第9話 アリアとの買い物

 翌朝、早くからギルドへ向かった俺は、人もまばらな受付でこっそり手紙を出す。受付には昨日と同じ、金髪の少し背が高めの受付嬢が居た。


 ハッとした受付嬢はすぐに盆を出してうやうやしくとでもいうべきか、そんな感じで手紙を受け取ると、専用の羊皮紙へのサインを促した。



 ――実はこれ、手紙を出す習慣がもともと貴族にしかなかったための反応で、手紙自体も丁重に扱われる。小さく折りたためる便箋用の紙も特別製で大賢者様から頂いている。また羊皮紙は書板のように消去イレースの魔法では文字を消せないので公文書や重要な記録に用いられるらしい。刺青を消せないのと同じ原理だそうだがよくわからん。


 ちなみに今回は大賢者様宛の手紙のため代金はかからないが、本来、手紙を出すには往復でエレクトラム貨1枚はかかる。エレクトラム貨というのは金銀の合金だそうで、銀貨にして60枚ほどの価値。一市民が使う貨幣ではない――。



 朝の早い時間帯は待ち合わせの冒険者をテーブルで見かけるだけで、書板の掲示と長時間しているのは俺くらいなものだった。文章を読むのに慣れるため、書板を眺めるのは意外と楽しい。


 いろいろな依頼を読んだ限りでは、アリアがやっていたゴブリン退治というのは安い仕事のようだ。単純に、ゴブリン一匹につき銀貨1枚が報酬として貰える。街中を探すと1日で銀貨1枚の賃金の仕事と言うのは珍しくないらしい。ただ、これには三食と寝床付きなのが普通。報酬から生活費も賄わなければならないとなれば、報酬が銀貨1枚というのは安い仕事というわけだ。ましてやこれは危険を伴う仕事だ。


 ただし良く読むと、ゴブリンの巣穴を潰すのはそれなりの稼ぎになるようだ。規模に応じて相応の銀貨が支払われる。安くても銀貨100枚からを得られるようだが、洞窟のような狭い場所ということを考えるとリスクも大きい気がする。鎧なんかも必要かもしれない。


「そんなに面白い? 儲かりそうな仕事でもあった?」


 突然、後ろからにゅっと背伸びして顔を寄せてきた赤髪の少女に胸の鼓動が高まる。


「な、なぬれっ……!」


「なぬれ?」


 痛恨の一撃! セルフの!

 昨日から機嫌は治ったようだが朝からこの距離感は心臓に悪い。

 慌てた俺は奇声をあげてしまった。


「ほ、ほらゴブリンの。巣穴って意外と儲けがいいんだなって……」


「あのさ」

「はい」


「昨日、かしこまった喋り方やめてって言ったのあなたよね?」

「そんな気もしますね」


「なんで一日経つと自信ない感じになるの? 毎朝中身が別の人に変わるの?」


「う、う~ん、なんというか……もともと女の子が苦手というか……時間を置くとこう下がった壁がせり上がってきてるみたいな」


 まあ女の子に限らないが……。


「ふぅん」


 目の前の赤髪の少女はしばらくの間、まじまじと俺を見つめる。

 それから書板の掲示に目を移したかと思うと――


「巣穴は一人だと位置取りが難しいから行ったことはなかったの。鉱山なんかよりも穴掘り妖精ノッカーが掘った穴が巣穴になっている場合がほとんどだから、予測がつかない場所から回り込まれたりするし。だけど五人いればなんとかなるかな。行ってみたい?」


「興味はある……けど、この格好じゃ無理……じゃない?」


「お金はある? あたしのお古は三人に譲っちゃったから今は無いのよね」


 いやいや、気軽に男にお古なんて与えないでください。

 相変わらずの彼女のこの距離感に戸惑っていた。


 それから空いているテーブルに移動して手持ちを見せる。この際、隠しても仕方ない。


「これは昨日の分け前で、これがお城でもらった支度金」


「この手持ちでよく娼館なんて入ったね」


 目の前の150枚ほどの銀貨を前にしてアリアにそんなことを言われるが、なあに誰かさんを逃がすため店員に握らせた額が大きかったのさ――などと彼女の前で言うわけにはいかない。


「パーティで行動するなら盾があれば鎧は要らないかな。鎧下だけあれば洞窟でも怪我は抑えられるし――」


 アリアが貨幣を分けながら装備を見積もっていくと、手持ちの2/3を装備に充てて残りを残しておくことを提案してくれた。銀貨50枚もあればしばらくは大丈夫だし、食事はもういっそのこと食材だけ市場で買ってきて焚火で調理するのもいいかもしれない。



 ◇◇◇◇◇



 アリアは装備の調達にも付き合ってくれた。

 街の東の方にはそういった装備の工房兼店舗が多いようだ。


 まずは鎧。煙突が立ち並ぶ辺りに鍛冶屋の通りがあり、その近くの店へ入る。

 アリアは店員に挨拶し、兜を見せて欲しいと告げる。ゲームのように全身鎧なんかが並んでいるのかと思ったら、そういうのは体に合わせて作るためほぼ受注生産らしい。店にあったのは主に胸当と兜。


「こういうのは買わなくてもいいの?」――俺は金属の胸当を指さした。


「それ、銀貨200枚はするよ。150枚までで買えるのは質が悪いよ」


 アリアの言葉を聞いて店員に目をやると頷いていた。

 簡単な胸当でもそれなりのお値段というわけだ。


「――それよりも、兜だけはしっかりしたのを買わないとダメだから」


 アリアはいくつか俺に被るように言って被らせ、兜の座り具合をチェックする――――んだけど近い。目の前に立たれて両手を頭に回されたりすると落ち着かなかった。


 いくつか試し、頭のサイズに合った中古の鉢兜スカルヘルムを選んだ。兜の正面には鼻筋を守る突起が伸びていて、側面には鎖鎧メイルカマイユが付き、首を守るようになっている。これで銀貨40枚。予算の四割をかけた。



 ◇◇◇◇◇



 続いて入ったのは古着屋のような場所。たくさんの厚手の服が吊ってあり、革と古着の臭いが篭っていてかなり臭い。


 店の中に並ぶ服の間の狭い通路を二人で抜けていく。アリアは慣れた様子でキルティングされた服の並びへ向かい、ハンガーらしき棒にかかった服を何着か引っ張り出してきて俺の体に当ててみたりする。


「本当は新品がいいんだけど、出来合いの物でも結構するから。儲かったら新しく作って」


「これってアリアが着てるのと同じやつ?」


「うん、鎧下ダブレットって言って、キルティングされてるから亜麻リネンの普段着や素肌を晒すよりずっといいし、怪我も防げるから。お金が入ったらこの上から篭手を買って付けるといいよ」


 だいたい太腿くらいまでの丈の長袖の、元居た世界なら厚手の上着みたいな感じの服。これが銀貨で30枚だった。新品なら60枚だそうだ。衣服は平民にとっては財産みたいなものだから、古着でもそれなりの金額で取引されるらしい。それから一緒に皮製の手袋を買ってこれが銅貨で18枚。


 冒険者なら鎧下の上から胸当ブレストプレイト篭手ガントレット或いは腕鎧ヴァンブレイス脛当グリーヴなんかを付けるのが一般的らしい。それ以上は鎖鎧チェインメイルを組み合わせるか、お金をかけて全身鎧にするか――だそうだ。後は少々質が落ちてもいいなら、鎖鎧チェインメイルで全身を覆えば安く仕上がるとか。鎖鎧チェインメイルなら鍛冶屋でなくても作れるから安いとのこと。



 ◇◇◇◇◇



 次に向かったのが武器の店。

 アリアが店員に声を掛けると盾を並べてある場所へ向かう。


「大きさは少し大きめで、この辺のから気に入ったやつを選んで」


 盾はたくさん置いてあるけれど、大きさ意外に違いが分からない。


「この辺のとその辺の、どこが違うの?」


「盾に使ってる木の木目の方向が違うかな。あたしが使い方を教えるから、慣れてる向きの方がいいかなって」


「木……目……?」


「割れる方向が違うんだよ。表面には革が張ってあるから分からないけど、受けるのに強い向きとかあるから。あとこっちのは持ち手が違ってて、あたしが普段使ってるやつなんだけど、使い勝手が全然違うから。もうちょっと攻撃的なスタイルで使うの」


 アリアが指さしたのは縦の中央に握りがあるような盾だった。

 よくわからない俺は、アリアの言う通り肘から先を使って保持するような中くらいの大きさの盾を買う。盾だけは消耗品らしいから新品。これで銀貨4枚。



「あとは武器ね。どういうのがいい? とりあえず振ってみて手に馴染むのを選んでみてくれる? 慣れないうちは槍の方がいいかもしれないけど、この先、単独で戦うことも考えたら使い勝手がいいと思うよ?」


 アリアはどう見ても剣を選んで欲しそうにしていた。まあ、彼女から教わるならその方が良いんだけどね。剣を選ぶと、握り方を手を添えてまで教えてくれた。ただ――


「う~ん、思ったよりどれも振りが軽い?」


 本物の剣は木刀なんかと違ってとても重い印象があったんだけど、どれも軽い気がした。


「バランスは考えて作られてるからね。重心は手元に近いよ。あと、ちゃんとした鎧を着けてる敵を相手にするときは突くことが多いから、振りの軽い剣が多いかな」


 そうアリアは言うけれど、やはりどれも軽い。結局、俺が選んだのは――


「これかなあ。これでも結構軽いけど」


 鉈剣フォーサという、重心がかなり先端寄りにある振りの重い――らしい――剣だった。


「すごいね、さすがにユーキは男だね」


 軽く振り回すと、アリアは驚いていた。


「――あとこれなら突き刺し過ぎずに使えるかな。槍とかもそうだけど、刺入タックすると慣れないうちは抜き辛くて隙ができるから」


 なるほど――と、あまりよく分からないけど頷いた。


 鉈剣フォーサは銀貨18枚。これにベルト付きの鞘とナイフを買って銀貨6枚。これで合計、銀貨100枚に収まった。ほぼアリアの見立て通り。あとバッグなんかは孤児院で借りて、水袋ウォータスキンは縄を巻いた酒瓶を使うからとりあえずは不要だそうだ。


 さて、ひと通り買い物を済ませたんだけれど、さっきからなんか近くない? アリアの立ち位置が買い物の時間を通して妙に近づいてきている気がしたし、今なんて歩く時は肩が触れんばかりの近さだし。



 ◇◇◇◇◇



 孤児院までやってくると既に三人が準備を終えて待っていた。今日は薬草摘みの予定だが、慣れるためにも鎧下に着替えさせてもらう。


「あら、かっこいいじゃない。サマになってるわ」


 キリカはお世辞を言うくらいには打ち解けてくれている。昨日の宴の時ほどではないが、彼女も彼女でわりと距離が近い。



 薬草摘みは昨日とは違うルートで森へ入り、穴場を探していく。こういうの、やはり冒険者の先輩から教わるもんじゃないのだろうか。情報は貴重とはいえ、アリアの距離感を考えるとそう難しいことでもないように思うのだが、やっぱりちょっと気になる。そして気になると言えば今日のアリアの距離。帰り道ではっきりしたのだが、キリカが居ないときは俺の傍に立ってるし、キリカがやってくるといつの間にか居なくなっていた。


 ギルドで薬草を納める際、二人きりになったとき、そのことについて聞いてみた。


「お、女の子が傍に居ないとまた壁が上がるんでしょ」


 なにこのかわいいいきもの! 持って帰っちゃいたい!

 ニヤニヤを抑えきれないでいると――


「へ、変な顔してないで帰るわよ」


 取り分を分けると他の三人と別れる。あまり理解してないまま彼女と歩いていくと、泊ってる宿に入っていった。も、もしかして朝まで傍に居てくれるの!?――なんて馬鹿なことを考えていたら、何のことはない彼女もここに泊っていたのだった。しかも部屋はすぐ傍。なんと彼女は又隣さんだったのだった。


 荷物を置いたら一階の食堂で待ち合わせた。二人で夕食を食べながら頭の中では感謝の言葉を述べていた俺。今日のこともそうだし夜のことも。そして遅めの時間までお喋りに付き合ってくれた彼女。やっぱりちょっと嬉しかった。







--

 今回、やはり気になっていた兜を購入リストに入れました。


 作中の鉈剣(フォーサ)はマチェヨフスキ書(Maciejowski Bible)に出てくるような片刃の刀剣です。先端程幅広になっている半曲刀、ファルシオンの古い亜種で本来は名前がありません。


 どんな形状か気になる方は、"Maciejowski Bible, sword"で検索してみてください。マチェヨフスキ書には二種類の特徴的な刀剣が描かれており、先端の幅の広い刀剣がユーキの使っている鉈剣で、柳葉包丁に柄の付いたような刀剣が『堕ちた聖女は甦る』のラヴィーリアが使っていた長包丁と呼ばれたエルフの剣(フォシャールの亜種)です。


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