第11話 ゴブリンの巣穴
朝の早い時間からアリアと宿を出る。並んで歩くとかつての思い出が
冒険者ギルドはいつものように待ち合わせの冒険者ばかり。受付には昨日までと違って赤茶の髪の受付嬢が居た。その子は俺の方を訝しげに見た。まあ、アリアのような目立つ女の子と一緒に居れば、こちらを疑わし気に見られても仕方がない。
依頼は昨日のうちに受けたが、日課のように掲示板を確認する。アリアも付き合ってくれる。その後はまた並んで孤児院へ向かう。
途中の市場で買った野菜を孤児院で降ろし、三人とも合流する。アリアは身内というわけでもないのに結構な額を孤児院に使っていた。それこそ自分の物は後回しにして。彼女に聞いた限りでは――彼女の名前の長さからして考えられないが――ここの出身というわけでも無く、恩があるわけでも無いという。
◇◇◇◇◇
出発前にアリアは全員の装備を点検する。
俺は中盾に
その他、重い荷物なんかは俺が背負って、奇襲を受けた場合なんかは遠慮なくその場に捨てるよう言われている。そのためか、冒険者向けの
アリアはというと、鎧下の上から部分的に革の防具――油脂で硬化させた硬い革――を加え、金属製の篭手を着けていた。洞窟なので不意打ちを警戒して普段は被らない兜も被るそうだ。これに小盾を持ち、武器は先細りの切れ味のいい剣と手投げの短剣をいくつか腰に差していた。
まともな鎧を身につけないゴブリン相手なら、剣で突くだけで
キリカも若干剣が小振りなのと革鎧の面積が少ないくらいで、ほぼアリアと同じ装備。というより孤児院組三人ともほぼ同じ。キリカが手にしているのは
ルシャは小ぶりな複合弓という弓を持っている。弓を扱うためか金属製の篭手は着けておらず、左胸を抑えるような胸当てを身に着けていて、左手側は長手袋をはいていた。細いのに大きいように見えるから胸当ては要るよなあと思いながら眺めていたら、視線に気づかれて慌てて目を逸らす。気まずい……。ルシャは他にも短剣を持っていたが、これも30cm近くあってナイフなんかと比べると十分に大きい。
リーメは魔術師だがゲームのように杖みたいなものは持っていない。ああいうのは高いらしいし、別に無くても今のところ変わらないそうだ。大賢者様も持ってなかったしな。ゲームの魔法使いのように三角帽子を被ってるが、あれは顔を隠して独りの世界に入るためのものだろう絶対。リーメもルシャと同じく短剣を持っていた。
鈍器とか他の武器は使わないのか聞いてみると、あれは戦争なんかで人を相手にする武器で、目的や祝福がないなら無理に使わないそうだ。槍以外の長柄の武器は扱い方が独特なため修練に時間がかかるし、何よりも三人に戦い方を教えるなら同じ得物の方が教えやすいという現実的な理由だった。
◇◇◇◇◇
シュッ――と風を切って矢と太矢が同時に放たれる。矢は的の胸元を射抜き、太矢はもうひとつの的の腹に刺さる。
ゴブリンと呼ばれる1mにも満たない小さな人型の生き物は3体とも絶命した。老人のような顔をした頭は人と同じくらいに大きく、キャップを被って襤褸をまとっている。木や骨、羽の飾り、ガラクタにしか見えないようなものをじゃらじゃらと身に着けていて、武器は骨や黒曜石を加工したものだ。そして何より肌の色。ゲームのゴブリンが何故緑や茶色なのかよくわかった。少々浅黒いとはいえ、人とそう変わらない肌と赤い血を流す生き物を
アリア以外の三人もすでに経験済みなのか、それとも感性が違うのかはわからないが、昨日のカエルとそう変わらない反応だった。俺としてはこれまででいちばんに異世界というものを突き付けられた瞬間だった。胃液が逆流しそうなのを口をへの字にして耐える。
「…………」
アリアはこちらの様子に気づくと、キリカに声をかけてから俺のところまでやってきて無言で手を伸ばしてくる。俺の頭に手をやると、そのまま抱き寄せてしばらく動かないでいた――いてくれた。俺は震えを抑えきれない深呼吸をひとつつくと――大丈夫――と答えて離れた。
◇◇◇◇◇
少し落ち着いてから自分にできることをする。俺ができるのは、一にも二にも鑑定だ。
死んだゴブリンから情報を得られないかと鑑定すると、傍にある足跡から『ゴブリンの群れの足跡』と表示されたタグに気が付く。鑑定を進めると11体と表示される。そして2体の新しい足跡は外に向かっている。戻ってきていないとしたら最近出入りしたやつが6体は中に居る。
「まるで熟練の狩人みたいだね。それで進む? 待つ?」
「隠れられるなら少し待ってみるのもいいかもしれない。死体は片付けよう」
アリアにそう提案すると、離れた場所で身を隠す。
なお、ルシャはあくまで弓士であって狩人ではないらしく、探索や追跡の能力はタレントにはないそうだ。ただ、弓の腕だけは間違いなく一級品だろう。先ほどもゴブリンを見事に一撃で仕留めていた。
◇◇◇◇◇
外に出ていた2体のゴブリンはすぐに戻ってきたため、穴へ入る前に排除する。ルシャはさすがで一体を確実に仕留め、キリカの弩は当たりこそしなかったものの怯ませたゴブリンをアリアが速攻で薙ぎ倒していた。
このアリアの速攻だが、明らかに人の動きではなかった。剣士の能力である『加速』と呼ばれるものらしい。広い場所であればどこでも使うことができ、まるでそこまで助走してきたかの如くいきなりトップスピードに持って行けるため、傍から見れば瞬間移動したかのように見える。連続使用はできないようだが、切り込むには最高の能力だ。
そのまま洞窟へと進む。鍾乳洞ではなく地下道といった感じだ。ゴブリンも穴を掘るらしいが、多くはノッカーやコボルトといった穴掘り妖精が鉱石を探してところかまわず掘り進めたものらしい。穴掘り妖精はもともと鉱山に棲みつく妖精だったこともあるためか、彼らが掘る穴は人が立って通れるくらいの穴であることが多い。横も人同士がすれ違えるくらいの幅があった。
灯りについては全員が複数持っている。街頭にも使われている
所々、天井が低くなっている場所があったりするとアリアは盾と灯りをかざして上を警戒したり、逆に天井が高い場所では足元の岩を蹴ったりしていた。穴掘り妖精は人が通れるくらいの比較的広めの穴を掘るけれど、ゴブリンたちは抜け道のような狭い穴を掘ったり、不意打ち用に通路の出口を偽装したりするらしい。
最初の遭遇はゴブリン一体だった。ただ、さすがに灯りを持ってるため離れたところで騒がれ、逃げられてしまう。ゴブリンは真っ暗闇でも視界が利くらしく、これは仕方がなかった。だが状況は悪くはなかった。鑑定の能力で壁の向こうまで逃げていくゴブリンがわかる。皆に説明すると目を丸くしていたが、アリアは何か思い当たる節があったのかニヤリと返す。
洞窟の奥ではゴブリンどもが大騒ぎを始める。
「10体だな。うち2体は幼体と書いてある。1体はリーダー。側面からは回ってきていないけど気を付けていて」
長い距離を射線が通りそうな、できるだけ真っ直ぐの通路で二人並べる場所を選び、待ち伏せる。
「今っ!」
俺の掛け声とともにルシャと、それから少し前に位置取ったキリカが射撃し、すぐにそれぞれの後ろで待機していた俺とアリアに入れ替わる。盾を前に押し出すように構え、アリアと二人で並ぶ。俺は盾で相手の突進を遮り、必死で突き返す。隣のアリアはというと、外では舞うように振るっていた剣を、今度は突き出した左手の盾の縁を舐めるように滑らせて突いている。盾の
何度も鉈剣で突くことでようやく1体が動かなくなる。鈍く、抵抗もある、ぐにゃりとした気持ちの悪い感覚。そうしてる間にアリアは4体ほどを倒すと、ゴブリンどもは不利と見たか逃げ始める。ただ、タグを見た限り散り散りではなく、リーダーも生きていてそれに従っているように見えた。位置的に、最初に居た場所を目指すだろう。
◇◇◇◇◇
倒れたゴブリンにとどめを刺しつつ奥を目指す。逃げた通路の先のどん詰まりは開けているようだった。左右の陰にタグが並び、奥にもリーダーと幼体のタグがあった。
そのことを説明するとアリアが――
「リーメ、いける?」
「まかシて」
前を開けてやると、リメメルンさん、掌を突きだして詠唱を始める。俺はここで初めてハッキリとした魔術の詠唱を聞いた。周囲の――通路だけではなく壁からも天井からも、全ての空間からリーメの詠唱に続くように魔術の詠唱が輪唱のように響いてくる。それはリーメ本人の声では無かった。明らかにこれまで聞いた魔術の詠唱とは別物の強大な力を感じる。
そんなことを思ってると、パッと赤い矢? 細い槍? みたいなのが彼女の掌の先に現れた。それは一瞬のうちに加速され、着弾とともに奥の部屋を火球で包んだ!
「ふおぉぉぉ!」
突然のことに変な声をあげてしまった。
――ナニコレCG?
むわっと僅かに熱が伝わるも、爆風はなく、奥の部屋を包み込んだ炎はすぐに消えてしまい、部屋の中にいくらかの残り火が揺らめくだけに。
「
――後から言うんだ……。
たぶんそこは呪文じゃないのだろう、そして俺に向けるこのドヤ顔。ドヤ顔!
「魔術師すげえな……」
普段、表情さえ滅多に変えない娘は、ひっくり返りそうなくらいふんぞり返っていた。
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灯りについては魔法による灯りが普及しています。
D&DでMagic Userやるとやりませんでした? 無駄にコンティニュアルライトを持ち物や石ころにかけまくったり。
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