第52話 名目が名目だけに困惑だよ。

 あき君に吹き付けてもらった日焼け止め。

 その話題が先輩達の口から漏れ、会長にも見つかってしまった。


「国内でも手に入れるのが難しい品物が何故ここにあるのかしら?」


 日焼け止めは御令嬢である会長ですら手に入れる事が叶わない代物だ。

 私ですら所持していない日焼け止め。その持ち主を問うのは必然だった。


「そ、それはですね・・・」


 問われたあき君は頬を引き攣らせ視線を泳がせている。


(こういう姿を見るのは初めてだけど、動揺する姿もイイね!)


 って、そうではなくて!

 あき君は意を決し、


「す、素直に言います。俺が持ってきました」


 自分が持ち主であると明かすのであった。

 しかし、会長は訝しげな視線をあき君に向けるだけだった。


「一体、何処から? 簡単には手に入らない代物よね?」


 美容に関しては手厳しい会長。

 普段の食生活は乱れていても、肌の手入れだけは欠かしていないという。

 本日のように素肌の天敵が降り注ぐ日は入念に対策を講じているみたいだしね。


「実は海外の友達から送られてきたんです」

「海外の友達?」

「ええ。これの販売責任者ですね」

「き、君にはそれを得るための伝手があると?」


 それを聞いた会長の糸目が開いた。

 驚きよりも欲する気持ちが前に出たかな?


「あるというより誕生日プレゼントで送られてきました」


 は? 誕生日プレゼントで日焼け止めが一グロス?


「た、誕生日プレゼントで?」

「何事にも大きくしがちな友達でして」

「そ、そうなのね」


 会長もこの一言には絶句するしかないよね。

 国内では手に入らない代物をあっさり送りつけてくるから。

 するとあき君は何を思ったのか、


「この際ですから・・・女子が出場する競技の景品として提供しましょうか?」

「「「「は?」」」」


 私ですらきょとんとする提案をその場で行った。

 これには先輩方も目が点となり、会長も固まった。


「い、いや、でも、これ一本を提供されても、ね?」


 やっぱり一本だけだと反応に困るよね。

 それこそ争奪戦の様相に変わってしまうだろう。

 だが、実際は一グロスもの本数が背後に控えていて。


「いえ、家に帰れば、一グロス分の在庫がありますから」

「「「ふぁ?」」」

「俺の元で腐らせるよりは欲する人に差し上げた方がいいと思いまして」


 確かにあき君がずっと持ち続けるよりはいいよね。

 箪笥の肥やしにもなるわけだし。というか私も欲しいよ!


「そ、そう? そ、それなら・・・百二十本だけ提供して貰えるかしら?」

「それだけでいいので?」

「多すぎても管理が出来ないわよ」

「分かりました。ではそれの目録を急遽ですが認めますね」

「え、ええ。よろしくお願いするわ」


 百二十本を各学年で割って、各四十本。

 女子の出場する競技は八競技。上位五位までなら得られる計算だね。

 一人で何本も得る子が居るとは思うけどそこは会長の裁量次第かな。

 すると会話を聞いていた幼女先輩がマイク越しに叫んだ。


「女子の競技で噂の日焼け止めを景品に!?」

「「「「な、な、な、なんだってぇ!」」」」


 これには驚くべき反響が出てしまったよね。

 男子達は何の事なのかって感じだけども。

 あき君は日焼け止めを持ったまま立ち上がり生徒会室に向かう。

 私もあき君に付いていき、


「ところで残りの二十二本はどうするの?」


 気になった事を問うてみた。


「実際の本数は百四十本しかないけどな。飲兵衛に二本差し上げているから」


 そういえば管理人さんも女性だったね。

 おそらく受け取って直ぐ真っ先に与えたのだろう。


「そうなんだ。それなら残り二十本は?」

「定期的にだが、さきに差し上げるよ」

「そ、そう? それを聞くと嬉しいかも」


 いや、本当の意味で嬉しいかも!

 あき君のために綺麗な肌の維持が叶うから。

 素肌を魅せる予定は皆無なんだけどね、うん。

 生徒会室の前に職員室に寄ると女性教師達が問いかけてきた。


いつきさんの叫び声について何か知ってる?」


 おぅ。顧問を筆頭に担任と家庭科の先生も背後に居たし。

 あき君は会長の時と同じく頬を引き攣らせ、


「すまん。残り八本になるかもしれん」

「あ、ああ。うん。そうだよね・・・」


 私にお詫びしてきた。今回は教師に話を通さねば有耶無耶になってしまうもんね。

 教師といえど女性に変わりなく、生徒だけが貰うのは不公平だと叫びそうだった。

 女性教師は外国人講師を含めて十二人在籍している。

 一人一本、手渡す前提で話を進めないといけないね。

 あき君は時計を確認しつつ率直に言葉にした。


「実は女子の競技に、この品を提供する事になりまして」

「「「そ、それは!?」」」


 あの場に置いておくと紛失するから、わざわざ持ち去ったのだけど、それが教師達への証拠の品になるとはね。


「たまたま白木しらきさんに使っていたら後輩達の目に留まって噂になって」

「会長の目にも留まって提供する事になりました」


 私も事情を知っているから言葉尻を繋いでみた。

 提供と聞いた顧問は愕然とした。


「そ、それを?」


 担任は信じられない様子だった。


「きょ、競技の景品に?」


 家庭科の先生は若干青ざめている。


「い、幾らすると」


 転売ヤーのお陰で一本が数十万円になっているもんね。

 教師達の目が点になるのはその所為でもある。

 あき君は溜息を吐いたのち事情を明かした。


「購入品ではないので問題はないですよ」

「「「はい?」」」

「俺からの無償提供です。昔の伝手で手に入った日焼け止めが一グロスあるので、本当に必要な人達に差し上げるだけですから。そもその話、使用期限もありますから」

「「「!!?」」」


 数にも驚きだがそれを無償提供すると知って口を開閉させていた。

 と、ともあれ、事情を打ち明けたあき君は生徒会室の鍵を預かって職員室の外に出た。女性教師達の熱が冷めるか熱くなるかは不明だけど、結果は後ほど分かるだろうね、きっと。



 §



 私達はその足で生徒会室に向かい、目録に使う用紙を取り出してサラサラと記していった。六十枚の用紙を二人で一枚一枚認めるのだけど無駄に手間取るよね、これ。


「開会式まで残り三十分か」

「こうなると印刷した方が速かったかな?」

「いや、この手の用紙は手書き前提だからな」

「ああ、安易な印刷は出来ないと」


 私の手書きは遅い。あき君の手書きは速かった。

 気づいた時にはあき君の担当分は終わっていた。


「なんかごめんね。遅くて」

「気にするな。さきが手伝ってくれたから通常よりも速く済んだのだし」

「そうなのかな?」

「そうそう。残りも書くから貰っていくな」

「うん。ありがとう」


 あき君は私を慰めたのち、結構な物量を熟していく。

 よく見ればいつもの達筆ではなく少し崩した文字になっていた。

 それを見た私は目を丸くしてしまった。


「き、綺麗でなくてもいいんだ」

「わざわざ文字を読む女子は居ないだろ。これは景品と交換するだけのチケット代わりだから、品名と本数さえ書いていれば問題ないよ」

「なるほど」


 そういう前提であるなら綺麗に書く必要はないね。

 交換が終われば全てゴミ箱行きだしね。額縁に入れるつもりになっていたよ。

 気づいた私は崩れ文字を書いていく。品名と本数だけは間違えないようにね。

 書き終えると木箱に収め生徒会室の扉を施錠した。


「これを手渡す時って最後かな?」

「いや、競技の後になるだろう」

「ああ、臨時の景品だから」

「本命の前のオマケだしな」


 あき君はそう言いつつ金庫を私に示した。


「え? いつの間に?」

「会長からの指示で回収してきた。どうせ戻るなら持ってきてくれとな」


 もしかすると留守中に入られると心配したのかな?

 金庫の中身はある意味で大金そのものだから。


「どうも、表彰の時に手渡す事にしたらしい」

「え? 折角、目録を用意したのに?」

「単に、後顧の憂いを絶ちたいだけだと思うぞ」

「あ、また侵入されでもしたら堪らないからか」


 扉の修理費は破壊した先輩方の両親に請求するだろうが、同じ事が連続して起きたら堪らないもんね。日焼け止めならあき君が持ち込まない限り、盗られる心配はないが、これは学食との取引で購入した高額な金券なのだ。

 危険性の高い物は放出するに限ると選択したのかもしれない。

 職員室に寄って鍵を返すと、


「教員枠も用意して貰えないかしら?」


 顧問から直々のお願いをされてしまった。

 それを聞いたあき君は首を横に振り、木箱から十二枚の目録を取り出して顧問に手渡した。


「別口で書いている目録です。一人一本で交換しますから受け取って下さい」

「「「え?」」」


 元々、手渡すつもりでいたみたいだしね。

 教員枠と言われても体育祭で教師が走る競技などないのだ。

 今から競技を増やす訳にもいかないしね。


「名目は日頃のお礼って事で。少々早いですが、お中元ですね」

「「「お中元!?」」」


 それはそれでどうなのって思うけど別に便宜を図ってもらう訳でもないから、お中元が正しいかもね、きっと。年賀状を送る事とやっている事は変わらないだろうし。

 そこで私はホクホク顔になる女性教師を尻目にあき君に問いかける。


「ところで男性教師に対してはどうするつもりなの?」


 男性教師は良いなって顔でこちらを見ているしね。

 昨年の噂に踊らされた反応とは違いが明確だけど。


「そうだな。女性教師だけだと便宜を疑われるから整髪剤でいいかもな。抜け毛対策にもなる品が丁度、一ダース分あるし」

「せ、整髪剤まであるんだ」


 一ダース。校長と教頭を含めて十二人だからピッタリだね。

 事務局までは数に含めていないが、学生がお世話になるのはあくまで教師だけなので、これはこれで仕方ない措置だった。


「その整髪剤って一本幾らなの?」

「こちらも元は千円だが、転売ヤーのお陰で一本二十万になっているな」

「「「「ふぁ?」」」」


 それなんてとんでもない金額になっているんじゃ?


「洗髪する段になって余分な皮脂諸共、綺麗さっぱり洗い流す整髪剤だからな。皮脂を整髪剤の成分と纏めて洗い流すと言えば理解は容易いと思う」

「それで一本が二十万かぁ」

「抜け毛の予防にもなるなら」

「いや、納得出来る金額だ」


 それがどのような品か分からないけど男性教師達は妙に納得していたのだった。



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