第23話 幼馴染
俺には幼馴染が居た。兄妹のように育ったお隣の女の子。部屋の窓を開けると彼女の部屋の窓。いつも一緒に居てラブコメの幼馴染みたく仲が良かったが、俺自身、その頃は妹のようにしか思っていなかった。
中学に入ると彼女はひと足先に思春期を迎え、オシャレになり、背も伸びて見違えるように美しくなった――というのは周りの男友達の話。俺はと言えば変わってしまった幼馴染を冷めた目で見ていて、置いて行かれたような気分と共に疎遠になった。
部活を始めた彼女とは朝夕の時間が合わなくなった。隣同士だというのに顔を合わせることはほとんど無くなった。そして彼女の噂話を聞くときは、たいていいつも恋愛の話とセットだった。同級生だの、部活の先輩だの後輩だの、そんな話を聞くたびに俺の苛立ちは増していき、憂さを晴らすようにネットとゲームにのめり込んでいった。
幼馴染は俺の母とはとても仲が良く、彼女の親が仕事で不在がちなこともあってか、時折、うちの居間でお茶を飲んでお喋りをしていた。けれどあいつは俺には興味なく、ただ親の土産をうちの母に振舞っていただけだった。
中学を卒業する頃、遅れてやってきた思春期と共に俺も彼女を想うようになる。が、疎遠になっていたころの弊害もあって、俺はネットの知人たちの影響で立派な処女厨にも育っていた。お互いが初めて同士で最後までお互いだけがいい。けれど幼馴染はおそらく
高校の入学式の翌日、時計を気にしていた母に急かされて、俺はかなり早い時間に家を出る。
初日の交友関係はかろうじて前の席のネトゲ趣味の男と仲良くなった程度だった。それに比べ、偶然にも同じクラスになった幼馴染は早速、美男美女でクラスの上位カーストを形成していた。初日から身分の差を見せつけられたようで胸が痛むが、心を殺せば平穏に暮らせるはず。
四月とは言え、これだけ早朝だとまだ少し肌寒い。学生どころか出勤の人影さえまばらだった。
タタッ――不意に後ろから小走りで近づく足音。避けようとすると、その足は俺の隣で歩調を合わせた。ちらと見やると首をかしげるように俺の顔を覗き込んできた女の子。
「おはよ?」
様子を伺うような躊躇いがちな挨拶だったが、その声は俺の心臓を跳ねさせた。
久しぶりに間近で見る幼馴染は、小学生の頃とは全く違って見えた。
薄っすらと化粧をしてこちらを伺う彼女は輝いて見えた。
「おっ、おう」
「ちょっと寒いよね」
彼女はそういうと、歩きながら俺に身を寄せてきた。
なんだかいい匂いが漂ってきてくらっとする。
「ちょ、近くない?」
「いいじゃん。昔はこうだったでしょ」
慌てて距離を置こうとする俺に彼女は腕を絡めてきた。
肘に柔らかいものが当たって動揺し――。
「お前っ、彼氏いるんだろが」
「いないよ? 去年から一年近くいないかな」
「でっ、でも、俺たち腕なんて組むような関係じゃなかったろ!」
ドキドキに耐えられなかった俺は腕を振りほどいて彼女から離れる。中学の頃は同じくらいの背丈だと思っていた彼女だったが、俺はいつの間にか追い越していた。
「じゃあ手、繋いで。昔みたいに」
「なんだよ、昔、昔って……」
そう言いながらも、触れてみたかった彼女の手を包み込む。
彼女の手はとても冷たかった。寒いからだけではないように思えた。
何故なら幼馴染の顔は真っ赤だったから。
ゲームと違って
彼女の感情がそのまま伝わってくる。そう感じられた。
学校ではいつもの――昨日までのような幼馴染に戻るかと思っていただけに、その後の彼女には驚かされた。小さい頃に戻ったかと思うくらい頻繁に俺の名を呼び、親し気に触れてもきた。彼女の付き合いの輪にはとても入れなかったが、彼らにも名前くらいは覚えてもらうことができていった。
翌日は昨日ほどではなかったものの、再び時計を気にする母によって朝の早い時間に家を追い出される。幼馴染が待っていないか期待したが彼女の姿は無かった。ただ、歩き始めてすぐに、小走りで近づく足音が聞こえてくると、俺は胸の高鳴りを抑えることができなかった。
登校には少しだけ早い時間に家を出る。彼女もほぼ同じ時間に家を出て、俺に追いついてくる。待っているわけではなく、あくまで偶然を装うように。そんな母と幼馴染の企みに気付けなかった俺は、毎日の淡い期待と共に早い時間の登校が習慣付いていた。
十日ほどが経った。幼馴染は中学で続けていたバスケの部活には入らなかった。――わざわざ俺との朝の時間を作るため?――そう期待してしまう自分が居た。やがて彼女は朝だけでなく、入学してしばらくは友達との時間に当てていた夕方の時間さえ、俺と過ごすようになった。
幼馴染は贔屓目に見てもクラスで一番二番の美人だと思う。明るくて人付き合いもよく、入学して早々に告白されたなんて話も聞いた。それがいくら幼馴染とはいえ、フツメンで人付き合いの苦手なカースト下層の俺なんかと仲良くしていて大丈夫なのか? そんな思いは杞憂に過ぎなかった。後から考えると彼女が根回ししていたのだろう。俺との仲はクラスに歓迎されていた。
そして入学から一カ月ほど。引き出しの奥に押し込められていた俺の幼馴染への想いは再び引きずり出された。俺は夜遅くに決断し、深夜テンションの寝不足のまま彼女に告白した。朝のなんでもない登校の時間、普通に考えたらこんなタイミングでいう言葉ではないだろう。酷い顔をしていたとも思う。
――何でそんなに喜んでんだよ。
彼女は朝の身支度を整えたばかりの顔をくしゃくしゃにして泣いて喜んでいた。
――恋人ができるのだって初めてじゃないだろ。だけど――
こんな顔を見せられては処女厨なんて言ってられない。いいじゃないか、彼女は特別だ。
朝イチで告白なんてするもんじゃない。誰もしない理由が良く分かった。クラスメイトと鉢合わせる度にぎょっとされ、何があったか問い詰められる。彼女は――想いが叶ったからいいの――と話す。俺は気が気じゃなかったが、彼女としては恋人宣言をしてまわる手間が省けてよかったと後から聞かされた……。
男女の関係になったのはそれから三ヶ月ほどあと。彼女から迫られた。こちらもその気が無かったわけじゃない。ただ俺は立派な処女厨だったので――喩え彼女がそうでなかったとしても――結婚する相手とだけしたいんだと告げた。――えっ、キモっ――胸をえぐるような言葉を返されたが、彼女はすぐに――自分は気にしない。けど他の人の前ではぜったい言わないで――と。その後、彼女は将来を誓い合ってくれた。彼女は未経験だった。
付き合って一年経とうかというころ、真剣なまなざしの彼女に告げられる――他に好きな人ができた――。明日にでも告白するそうだ。いいじゃないか、不義理を働いたわけじゃないんだ。結婚しているわけでもない、高校生なんて自由恋愛だ。ただごめん。幼馴染に俺は謝りたい。謝りたかった。
おまえの処女を守れなかった――と。
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主人公のユーキは、ご覧の通り割と偏って見える処女厨です。
生理的に嫌悪しているわけでもなく、いざその立場に立つとあまり気にしませんが、世の処女厨ってだいたい本質的にはこんなもんなんじゃないでしょうかね? ユーキはかなり自責的ではありますがその辺は……。
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