第20話 ルシャ!
その日、俺は神を呪った。
――なぜこんな運命を招き寄せた。どうしてこんな決断を迫った!
――こんな力を与えた理由はなんだ。俺の希望を叶えたんじゃなかったのか!
腹を斬り裂かれ、手の施しようがない少女。
少しずつ、少しずつ、痩せっぽちな体が元気になるよう、大切にしてきた子なのに……。
◇◆◇◆◇
俺たちは前日、三度目のゴブリンの巣穴掃討の依頼を受けた。規模はごく小規模で最初と同じ10から20程度と想定されていた。いいとこ銀貨120枚という依頼だったが、前回、運よくリーダーを落とせたから良かったものの、やはり数で押されると危ういと感じたのだ。報酬に目がくらんで仲間に危険が及んでは本末転倒ということで、小規模の討伐を選んでいた。
事前の情報では目的地の巣穴は小高い丘の上にあった。
丘の北側は急斜面の森、南西側は絶壁のため、南東側斜面の階段状の岩場を登る必要があった。
丘の上まで出ると足場は悪くないものの、開けていて遮蔽物となる北側の森からは少し距離がある。南西側の崖っぷちには縦に長い三階建てくらいの巨大な岩が露出しているのが見えた。その足元が巣穴の入り口だそうだが、あんな場所にも巣穴があるのかと、漠然と俺は思った。
巣穴の入り口付近にはゴブリンは居らず、岩の上には2体のゴブリンがそれぞれ別の高さに居た。岩の上に見張りが居るという情報はあったため、丘に近づく時も視線の通らない場所を回ってきた。アリアと俺はルシャを見た。ルシャは俺たちをそれぞれ見てから頷いて二本の矢を用意する。
矢継ぎ早に放たれた二本の矢はそれぞれの目標に命中し、ほぼ同時に2体のゴブリンを岩から落とした。さすがルシャだ。俺とアリアは駆け出し、巣穴の入口へ向かう。気づかれていないのかゴブリンが出てくる様子はない。俺は足跡を鑑定する――おかしい。表示された数は3。
「3体? 少なすぎる」
俺は後続の皆に待つように指示する。アリアは警戒しながら中に入っていくも、すぐに戻ってくる。
「1匹寝てたので仕留めたけどおかしい。浅すぎる」
俺も奥を確認するが、せいぜい小さな寝床でしかなかった。
「さっき何か変だと思ったんだけど、こんな崖に突き出た岩の下に巣穴があるとは思えない。戻ろ――」
「キリカ後ろ!」
言うが早いか加速して駆け出すアリア。後続の三人が居た南東側。ちょうど登ってきた崖側から2体のゴブリンの姿が見えた。
キリカが二人を守って立ちはだかる横を、アリアが風のように駆け抜け、たちまちのうちに2体のゴブリンを斬り捨てる。その後ろからはさらにゴブリンが姿を見せるも、アリアは駆け寄って突き倒す。
「これはなに……」
立ち尽くすアリアの傍まで走る。見下ろすと崖下に大量のゴブリンが走り回っている……あれは何だ? 人? 遠くてすぐにはわからなかったが、ゴブリンたちの足元に倒れて動かなくなっている人間が居るようだ。そしてアリアに気づいた崖下のゴブリンたちはワラワラとこの場所を目指して登ってくる。何体いる? 30以上?
「さっきのは巣穴じゃない。どこか崖下に巣穴があるんだ。どうするアリア?」
「ここで迎え撃とう。ルシャ、矢は余裕ある? 向こうの弓持ちを狙って」
「げ、弓を持ってるやつもいるのか」
接敵までにアリアが指示を出す。キリカの弩は近くないと無理だ。リーメにはルシャの盾持ちに徹してもらう。俺はとにかく壁だ。後ろに抜かせない。
◇◇◇◇◇
まだ昼前。見下ろしということもあって戦闘は有利ではあった。ゴブリンは昼の間は太陽が眩しすぎて目がそれほど利かない。だから奴らは藪にらみの老人みたいに見える。しかも位置的に空を見上げての戦闘だ。ますます目が眩んで矢もほとんど当たらない。ルシャは一方的に敵の弓兵を減らしている。
ただ包囲されていることには変わりはない。小さく醜悪な人型の生き物は、とても身軽で予想外の登り方をしてくる。1体を踏み台にして別のが登ってきたり、さらに2体が踏み台になって高い段差も一気に登ってきたりする。
俺のヘタクソな剣の腕では鉈剣の切れ味も徐々に落ちてきた気がする。まだ力任せに殴れるからいいが、ゴブリンを黙らせるには
俺たちは十数体、ルシャの倒した弓兵を加えれば三十体近いゴブリンを倒したはずだ。さすがに力の差を見せつけられたからか、崖を登るゴブリンも減ってきた。
ルシャの弓は非常に強力だった。ただでさえ見降ろしで射づらそうなのに。さらには真正面からでは避けられた矢を、次は曲げて撃った。弧を描いて右から回り込んだ矢は生きているかのように敵の弓兵を斜めから射抜いたのだ。そして矢が10本を切った辺りでアリアの指示で温存に入る。
「そろそろ諦めてくれないかしら」
キリカが弩を構えたまま見下ろす。一体二体が昇る素振りを見せたりしているが、20体ほどのゴブリンは崖下から動かない。
――ん?
「あれ、群れのリーダーだな。ルシャ、あの飾りの派手な大きいゴブリン分かるか?」
コクコクと頷くルシャ。
「いけそう?」
「…………やってみます」
ルシャは矢を放つ。右から弧を描いて飛ぶ矢。しかし相手には警戒されており避けられる。が、ほぼ同時に真正面、地面を舐めるように飛んできた二本目の矢がリーダーを捉えた。じたばたと地面に倒れるゴブリンリーダー。
「とどめ……」
…………しかし三本目の矢は放たれなかった。
「ルシャ!!!」
悲鳴のようなキリカの声が響いた。
振り返ると大柄なゴブリンがルシャの脇腹を斬り裂いていたのだ!
「こいつ! どこから!」
俺がそう言い終わるよりも早く、アリアはゴブリンの首を飛ばしていた。
「ルシャ! やだ、ルシャ、返事をして!」――慌てふためくキリカ。
「来てる、来てるぞ! 裏から来てる。崖を降りよう」
丘の北側の森の方から続々とゴブリンたちが現れる。奴ら、俺たちを表側に引きつけておいて裏側から回り込んでいたんだ! 身軽なゴブリンなら何処かに登れるルートがあるのかもしれない。
「ユーキ! ルシャを抱えて!」
俺がルシャを抱え上げると、アリアは小さな壺の封を開け、ルシャの腹に煌めく青い液体を振りかけた。そしてすぐに先行して崖を降り始める。
――手当をしている暇がない。――血が溢れてくる。揺らさないようにしないと!――意識はあるのか? 声をかけないと。ルシャ、ルシャ、ルシャ、ルシャ…………彼女は真っ白い顔をして、俺の顔をただ虚ろに見ていた……。
◇◇◇◇◇
「ユーキ!!」
アリアの声にハッとして立ち止まる。必死で走っていたため、何度も声を掛けられていたことに気付かなかったようだ。ゴブリンは振り払ったらしい。ルシャを足元に敷かれたクロークの上に降ろし、アリアたちに任せて傍を離れる。
――あんな大きな切創、なんとかなるのか?――街まではかなりある。ルシャが持つようには見えない。何かないのか? 何か?――こんなの現実的じゃない。――異世界だろ? 何かないのか? 回復薬とか――あれが回復薬か? 治癒魔法とか。治癒魔法……。
「どうしよう! ……もうもたないっ」
ルシャの手当てを終えてひとり離れてきたアリアがむせび泣くように俺に訴えかける。
アリアは顔を歪めて俺へ
「ひとつだけ……、ひとつだけ手があるんだ…………」
--
この辺の話、ほぼ改稿してませんが、分かりづらかったら教えてください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます