第21話 祝福

 ――俺は最低だ。最低最悪の人間だ。


 こんな手段を持っている以上、彼女たちと関わる以上、いずれは訪れた選択だったんだ。最初から逃げていればよかった。


 ああ、あのとき……あの最初のとき、アリアが俺の首を掻き切ってくれていれば…………どんなに幸せに終われていただろう。


 絶望の内に俺は彼女へ、ルシャを助けるための条件を提示した。悪魔の契約だ。とても魔女らしいじゃないか。築き上げたものを何もかも壊してしまう。俺は何も守れない。


 キッと睨みつける彼女。その瞳に映るのは失望なのか、諦めなのか。


 信じていたのに――そう語りかけるような瞳。彼女の体と引き換えに、望みを叶えてやる悪魔。こんな顔は見たくなかった。


 屈辱に耐えるかのように両の拳をぎゅっと握りしめ、顔を隠す彼女。悲しくて悲しくて、ごめんとしか言えなかった――。







 ◇◇◇◇◇



 祝福が訪れたとき、俺たちは真っ白い空間にいた。魂だけと言っていたあの時の。


 アリアは何も身に纏っていなかった。


 俺は胸に大きな穴が開いたままだったが、以前と違い、剥き出しの脈打つ心臓がそこについていた。


「…………」――アリアは何か言っているようだが聞こえない。


 やがてあの白い人影が現れた。あの時と同じく俺は朦朧としていたが、二度目でもあるためか、或いは俺が立っているためか、がよく見えた。あの時、その人影はドレープの付いた白い衣装を身に纏っていたと思っていたが、そうではなかった。これはあれだ。地母神様そのものだったんだ。胸に腹に、ぐるりと一面に渡って実ったその乳房は豊穣の象徴なのだなと思った。


『キミ、何も言えないのは相変わらずだね。しかも今回は聞くミミまで持たないと来た』


 こちらを向いて語りかけるが、すぐにアリアに向く。つれない女神さまだ。


其方そなたはいま、地母神の祝福『愛されしたなごころ』をこの鍵の者を通して受けた』


 ――なんだ……この女神さま、普通に喋れるじゃないか。

 

「…………」――アリアは何か言う。


『そうだ』


「…………」――またアリアは何か言う。


『そうだ。そしてこの鍵の者、達ての願いは其方たちの処女性を守ることだ。だから其方はこの鍵の者の祝福を受けてもいまだ処女のままとした』


 ――おいおい……。


 目の前の女神さまは無茶苦茶を言い始めた。


「…………」――またアリアは何か言う。


『其方が愛する者を見つけ体を許すとき、『愛されし掌』は役目を終えて眠りにつく。その時にはこの鍵との経験の記憶も失われる。安心なさい』


 ――かみさまなんてことを……。


「…………」――またアリアは何か言う。


『それは我らの知るところではない』


 アリアは何か言いかけたようだが、促されると、この白い空間から去っていった。


『やっぱキモいよキミ』


 うるせえよ……。







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