第10話 川辺の探索

「おはよう、今日は昨日のユーキ?」


 宿の一階で朝食を取っているとアリアが降りてきた。


「プッ、なにそれ。おはよう」


 昨日の夜のことがやはり大きかった。夕食の後、ゆっくり二人で話をしたためか、それとも一日中彼女が寄り添ってくれたためか、人見知りは鳴りを潜め、緊張もなく笑顔で朝の挨拶を交わせた。


 アリアも機嫌がいい。彼女も隣に朝食を持ってきて食べ始める。塩漬けの豚肉にはいくらか香りがついていてスープにも脂身の旨味が染み出ているが、大賢者様の所で食べた料理ほどは洗練されていない。アリアはフォークで豚肉をつつきながら――


「ユーキの作った昼食、あれおいしかったなあ」


「作ったって程じゃないよ。それに鑑定が凄いだけで俺が凄いわけじゃない」


「へぇ、そんな風に思ってるんだ? 祝福をそんな風に考えてる人って初めて」


「そうなの?」


 祝福――つまりタレントの事だ。大賢者様を始め、一部の貴族なんかはタレントと呼んで区別したりもするが、一般には単に祝福と呼ばれることがほとんどだという。神様からの祝福も、賢者からの祝福も、魔女からの祝福も、どれも祝福と呼ばれて別段区別されていない。


「祝福次第で急に偉くなったり、偉そうになったり……、落ち込んだり悲しんだり。自分がすごいわけでも、悪いわけでもないだなんて考えたこともなかった……」


 赤髪の少女は物憂げな顔をし、自嘲気味に笑いながら語った。


「魔女だとエッチだったり?」


「もぉっ!…………ごめんね。悪かった」


「怒ってないよ。それどころか可笑おかしくて楽しかったし。――ああそうだ! 考えてたんだけど、小さい鍋かフライパンがあれば料理っぽいことできると思うんだ。今度出かける時、お昼用に料理道具持って行かない?」


「できるんだ?」


 アリアは目を輝かせる。


「鑑定様がね」


 二人で笑いあった。



 ◇◇◇◇◇



 今日の薬草摘みは孤児院でフライパンとポットを借り、採取ルートも川沿いを選んだ。

 川の流れはあまり速くなく、湿地も混じるので足元に気を付けながらアリアとキリカが先行しつつ探索する。


「この辺、もうちょっと右寄りを歩いて。沈むから」


 アリアの指示に従う。水辺との境界が曖昧で、迂闊に踏み込むと下草の間から水が滲み出てきたり、足を取られたりする。治水工事が当たり前だった元の世界からは想像もできないような場所だったけど、不快な場所では無かった。むしろわくわくするような、童心に帰れるような場所だった。


「これって羽衣葉メリスよね。赤かしら?」


 キリカは羽衣葉メリスの違いを短期間でわかるようになった。黄金色の羽衣葉メリスが高額で取引されると聞いて、昨日は摘む度に何度も俺の所に確認しに来たからだ。ただ、黄金色の羽衣葉メリスは本当に希少らしく、未だにお目に掛かれていない。


 川沿いは薬草も少し毛色の違ったものが手に入る。同じ羽衣葉メリスでも赤く透けて見えるものが生えていたし、ワサビによく似た紫水葉レプフォルという水辺に生える草は根を傷めないように掘り出して使い、ゼリー状の衣に覆われた水妖草ルサルイと呼ばれる薬草は水の精霊に襲われないようニガヨモギの葉を持ちこんで採らないといけないらしい。


「ニガヨモギ、途中で摘んできてよかったね」


 アリアの情報からある程度準備はしてきた。


 水妖草ルサルイは少し水の中へ入ったところに生えていた。

 俺が率先して水に入って摘んでいると――


 キャッ――突然、短い悲鳴と水際から飛び出す影!


 ほぼ同時に何かがきらめいたようにみえた。


 俺が状況を確認しようと振り向いた頃には全て終わっていた。

 悲鳴を上げたのは水辺で尻もちをついたルシャ。

 飛び出したのは巨大なカエル。すでに側頭部を切り裂かれて絶命していた。


 腕には自信がある――アリアは確かに言った。その通り、なんという反射神経だろう。アリアは少なくとも3メートルは離れた場所の、ルシャに向かって飛び掛かる巨大カエルを空中で切り裂いたのだ。



 ◇◇◇◇◇



 ルシャは濡れたクロークとキュロットを干し、パーティは水辺から少し離れて小休止する。


 カエルを鑑定したところ、リーパーってやつの幼生らしい。1メートルくらいのその体をよく見ると、カエルなのは頭周りだけで、腕ではなくトビウオのような翼があり、足は無く下半身は魚のような姿だった。大きくなると人も丸呑みするとか。


 俺がおもむろにリーパーを捌き始めたところ、皆からの視線を感じる。


「それ、まさか……食べないよね?」


 アリアが怪訝そうに聞いてくる。


「食べられるっぽいよ?」


「この辺、魚もちょっと泥臭くてあんまり皆、食べないんだけど……」


「う~ん、でも鑑定ではレシピもちゃんと出てくるから…………」


「そっ……か……」


 不安そうなアリアにとりあえず火だけおこして貰ってかまどの準備をする。リーパーの捌き方も鑑定に任せれば全く問題なかった。薬などに売れそうな部位は残し、先日の青い羽衣葉メリスを乾燥させたものと、多めの岩塩をもみ込んでいく。


 フライパンには干した塩漬けの豚の脂身を炒め、竈代わりの石を組み替えて火からすこし遠ざけ、リーパーの肉をそっと置く。リーパーの肉は脂身が少なく、豚肉のようにギトギトしていない。解体しても脂まみれになるわけでもなく、俺でもすんなりと扱えた。


 四人の方を見ると、ひと所にかたまって採取用のマップをまとめていた。

 ただ、チラチラとこちらの様子を伺っていたので、原形のわかるようなリーパーの不要な部分を土に埋めておいた。四人の元へと行くと、アリアが調理しおわったのかと聞いてくる。


「鑑定様によると、しばらく放置して焦げ目をつけるらしいよ」

「匂いはおいしそうだね……」

「……ルシャ、よだれ」

「んっ!!」


 リーメに指摘されたルシャは、膝にかけていたキリカのクロークで慌てて顔を隠した。


「薬草もさ、全部売っちゃわないで料理に使えるものは残してみるのもいいんじゃない? 貴重な薬草は料理に使うとおいしいものが多いみたいだから」


 クロークで顔を隠し、膝を抱えて丸くなったルシャが小さく頷いていた。

 ルシャは今まで食が細く、虚弱なところもあってアリアも心配していたそうだが、この間の干し肉のパンがおいしかったらしく、密かに楽しみにしていると宿での会話でアリアに教えてもらっていた。俺も、については確かに思うところがあった。


 タイマーのバーが下がったので、フライパンの肉をひっくり返して少し焼き、火から降ろして肉をほぐし、皆の前に差し出す。


「味見して」


 そう声を掛けると、アリアはナイフで肉をすくい上げ、リーメに分け与えて自分も口に放り込む。ルシャはいつの間に口に入れたのか、既にもぐもぐしていた。


「「「んん~~~!」」」


 食べながら感嘆の声をあげる三人と対照的に、ナイフに刺さった肉の前で固まってるキリカ。唇を噛んで声にならないうめき声をあげ、意を決して口に放り込む。彼女は目を見張りながら他の三人と同じような声をあげていた。


「……悔しいけどおいしいわね……」


 悔しいんだ……。くっうま――みたいなその顔、また見てみたいから次も頑張るわ。自分でも食べてみたが、鶏の胸肉のような感じでクセが無く、塩漬けの豚肉の脂の旨味が加わってちょうどいい感じだった。捌き方のせいか泥臭さもなく、さっぱりしていておいしいと思う。みんな、パンに挟んだりしながら自由に食べてた。


 食べながらアリアは、ギルドで見かけたゴブリンの巣穴の掃討について相談を持ち掛ける。規模としては10から20程度の若い巣穴だそうだから1パーティで十分らしい。巣穴を見つけた冒険者は斥候や見張りの数をギルドに報告し、ギルドは巣穴の規模を判断して報酬を提示するのだそうだ。


 相談の結果、明日にでも試しに行ってみようという話になった。無理なら引き上げて報告だけすればいい。命あっての物種だ。



 ◇◇◇◇◇



 結局、今日もアリアは昨日と似たような立ち位置をキープしてた。かといって恋人のように振舞うわけではなく、アリア自身はよくパーティのことを見ている。いいお姉さんだ。


 宿に帰り、夕食を終えた後もまた遅くまで話に付き合ってくれる。遅いと言ってもせいぜい日が完全に暮れてから2,3時間の感覚だったので、前の世界でなら深夜まで起きていたことを考えると十分早かった。







--

 リーパー:ウォータリーパーですね。妖精的な生き物です。拙作でよく食われてます。

 メリスは黄金色の物があることから、メリッサイ:ミツバチのニンフ:ハチミツからきてます。

 水の精霊はルサルキってとこですね。


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