第24話 アリア

 あたしの名はアリア。本名であるアリア・イルマリル・デル・アイリアの名は捨てたはずだが、あの強欲な貴族どもはその名を利用しようとしている。呪いのように纏わりついてくる名を、貴族たちに攫われてしまったあの日、再び他意なく拾い上げてくれる少年に出会ったのだ。



 異世界から来たという少年は、青白く、頼りなさげではあったが、おどける仕草は可愛らしく、また少なくとも善人に見えた。


 初めて出会ったときは、彼の喉元にナイフを突き付けて脅したにもかかわらず、達観した様子であたしと会話し、娼館から逃げだすのを手助けしてくれた。


 次に偶然会ったとき、ちょっとだけ揶揄からかってみたら突然涙を流し始めた。ぽろぽろと零れる涙を恥ずかしげに拭う仕草は、昨日とはまるで別人のようにはかなかった。


 その次に会ったときはとてもよそよそしかった。彼はしばらく話していると打ち解けてくるが、翌朝には別人のように他人行儀になる。気に入らないのであたしは彼に、朝から晩までくっついていることにした。


 四度目に会ったとき、ようやく彼は彼のままでいた。



 ◇◇◇◇◇



 あたしはギルドでは孤立している。原因はあの貴族ども。

 あたしに冒険者の初歩を教えてくれた人たちは突然居なくなった。他の冒険者たちからも距離を置かれている。孤児院の三人にお金の稼ぎ方を教えるため薬草師の女性を雇ったが、土壇場で断られてしまった。


 そんななか、彼はあたしに普通に接してくれた。昔からの友達のように思えた。



 ◇◇◇◇◇



 彼はまた、素晴らしい祝福を得ているにもかかわらず、自分が凄いわけではないという。

 彼はまた、偏見の目で見られがちな祝福を得ているにもかかわらず、自分が悪いわけではないという。ただ与えられただけだと。


 あたしたちの感覚では、小さな頃の行いで良き祝福を得られるというのが普通だ。だから、良き祝福を得た者は偉い人だし、蔑まれる祝福を得た者は自業自得だと考えるのだ。


 ――領主に剣の腕は要らない。配下の者にあればそれでいい。


 それが普通だったあたしには、彼の考え方はキラキラと輝いて見えた。



 ◇◇◇◇◇



 ある日、彼が小さな砂時計をプレゼントしてくれた。――お茶がおいしいね――そう言っただけのあたしの言葉を拾ってくれた。彼はとても繊細だ。血を見るのも恐れる。それなのに、普通なら酷く怖いような目に合うと急に達観することがある。なぜか生きることを諦めてるように見えるのが怖い。



 できればずっと、ひだまりのようなのがいい。

 あたしに似合ってると言ってくれた……。







 ◇◇◇◇◇



 ルシャの血が止まらない。

 魔法の薬も効いた様子がない。

 彼女たちのお姉さんになったつもりだったのに、自分の力ではどうしようもない。

 苛立ちを吐き出すかのように彼に泣きついた。


 彼はひとつだけ手があると言った。



 ユーキは苦悶の表情を浮かべ、話し始めるが、どうしてかのような喋り方をしていた。いつもの彼ではない。他人行儀なときの彼でもない。苦しみ、悲しみ、戸惑い、後悔、いろんなものが混ざり合った表情をしていた。


 彼はルシャを助ける代償としてあたしの体を求めた。――なんだ…………いいよ、そんなこと。終わったら何度でも抱いてくれていい。でも、もうちょっと雰囲気のある告白がよかったな――そう答えると、彼は今すぐじゃなきゃダメだと言った。


 彼は自分にしか見えないタレントがあると語る。あたしは聖騎士、キリカは剣聖、ルシャは聖女、リーメは召喚士。それを顕現させることができるのだと。いま頼めるのはあたししかいないと。……ちょっと悲しかった。だけどルシャが助かるのなら――


 あたしは彼の目をしっかりと見て、わかったと答えた。


 彼は呪文のようなものを唱えていた。あたしは下を脱いで横になった。


「はじめてだから……」


「知ってる。ごめん」


 ――謝らないでよ……。


 一瞬、彼が正気に返ったような気がした。彼は自分の両手が血まみれだったことに気が付くと、顔をうずめてきた。あたしは両手をぎゅっと握りしめ、顔を隠して声をかみ殺した。


 彼が入ってきたとき、愛おしさにどうしようもなく抱き着きたかったが、ルシャの血にまみれた両手が目に入った。あたしは両手を胸の前に組んで彼女を想い、祈った。


 ――お願い、かみさま――。







 ◇◇◇◇◇



 真っ白な場所にいた。隣には悲しそうなユーキが立っていた。彼は裸で胸には大きな穴が開いていた。どうして生きているのかわからなかったが、悲しそうにしていることの方が心配だった。


「どうして泣いてるの? あたしは嬉しかったよ」


 彼は答えない。


『キミ、何も言えないのは相変わらずだね。しかも今回は聞くミミまで持たないと来た』


 いつの間にか輝く姿の女神さまが傍に立っていた。地母神様だ。

 女神さまは彼に話しかけていたが、返事が無いためか、こちらを向いて語りかけてくる。


其方そなたはいま、地母神の祝福『愛されしたなごころ』をこの鍵の者を通して受けた』


「魔女の祝福……ユーキがその鍵の者なのですか?」


『そうだ』


「あたしは聖騎士になるのですか?」


『そうだ。そしてこの鍵の者、達ての願いは其方たちの処女性を守ることだ。だから其方はこの鍵の者の祝福を受けてもいまだ処女のままとした』


 ユーキに捧げてしまって構わない。でも――


「それが彼の望みなら」


『其方が愛する者を見つけ体を許すとき、『愛されし掌』は役目を終えて眠りにつく。その時にはこの鍵との経験の記憶も失われる。安心なさい』


「あたしはユーキで構いません」


『それは我らの知るところではない』


 彼の考えはわからない。異世界の感性なのか、あたし自身が未熟だからなのかわからない。でも大事にしてあげたい。あたしは女神さまに促され、真っ白な場所を去った。



 ◇◇◇◇◇



 意識が現実に戻った。隣でユーキが眠っている。反射的に胸の穴を確認してしまった。大丈夫なのを確認すると、彼の胸をひと撫でし、下を履いてルシャのところへと向かう。


 すべきことは理解していた。祝福があたしに教えてくれる。


 輝きの手レイ・オン・ハンズ――ルシャのお腹に両手で触れると見る間に傷が塞がっていく。概ね塞がったところで、片手を彼女の胸に当てる。大丈夫、心臓は動いている。生命力を与えられ、心臓の動きもしっかりしてくる。


 顔に触れる。うつろだった目に光が灯る。周りを見て声を上げようとするが、唇に人差し指を当て、喋らないでと声をかける。乾いた唇に水気が戻っていく。


 ルシャは命が枯れかけていた。あたしは長い時間をかけて彼女の体のあちこちに触れ、生きる力を与えていく。キリカとリーメは目の前の奇跡に目を見開いていた。――ああ、ルシャが戻ってきた。戻ってきてくれたんだ――ふたりは抱き合って涙した。








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 すみません、割と好きな回ですのであまり改稿してません。

 わかりづらい部分があったら教えてください。


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