第53話 秘蔵は隠してこそ秘蔵だな。

 体育祭の本番が始まった。


「いけー! そこだそこ! 抜き去れぇ!?」

「あー! 抜かれたぁ!?」


 最初の競技は男子によるパン食い競争だった。

 このパンは購買が提供している激辛パンと激甘パン、普通のコッペパンをランダムに配置した、ある意味で阿鼻叫喚を産むに至る地獄の競技でもあった。


「誰だよ、こんな競技決めたのは?」

「生徒会ですよ。歴代の」

「歴代の生徒会、頭おかしい!」

「それは褒め言葉になるかもね」

「全然、褒めてないですよ!」


 いや、マジで褒めてないからな。

 激甘はともかく激辛は得意不得意が出てくるから。


「何やってるんだよ。あと少しだったのにぃ」

「走っていないから好きに言うが、口の中が痛ぇよ」

「おぅ。激辛パンがヒットしたのかよ」

「ドンマイとだけ言っておく」


 パン食い競争は文系組の一人負けだった。

 理系組の生徒は緩りと走り、残り物を狙っていた。


「あれって判別方法でもあるのか?」

「あるよ。今は薄暗いから分かり辛いけど」

「激辛パンは偏ったソースが滴り落ちていますからね」

「となると、時間差でソースの有無を把握して?」

「危険と判断して甘い方を選んだのかもね」

「激甘も激甘で辛いと思うが・・・」


 この競技は一度でも咥えると交換出来ない。

 口に入れた瞬間に砂糖の塊がこんにちはとか地獄だな。

 激辛も激辛で地獄だけど。


「これってパンの種類を変更する事って可能か?」


 来年も同じように行うなら種類を改めないといけないだろう。

 俺の一言を拾った市河いちかわさんは困り顔で応じた。


「おそらく学食との話し合い次第ではないですかね」

「やはりそれか」


 以前の契約云々でも上司が苦言を呈していたもんな。


『生徒会からいつもの調子で依頼が入った』


 これも依頼の結果でしかないのだろう。

 この時期に依頼品を用意している所を見るにな。


「次代では最低限の書式を用意しておく方がいいよな」

「いや、私の代で契約書を用意するよ」

「「「「あ、会長」」」」


 すると席を外していた会長が戻ってきた。

 隣には風紀委員長も居たので何かしらの打ち合わせがあったのだろう。


「今、契約書って聞こえたけど。どういう事?」

「いや、歴代の生徒会は口約束で物事を動かしていたからね」

「それで学食との悶着が起きかけまして。凪倉なくら君の機転で回避したと」

「それって・・・例の話に通じる?」

「「ええ」」


 会長達も風紀委員長にだけ色々語っていそうだな。

 なお、例の学食の担当者は新規開拓の営業職に回されたらしい。辞令の理由は不明だが、学校との関係を悪化させるに足る大問題を起こした罰でもあるのだろう。


「だから今後のやりとりでは最低限の契約書を相手方に持参する事にするの」

「これは双方の立場を守るために必要な事ですからね」

「なるほどね。私は風紀委員長で良かったと思えるわ」

「そちらはそちらで大変だけどね」

「それで・・・どうだったので?」


 すると訳知り顔の副会長が会長に問いかけた。


(これは一体、何の話なのやら?)


 市河いちかわさんも知らないのかきょとんとしていた。


「黙りよ。仮に出てくるのは凪倉なくら君の名前ばかり」

「はぁ? 今更、誤魔化したとしても意味が無いと思いますが」

市来しらい先生の発言でコテンパンに伸された後なのにね」

「それでも懲りずに名前を出すって何なのかしら?」


 ん? この感じは・・・あ、昨日の先輩達か。

 もしかすると風紀委員会で尋問した結果なのかもしれないな。

 それを知ると奴等の頭の中身が読めてきた。


「俺って体のいいスケープゴートになっているのかも?」

「前置きに悪人共にとっての・・・が付くけどね?」


 さきだけは俺の味方になってくれるからいいが、先々を思うと頭痛しかないわけで。今後は起きうる問題に対して先手を打たねば詰むのは必定かもしれない。

 すると俺のスマホがブブッと震えた。

 ポケットからスマホを取り出した俺は画面を覗き込む。


「ん? この通知は・・・」

「どうかしたの?」

「どうも、俺とさきのロッカーをこじ開けようとした通知が入った」

「ふぁ?」


 その通知は設置した鍵蓋から送られてきたものだった。

 鍵蓋には扉の異常振動を検出すると、ボタン電池の電力を元に通知を送る機能を有しているのだ。電池は裏側の留め具に設けているので扉を開けない限り外せないが。


「会長。それと風紀委員長も二年A組の教室に来て下さいますか?」

「「え? ええ」」

あき君。私はどうしたらいい?」

さきは競技があるから残ってくれ」

「あ、ああ。うん。分かった。気をつけてね」


 さきはこの後、走る事になっているからな。

 俺のように出場種目が少ない訳ではないから。



 §



 本部席から立ち上がって会長達と急ぎ足で教室に向かう。

 教室に近づくと同時に忍び足で距離を縮めていく。


「なんでここだけ開かないんだよ!?」

「くそぉ。白木しらきさんの制服が目の前にあるっていうのに」

凪倉なくらの野郎のロッカーも開かないしよぉ」

「これだとはじめの計画が失敗するじゃねーか」

はじめの立案でマスターキーを複製したのに」


 教室から響いてきたのは男子の会話だった。

 またもや実行犯が三人と。三年生が居ない事から奴の舎弟かもしれない。

 それを聞いた風紀委員長は本気の呆れをみせていた。


「彼の舎弟って犯罪自慢しないと落ち着かないわけ?」

「聞かれているかもしれないのに自白しているしね?」

「俺としてはさきの制服が狙われた事に怒りを覚えるのですが?」

「彼氏としては正しい反応よね」

「ええ。正しい反応だわ」


 俺のロッカーも狙われているのにな。


(何を思って俺のロッカーを開けようとしたのやら?)


 そう思っているとバカの一人が自白した。


「今まで奪った女子の生理用品を収めようとしたのに凪倉なくらのロッカーが開かないんじゃ、何も出来ないじゃないか!」


 ちょっと、待て!?

 こいつらか、あの犯人は?


「これは聞き捨てならないわね」

「変態、死すべし慈悲はない!」


 おぅ。俺の背後に鬼が居る。


「私も盗られたのよね」

「私もよ。必要な時に無かったし」


 会長達も被害者だったかぁ。

 これは頃合いを見て突入するしかないわな。


「くそぉ。このままだと競技に遅れてしまう」

「なんとか出来ないのかよ?」

「無理だ。例の工具も昨日没収されたし」

「先輩が要らん事に使ったからかぁ」

「ただま、凪倉なくらの所為にすればいいってはじめが言っていたから自白するまでにはいかないだろうがな。これはいわお先輩を護るために必要な事だし」


 ん? これは初めて聞く名前だな。


いわお?」

いわおっていうと・・・あの?」

「それって誰なんですか?」

「この名前の男子は一人だけよね?」

「ええ。我起わだちいわお。三年の学年五位よ」

「文系の成績は私に次いで二位だけどね」

「そ、そうなんですね」


 その人物が裏に潜む本命って事かもな。

 名字的にも奴の関係者だと判明した。


(本命は奴の兄貴かよ。何人兄妹なんだ?)


 現状、判明しているのは姉、姉、妹だけだ。

 そこに同種の兄が居るとなると、頭痛しかないな。

 すると会長達が俺よりも前に動いた。


「そこの貴方達!」

「今、語った事、風紀委員会でも語ってくれるかしら?」

「「「!!?」」」


 振り向きざまに驚いて三人は尻餅をついた。


我起わだちいわおが背後に居る事も含めてね」

「「「・・・」」」


 名前を出された瞬間、やっちまったとでも言うような表情に変化した。


「貴方達の敗因は口が軽い事よね。そういう事は墓場まで持っていくような内容だと思うのだけど?」


 会長の棘のある一言が口走った男子に向けられた。

 俺も隠れている訳にはいかず、スマホを取り出して再生させた。


「証拠もバッチリ残っている。言い逃れは出来ないぞ」

「「「凪倉なくら!?」」」


 そんなお化けを見たように驚かなくても。

 俺は殺気を携えたまま尻餅をついた野郎に近づく。


さきのロッカーを開けようとした罪、俺が許すと思うか?」

「な、何様だ! お前には関係ないだろうが!」

「は? 俺はさきの婚約者だが、何か?」

「「「なっ!?」」」


 俺は言い放った後、ロッカーの扉を開いて鞄から薬瓶を取り出した。

 そのうえで尻餅をついた野郎共の前に立ち、


「理系の生徒は全員知っているぞ。文系のお前達は陽希ようきに嘘を吹き込まれていた可哀想な手駒だ」


 股間付近に三分割で全て垂らした。これは表向き外には出せない秘蔵薬だ。

 さき達には作っていないと言っていたが本当は作っていたりする。

 本来は全ての繊維に適用しようとして邪魔されて出来なかっただけな。

 論文と共に溶けて消えたのは本当の話だが。


「とりあえず、社会的な死だけは与えておくからな」

「「「ズ、ズボンとパンツが溶けているだとぉ!?」」」

「な、凪倉なくら君? それは?」

「合成繊維ならば溶けて消える秘蔵薬です。植物繊維は適用外ですけどね」

「そ、それって? あの・・・ブラフの?」

「ブラフって何の事?」

「以前、あおいちゃんから聞いた話でね。凪倉なくら君がさきさんに群がる男子達を散らすための脅しに使っていた薬品の事よ」

「お、脅しに使って・・・本物がそこに?」

「あくまで合成繊維が消えるだけですよ。こんな危険物を持ち歩いている以上、ロッカーに鍵をかけるのは普通ですし。持ち出されたら何に使われるか不明ですからね」

「「た、確かに」」


 これが外に漏れたら最後、絶対に悪用されるからな。

 こいつらの親玉である陽希ようきの兄貴なら絶対に欲しがるだろうから。


(現物が無くなったから欲しがっても手に入らないがな)


 俺はついでにこいつらの尋問を行う事にした。


「で、陽希ようきいわおについて何か語ってくれるか?」

「「「・・・」」」

「次は小さなブツが消え去る薬を垂らすけど?」

「「「!!? い、言います! 言いますから!?」」」


 お陰で効果覿面だったな。そんな薬なんて存在しないが。

 その後は語るだけ語らせて録音したのち股間にティッシュをかけておいた。


「彼等は社会的な死を迎えたのね」


 まさに燃え尽きて真っ白だった。


我起わだちいわお陽希ようきいわおとは」

「これは由々しき問題ね」


 すると会長が俺に質問してきた。


「ところであの薬は?」

「三匹で使い果たしました」

「あ、もう無いのね」


 有ったら有ったで危険だからな。俺も消費が叶って安堵したし。



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