第29話 聞いてよ!

 赤髪の少女は近くの水道塔に侵入し、階段を登って水道橋の上にまで逃げていた。

 鑑定のタグが無ければ見失うところだった。


 アリアは階段の上の踊り場に居た。

 ただ、俺の姿を見つけると、アリアはその場を離れようとする。


「待って! 逃げないで!」


 水道橋を走られたら俺じゃとても追いつけない。

 アリアは背を向けたまま両手で涙を拭っていた。


「――ご、ごめん」

「ゴメンって言わないで!!」


 大声で怒鳴るアリア。


「――なんでゴメンなのよ! あれはそんな謝らなきゃいけないようなことだったって言いたいの!?」


「そ、それは俺が無理矢理アリアを……」


「なんで何も聞いてくれないの!? あのとき女神さまがあなたに耳がないって言ってた意味、よくわかった!」


「あ、あのときの俺はなんかおかしくて、記憶も曖昧なんだ」


「じゃあ聞いてよ!!」


 バン!――とアリアは手の平で壁を叩く。


「聞きます! 何があったのでしょう」


「口調!」


「何があったんだいアリア」


「なんか違う…………」




「…………あたしはね、いいよって言ったの。最初に」


 ――え……。


「無事帰ったらその……何回してもいいよって。そしたら……そしたら今すぐじゃないとルシャを助けられないっていうから、それが手段だって言うから、私も覚悟を決めてわかったって答えたの」


「じゃあ……じゃあ、あのとき睨んでいたように見えたのは失望したわけじゃなかったの?」


 そうだよ――アリアは言った。


「女神さまのところで話したことも……教えてもらいたい」


 そう。あのとき何を言っていたのか。特に最後に何を言ったのか気にかかっていた。あの神さまが――我らの知るところではない――と返事した言葉。


「あたしはユーキに、その……抱いてくれて嬉しかったって言ったの。それから……最後に選ぶのもユーキがいいって」


 彼女の言葉は衝撃だった。だってずっと嫌われていたと思っていたから。――嫌われていてもいい、この眉目りりしい赤髪の少女が幸せに笑っていてくれるなら――と。


「ごめん、俺はこんなかわいい女の子が俺のことを、あんなことがあっても好きでいてくれるなんて考えてもいなくて」

「……また謝る」


「アリアさえ笑って幸せでいてくれたら、俺はなんだってよかったんだ」


「そんな風に独り善がりで勝手してたから怒ってたんでしょ! 死んじゃってたらどうするのよ!」


 ルシャを見たばかりだ。死んでもいいなんて軽々しく言えなかった。


「そうだね。死ぬのはよくない。やっとわかった」


 それまでは――俺は死んだところでここじゃないどこか。おそらくは元の世界に帰るだけだ――そう考えていた。だから死ぬのは怖くなかったし、彼女のためならと命を捨てる覚悟があった。だけどその思い上がりは彼女との繋がりによって打ち砕かれた。それは覚悟なんてものじゃなかった。


 そして俺の中にひとつの枷ができてしまったんだ。


「大好きだよ、アリア」

「わたしも」


 簡素な言葉にアリアは応えてくれた。



「――ひとつだけお願い。ルシャを祝福する前に…………キスして。その……キリカが口は避けておいたからって……」


 なるほど、確かにキリカは頬やおでこにしかしなかったが、あれはそういうことだったのか。


「ちょっと! キリカのこと考えてないであたしを見てよ! んっ……」


 俺は赤髪の少女と口づけを交わした。




 いきなりキスしたことにアリアは怒ってたので、もっとしておいた。







--

 キリカは直前に紅を差していました。シーアさんにバレた理由です。


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