第18話 おめでとー

 大賢者様からの手紙が届いた翌日の朝、俺は寝不足で朦朧としていた。


 デイラとマシュの話やアリアの婚約者を名乗る男のことも含め、色々なことがわかった。アリアの置かれた今の状況を、せめて俺が居なくなるまでにはなんとかしたい――などと夜中まで思い悩んでいたら、おまじないを頂いた隣人が遅い時間にハッスルしていたのだ!


 こいつら最近ちょっと静かだななんて思っていたら、遅い時間にヤってやがった! まじないを掛けた本人なうえ、気を使って貰っていたので流石に壁ドンなんてできなかった……できたことないけど。



「おはよう!……どうしたの? 元気無さそうだけど」


 俺と違って朝から楽しそうなアリアが聞いてくる。


「デイラとマシュが……」

「誰?」


「あ、いや、隣人がうるさくて眠れなかった」

「いつごろ? 寝ちゃってわからなかったかな」


 そう答えつつ、朝食をテーブルに置いた彼女はなんだかそわそわとして落ち着かない様子。

 いつもと違う彼女に顔を覗き込んでみると、アリアはこちらの視線に気が付いて居住まいを正した。


「んっんー。実は後で重大な発表があります!」


「ん? どしたの、改まって」


「孤児院に行ってからのお楽しみ!」


 ――とは言うけれど、アリア本人こそが楽しみで仕方がないように見えた。

 俺たちはいつものようにギルドに寄って掲示板を眺めた後、孤児院へと向かった。


 ギルドでは、昨日見かけたも居たが、あのノエルグたちとのやり取りについて特に何か言われることは無かった。相変わらず、アリアや俺を遠巻きに見ているだけ。受付嬢も昨日とは違う子だったので何か言われることもなかった。



 ◇◇◇◇◇



「「「ユーキ、パーティ正式加入おめでとー!」」」「とー……」


 孤児院の建物の入り口の前でちょっと待ってるように言われ、手招きされて入ってきたところ花吹雪で迎えられた。いつものメンバーのほか、下の子たちも揃っていてお祝いの言葉をかけてくれる。ただし三角帽子は雑に祝っていた。


「…………」


 突然のことに狼狽えてしまい、まともに返事もできない俺。


「もしかして嫌だった?」


 いつもは凛々しい眉をハの字にしたアリアが問うと、下の子たちが心配そうな顔をする。


「やや、そじゃなくて、びっくりしたっていうか……そ、その、いいのかなって」


「また中身が変わってる……」


 アリアの言葉にみんな大笑いする。


「まさか、こんな美人揃いのパーティに入るのが嫌な訳ないわよね?」


 美人ったって半分子供じゃん――とはキリカには言えなかった。キリカはもちろんのこと、ルシャやリーメにしたって年齢の割にはかなり大きい。キリカとルシャは十四、リーメは十三らしいが、背丈だけを言うなら十分成人している。どうも、この世界の人間は成長がやたらと早い気がする。


「キリカはもともと賛成だったから、ルシャもそろそろ慣れたかなって昨日、相談したの。それで了承貰った」


 ルシャはいくらか俯いたまま、こちらに向かって両手の人差し指と親指で〇を作った。


 ――なにこのかわいい仕草! 誰が教えたの!


 ルシャはいくらか照れた様子も伺え、そのハンドサインを俺に送ってくれた。まだちゃんと喋ってくれないとは言え、ここまで俺に慣れてくれたことが感慨深かった。


 あ、そういえば――


「リメメルンさんは?」


「あー……」――と微妙な反応のアリア。


「……別にいい。あとリーメ」


「ありがとう、リーメ」


 礼を述べるとなぜかふんぞり返る三角帽子。


「じゃ、ユーキも喜んでくれたことだし、お祝いにご馳走作りましょ!」


「またかよ。ま、いいけどさ」


 そう言いつつも頬が緩んでしまう。思った以上に俺は嬉しかったようだ。


 アリアは事ある毎に宴を開く。少し小遣い稼ぎができたとか、初めて何かしたとか、あるいはちょっといいことがあったとか理由をつけて。その度に自腹で孤児院のみんなにご馳走を振舞っている。


「ユーキも手伝ってくれる? その方がルシャも食べるし」


 アリアに厨房へ引っ張って行かれた。その際、ちょっと気になったので小声で聞く。


「ルシャは孤児院ではまだあまり食べないの?」


「昔から下の子たちに自分の分をほとんどあげちゃって、あまり食べなかったの。あたしが買ってきたお菓子なんかもだよ?…………きっと優しすぎるんだ。下の子たちが十分食べられないのを見過ごせないんだと思う」


「……聖女様…………か」


「聖女様? うん、そうだね。聖女様みたいに慕われてる」


 だったならおそらく孤児院の苦境もなんとかできるのだろう。だがそんなに頼る必要はない。なぜなら俺たちのパーティは順調だ。今ならもう食事に困ることは少ないし、いずれ俺が居なくなったとしても、この四人なら十分な稼ぎを得られるだろうから。







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 おそらく今の時期は夏の始まり=夏至近くなので、日本の時間感覚で言うと日暮れが夜の8時頃、夜明けが朝の4時頃だと思います。隣人がハッスルしてたのは夜の11-13時くらいなんじゃないでしょうか。隣人はこの所、朝は遅いようですが、ユーキは夜明けには起きてます。夜が短いのもあって寝不足なのです。


 中世西洋風の舞台を描くときは、だいたいいつもフランクフルト・アム・マインくらいの緯度を想定してます。フランクフルトのビールが昔から大好きなのと、フランクフルトの空港で待たされた時に夜の十時くらい(夏時間)に見た日没が印象的だったのです。


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