第25話 剣聖

 夕暮れ、あたしたちは孤児院までなんとか帰ってくることができた。ルシャは回復していたけれど、どこかまだ調子が悪そう。生死の境をさまよっていたもの、当然かもしれない。


 ルシャと体力がもともと少ないリーメを孤児院に残し、姿を消したユーキを探すため、キリカと共に冒険者ギルドへと向かう。彼の行きそうな場所はあまり多く知らない。だけど討伐依頼の件もある。だからまずはギルド。



 ギルドの建物の入り口は開け放たれたままになっていて、外から見ても人の多いことが伺い知れた。


「ちょっと……通して貰えますか」


 入り口で足を止めていた冒険者の一行を押し退けるようにしてホールへ踏み込むと――


「アリアさん?」

「アリアだ……」

「アリアが戻って来たぞ」


 普段なら声もかけてこない冒険者たちが口々にあたしの名を呼んだ。異様な雰囲気に何かがあったのだと察した。


「ここにユーキは来た? 何かあったの!?」


 そう聞くと、奥に居たギルドの上級職員がやってきて声をかけてくる。


「無事でしたか、よかったです。アリアさんには大変申し訳ないことをいたしました。手前どもの職員が討伐依頼の内容を改竄していたのです」


「そんなこと今はいい。ユーキはどこ?」


「貴族の野郎が連れて行った!」

「この間、腕相撲で負けたあの卑怯者が後ろから殴りつけたんだ!」

「馬車で大通りを東へ行ったぞ!」


 冒険者たちが口々に教えてくれる。


「みんな、ありがとう」


 礼を言って出て行こうとすると、さっきの上級職員が再び声をかけてきた。


「ユーキさんが言うにはその……貴族が職員に賄賂を渡してあなた方を陥れたのではないかと……」


「ユーキが言ったのなら本当なんだと思います。――申し訳ないと思うのなら今すぐ城の大賢者様に連絡をつけて。召喚者のユーキが攫われたって」


 ギルドの上級職員にメッセンジャー代の銀貨を投げ渡し、キリカを連れて走り出した。


「当てはあるのかしら?」


「前に捕まった娼館。それかあたしたちが入れられてたあの館の牢」


「館の方だったらまずいわね」


「大通りを東へ行ったなら、たぶん娼館」



 ◇◇◇◇◇



 クロークの前を合わせ、フードを目深く被って神殿前の広場から例の娼館の様子を伺う。娼館の一階の酒場には店番が二人。残りは客に見える。表に馬車は見あたらないが、館の裏手の庭へ向かう入り口に見覚えのある御者が居た。そして御者の傍に居る十名ほどの鎧の一団。あれは貴族どもの使う私兵。


「数が多い……」


「聖騎士の力で捌ききれるの?」


「難しいかも。『砦』は守るだけで動けないから。鎧相手だと一対一で捌かないと厳しい」


「……いざってときは最後の手段、使っていい?」


「……い、いい」


「ほんとに? 怒らない?」


「……こ、恋人ってわけじゃないもん」――まだ……。


「やたっ!」


「喜ばないでよ、もう!」


 キリカがお願いと顔を突きだすので彼女の手持ちの紅を差してあげる。背も高い彼女は、髪留を解くと豪奢な金髪がふわりと広がり羨ましいほど魅力的に見える。手櫛で髪を整えてあげると彼女は胸元を広く開ける。


「先に行くわよ」


 クロークと装備を預かり、代わりに手投げの短剣スローイングを渡す。


 キリカが入っていくと店番の男が一人減った。

 あたしは薄めた葡萄酒を開け、服に零すこぼす。足元しか見えない程にフードを深く被り、ふらふらと酔っ払いの真似をして目的の娼館へと近づいた。


 店の男はあと一人。残りは飲んだくれの客くらい。あたしは男の目の前まで近づくと、できるだけ低い声で男に声をかけるのだが、演技することに緊張してしまったあたしは――


「よ、よう、大将やってる?」


「あ? おまえ女か?」


 瞬間、剣のガードを逆手に持つと、柄頭ポメルで男の鳩尾を殴りつけていた。……やってしまった。女とバレたことよりも、おかしな台詞を言ってしまった自分に動転してしまった。ああもう! ユーキのことを笑えない!


 しかし一瞬のことだったからか、客は誰も気が付いていない様子。――飲みすぎはよくないぞ――と誤魔化しながら、気絶した店員を脇に寝かせて奥の突き当りを左手へと進む。


 以前捕まっていた場所。廊下の奥に下りの石の階段があり、今は入り口が開いていた。地下は古い石造りの構造でかなり広い。おそらく神殿に関係した施設だったのだろうけど、今は小さく分けられた部屋に格子窓付きの扉が付けられている。


 階段を少し降りると、着衣に引きずってこられたような乱れのある店員が倒れていた。キリカの仕業だろう。階段を下まで降りていくと――


「誰?」

「誰か来た」


 声が聞こえた。扉に付いた格子窓を見ると、まだ若い女の子が二人、それぞれ別の部屋に捕まっていた。助けたいけど、まずはユーキを……。奥には灯りを持って牢の前に屈んでいるキリカ。


「まだなの? 早く! 盗賊でしょ」


「いやいや、だってこんなの初めてだし、能力あっても道具がないとこんなに大変だとは聞いてないし……あ、開いた!」


 中に入ったキリカから――うそ!?――と声がする。覗き見てみると、中には身包みを剥がされて猿轡を嚙まされたユーキ。ただ、両腕には鎖のついた手枷をはめられていて、鎖は壁に。何とかなりそうだと思っていたが甘かった。


「時間を稼ぐから手枷を外して!」


 ユーキはキリカに任せて上を警戒する。やがて階上からは声が。


「――人が来る。早く!」


 キリカを急かすも人が近づいてくる様子があった。

 彼女も手枷を外すのに手間取っているようだった。


 あたしは覚悟を決めて長剣を構え、あたし自身を鼓舞するように声を張り上げる。


「全員を解放なさい!」


 先導していた店員の後ろからは鎧の一団が現れた。数は六人。鎧相手ではあたしの長剣ロングソードで撫で斬ることはできない。全身鎧ではないが、鎧を身に着けての戦いに習熟している者は鎧での受け方もよく知っている。


「本当に助けが来るとはなあ。で、どこの手の者だ」

「まさか助けに来たのが女とは……素直に白状するなら優しくしてやる」


 あたしを舐めている鎧の一団はいやらしくわらう。

 実際、この狭い場所でこれだけの数の差があり、何よりも体格に差のある鎧を身に着けた相手というのは、どれだけ剣の腕が立とうとも覆せるものではない。剣士の祝福があるあたしならなおの事それが理解できる。


 そして牢の方からは聞き覚えのある呪文が響いてきた。


 ――ああやっぱり……。


 でも、キリカなら非常時じゃなくても祝福を望んだかもしれない。胸がざわついて苦しい。

 そんなあたしの気持ちは、迫りくる目の前の情け容赦のない鎧の一団に掻き消された。


「身の程を知らせてやるよ!」


 長剣で斬りかかってくる二人の私兵!


フォートレス!」


 バン――という衝撃音と共に、目前まで迫っていた長剣はもちろんのこと、すべての敵があたしの周りから排除された。近づいてきていただけの私兵も何人か弾き飛ばされて倒れ込んでいる。


「なんだこれは!?」


 目の前に現れた輝く地母神様の紋様に触れようとする男。他の私兵たちも斬りつけたり、短剣を投げつけるも全てが阻まれる。


「魔法の障壁か? こちらも誰か魔法で狙え!」

「退けっ! 俺が叩き割ってやる! 戦鎚よスカルス!」


 呪文の完成と共にその男の手には輝く戦鎚が握られ、打ち掛かってくる。が――


 ガン――と弾かれた魔法の戦鎚。


 さらには別の男によって稲妻の杖ワンド・オブ・ライトニングボルトが振りかざされ、暗い地下は一瞬で轟音と光に満ちる。しかしそれもフォートレスの前には無力だった。


「いったいどうなってやがる!?」

「こんなことがあってたまるか!」


 魔法だとしても通るはずがない。竜の吐息でさえ阻むフォートレスだ。

 無駄と理解しない彼らは闇雲に打ち掛かってきていた。

 ただそれでも、この膠着状態をいつまでも維持できるわけではない。ここは彼らの根城なのだ。

 


「まだ? 早くして!」


 キリカを急かすが…………あの子、声を抑えていないのであたしもモヤモヤが止まらない。ああ、フォートレスに驚いてた私兵たちも声に気が付き始めた。ちょっとなんか……凄く恥ずかしい!


 やがて静かになるとキリカが出てきた。上半身裸で!


「ちょ、ちょっと! なんで脱いでるのよ!」


「いいじゃない。初めてなのよ。思い出は大事にしたいわ」


「あ、あたしだって――」


 ――あたしだって大事にしたかった思い出なのに。


 キリカは胸だけ布で縛ると、前に進み出た。私兵たちは状況が理解できず、中には見とれて呆けている者もいる。キリカは背伸びをするように頭の上で両手の指を絡める。


聖剣よスコヴヌング!!」


 彼女の右手が左手の中指と薬指を握って引っ張ったように一瞬見えた。次の瞬間には右手に輝く長剣が握られていた。彼女は剣を横薙ぎにひと振りすると、何が起こったのか、私兵たちの持つ剣が三本、高い音と共に同時に折れた。あたしには少なくとも今の太刀筋では彼らの体も切り裂かれていないとおかしいように見えた。


「下がらないと首が飛んじゃうわよ?」


 キリカは刃渡りだけでも三尺はある長剣をまっすぐに差し出し、私兵たちを威嚇して下がらせていく。ただ、彼らが妙に動きづらそうにしているのでよく見ると、身に着けた鎧が切り裂かれていて体の動きを阻害していた。


 下着姿の女性が兵士をたじろがせる異様な光景だったが、突然彼女はまるで折り畳みナイフフォールディングでも開くかのように左腕から刃を生やすと、今度は左手に別の長剣が現れた。左腕をぐるりと一周振るうと、例の閉じ込められていた少女たちの牢の、頑丈な扉の蝶番が割れて扉ごと落ちる。それもふたつ同時に。


「行きましょう」


 あたしはキリカに声を掛けられるまで動けないでいた。


 『愛されし剣』こと剣聖。彼女はまさに神の寵愛を受けた剣そのものだった。







--

 よくある異世界ファンタジーでは全身鎧の雑魚が剣で撫で斬りにされたりしていますが、あれって鎧着てる意味ないや~んってなってしまう鎧フェチなので撫で斬れないのが普通の世界です。お金ができたらアリアにはフルフェイスかせめてサレットあたりの兜は買ってあげたいですが、砦があると要らなくなってくるんですよね……。


 そして何故またスコヴヌングを採用したかと言うと、名が身体の一部を意味する剣だったからです。その他の要素は全く取り入れていませんw


 ちなみにユーキが使う単位はメーターやキログラム等、日本で一般的だった単位を使いますが、アリアたち現地人は尺(フィート,英尺の意で使用)や听(ポンド,英听の意で使用)を使います。実生活では便利な単位なんですよね。


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