第12話 宿の部屋にて

 リーメの火球ファイアーボールで焼き尽くされた後には生きているゴブリンは残っていなかった。予想よりも多くの10体の死骸が転がっていたし、幼体のゴブリンを仕留める苦痛を避けられたことは俺にとって良かったかもしれないが。


 部屋にはまた、未加工の宝石なんかが入った箱があり、ガラクタを除いて持ち帰ることにした。四人とも大喜びだ。ただ俺はというと精神的に参ってしまって、もう早く帰りたい気分。


 洞窟の残りも調べたため、ギルドへ報告する。明日、もう一度洞窟を調べて問題なければ討伐完了だ。宝石の品質はそこまで高くないが、小遣い稼ぎには十分すぎる金額――銀貨で40枚程度――にはなるそうだ。


 またゴブリンからは小さな魔石というものが取れた。こちらも街には必要なものなので買い取ってもらえるが、のかは聞いていない。俺はルシャと一緒に離れていたし、アリアが血濡れのナイフを拭ったりしていたからあまり想像したくは無かった。


「今日もまたあたしの奢りでご馳走だからね!」


 アリアは逃がさないとばかりに俺の肩を掴む。


「いやぁ、今日はちょっと疲れたわ……」


 そう言うと珍しくアリアは引き下がってくれた。食材を買い込んで孤児院へ運ぶと解放してくれたのだ。



 ◇◇◇◇◇



 夕方、食事もとらずに部屋で横になっていると、外が暗くなりはじめた頃に来客があった。ドアがノックされたので開けると、そこには孤児院から戻ったらしいアリアが居た。


「や、宴はどうしたの? 今日は孤児院で泊りじゃないんだ?」


 何も言わないアリアは表情を探るように俺をじっと見た。凛々しく整った顔立ちの彼女に見つめられると、思わず目を逸らしてしまいそうになる。


「つらいんでしょ」


 実のところそれまで横になっていたものの眠れていなかった。今も笑顔を作るのが精いっぱいだった。


「まあそんなとこかな」――などとごまかすように答えると、眉をひそめた彼女は押し入ってきた。


「何もないんだ?」


 部屋の中を眺めた彼女はそう言った。


「長居するとは思ってなくて」


 そう答えてみたが、本当の所、何も無い方が落ち着くのがその理由だった。

 実のところ、大賢者様は俺に生活の彩となるようなものを気を利かせて色々と持たせようとした。けれど俺は自分の手に余るからと理由をつけて何も貰ってこなかった。身の回りには両手に持てる最低限の物だけあればいいと感じた。


「シーツは買ってくるといいよ。洗濯してくれるところもあるし、買いなよ」

「そうだね」


「買いに行くよ。明日」

「明日なんだ」


「お金ならあるでしょ。ここ、安いけどシーツは取り換えてくれないし」


「ありがとう」


「…………」


 彼女は居心地悪そうに眼を泳がす。


「ちょっと汚いけど、そこ寝なさい」


 ――俺のベッドなんですけどね……。


 靴を脱いで寝転ぶ。高校に履いて行っていたローファーは今や部屋履きになっていた。


 彼女は俺の頭の傍に腰を下ろすと、頭を撫でてくれた。添い寝でもしてくれるのかなとも思ったけれど、今の俺には十分すぎるくらいありがたかった。



 ――座ってる女の子って下から見上げると、どうしてこんなにかわいいんだろうな。


 そんなことを考えていると、アリアが――


「あたしのときは相手、人だったの」


 衝撃的だった。出自を考えると何かあったのだろうとは思ったが。


「死んだの?」


「たぶん」


「そんなことがあったら…………つらいだろうな」


 俺とは比べ物にならないほどに。


「いっぱい泣いちゃった」


 アリアは物思いにふけるように窓の方を見る。


「――でも母様がこうやって慰めてくれたの、一晩中。体面ばかり気にする人だったのに、その時だけは……」


「院長さん?」


「わかるんだ、やっぱり」


 アリアは息を止め、こちらを見た。


「――聞かないの?」


「秘密にしてることなら無理に聞かない」


 アリアはあの人を母とは紹介しなかった。


「そっか」



 ◇◇◇◇◇



 季節としては今は夏の始まりらしく、昼間はそこそこ温かいのだが、北の高原にある大きな湖の影響で真夏でもそこまで暑くはならないらしい。特に夜は冷えるので夏場でも暖炉は欠かせないそうだ。鎧戸が開いた窓からは元の世界とは違う星空が見える。大賢者様の所のようにガラス窓ではなかったが、今日の夜だけは寒く感じなかった。


 とても長い間、どちらも喋らなかった。だけど居心地は悪くなかった。俺だけかもしれないが。こちらの世界に来て、初めて心からリラックスできたような気もした。



 が――


 バタン――隣の部屋のドアが閉まる音。静寂をかき乱す、れいの隣人たちが帰ってきた。


 そして始まるギシギシアンアン。


「「また始まった……」」


 アリアはおもむろに立ち上がると力任せに壁をはたいた。

 隣の声は止まるが、今度は隣人が廊下へ出る音に次いで俺の部屋のドアを激しくノックされる音が!


「おい、兄ちゃん!」――怒鳴る男の声がした。これ隣人に隣――つまり俺がどんな奴か把握されていて、しかも舐められてる気がする。


「……あっ、おい! 待って」


 アリアがそのまま出ようとしたので慌てて止めるも、制止を聞かず彼女はドアを開けた。ドアの外にはショースと呼ばれる下履き一枚の上半身裸の男。


「なによ!」


 外の男に怒鳴り返すアリア。


「えっ! あ!? えっ??」


 男はアリアを指さすようにして驚いた。アリアはその間、腕組みをしたまま。


「――こりゃあ…………失礼しました」


 バツが悪そうに頭を掻きながら、男は部屋の中の俺を一瞥して引き下がっていった。

 戻っていった隣人さんは、なぜか隣で二人して笑い合っていたようだが、静かにはしてくれた。


 ――これ絶対誤解されてるやつだわ……。


「いっつもうるさいのよね。こ、子供じゃあるまいし!」


 アリアは怒っていたけれど、まあなんだろう…………とにかく、俺が寝付くまでそのまま慰めてくれたのだった。







--

 ショースは長靴下ですが、男性用の下半身用の下着であるブレー(ブリーチ)を覆うほど長くなっているものもあります。上半身用の下着はシュミーズ(シャツ)。市民や冒険者の部屋着ならシュミーズ+ブレーが標準です。その他、農民の服もシュミーズ+ブレーが標準です。女性用は踝丈といった長めのシュミーズが下着となります。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る