第27話 病魔

 俺たちは冒険者ギルドへ戻ってきた。既に日は落ちていたが、今だギルドには十名以上の冒険者が残っていた。職員も出てくるが、その中には見知った顔があった。シーアさんだ。


 シーアさんは深い青色の外套を纏って、同じく深い青色の、広いつばの付いた大きな帽子を手にしていた。彼女は俺の酷い有様をみて顔をしかめると、魔術を続けざまに使う。


 ひとつ目の魔法で返り血は綺麗に消え、ふたつ目の魔法で俺は美しいドレスに身を包んだ! あらステキ!――じゃないよ!


「すみません、見るに堪えなくて。女物しか用意していないので……」


「あら、素敵じゃない」


 キリカの言葉に周りの連中はどっと笑った。いや、笑い事じゃないんですけど……。

 まあでも、アリアが笑顔を見せているからいいか。


「それにユーキは女顔だから大丈夫よ。肌だって女の子が羨むほど綺麗だわ」


「やめろよ……」


 俺は仕方なくそのままで椅子に座り、アリアたちとギルドの方で用意してくれた軽い食事をとりながら、シーアさんやギルドの人たちに娼館であったことを話した。もちろんキリカとの情事は伏せておいたが、察しのいいシーアさんには冷たい目を向けられている気がした。


 貴族による平民への横暴は珍しくないが、相手が召喚者であったことは、今回、貴族側が処罰されるに足るかもしれないとシーアさんからは教えられた。とはいえ、闇に葬られれば手の施しようがないから、今回はアリアたちに助けられたわけだ。堀に浮かばずに済んだ。


 それから一緒に助けられた二人の少女は親に売られたのだそうだ。

 王都では人身売買は認められておらず、娼館といえど人を買うようなことはしないらしい。何より地母神殿の力が強いため、外聞はともかく、娼婦は昔からひとつの仕事と受け入れられているのだそうだ。つまりあの娼館は完全な黒。自称アイリスさんをはじめ、神殿の魔女たちも引き上げることになるだろう。


 さらにこちらにはの証言がある。実はこれは俺が思っていた以上に影響が大きく、社会的な信用が段違いなのだそうだ。俺たちはこの世界の偏見に助けられたことになる。アリアとキリカはギルドカードの更新を勧められ、肩書が聖騎士と剣聖になった。ついでに俺のギルドカードも再発行してもらうことにした。



 ◇◇◇◇◇



 念のため俺は宿には戻らず、しばらく孤児院で厄介になることとなった。宿の方は前払いしてるから部屋の荷物は大丈夫だろう。


 道中、キリカは聖剣を呼び出したりして剣聖の力を自慢してくる。――さっきもすごかったでしょ?――と。彼女は聖剣であり、聖剣は彼女そのものなのだそうだ。だから望むものと望まないもの、斬り分けられるらしい。加えて12本までなら聖剣を出せるとか。どうやって持つんだよそれ。


 そしてよくあれだけの敵を相手に戦う度胸があったなと思ったら、彼女のスクリーンには『恐慌耐性』の文字があった。しかも『疲労耐性』まである。疲れないのか、それとも疲労の影響を受けないのか。後者ならこまめにケアしてやらないとな。


 ちなみに聖剣を呼び出すときの掛け声が『スケベニンゲン!』みたいに聞こえるので、叫ぶ度に俺の胸は貫かれる思いだ。厳密には違うようだが聞き取れない。心の中で呼べば出るらしいから、声に出さないでほしい……。



 アリアはというと俺と目を合わせようとはしない。当然だよな。あんな酷い目に合わせたんだ。キリカがどう思ってるかはともかく、アリアとしては許せないはずだ。

 俺はまた心の中で謝った。



 ◇◇◇◇◇



 遅い時間に孤児院へ戻ると、ルシャが出迎えてくれた。リーメは既に寝たらしい。ルシャは青い顔をしていて元気がない。俺に対しても思うところあるのだろう。自分のためにアリアが体を許したことを。


 アリアが触れると、ルシャの頬はみるみる赤みを帯びていった。無理をしないで――そういって彼女を寝室まで送っていく。俺はというと、キリカに案内されて部屋へ向かう。


「ここが私の部屋なの」


 ふ~ん、で?――俺が困惑していると、彼女は部屋に入っていく。


「入らないの?」

「いや、俺の部屋は」


「もう一度祝福してもらったら剣聖消えちゃうかしら?」


「……何を言っているんだお前は」


「だって、ユーキの祝福ならアレを捧げなくてもいいんでしょ?」


「そんなワケねーだろ!」


 結局、キリカにさんざん文句をつけて空いてる部屋まで案内してもらった。



 ◇◇◇◇◇



 翌日、孤児院で朝食をとった際に俺がしばらくここで厄介になることを説明してもらった。

 俺もシーアさんからの連絡待ちなので、手伝いでもして過ごすつもりだ。アリアもしばらくここに泊るそうだ。彼女は普段からよく下の子たちと大部屋で寝ているらしい。


 広間の大きなテーブルについていると、リーメがのんびり起きてきて顔を見せる。


「……あー」


 ――なに?


 リーメはこっちを見て寝ぼけまなこを開く。


「……エロ男」


 ――ぐふっ……。


 ダメージを与えるだけ与えてリーメは何事もなかったかのように去っていった。



 さておき、ルシャの顔色は今朝もよくないままだった。アリアの輝きの手レイ・オン・ハンズが不十分なのか? いや、アリアのことだ、十二分に力を使ったはずだ。となるともうひとつの心配事――


 俺はルシャのスクリーンを覗く。以前、『病気』の状態異常が確認されていた。それは日が変わっても、体調が良さそうなときでも外れることはなく、今は『重症』の文字が追加されている。アリアが心配そうに輝きの手レイ・オン・ハンズをかけているが、回復は一時的なもののようだった。


 『病気』の文字は鑑定を進めるも読み解けない謎の文字しか出てこない。魔術文字とも異なっていて、大賢者様にもわからなかった。可能性としては、この病気を今まで誰も研究したりして知識としてこなかったのかもしれない。いつも鑑定で表示されている内容は、かつての誰かの知識が表示されているように思われたからだ。



 ◇◇◇◇◇



 シーアさんからの連絡はなく、その日は孤児院で力仕事や料理を手伝って過ごした。ギルドからは一応、職員がやってきたが、こちらに変わりがないかとの確認程度のものだった。



 夕食を終え、日が暮れて部屋に戻ると、ルシャが呼んでいる――と、アリアが訪ねてきた。あれからアリアとはほとんど言葉を交わしていない。ごめん――そう言うとアリアは顔をしかめるのだ。いまも何か言ってあげたいが、謝罪の言葉しか思い浮かばなくて以前のようには話せなかった。



 ルシャの部屋を訪れる。彼女はベッドで横になっていた。

 アリアに支えられてルシャが身を起こす。顔も青白く、調子が悪そうに見える。


「夜分にごめんなさい……」


「構わないよ、こっちは暇だから。それと寝たままで構わないよ」


 ルシャは小さく頭を振る。そして――


「その、聞いてもらいたいことが……」


 小さな声でそういうと、彼女は黙ってしまった。

 俺は頷き、続きを促した。



 長い沈黙ののち、彼女はようやく口を開く。固く口を結んでいたためか、唇が張り付いていた。







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 マジカル衣装チェンジ!


 格ゲーとかのボイスが空耳することってよくありますよね。


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