第26話 ここにずっといたんだ
ダルクヮイに連れて行かれ、その後捨てられてしまったダルクヮイとシャイーリャの弟・ルビリーは、長い間消息不明だった。2人の弟であるルビリーもまた、普通では考えられない長い人生を歩んだ。2人ほどではなかったが、似たような力を持っていたルビリーは、ダルクヮイにその力を全て奪われ、記憶も消された。普通の人間と同じ状態で捨てられた後、力を持つ素質がある、という遺伝子だけがルビリーを長く生きさせ、この時代まで辿り着いた。長く生きている自覚はなく、家族がいたという記憶もなく、しかし普通に過ごし、妻と娘を持ち、幸せな生活を送っていた。そんなルビリーから、フューダと名前を変えたダルクヮイが幸せを奪った。フューダが実の兄であることすら忘れてしまっているルビリーは、世界をフューダから守るため、必死になって鍛え、努力し、国際防衛機構実動部隊の隊長にまでなった。昔から頭痛に悩まされることはあったが、隊長になってからは頻度が増した。業務に支障がない程度だったが、フューダのアジトに乗り込んだとき、すなわちアリスを保護したあのとき以降、時々我慢できないくらいの頭痛に襲われるようになった。その頭痛は、フューダが世界の今を知るため、敵の動きを知るために、ルビリーを通して覗き込んだために発症するものだった。
1ヶ月の強化合宿を終えたアリスとポプが国際防衛機構に戻ってきた。途中までジェイの運転で送ってもらい、あとは歩いた。普通に歩いて帰ってきたアリスは、職員達がまだ業務時間内だったため、誰にも挨拶をすることなく自室に戻って荷物を整理した。合宿で渡された服はそのままくれた。その服を脱ぎ、実動部隊の制服に着替え、ポプを肩に乗せて、実動部隊室に向かった。すでに昼休みは終わり、午後の業務時間だ。実動部隊は皆、どこかで訓練をしている。部屋には誰もいなかった。誰もいない部屋を数秒見つめた後、自室に戻ろうとしたアリスだったが、誰かにジッと見られているような気がして振り返った。
「あっ…。スコットさん…。」
「…あのなぁ、一応任務として合宿に行ってたんだ。帰った報告くらいしてほしい。」
「ごめんなさい。えっと…、アリス・オリビア、戻りました。」
姿勢を正して言うアリスを見て、スコットは笑いながら頷き、アリスの肩を軽く叩いた。
「強くなったみたいだな。1ヶ月前と目つきが違う。」
「そうですか?私はあまり実感がないのですが…。」
1ヶ月、とにかく鍛えた。食べて、動いて、コントロールして、とにかく体に刷り込んだ。反応は良くなったし、持久力も上がった。力も体に馴染んだのか、上手く扱えるようになっていた。しかし、アリス本人はあまり実感していないのだ。
「実動部隊の皆さんは、訓練ですよね?」
「ああ。今頃、山の中で実践トレーニングをしてるだろう。」
「ビルさんもそちらですか?」
「え?いや…、ビルは…」
「会わせてください。」
食い気味でそう要求してきたアリスの押しに負けて、スコットはアリスをビルのもとに連れて行った。
国際防衛機構の敷地でも端っこのほうに、他と隔離された建物がある。アリスはずっと、この建物が何なのか気になっていた。そんな建物に、スコットはアリスを連れてきた。厳重にロックされた扉を3つ通ると、そこでは幼い子どもから30歳手前くらいの人までが、いくつかのクラスに分かれて授業を受けていた。
「あ、あの…。ここは?」
「ここは更生施設だ。十分な愛情を親から注がれなかったり、戦うことしか教えられなかったり、幼少期にまともな教育を受けられず、犯罪に手を染めた人達が集められてる。」
ここで教育を受けて、知識や技術を身につけて社会に出てからも生きていけるよう、支援しているらしい。ここに来た時は皆誰も信用できないというような態度のため、指導者は厳選される。そんな指導者に知識と技術を教えてもらっているうちに、少しずつ心を開いていく。
「そんな建物だったんですね…。で、ビルさんは?こちらで指導者もされてるんですか?」
「あいつがどういう血筋か、アリスも聞いただろ?ここはこういう教室だけじゃない。どうしても手に負えないやつは隔離される。」
スコットのその言葉で、アリスは何となく悟った。それからは一言も喋らず、ただスコットの後ろをついて歩いた。地下に降り、厳重にロックされた扉を再び3つ通ると、牢屋が並んでいた。一番手前に少年が1人入れられている以外は誰もいない。その少年の、出せ、という叫びが聞こえなくなるまで奥にあった階段を降りていくと、オレンジ色の明かりが寂しく灯る空間があった。そこの牢屋に、ビルは入れられていた。
「…何もここまでしなくてもいいのではないですか?」
「フューダの弟だ。いつまた操られるか分からない。」
「それなら私も同じです。私もダルクヮイの妹のシャイーリャの光を受け継いでます。」
「アリス、いいんだ。私もこの対応に納得している。」
「いや…、しかし…。」
ずっと消息不明だったルビリーは、すぐ近くにいた。アリスの動きがフューダにすぐにバレていたのはそのためだ。しかし、ルビリー本人に記憶がないことで、ビルがルビリーだと気づく者はいなかった。
「ビル・リーチ…か。ダルクヮイやシャイーリャと違って、大きく名前を変えることはしなかったんだな。」
「…情けない話ですが、そんなことすら覚えてないんです。私はずっと、ビル・リーチだと思ってましたから。」
スコットの疑問に、ビルは半分笑いながら答えた。記憶を消されたのなら、ルビリーの頃の記憶などあるはずがない。ビルはずっとビル・リーチとして生きていたのだ。
「ご両親は、ビルさんが幼い頃に亡くなったと聞きました。どうやってここまで生きてこられたのですか?」
「うーん…。一番古い記憶だと、教会の牧師に拾われたんだ。その牧師に育てられてたはずなんだが、気付いた時にはどこかの家庭の一員になってたよ。けど、なんか、こう…、思い返してみれば、色んな人に育てられたような気がする。」
ビルもフューダやアンと同様に、長い時間を生きてきた。人よりも長い時間を子どもとして過ごし、ゆっくりと成長したはずだ。色々な人に疑問を持たれながら育てられてきたのだろう。しかし、国際防衛機構に入ってからは誰にも違和感を抱かれていない。アンと同様に、どこかで時間の流れが一般の人と近くなっている、ということだ。アリスが頭の中で情報を整理していると、右肩に乗っていたポプが耳でイヤーカフに触れた。イヤーカフは淡く青く輝いた。
「きっと、力をフューダに取られたから、体に負担をかけることなく生きてこられたんだ。長い時間をかけて、力のない普通の人間の遺伝子に近づいたんだろう。」
アリスが頭の中で考えたことに対しての回答をポプは言っている。アリスは何のことか分かるが、突然喋りだした小さすぎるウサギにビルとスコットは驚いた。
「おお。そうだとは思ってたけど、実際に喋られると驚くな。」
「ああ。俺も声は聞こえなかったが、アリスがポプと長官室で話してるのを見た時は驚いたよ。実際に見た今も驚いたがな。」
「おい、アリス。全然隠せてないじゃないか。」
「もう…。人がいるときに話し掛けられたら隠しきれないですよ。」
アリスは少しムッとした。ポプはそれを面白がって見ている。ムッとしたまま、アリスは話を戻した。
「どの辺りからはっきり覚えていらっしゃるのですか?」
「うーん…。大学に入ったくらいかな?ブラスと出会ったのはそこだし、楽しい思い出もちゃんと私の記憶に残ってる。」
「つまり…」
「つまり、大学生になってからは普通の人間と同じ時の流れを生きている、ということだな。」
セリフを被せてきたポプに、アリスは再びムッとした。1人と1羽のやり取りを見たビルは、牢の中で笑いだした。
「悪い。なんか、そういうやり取りを見るのは久しぶりでな。ここは何もないから。」
「アリス、そろそろ本題に入れ。ビルに会わせろ、って言ったのにはわけがあるのだろう?」
話が長くなりそうな予感がしたスコットは、少々強引に会話に割って入った。アリスはハッとしてビルに近づいた。
「ん?なんだ?」
「話はセインとジェイ、ポプから聞きました。正直、今も自分の中で整理しきれていません。」
アリスがそこまで言うと、ビルは少し顔を歪めて、頭を抱えた。それを確認したアリスは、優しい顔から厳しい顔になった。その顔のまま、牢屋の入り口を蹴破って、座っているビルに顔を近づけた。
「ダルクヮイ、聞いてますか?もう、ルビリーを苦しめるのはやめてください。シャイーリャはもういませんが、私があなたの相手をします。決着をつけましょう。」
そう言うと、アリスはビルの眉間に人差し指を押し当て、光の弾丸を放った。すると、光の弾丸に押し出されるようにして、黒く禍々しい石のような塊がビルから出てきた。衝撃でビルは後ろに倒れたが、傷跡ひとつ無くすぐに起き上がった。
「…一体何が起きたんだ?」
「ビルさんの頭痛の原因はこれです。」
アリスは塊を拾い上げた。スコットも牢屋の中に入ってアリスが持っている塊を見た。
「何なんだ?これは…?」
「フューダが仲間の頭に埋め込む物です。頭に埋め込んで、必要とあらばその人の感覚を乗っ取ります。情報収集で役に立つみたいですよ。あと、フューダのところを逃げ出そうとする人がいれば、これを爆発させればその人を始末できます。」
「こんなものが私の頭の中に…?」
「きっと、ダルクヮイがルビリーの力を奪って捨てたときに埋め込んだのでしょう。世の中を監視するために。」
そう言いながら、アリスは手のひらの上でその塊を光で包んだ。塊は光の中で砕け、全て浄化されて消えた。
「し、しかし、こんなものを埋め込まれたら、フューダの手下は皆ビルみたいに頭痛に苦しむんじゃ…。」
「私が知る限り、そんな人はフューダの仲間にはいませんでした。これは私の予想ですが、きっとこれはビルさんの体質や思想に合わなかったのだと思います。」
アリスにはビルがどういう体質なのかは分からない。しかし、国際防衛機構の職員であり、実動部隊の隊長を務めるような人物だ。誰かが助けを求めているなら助けるし、誰かを傷つけるような人は許さない。フューダと考え方が違うのは見るだけで分かる。頭にこんなものが埋め込まれていたことを知らず、フューダがそれを利用しているときにビルが無意識に抵抗していたのなら、頭痛として症状に表れていたのだろう。そうアリスは考えた。
「なるほど…。つまり、その元凶を取り除きさえすれば、ビルはフューダに利用されることはない、ということだな?」
「…100%そうだとは言い切れませんが、可能性は高いと思います。」
「…分かった。ビル、もう少しここで辛抱しろ。機構は役人仕事みたいなところがある。ちゃんと手続きをしないと、勝手に出せないんだ。」
「分かってますよ。入り口は壊されましたが、逃げるようなことはしません。」
スコットは職員に連絡を取り、アリスと共に牢屋の外に出た。しばらくすると警備担当の職員が2人やって来て、スコットが事情を説明し、ビルを見張るよう命じた。
「こんなことをして悪いな。」
「まあ、仕方ありませんよ。出入り仕放題ですからね。」
「ご、ごめんなさい…。」
笑いながら言うスコットとビルとは対照的に、アリスはやってしまったという申し訳なさでいっぱいだった。
「アリスが謝ることはない。むしろ、お手柄だ。」
「ああ。なんか、頭がスッキリしてるよ。ありがとう。このあと、実動部隊のみんなに会うだろう?よろしく言っといてくれ。」
「は、はい!」
見張りを命じられた職員も笑っている。きっと、多くの職員がビルを悪く思っていないのだろう。形式上、こうせざるを得なかったのだ。ビルの拘束の終わりが見えたことで、スコットも表情が柔らかくなっていた。
スコットはアリスを連れて来た道を戻った。2人の足音が聞こえたのか、来た時に声を上げていた少年が再び叫び始めた。
「おい!ここから出せ!」
そう言いながら少年は牢屋の金属の入り口を蹴ったり殴ったりし始めた。スコットは気にせず先に進むため、アリスも横目で見ながらスコットの後に続いた。来た時もそうだが、アリスはこの空間の異様な雰囲気を感じていた。
「おい!無視するな!」
少年は頭突きもし始めた。頭から血を流している。それを見たアリスは引き返して、鉄の柵の隙間から少年の腕を掴んだ。振り払おうとする少年だったが、アリスはそれ以上の力で掴み、目を青く光らせて少年を見た。少年は一瞬光に包まれ、気づけば傷ついた頭や手がすっかり治っていた。
「あんまり自分を傷つけないでください。」
「う、うるせえ!チビのくせに偉そうに!」
「それならチビに注意されないような行動を取ってください。」
「言うじゃねえか、チビ。」
アリスと少年は、無言で数秒睨み合った。先に耐えられなくなったのは少年のほうだった。
「はあ。お前、チビのくせに気が強いんだな。」
「チビと気の強さは関係ありません。ついでに言うと、私はそこまで気が強くないです。あなた以上に酷い人達に囲まれて過ごした期間が長いだけです。」
「へえ。お前、チビなのに面白いな。」
「チビチビ言わないでください。私はアリス・オリビアです。」
「お、お前がアリスってやつか!ダグラスのおっさんから聞いてるぜ!俺はマリクだ。」
「ダグラスとお知り合いですか?」
アリスはマリクから話を聞いた。自分が昏睡状態の時、実動部隊がブラスの警護で出動した際に出会った少年武装集団のリーダーがマリクだった。大人に良いように使われることに納得がいかず、大人を懲らしめようと暴れていたが、ダグラスに言葉と力で制圧され、心を開いた。ここに来てからは真面目に過ごしていたが、職員が昔の仲間に暴力を振るっているのを目撃し、職員に殴りかかったところを他の職員に取り押さえられ、現在に至っている。
「それって、マリクさんは悪くないじゃないですか。どうしてここに入れられてるんです?」
「俺にも分からねえよ。だから出せって言ってるんだ。」
「その職員、どの人か分かるか?」
話を後ろで聞いていたスコットが、持っていたスマートフォンの画像をマリクに見せた。マリクは数ある職員の画像の中から1人を見つけ出した。
「こいつだよ。間違いない。」
「なるほど…。マリクと言ったね?悪いが、もう少しここで辛抱してほしい。必ず出してやる。」
「お、おう…。」
スコットはマリクに言うと、アリスの手を引いて足早に建物の外まで出た。立ち止まることなく、そのまま実動部隊が訓練をしている岩場までやって来た。突然、長官がアリスを連れてやって来たことに、実動部隊の隊員達は皆驚いた。
「ちょ、長官!?それにアリスまで!?」
「うわ!アリス、久しぶり!」
「ちょっと顔色が良くなったんじゃない?」
「まさか、アリスをここに連れてくるためだけに長官自らが出てこられたわけではないですよね?」
驚きはしたが、ダグラスは冷静にスコットに尋ねた。副隊長らしい冷静さを見たスコットは、思わずニヤリとした。
「ああ。折角アリスが戻ってきて、色々話したいだろうが、アリスも交えて実動部隊に話があるんだ。」
話を聞いた実動部隊は皆、驚いた。
その夜、マリクは牢屋の中で自分の未熟さを思い知っていた。出してやる、と言っていた男の言葉を少しでも信じてしまった自分が情けない、と思っていた。あれだけ大人が嫌いだったマリクにとって、大人を信じるということはまだプライドが許さないところがある。ダグラスは別として、誰かも分からないあの男を信用したのはいけない。加えて、チビで度胸のあるアリスに流れを持っていかれたのが悔しかった。只者ではなさそうだったとはいえ、今の自分では敵わない人がわりといることを見せつけられた。そう落ち込んでいると、誰かがマリクが入れられている牢屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。その人は牢屋の前まで来ると、体をマリクのほうに向けた。
「お、お前は…。」
「覚えていてくれたかな?」
マリクの仲間だった少年に暴力を振るっていた職員だ。その職員はマリクを見て笑っている。
「機構にバレずに良い人材を探すのは大変なんだよ。でも、見つけた時の喜びは大きくなる。」
「な、何を言ってるんだ、テメェ?」
「一緒に行こう。フューダ様の駒になるんだ。」
そう言うと、職員は牢屋の入り口の鍵を開けて中に入り、マリクの腕を掴んだ。マリクは振り解こうとしたが、職員は手を離してはくれなかった。
「おい!離せ!」
「急いげ。フューダ様がお待ちだ。」
職員がマリクの腕を引っ張って牢屋から出たところで、照明が一気に付いた。突然明るくなったことで、職員とマリクは怯んだ。その瞬間を待っていたアリスが、職員に向かって天井から降ってきた。アリスによる最初の強烈な蹴りが職員の頭を完璧に捉えた。職員の手がマリクから離れたことを確認し、ダグラスがマリクを保護した。その後、職員はアリスと肉弾戦を繰り広げたが、実力は圧倒的にアリスが上だ。アリスは5分もしないうちに職員を制圧した。
「くそ!もう少しだったのに!」
諦めの悪い職員は、アリスを振り落とそうと体を揺らしている。そこにジョージ、ジルバ、ニコラが銃を突きつけた。
「残念ですが、私1人ではありません。もう、諦めてください。」
「お前がやろうとしてたことも大体は分かってる。観念しな。」
この更生施設では、しばしば失踪騒ぎが起きていた。施設の入所者が1人でいるとき、突然姿を消すのだ。機構は最初、脱走したものだと誰もが思っていて、塀を高くしたり、施錠を多くしたりして対策をした。しかし、それでも失踪者が絶えなかった。入所者にも話を聞き、問題の解決を図ろうとした。カメラも設置したが、誰かが失踪する前に必ず壊れた。世界的施設の大問題であるため、更生施設に関わる職員とスコットのみで対応していた。スコットは忙しい合間を縫って入所者の記録を調べたが、何も分からなかった。まさかと思い、職員の勤務記録を調べてみたところ、不自然な点がいくつかあった。機構のシステム担当の中で一番口が硬い人間に事情を話して調べてもらうと、ある1人の職員の経歴や勤務記録が改ざんされていることが分かった。元々いた職員と入れ替わっており、全てのデータを書き換えたようだった。やり方が何処となくフューダのやり方に似ていたため、どう対処するか悩んでいたときに、マリクが職員を殴ったという知らせが入った。施設の決まりで、マリクを隔離しなければならないが、1人にさせてしまうというリスクもある。スコットはアリスが戻ってくるタイミングであることを思い出す。とりあえずマリクを隔離し、戻ってきたアリスを何だかんだ理由をつけてビルのところに連れて行こうと考えた。マリクの前を通過させることで、何かを感じてくれるのでは、という期待からだ。実際はアリスからビルに会わせるよう頼まれたため、その辺の手間は省けた。アリス本人は、ビルに会ってフューダの手から解放したかっただけだったのだが、マリクの周囲にもフューダの気配を感じ、事態に気付いた。
「他の職員達の記憶は、お前の頭の中に埋め込まれたものを通して、フューダが書き換えたんだろう?」
「で?お前と入れ替わった本物の職員はどうした?」
ジョージとジルバが問い詰めた。取り押さえられた職員は不気味に笑った。
「…さあな。今頃は骨になってるんじゃないか?しかし、よく確信が持てたな。少し甘く見てたよ。」
「確信が持てたのは、アリスのお陰だ。」
「は?ああ。愚かにもフューダ様を裏切った大馬鹿野郎か。」
それを聞いたニコラは、職員の眉間に銃を押し当てた。その行動に、誰もが驚いた。
「お、おい、ニコラ!よせ!」
「聞き捨てならないわ。アリスが大馬鹿野郎?そんなわけないでしょ。何も知らないくせに、他人を悪く言うんじゃないよ!」
そう言われた職員は、声を上げて笑い出した。自分を取り押さえているアリスに向かって、捨て台詞のように叫んだ。
「フューダ様の娘だからって、俺は謙らない。俺を見つけたからって、調子に乗るなよ。フューダ様は偉大だ。」
次の瞬間、アリスの表情が変わった。大きく目を開けて、歯を食いしばり、取り押さえる力をさらに強くした。
「伏せろ!早く!」
「待て!アリス!それは負担が大きすぎる!」
ポプはアリスを止めたかったようだが、ポプが何か言うよりも早く、アリスは取り押さえている自分の手ごと職員を光で包んだ。伏せろ、と言われた実動部隊とスコットは、頭を守りながらアリスを見た。次の瞬間、職員は不気味な笑顔のまま、頭から爆発した。光の中で食い止めたため、周りの人や建物への被害はない。だが、爆発が収まった後、アリスは両手を血で染めた状態で後ろに倒れ込んだ。
「おい!みんな!大丈夫か?!」
通路の奥から見ていたビルが駆け寄ってきた。事前にスコットが出てくるように言っていたらしい。想像以上の出来事に、ビルは慌てていた。
「みんな!」
「隊長、落ち着いてください。僕たちは無事です。」
「マリクも無事ですよ。」
「それより、アリスが…」
「わ、私なら問題ありません。」
その場にいたビル以外の人間には、アリスが両手を血まみれにして倒れたのが見えていた。みんなアリスが大怪我を負ったと思った。マリクでさえもそう思った。そのアリスは、何事もなかったかのように起き上がり、両手の怪我もすっかり綺麗に治っていた。
「みなさん、お忘れですか?私はこういう体質ですよ。」
アリスがそう言うと、皆がホッとした。大丈夫そうだと思った。そんな周りの様子を見たポプは、アリスのイヤーカフに耳で触れた。
「ちゃんと検査はしてもらえ。フューダが仕掛けた爆発を両手だけでゼロ距離で受けてるんだ。異常があってもおかしくない。」
今そう言われても、とアリスは思ったが、スコットとビル以外はかなり驚いた表情をしているのを見て、普通に答えればいいことを悟った。
「体力面の強化のために合宿をしたんですよ?大丈夫です。」
「後ろに倒れ込んだくせに、よく言う。」
「あ、あれはしょうがないじゃないですか!」
「そうやって隙を見せたら、すぐにフューダにやられるぞ。」
アリスとポプのやり取りを唖然としながら見ていた隊員達だが、ジルバが我慢できなくなった。
「おい!待て待て!普通に話してるなぁ?アリス、ポプって喋れるのか?」
「はい。イヤーカフに触れれば、皆さんにもポプの声が届くらしいです。」
ジョージとニコラも我慢の限界を迎えてアリスに問うた。
「いつから話せてたんだ?」
「ダイアモでの騒動で出会ってからです。」
「話せることに、アリスは何も思わなかったの?」
「不思議だとは思いましたが、光だの闇だの、そういう力に比べたら自然なことかと。」
淡々と話すアリスを見て、隊員達は無言になったが、しばらくしたら笑っていた。アリスとマリクは場の雰囲気から置いていかれていた。
「え?私、何か変なことを言いましたか?」
「なあ。何で笑ってんだよ?」
ビルがアリスに歩み寄り、アリスの頭を撫で始めた。
「強くなったな、アリス。お帰り。そして、ありがとう。」
合宿に行く前と比べて、明らかに受け答えがしっかりしている。アリスは自覚していないが、周りは皆気づいている。キョトンとするアリスとマリクが微笑ましさを足していて、より平和な時間を生み出している。
「さあ。もう相手は動き出してる。実動部隊室に戻って話し合おう。」
ビルはそう声を掛け、スコットも一緒に実動部隊室に向かった。マリクは無事に保護され、ダグラスの背中を見送った後、自室に戻ることができた。
アリスは皆の後ろをついて歩き、実動部隊室に入った。それぞれ自分の席に着き、スコットは入り口の横に腕を組んで立った。アリスは使っていた椅子をスコットに差し出した。
「良かったらどうぞ。」
「ん?ああ、ありがとう。けど、アリスの座るところがなくなるぞ?」
「私は立ったままで構いません。そのほうが、皆さんと目線が近くなりますから。」
背の低いアリスは、皆が座っている時に自分が立っていたほうが、皆と目の高さが近くなる。加えて、一番経験が浅いアリスとしては、スコットに立ったままでいられるのが少々落ち着かなかった。スコットはそんなアリスの気持ちを汲んで、差し出された椅子に座った。それを見たニコラはアリスを手招きして呼び寄せ、近づいたアリスの腕を引っ張って自分の膝の上に乗せた。
「え?ニコラ、大丈夫ですか?お邪魔では?」
「邪魔じゃないわ。1ヶ月離れてたんだから、これくらいさせなさい。」
戸惑うアリスにそういうと、ニコラはニコニコしながらアリスを抱きしめた。それを男性陣が微笑ましく見る。
「さあ、聞かせてもらおうか。合宿の土産話。」
「そうだな。今後の話をするより先に聞かせてもらわないと。」
「そうそう。気になってたんだよ?ずっと。」
「いいですよね?長官?」
「ああ。セインやジェイがちゃんとしていたか、気になるしな。」
どう返事をしたらいいのか分からないアリスは、ニコラを見た。ニコラはニコニコしながら抱きしめたままアリスを見るだけだ。アリスはどんな訓練をしたのかを話し始めた。
フューダは机に両肘をつけ、組んだ手を額につけて笑っていた。側近は特に感情を込めることなく聞いた。
「フューダ様、いかがなさいましたか?」
「ああ。ルビリーに仕掛けたあれ、アリスに破壊された。」
「え?」
「ついでに、更生施設にスカウトとして送り込んでた仲間にも気付かれた。まあ、そっちはこちらから切り捨てたけどな。」
話を聞いた側近は、拳を固く握りしめ、目を大きく見開いた。フューダが見ても、少々異常な反応だった。
「どうかしたか?」
「素晴らしいです。さすが、フューダ様。粛清は素早く判断、何かが起きても冷静。これぞ、私が求めていたリーダー像です。」
「お、おう…。」
目を輝かせて言う側近に、フューダは引いた。仲間に引き入れた時から、この側近には何かを感じていた。闇の力のダルクヮイにふさわしく、なかなか闇の深い人間である。
「何事も判断は素早くせねばなりません。己の身を滅ぼすことに繋がりますからね…。」
「一応確認だが、近い将来、お前は実の息子と戦うことになるぞ。いいのか?」
「フューダ様らしくない質問ですね。そんなの、百も承知です。息子を正しい道に導けなかった責任はきちんと取りますよ。」
「ふん…。面白い奴だ。安心したよ。」
回答次第では殺すつもりでいたフューダだが、この側近は心からダルクヮイを信仰している。フューダにとっては貴重な手駒であり、理解者だ。自身も、人間への恨みを忘れてしまったシャイーリャを根絶やしにしなければならない。それこそがフューダの一番の目標であり、1つのケジメである。
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