第26話 二人目の祝福
「うう……」
体のあちこちが痛い。死ぬほどじゃないけれど。そして以前の、元の世界の夢を見ていた気がする。そんなに昔のことでもないはずなのに、どうしてかハッキリと思い出せない。特に幼馴染と別れてから後のことが。
暗くて寒い部屋。俺は冷たい石畳の上に座らされていた。両腕は鎖付きの鉄の枷を嵌められ、頭の上に吊り上げられていた。口には猿轡をかまされていて気持ち悪い。吐きそう。いっそのことひと思いに殺してくれ。そう思って頭に浮かぶのは決まって赤髪の少女……。
何か尋問のようなことをされて殴られたり蹴られたりしたような覚えもあるが、どうにも酔っぱらったような状態だったためかあまり記憶にない。
為す
◇◇◇◇◇
目を閉じていると、扉の方でガチャガチャと音がしているのに気が付く。やつらが戻って来たにしては手間取り過ぎている。なんだろうと思っていると外で声がした。アリア? キリカ?
扉が開くと、キリカが入ってくるものの、――うそ!?――と驚きの声。ああ、すみませんねパンイチで。彼女は猿轡を外してくる。
「やっと錠前開けたのに……。もうこれは仕方がないわよね? 仕方がないからね?」
「何言ってるんだ、キリカ……」
キリカが何やらひとりで納得していたので問いかけると、ニッコリ笑顔の彼女。
「ユーキ、私に祝福をちょうだい」
言うが早いか脱ぎ始めるキリカ。いやいやいや!
「ちょ、ちょっと待て! アリアが話したのか? なんでここにいる? 俺に幻滅しただろ? 最低な野郎だって」
「なぁに言ってんのよ。救ってくれたんでしょ? ルシャだけじゃない、私達みんな救われたわ。――あら、こっちは元気じゃない」
いくら痩せこけてたとはいえ長身のキリカだ。しっかり食事を取って健康になっただけでもスタイルは良くなってくるし、アリアとはまた違った魅力のある美人だから反応しないわけがない。
下着がずらされ、キリカはその上に跨ってくる。俺は拘束されたまま!
「や、やめろって! 馬鹿な事考えるな。キズモノにしたくない!」
「そうね。だから早く祝福をちょうだい。そのまま始めちゃうわよ? 私は別にいいんだけど、祝福があれば守れるんでしょ? あなたの守りたいものが」
アリアから話を聞いたのか、キリカはあの地母神様との会話を知っているようだった。
「いや、あんなのおかしい! あれは神さまの屁理屈だ! 曲解だ! あんなこと、俺は望んでない!」
「でも、体が反応してるのは間違いないのよね?」
確かにその通りだった。幼馴染のときも、アリアのときも、今だって。体の欲求があるからこそ俺は反発している。これが矛盾した考えなのか、それとも男として誰もが思い悩む考えなのかさえもわからない。
「――じゃあ今はアリアを助けるためにお願い……。貴族の私兵が大勢来てるの。彼女だけじゃ全員助けられない」
――そういうのはズルいだろ……。
俺は神さまに悪態をついた。
「いや、俺は抱きたいからキリカを抱く。そして祝福を受けて欲しい。アリアと共に生き残って欲しい」
共にね……――と一瞬、物思いにふけった彼女は一転、顔を輝かせ――
「――んフッ、その方が嬉しいわ。それに生き残るのはあなたもよ」
◇◇◇◇◇
再び祝福が訪れるとやはりあの真っ白い空間にいた。傍らには生まれたままのキリカデール。
「話は聞いてるわ! 祝福をお願いします! 急いでいるのです!」
すると、すっと消えていくキリカデール。
『やれやれ、またずいぶんとせっかちな子をかどわかしたね、キミ』
かどわかしたとは人聞きの悪い……しかしあながち間違ってもいないため何も反論できない。孤児院育ちの純真な子たちをかどわかしてきた自覚はある。だってみんなガリガリに痩せこけてたんだもん。あれ、でもキリカは純真と言うにはなんか、
『そりゃあ豊穣の女神だもの。ボクだってちゃんと教育してるよ』
――うわぁボクっ娘キター。そして教育ってどこでどうやって。
『ああ! でも今回はあの恥ずかしい説明をしなくて良かったよ! イイねえ、実にイイ』
――ぐぬぬ。
しかしまた非処女を世に解き放ってしまった。幼馴染と将来を誓ったはずなのに……俺自身がクズに成り下がりつつある自覚がある。
『彼女たちは未だ処女だよ。そうキミにも教えたじゃないか』
――ヤっといて処女はないだろ!
『最高峰の鑑定でさえ処女としか判断できないのだから、まごうことなき処女だよ』
――本人の自覚があるだろ。
『豊穣の女神のお墨付きだ。処女の自覚なら間違いなくあるだろうね』
――いろいろ間違ってるだろそれ!
『処女と非処女の違いなんて、その程度の差でしかないと思うけどね、ボクは』
――無茶苦茶だよ……。
『それに地母神としてはキミが全員娶ればいいと思うね。産めよ増やせよ――だよ』
――そんな無責任なことできるかよ。
『大事な妻たちの仲を取り持つ責任ある立場だよ。ハーレムじゃみんなそうやってる。何だかんだ言って、この世界には寡婦が多い。男は減りやすいんだ、ボクとしては願ったり叶ったりだ』
――理解できねえ……。
『じゃあ彼女らが愛する人を見つけたとき、キミの記憶も消そうか?』
――そんなこと、申し訳なくてできねえよ。
『ハァ……キミは独占欲が強すぎる。つまりはイイ雄なんだから素直になりなよ、キモいよ』
◇◇◇◇◇
目が覚めると腕の枷は外れていた。鏡のような切断面で一直線にふたつに分かれていた。そして視線をあげると、こちらを見下ろしていたアリアと目が合った。
「ぁ……」
何か言いかけるも、彼女は顔を逸らし、クロークを放って寄こして出ていく。こちらも声がかけられない。……気まずい。キリカが脱ぎ散らかしていった服を拾い集め、牢を出る。
先頭には下着姿にしか見えないキリカ。両手には輝く長剣。鎧の男たちの集団を下がらせていく。その後をアリアと見知らぬ女の子が二人ついていっている。俺はその後ろをクロークにパンイチのままの姿でついていった……。
石の階段を上がっていくと、どこかの建物の廊下。扉がいくつもある。
どこか見覚えがあると思ったら、あの娼館だった。
「わわっ!」
最後尾を歩いていると突然、背後から組み付かれ、ナイフを突きつけられた。扉がいっぱいあるもんなあ。さすがに音もない背後からの不意打ちはいくら俺でも気づけない。
「動くな! この男の命が惜しければ――」
後ろの男がそう言いかけたとき、先頭を歩くキリカが一瞬、くるりと舞ったような気がした。
ゴロン――と俺の足元に何かが転がった。
「「ギャー!」」
血しぶきが上がり、俺と後ろの男は悲鳴を上げた。俺に組み付いていた男の腕は床に転がっていた。キリカと俺の間に居た三人は、――えっ?――と何が起こったのか分からぬ様子で振り向いた。それからアリアが駆け寄ってくる。俺――じゃなくて男に。
アリアは俺の横をすり抜けざまに男を蹴倒し、膝で
「動くな。動くとすぐまた取れるぞ」
男の両腕をアリアが拾い、元の場所に
「――次は無いと思え」
そうアリアが脅すと、情けない顔をした男は何度も頷いた。
◇◇◇◇◇
キリカの前に居た鎧の男どもは道を開けるように後退りつつ、ついには店の前まで出る。ただ、そこにはあのノエルグが居た。貴族の姿は見当たらないが、他に四人の鎧の男を連れていた。
「女相手に何をやってる! 貴様ら、誰に雇われてると思っているんだ!」
ノエルグはイキり散らかしているが――
「……るせえよ、あんなの相手できるかよ」
「自分で相手してみろ、ありゃ普通じゃねえ」
今までキリカと対峙していた鎧の男たちは口々に文句を言っていた。
それに対して顔を歪ませるノエルグ。
「退けっ!」
そう言って六人と入れ替わるように立ち塞がるノエルグと四人の鎧の男たち。
やめておいた方がいいぞ――と忠告されるもお構いなし。
「ん? おやおや? ジューキは女に守って貰っているのか?」
こちらに俺の姿を見つけたノエルグは嘲るように言ってきた。
「まあな」
「滑稽だな!」
シュッ――と一瞬、風を切るような音がした。
「うっさいわね、私の男を馬鹿にしないでくれる?」
「「えっ!?」」
キリカの言葉に俺とアリアの声がハモる。
しかしそれよりも、ノエルグの頭からパラパラと散っていく物が気になった。
「なんだこれは……」
ノエルグがそれを手で掬うがハラハラと散って落ちていくだけ。
「ノエルグさん……頭が…………」――斜め後ろに立っていた鎧の男が指差す。
ノエルグが頭に手をやると、いくらか巻き気味の豊かな金色の髪はまとめてバサリと落ちてきた。あとに残されたのは頭皮ギリギリに真一文字に刈り取られた天辺ハゲ。
「うわ、えっぐ……」
「はっ? ハァ? こっ、こっ、これ…………はぁっ!?」
「まあ、怪我は無いからまた生えてくるだろ……」
「お前ぇぇぇぇぇええ…………殺ス!!」
――いや俺かよ!!
どう見たって今やったのはお前の目の前のキリカしかいないだろ! 怒りの矛先を俺に向けるノエルグは、俺との距離が5メートルはあるかというのに、何をしようというのか長剣を大上段に振り上げる。
「砕け散れ!!」
「危ない!
シュッ――アリアが力を発動するよりも早く、再び風を切る音がした。
全く見えなかった。さっきと違ってキリカがそれだけの速さを持っていると知った上だったが、気付いた時にはキリカは長剣を構えなおしていて、ノエルグは皮一枚繋がった右腕を抑えながら二つに折れた長剣を取り落としていた。
「治さなくていいわよ」
「うん」
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気を持たせた戦闘とかあまり好きじゃないんでだいたい速攻で終わりますすみません……。
この世界の下着については、ブラとかはコルセット派生で貴族辺りから普及しているとは思います。それ以外だとモスリン(メリヤス織)かなと。確か服飾史の本にモスリンで胸を巻いてたとかあった気がします。どちらにしても、異世界人が来てるので何があってもおかしくはないです。
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