第15話 二度目の巣穴掃討
「慣れてきたね」
俺の右隣で風のように舞っていた赤髪の少女、アリアが言った。
――そう、慣れてきたと言えば慣れてきた。羽をむしった丸裸のでっかい鶏を切り裂いているようなもんだ。
などと考えてたら気持ち悪くなってきたので立ち止まらず、ゴブリンに鉈剣を振るう。
俺の動揺を感じ取られたのか、アリアが心配そうな顔を向けてきたので笑い返しておく。アリアは感情の機微を読み取るのが上手いうえに遠慮なく世話を焼いてくる。長い付き合いかのような錯覚を覚えるので時々反応に困る。
屋外ではアリアの振るう剣――この世界では
ゴブリンは頭こそ大きいが、伏せたり丸まると見つかりづらくなり、盾で容易に体を隠せるし、二匹三匹が肩車をして高い所にも軽く登るため思わぬ場所に潜んでいたりする。そういう不意打ちが恐ろしいらしい。加えてゴブリンは幼子のような小さい体の割には力がある。
「――ユーキが居てくれるから安心してあたしが前に出られるんだからね」
そう言ってアリアが頼りにしてくれるくらいには戦えるようにはなってきた。
「こっちも慣れてきたんだから、少しくらい任せてくれても大丈夫よ」
ふわりとした金髪を青いリボンで一本に束ねた長身の彼女はキリカデール。彼女のタレント『迷宮を奪う者』は一般的に盗賊と呼ばれる祝福で、遺跡探索には欠かせないらしいのだが、大きな街の住人たちにはやはり印象がよくない。祝福のせいで孤児院では売れ残っちゃった――などと本人は冗談めかしていた。
彼女は男が苦手と言っていたが、最初の宴以降、俺に対してそういう気配は感じられない。ただ、五人でギルドに報酬を受け取りに行く時なんかは、他の冒険者に対して強い警戒心を抱いているのが見て取れた。アリアに対しての彼らの態度にも気が付いていることだろう。
「――私も長めの得物にしようかしら。長い方が合ってる気がするわ」
実際、ゴブリン相手にはキリカが言うように少し長めの武器の方が立ちまわりやすい。背が低い分、急所が低くなり、短い武器では芯を捉えづらいからだ。アリアの長剣か俺の鉈剣ならともかく、長身のキリカに
「……」
無言で矢を回収する淡い亜麻色の髪のこの子はルシャ。こちらは本当に男が苦手らしく、俺が話しかけると
俺も屋外での食事はルシャをはじめ、皆が滋養をつけられるようがんばっているが、それとは別にこの子にはときどきお菓子で餌付けもしている。
アリアは孤児院の下の子たちにはよくお菓子を買ってくるが、上の子三人には買ってこない。当然、それぞれに報酬を分配しているので手持ちはあるはずなのだが、キリカやリーメと違ってルシャは、買い食いしたりはもちろんのこと、最低限の装備品以外はどうやら孤児院のためにお金を使っている様子だった。
俺はもしやと思い、ある日、森に出ている時にルシャへ砂糖菓子の小さな包みを手渡した。こっそりと。嫌がられてはいないと思う。嬉しそうに口に含んだのを見たからだ。その日以来、俺はアリアたちに見つからないよう、こっそりルシャへ餌付けするが楽しみになった。
そしてそのおかげもあってか、三人の中でも際立ってやせっぽちだった腕や足もすこしずつやわらかなラインになってきているし、表情が見てとれることも増えてきた。
「……ふんす」
同じく無言の三角帽子はリメメルン。髪の色は魔法で染めていて時々変わる。こいつは本当に読めない。普段は自分の世界に入っているが、派手な魔術を使うとドヤってくる。感心してやると照れるくらいすれば可愛げがあるのに調子に乗る。パーティではいちばん暇そうにしているように見えるが、独りでこっそり支援魔法を使っている時もあって油断ならない。
『魔術に長けた者』、つまり魔術師というものは、限られた回数しか使えない強大な魔術をここぞという時に使うため、常に使いどころを思考しているという。本当かどうかは知らない。特にこいつに限って言えば。
◇◇◇◇◇
あれから何度か森の奥でゴブリンとも遭遇し、ついに二度目の巣穴の掃討へとやってきていた。今回の巣穴は20から40の規模。外で襲ってきた15体のゴブリンはなんとか無事に倒した。
ゴブリンは集団が大きくなるにつれ、短槍を投げてきたり弓を使ってきたり、或いは鎧を身につけたりと物を作る技術が上がっていく。加えて体の大きな個体が増え、魔法を使う
今回のゴブリンは弓を持った奴が居たが、こちらにルシャが居る以上、不意さえ打たれなければ恐るる相手では無かった。
そして、こちらも負けてはいられない。
俺たちの装備も徐々にアップグレードされた。俺は
アリアは盾が小さい分、古い
二度目のゴブリンの巣穴の掃討は別の冒険者が諦めた案件だった。
情報では洞窟の中が複雑で、そこかしこに抜け穴があって危険なのだそうだ。おかげで報酬額も銀貨400枚に跳ね上がっていた。運よく、その依頼が掲示されるところに居合わせた俺とアリアが引き受けたというわけだ。マメに掲示を眺めていたのも無駄では無かった。
アリアは前回同様に攻め入るつもりだったようだが、俺とキリカの反対にあって入念な調査と作戦を練っての掃討を行おうという話に。
まずは巣穴周りの調査から始まった。
俺が鑑定を駆使して調べたところ、ゴブリンの集団らしき足跡を発見した。やつらは5体程のグループで行動し、野生の動物を狩ったり、或いは周辺から豚や鶏を盗んだりしているようだった。
ちなみにゴブリンは本来、夜行性。単独で行動し、時には人の役に立つこともしてくれたりする気まぐれだが気の良いそれらのゴブリンはホブゴブリンと呼ばれている。それが集団になった途端、一変。昼夜問わず気の向くままに徘徊し、動物を食い荒らしたり、人を襲ったりするようになる。妖精が集団となった途端に
巣穴が危険となると、巣穴のゴブリンをおびき出せばいい。
「本当に戻ってきたね。この数でユーキを倒せると思ったんだ?」
「いや、俺ひとりなら絶対負けてたよ……」
俺たちは
「でも凄いわね。言われても本物にしか見えない」
掬い上げた手からジャラジャラと宝石をこぼしながらキリカが言う。
キリカの言う通り、この宝石は本物ではない。そして傍らにはひっくり返った馬車と櫃もあるが、これらも本物ではない。森外れの道でゴブリンたちが行き来している獣道を見つけた俺たちは、幻術でこの罠を作り出した。もちろん作ったのはリーメ。今日、こいつが踏ん反り返ってるのはこれが理由だ。
最初に遭遇した5体のゴブリンは、武装した俺を見るとコソコソ逃げ帰っていった。あとの4人には武器を隠して普通の女の子の恰好をしてもらっていた。ゴブリンもまた人間の女子供を軽く見るところがある。俺ひとりなら数を揃えれば行けると思ったのだろう。
「まだ来るかな?」――アリアに問う。
「どうだろ? 仮にゴブリンが30居たとして半分で勝てなかったから来ないかもね。幻術っていつまでもつの?」
アリアがリーメからの耳打ちを聞き取る。
「――魔法陣を描いて作ってあるからリーメがここに居る限りは消えないって」
「じゃあ、予定通りこのままここで野営して待とうか」
◇◇◇◇◇
リン――と小さな鈴が鳴った。
目が覚めていた者はその鈴に目をやる。鳴ったのはこれが最初では無かった。ただ、今回は――
リンリンリンリン――と、地べたに布を広げた上に置いてあるいくつかの鈴が、続けざまに鳴った。
「リーメ、起きて。ルシャも」
二日目の夜だった。獣かもしれないがリーメの
「
孤児院組の三人には大型の矢避けの盾を用意させていた。盾は最も安く手に入る鎧だった。加えてリーメが矢から俺たちを守る魔術を使った。
案の定、最初の一撃は矢だった。全ての矢が逸れ、地面に突き刺さる。ただ、この魔術は長く続かないから掛けなおす必要がある。今回は魔法を温存してもらって盾で身を守ってもらう。
「来たよ!」
アリアの声に視線の先を見やるとデカい狼に乗った少し大きめのゴブリンが居た。鑑定によると群れのリーダーであることがわかる。乗っている狼は
「数は21!」
「わかった!」
「こっちは任せて!」
アリアとキリカの返事がある。俺は孤児院組の三人にいちばん近い奴へ斬りかかる。
ルシャは続けざまに二本の矢を放つ。それだけで2体のゴブリンがもんどりうった。
キリカも一発放った弩を捨て、剣を抜いて盾を構える。
鉈剣でゴブリンの木盾の上から強引に頭をカチ割る。重さがあるから芯さえ捉えれば鉈剣はゴブリンにいくら力があっても止められない。最悪でも転倒させられる。矢は盾で防ぐ。ただ、未だ魔法の効果が残っているようで当たる前に逸れていく。
長めの詠唱をリーメが唱え終わると、数体のゴブリンが駆けてくる勢いのまま突っ伏すように倒れ込んだ。
ルシャとリーメを守るように俺とキリカが陣取る。
斜め上に打ち上がったルシャの矢は、弾道とも違う弧を描いて奥のゴブリンに
俺に向かってきた4体のゴブリンへ、当たるかどうかなんて無視して鉈剣を大きく振り回した。向こうからすればこちらは巨人だ。動きは鈍くても威嚇するように振り回せば相手もビビる。ただ、チョロチョロと動き回るゴブリンたちの動きが一斉に止まった。
「やったよ! リーダーの首、取った!」
――いやあ、女の子が首を取ったとか言わないで欲しいなあ。
ゴブリンリーダーに一瞬で距離を詰めたアリアが飛び込みざまに恐狼の頭に一撃を入れた所までは見た。今、既にゴブリンの頭を鷲掴みにして掲げているということは、決着はその後すぐについたのだろう。
俺は怯んだゴブリン2体を纏めて横薙ぎにした。
初っ端からリーダーを失ったゴブリンたちの士気は崩れ去った。
目の前の相手は倒したが、残りは散り散りになった。
その後は野営地をゴブリンの巣穴の傍に移し、戻ってくるゴブリンを掃討。
巣穴の中を十二分に警戒しながらわずかに残ったゴブリンを始末していった。
結局、今回の巣穴の掃討は調査と準備を除いても丸三日かかった。
俺とキリカが少々怪我を負ったが、
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ジャムバウは特に硬革製の脛当というわけではありませんが、初期の脛当という意味で用いられた用語が硬革製の脛当に転じたということで使っています。
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