第51話 予測可能だが回避は不可能。

 生徒会室での騒ぎを会長に報告した翌日の早朝。

 最終準備のため揃って通学した俺達二人と会長達。


「実行犯が侵入した結果がこれと」

「中身は無事でしたが、壊れ方が尋常ではないですね」

「幸い、鍵交換していた事が救いにはなりましたね」


 生徒会室に入った途端、呆気にとられた会長達であった。


「報告にあった通り、バールの傷跡が生々しいね」

「扉のフレームもボロボロですし、これは総交換でしょうか?」

「総交換だろうね。流石に交換時期は不明だが、それまでの間は貴重品を何処かしらに避難させるしかないだろうね。それでもノートパソコンくらいしかないけど」


 鍵だけならシリンダー交換で対応出来ても扉はな。

 専門の業者に依頼して届けてもらうしか手段がない。

 その業者も役所と提携している者しか入れないので、会長個人の伝手で入れる訳にもいかなかった。こういう時、ここが公立高である事が足枷になろうとは。

 それはともかく、本日が体育祭の本番で引き続き山積みの仕事がある事は変わらなかった。


「終わった事で嘆いても仕方ないね。私は着替えて来賓の案内をしてくるよ」

「私は着替える前に各クラスへの予定表の配布にまわりますね」

「私は購買の様子を見てきます。指定数あれば幸いですが」


 会長達は鞄を背負ったまま、更衣室に向かって歩みを進めた。


「俺達はどうする?」

「私と本部設営だよ」

「それがあったか」


 俺とさきも遅れるかたちで生徒会室を後にする。

 扉を施錠して職員室に鍵を返し、着替えるために更衣室に向かったのだが、


(全学年併用って、こういう時、めっちゃ困るな)


 通学時の制服着用がこれほど面倒に思った日はないな。

 更衣室にはちらほらと生徒達が出入りしていて、ある意味でごった返していた。

 今のところ男子はそこまで居ないが女子はそこそこ居た。


「ロッカーの空きが無くて着替えるまで時間食ったよ」


 着替え終えたさきが扉を開けて出てくるとハーフアップを解いてポニーテールに結っていた。更衣室で行えば良かったのに結う事だけは出来なかったようだ。


「女子はそうだろうな。男子は空きが目立ったが」

「毎年の事だから理解している子は早朝から出張っているしね」

「そうなると、これから先が地獄ってことか?」

「さっさと着替えればいいのに駄弁って化粧する子が居座ったりするし」

「それを聞くと、男子で良かったとさえ思えるぞ」

「女子は身形に気を遣うからね!」


 さきはそう言いつつ俺に向かってキス顔を決めていた。


(あざと可愛いなこんちくしょう!)


 俺はその際にさきの顔が普段の薄化粧とは異なる事に気づいた。


「ところで日焼け止めは?」

「えへへ。塗る暇が全然無かったよ・・・」

「そうか。それなら・・・これを使ってくれ」


 それを聞いた俺は鞄から一本のスプレー容器を取り出した。


「これは?」

「ウォータープルーフかつスプレー型の日焼け止めだ」

「ど、何処から持ってきたの?」

「友達から送られてきたんだ。国内でも一部の企業しか扱っていない希少品だが」

「そ、そんな物を?」


 そんな物を今日に限って持ち込んでいるのかって?

 これは普段から持ち込んでいるが滅多に使っていなかっただけである。

 これの見た目が化粧水のスプレー容器に見えるからな。

 男が化粧水を吹き付けている姿を他者に見られるとそれはそれで面倒だから。


「素肌の上から吹き付けるだけでも塗るタイプと大差ない効果を発揮するぞ」

「そうなんだ。それなら吹き付けてくれるかな? 届かない場所もあるし」

「なら、うなじだけでいいか?」

「そこは背中も、と言いたいけどそこだけでいいよ」

「今は人目もあるからな」


 俺は言われるがままさきのうなじに吹き付けていく。


「あ、何か・・・良い香りがする」

「リラックス効果のある香料入りらしい」

「そうなんだ」


 緊張緩和と日焼け止めの効果。スポーツ選手も愛用する品なのだとか。

 なお、国内では高額過ぎて買えなくなっている品でもあるそうだ。

 主に転売ヤーと呼ばれる碌でなし共の所為でな。

 さきは見える範囲の吹き付けを終える。


「あ、あき君」

「いや、分かるぞ」

「さっさと準備に向かおうか」

「そうだな。そうしよう」


 気がつくと俺とさきの周囲に欲しそうな表情で群がる女子が湧いていた。

 それこそ場所を変えれば良かったかもな。


「「「私達にも吹き付けてよぉ!?」」」

「残りはやるから好きに使ってくれ!」


 俺は廊下に残りを置いてさきを抱きかかえて逃げ果せた。


「「「やったぁ!」」」


 喜びの声が背後から響いてきたが、これはこれで致し方ないだろう。


「良かったの? 置いてきて」

「大丈夫だ。鞄にもう一本あるし、使い切れないだけの物量が自室にもあるから」

「ぶ、物量?」

「一グロス分、送られてきてる」

「おぅ。一グロス・・・」


 つまり残り数百本の日焼け止めが自室の一角に放置されているのだ。

 いくら世間的に需要があっても使い切れるものではないよな。

 お姫様抱っこの状態で教室脇のロッカーに向かう。


「ごめんね。いきなり体力を使わせてしまって」

「問題ない。丁度良い準備運動になったから」

「そう? それは良かった」


 さきを降ろして制服と鞄をロッカーに片付ける。

 日焼け止めは必要になると思いつつ貴重品と共に取り出した。

 俺はその際に、


「何してるの?」

「外付け式の鍵蓋を付けてる」

「か、鍵蓋?」

「上下に挟みこむ形で金属蓋を追加するんだ。こうやってスマホやカードキーを翳すだけで蓋が開いて鍵穴が丸見えになる。閉じると数秒後に施錠される優れものだよ」

「へぇ〜。便利だね、それ?」


 随分前に採寸と設計を済ませ、先日完成したロッカーの鍵蓋を据え付けた。


「もう一つあるが、さきも要るか?」

「うん、要る! 私のロッカーにも付けて!」


 これは今のところ、予備を含めて二つしか存在しないが強度の改善が叶えばセキュリティ商品としても扱えるようになるだろう。一応、担任には設計図の段階で、こういう道具をロッカーに付けますと報告しているので、とやかく言われる心配はない。

 担任も半信半疑だったが、現物を見れば納得してくれると思う。


「鍵はアプリで設定してくれよ」

「倉庫の鍵と同じ物なんだね」

「仕組み自体はな」


 内側の鍵はマスターキーを盗まれている影響があるので不安しかないが、外付けの鍵が加わるだけで少なからず安心が得られただろう。

 パッと見、二つのロッカーだけに不審な金属蓋が付いているように見えるけどな。

 俺はスプレー容器をポケットに片付け、貴重品を持ってさきと教室から出て行く。


「外は曇り空だね。降水確率は低かったけど」

「だな。今日は素肌の天敵が降り注ぐ日だな」

「そうなると、持ってきて正解だったかな?」

「噂を聞きつけた塗り忘れ勢が襲ってくるかもな」

「あ、ああ」


 グラウンドに到着すると実行委員達がテントを立ち上げていたので手伝った。

 一年は先に到着していたが、二年以上はまだ訪れていなかったがな。


「せーの・・・で起こすぞ!」

「「「了解っす!」」」


 本部と来賓席、借り物置き場のテントを立ち上げ、学年席にある全てのテントも起こしていく。全体の総数で見ると相当数あるが致し方ないだろう。


「昨日はこれだけの物量を組み立てたのか・・・ふぅ」

「そうみたいだね。起こすだけでも重労働だけど」


 しばらくすると二年以上の実行委員達もちらほらと到着した。

 どうもテントの立ち上げだけは一年生の仕事だったようだ。

 立ち上げ後の机や椅子の設営は二年が、各種備品の持ち込みは三年が行った。


「俺は昨年欠席していたから知らなかったが、こういう決まりがあったのか」

「私もクラス委員にはなったけど、体育祭実行委員の仕事は知らなかったよ」


 互いに各学年の仕事を知らないまま手伝ってしまったと。

 生徒会執行部の人間である以上、見て見ぬ振りが出来なかっただけだが。

 その後、机を設置して椅子を並べ、救護所も開設した。


「今から放送部がテストを始めまーす! テステス」


 設営後は音響機材を持ってきた女子生徒がマイク片手に複数の音を鳴らしていた。


「ウチに放送部なんてあったのか」

「昼食時のラジオみたいなやりとりが有名だけど?」

「そうなのか。ぼっち飯で中庭に居たから知らないな」

「そ、そうなんだ」


 中庭に居ると校内放送なんて響かないからな。

 するとさきが本部脇に控える幼女もとい先輩に指をさす。


「ちなみに、あれが放送部の部長だよ」

「あれって・・・あ、あの幼女が?」


 身長は小柄な市河いちかわさんよりもかなり低い。

 体型は体操服越しでも分かるくらいストーンの効果音が良く似合う。

 飛び跳ねる度に黒髪ショートテールが跳ねる様は小動物にも見えるよな。


「そうそう。名前はいつき雲母きらら先輩ね」

「ん? いつきって」

美紀みきのお姉さんだよ」

「い、妹の方が姉に見えるのだが」

「そう見えるよね。人体の神秘を感じるよ」


 妹のいつき美紀みきは長身かつ、そこそこの体型を持つ女子だ。

 普段からさきと共に居る事が多い親友ではないが友達ではあるという。

 所属は陸上競技部の短距離走選手でリレーではアンカーの前に走る予定である。


「楽曲の再生テストを始めるよぉ!」


 た、ただ・・・その甲高い声はかしわを彷彿とさせるよな。


「初めて聞くとかしわの声音かと思った」

「確かに似てるよね。高いところだけは」


 テンションも似たり寄ったりな気もするが。

 本部席に座って隣から聞いていると嫌でも耳に響くよな。


「えー!? あの日焼け止めが!」

「そうそう。一年の子達が使ったって噂していましたよ」

「い、一体、誰が持ち込んだのよ?」

「詳しくは知りませんけど」


 何故かテスト中の話題が日焼け止めになっているし。

 楽曲の不調があるかどうか把握すればいいのにな。


「更衣室前でイチャついていたバカップルが持っていたとか」

「「ぶっ!」」


 何故かバカップル扱いを受けてしまった件。

 大変不本意だが視線を合わせないよう明後日を向いた俺達だった。


「「ん?」」


 すると来賓の案内を済ませた会長が声をかけてきて、


凪倉なくら君、机の日焼け止めは誰の物なの?」

「「か、会長」」


 幼女達の視線がこちらに向いたのだった。

 


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