第54話 怒らせると恐いのは会長か。

 あき君が会長達と教室に向かっている間、


「一着!」

「くぅ!」


 私は見てほしい相手の居ないグラウンドで一番になった。

 対戦相手は何故か雨乞あまごいだったけどね。

 それでも理系組のワンツーフィニッシュが叶った。残りの理系組は四位と五位に入っていたため、二年女子の成績は理系組の勝ちとなった。


「この体力お化けぇ!」

「それは褒め言葉として受け取っておくよ」

「くぅ」


 息切れもなく立っているからお化け呼ばわりされた。

 運動部でもないのに異常なスタミナがあるからだろうね。

 文系からも数名の知り合いが出場していた。


「相変わらず足だけは速いよね」

「というか胸が育ってない?」

「彼氏が居るとのことだけど」

「あれは揉まれた結果かしら」


 彼女達は昨年のクラスメイトだった同じグループの友達だ。

 あくまで友達の範疇で今は交流そのものが無いけれど。


(揉まれた結果・・・ではないよね。自分で揉んだ結果ではあるけど)


 現状、あき君とはそういう関係に至っていない。

 キスと抱擁が精々でそこから先は心の準備が整わなくて出来ないのだ。


「私も見つける事が出来るかしら?」

「出来るんじゃないの。知らんけど」

「そこは教えなさいよ」

「天敵に聞きたいの?」

「・・・」


 黙りか。ただまぁ、私も他人に教える事は出来ないけどね。

 私が愛しているのはあき君だけ。他の選択肢など最初から無いのだ。

 競技が終わって本部席に戻ると、あき君と会長達が戻ってきていた。

 三人の表情は何処か険しく、


「今のところ直接的な行動をしていないから何とも言い難いわね」

「仮に捕まえたとしても知らぬ存ぜぬでしょうね」

「捨て駒も語ったのは三人だけで他は変わらずと」


 何かしらの動きがあった事を会話の中に含ませていた。


「クラス席を見るに眠ったように座っているしね」

「そうなると指示だけ出して自分は動かずって感じですか?」

「本物だけあって、簡単に尻尾を掴ませない手腕には天晴れだけどね」

はるだけに?」

「うっさいわね」

「しかしまぁ。本当に面倒な奴が黒幕だったわね」

「か、会長? 黒幕って?」

いわおよ。奴が一連の騒ぎの黒幕だったわ」

「え? や、奴が?」

「社会的に死亡した男子の証言だから間違いないわね」

「社会的? 何があったんですか?」

「詳しくは語れませんが、陽希ようきの野郎も先輩の捨て駒だったようです」

「ほ、本当に?」

「「本当よ」」


 え? や、奴も捨て駒だったの?

 そうなるとその先輩が居る以上はあき君の噂の払拭は叶わないって事?

 こちらが動けばダメにするよう動いてしまうの? それなんてどうすればいいの?

 会話を聞いた私は勝利の余韻すら吹っ飛び、腰を抜かせてしまった。

 するとあき君が私に気づいて近づいてきた。


さき! 大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫」

「顔面蒼白になっているが?」

「うん・・・大丈夫」


 今は気丈に振る舞うしか出来ないよね。

 あき君は腰を抜かせた私を抱き上げ、救護所へと運んでいった。


「熱中症にでもなったか?」

「・・・そうかも」

「少し休むか?」

「う、うん。そうする」


 本当は違うけど走る気力すら無くなったよね。

 あき君は本部席をチラチラ見るも私の隣に座ってくれた。


「無理はするなよ?」

「うん。ありがとう」


 役員としての仕事がある中での様子見だ。今はあおいちゃんが大きな胸を揺らしてグラウンドを走っており、本部席では副会長が各得点を記していた。

 あき君が行う仕事は景品の目録を手渡す事だ。

 先ほどまでは私とあおいちゃんが手渡していたけどね。


「「・・・」」


 競技の声援と効果音の響く中、私とあき君の周囲だけは音が消えたような不可思議な雰囲気に思えてならなかった。

 私は沈黙の空気に耐えかねてあき君に質問する。


「あ、あの・・・さっきの話だけど」

「ん? さっきの?」

「黒幕って・・・誰なの?」

「あ、ああ。聞いていたのか」

「うん」


 それを知って腰が抜けたのだもの。

 先輩だから来年の三月までは居残るって事だからね。

 仮に留年すれば同学年となり面倒が降ってくる可能性もある。


「先輩の名前は我起わだちいわお・・・旧姓、言祝ことほぎいわおだな。実年齢は知らないが留年組なのは確かだな」

「!? え? そ、それって?」

陽希ようきの実兄だ」


 あき君はそう言いつつ三年席のど真ん中を指さした。

 そこには陽希ようきと似ている男性が眠ったように座っていた。

 本当に居たしぃ!?


「あ、あれが? マジで?」

「マジだ。俺が社会的に殺した野郎共の話では」


 話では陽希ようきは体のいい捨て駒だった。

 実弟ですら手駒にして普段から校内を牛耳るために動いているらしい。

 中学では入学してきた弟を早々に生徒会へと入らせて扱き使っていた。

 高校でも牛耳るつもりでいたが、翌年に会長が台頭してきたお陰で叶わなかった。

 生徒会選挙で一年生の会長にボロ負けして逆恨みで多数の妨害を行っている。

 最近では脅迫で集めた舎弟を用いて現生徒会を苦しめるために動いている。

 厄介なのは犯罪自慢をしない点だ。愚弟やら舎弟は不満から表に出していたが実兄は暗躍するタイプのようで直接的な行動はしていないらしい。

 あき君を陥れる策は陽希ようき発だが実兄も絡んでいるそうだ。

 つまり、


「本当に面倒な先輩が入り込んでいるって事だな」

「・・・」

「留年しても牛耳りたい神経は異常だと思うがな」


 舎弟がボロを出さない限り、尻尾を掴ませる事はしない人物と判明しただけと。


「幸いなのは相手が分かった点だな」

「そ、そうだね。対策はあるの?」

「関わらない、近づかないがベストだ」

「物理的に避けると?」

「今までは知らぬ内に近づいていたからな」


 そういえば過去にも似ている先輩が近くに居た気がする。

 学食では常に背後に座っていて過去の合同イベントでも近かったかも。

 最近だと暴行騒ぎの時に隣に居た気がする。

 顔は似ているが陰が薄くて気づかない的な。


「か、顔を覚えて近寄らないようにしないとね」

「それが一番無難だろうな。これまでの数々の策略も兄の発案なら二手三手先まで考慮しないとこちらが詰むだろうし」

「詰む?」


 詰むと聞くと不安になるのだけど。


「今のところは物理的な対応で回避出来ているが、奴の兄は脅迫で集めた人海戦術で攻めてくるから、完全に防ぎきれるか分からない。そうなると相手の思考を理解したうえで応じないといけないから・・・滅茶苦茶大変になる」

「そ、それってどれくらい?」

「有名国立大学の受験くらい」

「その例えは分かり辛いよ?」


 いや、マジで。あき君は大卒だから理解出来るけど。


「なら・・・雨音あまねこいの胸が五つ成長するくらい大変だな」

「それを言われると分かる気がする。Eの手前まではなんとかなっても、Eの壁は厚いもんね。私もそこから先は成長しないし」

「そ、そうか」


 授業と生徒会活動、マンションの仕事と料理番。

 その合間合間で変態兄の対応をしないといけないから。

 すると私達の会話を聞いていた、

 

「なんで私の胸で例えるのよ!?」


 雨乞あまごいからツッコミをいただいた。


こいも居たの?」

「私、保健委員なんですけど!?」

「あれ? 今年もクラス委員じゃ?」

「私は掛け持ちよ!」

「そ、そうなんだ」


 それはそれで大変そうだよね。私も人の事は言えないけど。

 落ち着きを取り戻した私はあき君と共に本部席に戻る。


「大丈夫ですか?」

「何とかね。ごめんね、あおいちゃん」

「いえ。調子が悪い時はお互い様ですし」

あおいちゃんも大丈夫?」

「胸がとっても痛いです」

「それは自業自得ってことで」

「なんでですかぁ!?」


 揉まれすぎて急成長したお化け胸だもの。

 先日、尼河にかわ君が揉まない宣言をしていたけどね。

 今後はおヘソを中心に弄られるらしいけど。


「今日あたり、おヘソの掃除をしておいた方がいいよ?」

「おヘソ? なんでおヘソ?」

「お腹が痛くならないように」

「はぁ? さきさん、頭が痛いなら休んでいた方が?」

「私の頭は正常だよ!?」


 おかしいのはあおいちゃんの彼氏だし。

 その間のあき君は目録を対象者に配っていた。


「交換は明後日の朝昼放課後の三回で行います」

「なぁんだ。明日じゃないんだぁ」

「明日は振り替え休日です。部活動も休みですから」

「あぁ。それを言われると仕方ないか」


 当初は期日を決めていなかったが、会長が業者を手配して回収と配送をその日の内に行う事になったのだ。明日は振り替え休日ともあって交換出来ないしね。

 私達は後片付けで出張る事になるけれど。


「というか、私も欲しいですね。日焼け止め」

「見本があるから吹き付けようか?」

「いえ、今日は塗っているので」

「普段使いに欲しいと」

「そういう事ですね」

あおいちゃんも女の子だったね」

「この胸を持っている私が男子に見えますか?」

「見えない見えない。おっぱいだけでなくお尻も大きいもんね」

「・・・」


 そこでジト目の反論をしないでよ。私は本当の事を言っただけなのにな。

 すると放送席から一報が入る。


「二年B組、D組の男子。計三名は棄権です。理由は・・・ん? えっと、え?」


 何故か困惑気にメモ帳を眺める放送部員。


「あ、すみません。理由はズボンとパンツに大穴が開いてしまって、出歩けなくなったそうです。一体、彼等に何があったのでしょうか?」


 これにはあき君の頬が引き攣り、会長達は机に突っ伏して震えていた。

 あき君はともかく、会長達は笑いを堪えているように見える。

 今度は会長がメモを記して手渡した。


「追加・・・え? 会長から?」


 そこには事の真相が書かれていたらしく・・・。


「マジで?」

「マジで」

「これは。でも、仕方ないかな。私達も被害者だし」


 放送部員同士の相談の末、語る事になったようだ。

 理由が不明確だから何故だと苦情が出たのだろう。


「男子達の一件ですが、二年A組の教室に忍び込んで全員のロッカーを開けて回っていたそうです。つまり、犯罪行為に手を染めていたとの事。なお、マスターキーの複製品の所持者も判明しました。三年F組・・・我起わだちいわおです。先生方、F組の留年男が真犯人でした!」

「「なんだとぉ!」」

「!?」


 教師の怒りの視線が顔面蒼白の男に集中したよね。

 会長達も慌てる男に向かって叫んでいた。


「「生理用品を奪われた恨みを思い知れ!」」

「はい?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る