第14話 梟熊狩り

 アリアが言った通り、リネンのシーツは確かに心地よかった。ゆっくり休んだ朝、体を起こしてベッドに腰かけ、漂白されたシーツを撫でると同じように触れていた彼女の手を思い出す。こんな宿の部屋に何の想いも無かったはずだったけれど、アリアとの思い出と寝心地の良い真新しいリネンのシーツという財産ができてしまった。



「少しお金入ったんだから、もうちょっとちゃんとしたもの食べれば?」


 食堂で待ち合わせたアリアと合流すると、いつもの塩漬け肉のスープを見て言われた。


「アリアだって同じもの食べてなかった? あれ、今日は違う?」


「あたしはちゃんと食べてるもの。ユーキもちゃんと食べなさい」


 そうは言うけれど、確か昨日までは同じものを食べていた気がする。今日のアリアのスープには煮込んだ豆と野菜がしっかり入っていた。元の世界で言うポトフみたいなやつ。これで銅貨12枚、つまり銀貨1枚。


「しっかり食べるならそれも悪くないかな」


「ユーキなら肉か腸詰のスープくらいがちょうどいいと思うよ?」


 塊の豚肉かソーセージの入ったスープが銅貨14枚。学校に行っていた頃は、朝はあまりちゃんと食べなかった。用意されていなかったわけじゃなく、単に食欲が無かったことが理由として大きい。


「朝からそんなに入んないよ……」


「そう? でも朝ちゃんと食べておかないと、もしもの時に困るよ。お腹とか怪我したら食べること自体が負担になることもあるから。そんなときは朝、ちゃんと食べたかどうかがモノを言うの」


「そうか。もしもがある世界だもんな……」


 アリアの言う通りだと思った。こっちに来てから俺は、ただ何となく過ごしていればいいと思っていた――けれど、今の生活を考えるとそんなことは無かったな。少なくともアリアは俺のようにおざなりに生きているわけではない。



 ◇◇◇◇◇



 梟熊アウルベア――その名のイメージから、梟みたいな熊かと思っていた。しかし実際は違っていた。目の前のこいつは、どう見てもだったからだ。


「ユーキは身を守ることに専念して! 後の三人は必ずユーキの後ろに居て!」


 アリアは叫んだ。

 梟熊アウルベア退治を受けてきたわけではないけれど、おそらくその森の奥から出てきたやつと思われた。木々の間を動いていた大きな茶色い塊は、こちらに気が付くとぐるりと首を真後ろに回した。体が熊のように大きく、前足には羽毛のようなものが生えており、それを逆立て、体を大きく見せていた。正面から見ると巨大な梟にしか見えないが、その前足と後ろ脚には熊の爪が生えていた。


 独り梟熊に突っ込んでいくアリア。もどかしかったが、アリアの様子を見る限りでは任せても良い様子。下手に手を出すと邪魔になる上、三人を守れない。


 ただ、アリアの持っている剣も心もとない。切れ味は多少良いかもしれないけれど、細く、軽そうに見えた。さらには梟熊の巨体は人なんかがどうにかできるような相手にはとても見えなかった。熊でさえ恐いのに、相手は首がぐるぐると自由に回る怪物だ。


 ビョオ!――と吠えた梟熊は、直後、アリアに向かって首を伸ばし、一瞬で距離を詰めてきた!


 やられる――そう思ったが、アリアは半身を躱すように身を捩じらせたと思うと、既に二歩は離れた場所に居て剣を振り上げていた。梟熊はくちばしの根本を斬り裂かれ、首を引っ込める。代わりに出してきたのは左腕だった。


 梟熊は左の爪をアリアに引っ掛けようとした。あの巨体ならひと撫でしただけで人など致命傷を負いかねない。だがアリアは、その左腕に向かって剣を振り下ろす。そんな細い剣では丸太のような梟熊の左腕は止められないと思った。


 アリアの剣はしなやかに縦にたわんだように見えた。折れることは無かった。梟熊の左腕はどういうわけか逸らされ、地面に手を着いていた。ぷっ――と血が舞う。さらには梟熊の右腕が迫る。アリアは左腕を逸らすために体重を掛けていた。足がまともに地を掴んでいない所を狙われる。


 梟熊の右腕はアリアをまともに捉えた。数メートルほどを弾き飛ばされるアリア。


「アリア!!」


 思わず声が出るが、弾き飛ばされた先にアリアは居なかった。

 一瞬で加速された彼女は、一連の攻撃を終えて態勢の不安定な梟熊の目の前に居た。突き込まれた剣先は、梟熊の大きな左の目玉を捉えていた。浅く、二三度突いたように見えた。


 熊であれば或いは大きくは怯まなかったのかもしれない。だが、頭が梟なだけに梟熊は視界を失うことが大きな弱点となっていた。アリアは続けざまに首回りを浅く突き刺す。


 ビョォオ――梟熊は激しく吠えたて、アリアの前で両腕を大きく持ち上げて立ち上がった。背丈は3メートルをゆうに超えていた。腹部を晒すことになるが、突き込まれても頭ほどは怯まない。厚い毛皮と羽毛は、剣で薙いでも大きく斬り裂かれることは無かった。


 ダン!――突如、どこからか飛んできた矢が梟熊の首回りへ突き刺さる!


 ダン! ダン!――と続けざまに梟熊の頭を狙った矢は、アリアにし掛かろうとした梟熊の攻撃を阻害した。矢は梟熊の居る左方向から飛んできたため、どこかの冒険者からの助けが入ったものと思っていた。さらに飛来した矢は、五本目にして梟熊の右目を射抜いた。


「ルシャ、凄い!」


 キリカの声で振り向くと、ルシャが矢を放っていた。それも梟熊がいるのとはまるで別の方向へ。弧を描いて木々の間を抜けていった矢は、梟熊の側面から襲い掛かっていた。


 視界の利かなくなった梟熊は、それでもアリアに向かって腕を振り下ろしたり噛みついてきたりした。アリアはそれらを躱したり、受け流したりしながら執拗に首を狙って突いた。そしてついに、血塗ちまみれになった梟熊は動きを止めたのだった。


 最後に止めとばかりにアリアは左手を剣の刃に添え、両手で力いっぱい梟熊の眼窩に突き立てた。


「ふぅ」――と梟熊が動かないのを確認すると、離れてひと息つくアリア。


「はぁあ……凄かった。アリアがこんなに腕が立つとは思ってなかった」


 俺は人の動きを遥に超えたアリアの戦いっぷりに息をするのも忘れていたほど。


「ううん、ルシャが手伝ってくれたおかげ。ありがと」

「アリア、怪我見せて」


 照れた様子のルシャと対照的に、アリアに詰め寄るキリカ。

 キリカがアリアの篭手を外させて鎧下を捲ると何か所かあざができていた。


「何度か受けたし、あたしもまだまだだから――」

「魔法薬は?」


「持ってるけど、このくらいで使うのは勿体ないかな」

「そんなこと言ってないでちゃんと使って」

羽衣葉メリスだよ」


 アリアに比べて真剣な様子のキリカに思わず口を挟んだ。


「えっ?」

羽衣葉メリスの青いやつ。あれを裏表で裂いて――」


 そこまで言うとキリカが手早く収穫した羽衣葉メリスを取り出す。

 束を解いたキリカは俺に目を向けて続きを促す。


「――そう、葉の軸にナイフで切り込み入れて裂いて、内側を痣に貼り付けて――」


 キリカに任せるとアリアの腕に羽衣葉メリスを当て、包帯で巻いていった。


「すごいね、魔法薬みたいに痛みが引いていく。ありがと」


 礼を言われたキリカはしかし、硬い表情で笑みを返すだけでどことなく不満げだった。


 その後、アリアの指示で梟熊の魔石を取り出し、素材として高く売れる部位だけを持ち帰ることにした。解体方法は鑑定によって指示されたが、それでもこれだけ大きな生き物の腹を裂いて魔石や内臓を取り出すのはなかなかに大変だった。



 ◇◇◇◇◇



 梟熊の魔石はみぞおちのあたりに肝と一緒に埋まっていて、ゴブリンよりもずっと大きな魔石だった。素材もろもろも含め、銀貨にして600枚程で買い取って貰え、さらに討伐の報酬として銀貨120枚を得られた。大型の幻獣は討伐の報酬よりも魔石の買い取り額が大きいことも多いようなのでパーティでなら怪物退治も悪くない。


 手持ちの貨幣も増えてきたのでギルドへの預け入れも勧められた。要は元の世界で言う銀行だ。

 預け入れの1%の手数料を取られるが、スられたり落としたりして大金を一度に無くすことがなくなるし、ギルド内や大店での支払いに使える。そしてこれ考えたのやっぱり召喚者だろうとは思った。さらに死んだ場合の相続先を指定できるらしいので、本人には内緒でアリアにしておいた。他に適当な知り合いはいないし、アリアなら上手く使ってくれるだろう。







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 一話追加しました。オミットされていた梟熊の話です。


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