみんな、入学おめでとー! 今年は私の可愛い娘もいるから、仲良くしてあげてね!」


 現在、セレスティア魔法学園の新入生歓迎パーティに、呼んでもないのに来ちゃった。


 運営の先輩方はさっきから終始緊張しっぱなしで、司会進行の生徒会長さんなんてもう見てて可哀想なくらいだ。本来はキリッとした出来る女! って感じなのだろうけど、今や見る影もない。

 歓迎される側の新入生たちも、予告になかった女神様の登場に湧くどころか、皆一様に跪いて頭を垂れている。


 俺の隣ではリリが立ったまま頭を抱えているけど、お前も似たようなとこあるからな。自由奔放なのは母親譲りだぞ、間違いなく。


「せっかくだから私もパーティに参加しちゃうけど、みんなは私のことなんて気にせず楽しんでね!」


 楽しめるわけないだろ! と、きっと誰もが心の中で突っ込んだだろう。口に出してしまえば一発処刑待ったなしだが。


 そんなこんなで波乱の幕開けとなった歓迎パーティだが、蓋を開けてみれば意外と普通に始まった。

 フォルステラ様のことなど忘れたかのように、学友と、あるいは先輩との交流を楽しむ新入生たち。


 オスカーは早速女子たちに話しかけに行ってるし、山田は似たような体格の先輩と筋肉について語り合ってる。ドロシーは……あ、壁の花になってた。でもクラスメイトの女子たちに連れ出されてしまいあわあわしてる。


「久しぶりね、ガルム」

「こんなとこで話しかけないでくださいよ、フォルステラ様」


 俺も壁の花になって周囲を観察していたのだけど、女神様に声をかけられては応じないわけにいかない。


 まるで夜空を映したような黒い髪と、星が散りばめられたかと錯覚する金の瞳。

 髪と同じ漆黒のドレスを身に纏うフォルステラ様は、紛れもなく女神と言えるほどに美しい。


「大丈夫、誰も気づかないわ。そういう運命だもの」

「相変わらず便利な力ですね」


 彼女の言う通り、パーティ参加者の誰も彼もが目の前の相手と歓談したり、食事に夢中だったりで、先ほどまで跪いて頭を垂れていた相手には見向きもしない。


 パーティが不自然なほど自然に始まったことといい、この人の力にはいつも驚かされる。


「学校はどう? お友達はできそう?」

「おかげさまで、退屈はしなさそうです」

「前世よりも楽しくなりそうかしら?」

「さあ? そもそも前世の学校生活ってのも、あんまり覚えてないもんなんで」


 運命の女神と言うだけあって、この人は俺や娘の前世も知っている。

 一目見ただけで、その相手の運命が見えるというのだ。過去、現在、未来、その全てが。たとえ世界が違っても。


「覚えてないってことは、それまでだったってことね。本当に楽しいこと、大切なことは、どれだけの時が経っても覚えているものよ」

「人間の記憶力舐めんでくださいよ。忘れる時は忘れます」


 そりゃ神様からしたら、人間の寿命なんて瞬きの間に過ぎ去ってしまうものかもしれないけれど。

 当の俺たちからすれば、時間というのはあまりに残酷で、平等だから。


 どれだけ楽しくても、どれだけ悲しくても。

 いずれ忘れる。時と共に過ぎて去る。過去になる。

 擦り切れて、摩耗して、風化して、消えてしまう。それが記憶というものだ。


 人間より長い寿命を持つ俺やエルフでも、そこだけは変えようがない。


「ダメよガルム。それはダメ。あなたは人間よりも長い時を生きるのだから。人と変わらないその心を持ちながら、人とは違う時間の流れを生きるのだから。大切なものを、なにがあっても忘れないと言えるだけのものを持っていないと。あなたは時間の流れに押し潰される。自分の魔法に殺されてしまうわ」


 それが心からの忠告であると理解できるから、俺は返す言葉を失ってしまう。

 女神様からこうまで言われるのだから、きっと俺は幸せ者なのだろうけど。


「心配せんでくださいよ」


 そんな言葉しか返せない。

 ただそれだけの、想いにも満たないものしか、この優しい女神ひとにあげられない。


「俺なんかより、娘のことを気にかけてあげてください。あいつ、初めての学校で内心かなり浮かれてると思うんで」

「あなただって、私にとっては息子みたいなものよ」

「恐れ多いですね」


 あながち間違いというわけでもないから手に負えない。

 しかし実際、親のこの人から娘に目を向けていてほしいのも事実で。


「リリのやつ、初日からもう化けの皮剥がれそうになってるんすよ。あれでよくお姫様できてましたね」

「きっとあなたが傍にいるからね。気が緩んでしまうのよ」

「喜んでいいか微妙なとこだな……」


 リリの本性がバレたら俺のせいってことになるじゃん、それ。一応仕事中はちゃんとしてるんだけどなぁ、一応。


「っと、すんません。仕事みたいです」

「こんな時に? もう少しお話したかったわ」

「ははっ」


 思わず乾いた笑いが漏れる。この学園にいること自体も仕事なんですよ、女神様。


「では、御前失礼致します。願わくば、あなた様の加護と祝福がこの身にあらんことを」


 慇懃にならないよう、丁寧な所作で跪く。

 俺は帝国や皇族に忠誠を誓っているわけじゃないけど、この人だけは別だ。


 いつも、会うたびに俺の心配をしてくれる、優しいこの人には。

 もう100年近く会っていない今世での両親より、よほど親のように感じてしまうから。


 口に出して伝えれば、きっと飛び跳ねながら喜んでくれるのだろうけれど。恥ずかしくて照れくさくて、決して口にはしない。

 だからその代わりに、最大限の敬意を以て接する。それが俺なりの礼儀。


「あら、加護も祝福も、あなたとリリにはこれ以上ないものを授けているわよ?」

「ご存知でしょう、俺は欲張りなんです」

「ふふっ、そうだったわね」


 そうやっておかしそうに微笑む様は、娘とよく似て可憐だ。


「ではガルム・フェンリル。加護と祝福の代わりに、星と運命の女神フォルステラの名において、ひとつ言葉を授けましょう」


 思わず、ごくりと息を呑む。

 星と運命の女神。その名は伊達じゃない。この人の言葉には、たしかな力が込められる。


 特にその名において宣言されるそれは、予言や予知なんてもんじゃない。

 この人が言葉として吐いたそれは、現実として形となる。

 加護や祝福なんてものより、余程ありがたくて、とても厄介なもの。


「あなたはこの学園で、運命と出会う。いえ、もしかしたらもう出会っているかもしれないわ。フェンリルの長い人生、永い時間の中で、決して忘れることのない、失うことのない運命と」

「お言葉、ありがたく頂戴致します」


 立ち上がり、俺は人知れずパーティ会場を抜け出す。背中にはずっと視線を感じていたけれど。きっと手を振ってくれていたのだろうけど。

 一度も振り返らず、夜の闇へ足を踏み入れた。



 ◆



 セレスティア魔法学園の全敷地内に、俺は多くの魔道具を事前に設置した。

 敵を感知する魔道具。

 効果だけを見ればただそれだけ。しかし俺にしか扱えない、俺の固有魔法があって初めてまともに機能する魔道具でもある。


「入学初日にご苦労なことで」


 マントを羽織り、フードを目深に被る。

 本校舎の屋上から見下ろすのは、いつかの日と同じ、中庭の噴水。


 そこに佇むのは、当然のようにパーティをサボっていたルナーリア。

 けれど今日はそちらに用はなく、花壇やオブジェクトでルナーリアの死角になる位置にいる、黒ずくめの集団だ。

 数は五。上手く気配と魔力を隠蔽しているようだが、俺程度に気づかれる時点で程度は知れてる。おそらく、リリも気づいているだろう。


 しかしリリは第一皇女という立場上、パーティ会場を離れるわけにはいかない。

 リリと同じS級のはずのルナーリアは、どうだろう。気づいていて放置しているのか。あるいは気づいていないのか。


「まあ、どっちでもやることは同じか」


 屋上から飛び降り、黒ずくめの集団の背後に音もなく着地。懐から取り出した短剣で、一番近い位置にいたやつの喉を容赦なく掻っ切った。

 飛び散る鮮血が花壇を汚す。


 仲間の倒れた音でようやくこちらに気づいたのか、残りの四人が一斉に振り返る。


「遅い」


 襲撃に気づくのも、気づいてからの対応も。

 全てが遅く、杜撰すぎる。


 一歩踏み込み、更にもう一人の心臓に刃を突き立てた。悲鳴は上げないように口を手で塞ぐ。これで二人目。

 その間に残った三人はようやく態勢を整えたようで、それぞれがナイフを取り出す。刀身に滴る紫の液体は、まあ毒だろう。


 そのまま三人同時に襲ってくるのかと思ったが、うち二人が夜の闇に溶けて消えた。一人は俺の正面に立ったままナイフを構えている。

 なるほど、下手に三人とも隠れられるよりは面倒だ。

 正面のこいつの相手をしながら、奇襲も警戒しなければならない。別の二つに思考を割かれるのだから。


 まあ、特に意味はないのだけど。


「なっ!」


 正面のやつが驚きの声を上げたのは、目の前に立っていた俺の姿が突然消えたから。

 遅れて、どさりと仲間たちの倒れる音が、二箇所から。


 元の位置に戻れば、黒いマスク越しでも分かるほどの驚愕が。


「まさか、時間操作……? こんな小僧が《時喰み》だと……⁉︎」

「誰が小僧だ」


 悪かったな、ダンディなイケおじでも歴戦の老兵でもなくて。歳の割に童顔なんだよ。


「ついでに、時間操作ってのも外れだ」

「くそッ」


 仲間が全員やられたからか、黒ずくめの刺客はここでようやく逃げの態勢に入る。


「逃がすかよ」

「がッ……!」


 こいつにとっては、瞬きする間の出来事だったろう。気がつけば組み敷かれていて、自分の身に何が起きたのか、全く理解できなかったろう。


「時間を止めるような魔法でもなければっ……一体どうやって……!」

「素直に教えるわけがないだろクソが」


 時間を止めるなんて、そんな大仰な真似はできない。俺にできるのは、俺自身の時間を操る程度だ。


 この世界の万物は、始まりから終わりまでの決められた時間を内包している。

 生物で言うから、生まれてから死ぬまでの時間。それぞれが初めから定められたそれを持ち、俺はそいつを時界と呼んでいる。


 俺の固有魔法『時界制御アクセルトリガー』は、俺自身の時界を自由に操作できるだけだ。

 分かりやすく言えば、他人にとっての1秒を俺にとっては30秒にも1分にも、極端な話一時間にも伸ばせる。

 その固有魔法を使った超加速。


 こいつを組み敷いたのはそういう原理だが、先ほど隠れた二人をほぼ同時に倒したのは、また違った使い方だ。応用といってもいい。


 並行同位体。

 別の時間軸、あるいは並行世界と言ったら分かりやすいか。ifもしもの世界の自分。

 俺はそいつを、現実の同一世界線上に展開することができる。それにより、同時には成り立ち得ない行動を瞬時に切り替えることで、同時に成り立たせることができるのだ。


 先ほどの例で言えば、片方を追おうとすれば、もう片方は見逃すしかなくなるのだけど。俺の固有魔法は、そのどちらもを同時に可能としてしまう。

 もっと分かりやすく言おう。正面からのパンチと背後からのキックが、俺一人だけで出来てしまうし、それら全ての行動がどのような状況、状態であれ即座にキャンセル可能。


 敵を感知する魔道具もこいつのお陰で成り立っている。というか、魔道具自体は膨大な数の可能性を複数同時展開する都合上、その補助のためのマーカーとしての役割程度だ。


 こいつは我ながら中々強いと思っていて、今のところS級一位と二位以外には破られたことがない。あいつらはマジもんの化け物だから。


「さて、質問するのは俺の方だ。お前はどこの誰で、何が目的だ?」

「明かすわけないだろう」


 奥歯で、なにかを噛み潰す気配。

 そのすぐ後、刺客の男はぐったりと動かなくなった。どうやら、隠していた毒を服用したらしい。


「チッ……せっかくの情報源だったのに……」


 俺の固有魔法は、俺自身にしか作用しない。

 時界を停滞させて毒の進行を遅らせたりもできるが、あくまでも俺が毒にかかった場合の話だ。他人に対して使うことはできない。

 リリがいてくれれば、と思うけど。なんでもかんでも彼女の便利な固有魔法に頼るのは良くないだろう。


 とりあえず、死体のマスクを剥ぎ取る。

 種族も年齢も性別もバラバラ。所属を確認できるような持ち物もなし。あまり期待してなかったが、やはりか。


 さて問題は、この死体どもをどうするか。

 考えていると、最悪のタイミングで背後から足音が。

 まあ、なんだかんだで戦闘音は結構出てたし、そりゃ気付かれるか。


「手伝いましょうか、そいつらの処理」

「ありがたい申し出だが、初の共同作業が死体埋めってのはどうかと思うんだよな」


 リリには悪いが、結局こうするのが手っ取り早い。

 誰かとの仲を深めようとするなら、相手からもそれなりの興味を持ってもらわなければならないわけで。

 他人から距離を取ろうとする彼女とそうなりたいのであれば、彼女の目的である強さを見せつける必要があって。


 学園内で大々的に目立つことを避けたい身としては、やはりこの方法が最短だ。最悪、軍関係者であることは隠せれたらそれでいい。


 振り返った先にいたルナーリアは、やはりこの月灯が映える美しさを醸し出していた。

 無感動な瞳で死体を見下ろしてから、その冷たい視線が俺に向けられる。


「手伝う代わりに、ひとつ条件があるわ」

「いや手伝わないでもらっても大丈夫だよ?」

「S級三位、救国の英雄、《時喰み》ガルム・フェンリル。私と戦いなさい」


 つい、大きなため息が漏れてしまう。

 そう仕向けたとは言え、微塵も疑う様子のない彼女を見ていたら、ため息も吐きたくなると言うものだ。

 そりゃ事前にリリともそういう話をしていたけれど。きっとルナーリアは、最初に会ったあの日からもう確信していたのだろう。俺の正体について。


「訂正しておくが、俺の名前はガルム・フェルディナントだ。救国の英雄様とは名前が同じだけ。聞けばダンディなイケおじで歴戦の老兵らしいじゃないか、こんな好青年の俺とは似ても似つかない」

「自分のことを好青年なんていう胡散臭い口から吐き出された言葉を、素直に信じろっていうの?」

「ははっ、たしかに」


 納得しちゃったよ。


「それに、さっきの戦いはどう説明するつもりかしら」


 なんだ、見られてたのか。

 いや、素直にそれは俺のミスだな。戦闘そのものに気づかれるとは思っていたが、それを見られて、しかもこの様子だと俺の固有魔法についてもある程度察しているものと思われる。


 ノーヒントで辿り着くのは結構難しいので、誰かからの入れ知恵があったのだろう。

 俺の固有魔法を知っているやつとなると、固有魔法を使って直接対峙して生きてるやつ。つまりS級一位と二位のクソッタレどちらか。


「自己紹介の時に言わなかったか? 俺は身体強化が得意なんだ。こいつらは怪しいなーと思って声をかけたら、襲われたから返り討ちにしただけ」

「返り討ちにしただけ、ね。それで躊躇いなく人を殺せるものかしら」

「こう見えてC級の冒険者だからな。賊の相手で慣れてる」


 はっはっは、言い訳のストックならいくらでも用意してんだよ。さあ次はどう出る?


「私の師匠はS級二位。これを伝えればあなたは諦めて納得すると、師匠からは聞いているのだけれど」

「うっそだろオイ」


 S級二位、《全知の魔女》スピカ。

 とんがり帽子を被ったいかにも魔法使いって感じの、見た目十代実年齢三千歳超えのババアだ。

 しかも種族的にはただの人間。


 何度かやり合ったことがあるけど、あれは正真正銘化け物だ。絶対に人間辞めてる。


 そして二つ名にある通り、やつの固有魔法は全知。正確な名前は忘れたが、とにかくなんでも知ってるやつだった。

 過去に起きたこと、現在起こっていること、未来に起こること。

 その全てを知っている。


 それだけ聞けば、フォルステラ様の能力と同じように思えるが、厳密にはその劣化版といったところだ。やはり人の身の限界か、俺の前世、異世界のことは知らないようだったし、その固有魔法を使うにもいくつかの制約が存在している。

 極め付けは、フォルステラ様と違い、スピカのやつは本当にただ知っているだけなのだ。


 運命に介入し干渉するフォルステラ様とは、雲泥の差がある。


 ただまあ、実際にやつが全知であることに変わりはなく。俺がセレスティア魔法学園に入学することも、あのクソババアであれば知っていて当然とも言える。


 つーかあのババア、いつの間に弟子なんか取りやがったんだ。

 人間不信気味のルナーリアが素直に言うことを聞いてるってのも、ちょっと違和感だ。


「おーけー、分かった。非常に癪で誠に遺憾だが、あのクソババアに言われたってんなら降参だ。で、俺と戦いたい理由は?」

「強くなりたいから」


 即答。

 一片の迷いのない、強い意志が宿った瞳に射抜かれる。


 だけど、それじゃあ理由になってない。


「俺と戦ったら強くなれるって?」

「師匠が言ってたわ。強くなりたいなら、あなたに会えって」


 まさか、面倒な弟子の世話を押し付けられたか? いや、それこそまさかだな。あの魔女は基本人間辞めてるが、人でなしというわけじゃなかったはず。

 スピカが俺とルナーリアの出会いになにかを視た、というのはたしかだろう。それがなにかは分からないけど。


「まあ、戦ってやってもいいんだが……条件が三つある」

「言ってみなさい」


 なんで偉そうなんだよ。クーデレポイント高いからいいけどね。


「まず、俺の正体については他言無用」

「それは当然ね」

「俺の正体を知ったことも他言無用ってことな」

「リリウム・アルカンシェルにも?」

「ああ。というか、リリに一番知られたくないからな」


 絶対怒られるし。


「二つ目だが、俺と戦う前にまずはリリと戦え」

「理由を言いなさい」

「リリに勝てないようなら、俺と戦ったところで無駄だからだ」


 その言い方が癪に触ったのか、ムッと眉根を寄せるルナーリア。そんな表情も可愛いじゃん。


「私の方が彼女より順位は上よ」

「知ってるよ、S級六位の《白薔薇》殿。でもな、所詮は冒険者ギルドが勝手に決めただけの順位だ。俺からすれば、感情で魔力を漏らすあんたより、リリの方が強い」


 言ってるそばから、ほら。

 ルナーリアの足元には氷が張っていて、周囲の気温も見る見るうちに下がっていく。


 S級の順位は、別に強さだけで決まっているわけじゃない。どれだけ依頼をこなしたのか、どんな依頼を達成したのか。そう言った点を考慮している。

 リリの順位が下がったのは、彼女が軍の仕事を本格的に始めたからだ。そのタイミングで、ルナーリアが神災級の魔物を立て続けに撃破したものだから、言ってしまえば運良く順位が上がっただけ。


 三位の俺にしたって、その気になれば全知のババアくらい瞬殺できる。意味がないのでやらないけれど。

 一位は無理。あいつは文字通り規格外なので。


「察するに、その氷や冷気は固有魔法だろ。そいつの制御が出来てない以上、あんたは間違いなくS級最弱だよ。その固有魔法も宝の持ち腐れだ」


 ソロS級の冒険者とは全員知り合いだが、その誰もが己の力と向き合い、深く理解していた。そこまで出来るのが最低限のライン。


「こんな力……持ちたくて持ってるわけじゃないわ……」


 あくまで、善意の助言のつもりだったのだけれど。

 ポツリと弱々しい声音で呟いたルナーリアは、険の増した視線で睨んでくる。


 しまった、地雷を踏んでしまったか。


「ともかく、まずは俺の一番弟子と戦って、話はそれからだ。それに、リリと戦うことは強くなりたいってあんたの願いにも適う」

「……それもそうね」


 七星虹魔アルカンシェルについてはルナーリアも知っているのだろう。意外と素直に頷いてくれた。


 あの多岐に渡る固有魔法は、本気の敵として相手にすると厄介極まりないが、訓練相手にはちょうどいい。


「それで、三つ目は?」

「俺と一日デートでも──」

「この話はなかったことにしてちょうだい」

「そんなに嫌か⁉︎」


 せめて最後まで言わせろよ。泣くぞ。


「冗談だよ、冗談」

「次に下らない冗談を言えば凍らせるわ」

「余裕のないやつだなぁ。さておき、三つ目の条件は俺の仕事を手伝ってもらうことだ」

「仕事?」

「ご存知の通り、俺は帝国軍少佐でね。この学園には潜入任務ってことで通うことになった。今年は高位貴族の子息令嬢がそれなりにいるもんで、彼ら彼女らの健やかな学園生活を見守るのが仕事だ」


 ルナーリアの監視については言わない。言えるわけがない。


「労働は須くクソってのが俺の心情なわけだが、だからって仕事をおろそかにするわけにもいかない。しかし一人でこなすのも中々面倒。ってなわけで、人手が欲しいんだよ」

「具体的にはなにを手伝えばいいわけ?」

「それは明日のお楽しみだ。なに、心配すんな、無茶無理難題をふっかけることはない。今日のこいつらみたいなのは俺が適当に掃除するし。俺との一日デートよりは楽だと思うぜ」


 茶化すようにそう言えば、なぜかため息が返ってくる。あの、一応ツッコむところだと思うんすけど。


「釈然としないけれど、まあ分かったわ。それであなたが戦ってくれるなら」

「拘るなぁ。俺なんかと戦っても強くなれないってのに。てか、なんでそこまで強くなりたいんだよ?」

「そこまで説明する義務はないわ。それより、さっさとそれを片付けましょう」


 黒ずくめどもの死体は、気づけばカチカチに凍っていた。死後硬直ではなくて、ルナーリアの魔法によるものだ。


 しかし、ヒロインとの初めての共同作業がマジで死体埋めになっちゃうけど、これって学園ラブコメ的にどうなのよ。


「どうせ教師の中にも協力者はいるのでしょう。凍らせておけば死体が腐ることもないし、この辺りに埋めて明日にでも処理してもらいなさい」

「手慣れてんなぁ。死体埋める経験が豊富だったり?」

「仲の良かった姉と侍女なら、自分の手で埋めたわよ」

「えっ」

「冗談よ」


 急に反応に困るやつやめろよ! 心臓に悪いでしょうが!

 てか君、そういう冗談言うタイプなのね。

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