第28話 誓い

 私の、自分でも腹立たしいほど力のない声に、ユーキ様は頷いてくださいました。

 そして受け入れられるにせよ、そうでないにせよ、どうしても知って欲しかった私のことを、私の我儘で話すことにしました。




 ――私はどこかの農村の生まれでした。兄弟姉妹がたくさん居ましたが、体が弱かったこともあって彼らとは馴染めなく、当時のこともあまり覚えていません。ご飯を食べる割に体を動かすとすぐに疲れてしまい、よく寝込んだりしていたので親兄弟には好かれていなかったと思います。


 私が八つの時の冬だったでしょうか。父だったと思う人に連れられて、初めてこの大きな街にやってきました。おそらくは口減らしのためだったのでしょう。私は置き去りにされました。



 眩暈がするほどの高い城壁や建物。それらを初めて目にし、ぽかんと見上げたまま手を引かれてやってきた大きな橋。橋にはたくさんの行商人が店を開いていましたが、大勢の人が行き来していたこともあって、小さな私はあっという間にその父だった人を見失いました。


 暗くなるまで近くの露店の傍で座り込んでいた私でしたが、迎えが来ることはありませんでした。やがて露店の商人が、行き場がないならうちで面倒を見てやろうと言ってきましたが、初めて話しかけられた商人という人種を不気味に感じ、怖くて逃げだしました。


 街には街灯があり、夜になっても真っ暗でないことが不思議でなりませんでした。寒いしお腹も空いていましたが、道端に座り込んで街灯の光を見ているだけで幸せに感じられた私は、幼いながらもこのまま眠りについてもいいと考えていたと思います。



 光を眺めながらうとうとしていたときでした。小さく丸くなって膝を抱えていた私に、声を掛けてくださった方がいらっしゃったのです。若い男の人と女の人、その見た目はユーキ様によく似ていたような気がします。お二人とも黒目黒髪で、ユーキ様が最初に着ていたような、お揃いのさっぱりとした貴族の服を着ていました。


 お二人は私のことをとても心配してくださいました。信じられないほど甘い、飴のようなものを与えてくださり、私を背負ったまま、親を探してあちこち歩き回ってくださいました。


 ですが親を見つけることができなかったお二人は、申し訳なさそうに孤児院の扉を叩いたそうです。私はいつの間にか眠っていたので、彼らの名前を知ることはありませんでしたし、院の方々にも名前を告げなかったそうです。



 孤児院ではちょうど孤児たちが独り立ちしたり引き取られたりしていったすぐあとでしたので、周りは自分より小さな子ばかりでした。大人たちに頼まれて私は下の子たちの面倒を見てやっていましたが、小さな子たちはどの子も皆、私をとても慕ってくれました。


 兄弟と言うものの良さを理解していなかった私でしたが、孤児院の小さな子たちの可愛さはよく理解できました。可愛くて可愛くてしかたがありませんでしたが、中には病気で死んでしまう子もいました。悲しくて悲しくて、それからは今まで以上に下の子たちの面倒をみるようになりました。



 十一才になった時、大賢者様が皆の祝福を見てくださる機会が訪れました。ですが与えられたのは弓士の祝福でした。狩人と違い、森で食料を調達する力はありません。兵士としても体が弱すぎてどこにも引き取ってもらえません。


 私はできることなら聖女の祝福が欲しかったのです。聖女ならばみんな飢えることはなく、病気も退けられる。そしてなにより病魔に蝕まれ続けている私が、こんな役立たずのまま終わらなくて済むのです――。





 ◆◆◆◆◆



 語り終えた彼女は、居住まいを正し俺に言った。


「ユーキ様、どうか私に祝福をお与えください」




 ――ああ、神さまよ、どうしてもっと他の方法を与えてくれなかったんだ。


 確かに『神の愛娘』と記される聖女の祝福には『病気耐性』の力があった。おそらくはルシャを蝕むこの正体の分からない病魔さえ祓えることだろう。だが、どうして魔女の祝福で与えなくてはならないんだ。俺自身をスーパーヒーローにしてくれればそれで済んだ話だろう? 簡単な話だ。世の中のご都合主義物語のチートってのはだいたいそういうモノだ。



 思いの丈を必死で吐露したルシャの顔は血の気が失せ、深く肩で息をしていた。

 話の邪魔にならないよう俺の後ろに立っていたアリアを振り返ると、彼女は唇を噛んで俺から目を逸らした。


「あれからずっと体調がよくありません。もう森へは行けないかもしれない」


 ルシャは自分の体のことがなんとなくわかっているのだ。


「――このままだと昔と同じです。口減らしで終わりたくない」


「そんなことない。みんなそんな風に思ってないよ」


 アリアが反論するが、ルシャはアリアに向かって無言で首を振る。そして再びこちらを見た。


「ユーキ様が自分の力に悩んでいることは聞いています。ですから――」



「――ですから私はユーキ様との将来を誓います」


「ちょ……」


 アリアが慌てていた。俺は口を開けて間抜け顔を晒していた。


「だ、だめだよ。それはだめだ。祝福は約束する。だけど将来は約束しなくていい」


「なぜですか」


「ほら、地母神様は俺との嫌な思い出は全部消してくれるって――」

「嫌なんかじゃありません!!」


 ルシャは弱々しいながらも必死に声を張り上げた。


「――私はユーキ様をお慕いしております。誓いは祝福が欲しいからじゃありません!」


「それは出会いが少ないから他に男がいなくて、たまたま俺が力を持ってたってだけで、もっといい人だって――」

「そんなことはないです! 私だってちょっとは街で男の人とお話しします!」


 そんな。ルシャが街で男と会話しているところなんて見たことが無い。

 それにこれはダメだ。一時の気の迷いだ。幼馴染だってそうだったろ。


「そちらの返事はまだ要りません。ですが私の想いは知っていてください。それと――」


 ルシャは突然アリアを指さす。


「――アリアさんとのお話を先にしてください!」


 振り返るとアリアは目に一杯の涙を貯めていた。

 俺と目が合った彼女は部屋から飛び出して行く。


「追いかけて! 早く!」


 ルシャに追い立てられ、俺はアリアを追った。







--

 小さなルシャがひとり、街灯の絶えない灯りに見入って座り込んでいるシーンが好きなんです。


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