第22話 真相

 目が覚めたとき、アリアの姿は無かった。

 ルシャはどうなっただろう?……たぶん大丈夫だ。アリアが居る。


 俺は逃げ出した――彼女たちに今の俺を見られたくなかったから。


 俺は走り続けた――元居た世界での自分とは違って、異常な距離を走り続けられるのが面白くて少しだけ気分が晴れた。アリアのように速くはないが。


 森を越え街道を抜け、大勢の人々とすれ違う。ロバで荷車を運ぶ様子はよく見かける。護衛された大きな四頭立てのワゴンは珍しい。冒険者の一行はときどきみかける。一頭立ての二輪カートは貴族がよく使う。出会う誰もが走る俺を訝しげに見ていた。


 街の西門をくぐって東西の大通りを駆ける。人を掻き分け、ぶつかりそうになりながら足をよろめかせ、それでも走る。他に大通りで駆けているのはせいぜい小さな子供くらい。異様なテンションのまま辿り着いたのは冒険者ギルドだった。


 ギルドホールの入り口をくぐると血塗れな俺の姿を見てぎょっと目をむく冒険者たち。人が多いと思ったが、タイミングのいいことに右手の広いテーブルで踏ん反り返っていたのはノエルグたちだった。尤も、素性がバレた今となってはあの貴族が中心となっているようだ。そして奴らは他の冒険者たちとは別の意味で驚いていたようだった。


「なんだよ、そんなに珍しい顔かぁ? ここに居るのが不思議かぁ? お仲間を見かけたぜぇ? ゴブリンに囲まれて死んでたけどな!」


 無茶をしてきたからか舌が回らない。フラフラともたつく足。この間、マシュに飲まされた薄めていない葡萄酒を飲んだときより酷い。


 先日の貴族の仲間が二人ほどいない。うち一人の名前はあそこで確認した。ゴブリンに囲まれて死んでいた男がそれだ。俺の言葉に何か言い返してきて騒いでるが、俺はとにかくのスクリーンに集中していた。


「お前、聞いてるのか? 誰を殺した?」


 いきなり人殺しと決めつけてくるとは酷い言われようだな。

 ノエルグが胸ぐらを掴む。――が、その腕を取って強引に捩じ上げる。


 ――邪魔だよ。


「仲間はどうしたの? 見捨ててきたのかな?」


 悲鳴を上げるノエルグの様子も気にせず、お貴族様が聞いてくる。


 ――こいつ……。


 俺はノエルグを突き放し、ニヤついたお貴族様を尻目に受付へと向かうが、足が言うことを聞かず真っ直ぐに歩けない。


「ねぇ、ナディさんて居ますかぁ? 居ますよねぇ?」


 カウンターの向こうで顔を引きつらせているヴィリアさんがコクコクと頷き、傍で縮こまってる赤茶の髪の子を指さす。


「うちのパーティの討伐依頼、見せてもらえるかなぁ。陽光の泉ひだまりのゴブリンの巣穴掃討の依頼。その依頼の元になった報告ってありますよねぇ?」


「な、なくしました……」


 青い顔をした彼女の言葉――鑑定は嘘と言っている。――こいつだ。


「それ、嘘ですよね。巣穴の規模を改竄したでしょぉ?」


「ひっ……」


 ナディという受付嬢は頭を抱えて怯えていた。


「あと、場所も巣穴じゃなく見張り台みたいなところに指定されてましたよねぇ? オマケにそこのお貴族様の手下がわざわざタイミングよくゴブリンの巣をつついてくれたみたいで! 俺たち囲まれちゃってさぁ……」


 俺が問いただしている間にヴィリアさんが奥に引っ込んでいったが、すぐにギルドの職員たちがやって来た。俺はカウンターに寄りかかる。頭がくらくらして立っていられなかったのだ。


「ナディが依頼を改竄したというのは本当なのか!?」


「彼女の預け入れ金のやり取りとぉ、依頼とぉ、その大元の報告を見てくださいよぉ」


「預け入れ金だって?」


「ええ、そう。――ナディさん、そこのお貴族様から報酬貰ってますよねぇ。さっき結構前からギルドの口座に入ってたみたいだしぃ? アリアにずっと嫌がらせでもしてたのかなぁ?」


 ギルドの職員がみんな驚いた顔をする。


 先ほど確認した貴族のスクリーンには、冒険者ギルド所属の旨と通帳の履歴が表示されていたが、その中の唯一のギルド職員への送金記録が彼女への物だった。彼女へ少額の送金が何度も記録されていて、最近になって金貨5枚分の高額な送金があった。


「預け入れ金のやり取りは羊皮紙に残っている記録を確かめるしかないのに、なぜそんなことがわかる?」


 あれ? 思ったよりアナログだった。

 じゃあこの預け入れの履歴ってどこに記録されてるんだ?


「所長、報告が見つかりました! 中規模での報告の報酬が支払われています。担当は……ナディです」


 ヴィリアさんが報告の書板を引っ張り出してきて、他のギルド職員と確かめ合っている。


「見張りの規模や装備から見る限り、小規模の巣穴とは間違えようが無いぞ」

「これは80体を超える中規模以上の巣穴だろう。誰がこの依頼を書いた!」


 怒気をはらむ職員の声に首をすくめるナディさん。


 ギルドの職員はようやく何が起こっているのか理解したようだ。リーメみたいにドヤってやろうかと思ったが、次の瞬間、頭への衝撃と共に俺は意識を手放した。







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 ここでややこしくなるのでヴィリアさんに名前つけて置いてよかったです。

 ヴィリアって名前の女性はこの国には結構たくさんいるはずです。


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