第25話 シャーロット

 その後も同じ木から光に包まれて次々に女の子が生まれた。普通に育ち、フューダの気配を感じ取ればすぐに向かい、そして散る。それを繰り返した。生まれてくる子の力の種類は様々だが、光の力を持って生まれる子は滅多にいない。たまにアンのイヤーカフが光り、力を持つ子が生まれてきても、フューダの前に立つ前に自滅してしまう。その状況を危機と感じたアンの思いが形になったのか、花畑の一画に芝の場所が生まれ、そこから力の訓練をするための洞窟に行けるようになった。その場所は誰でも使えるわけではなく、花畑と同じく光の力を持つ者以外は受け入れなかった。

 ジェイは生まれてきた女の子達の世話係となり、どの子にも愛情を持って育てた。ライトはアンの側に付き、アンの生活を支えた。ジェイもライトも気付かないうちに、女の子は皆、アンのことをお婆様と呼ぶようになっていた。ジェイは最初、慌てて注意したが、アン本人は気にするどころか、その呼ばれ方を気に入っていた。戦いの合間の、束の間の優しい時間が流れる瞬間をアンは楽しんでいた。

 優しい時間とフューダと戦うという現実を繰り返し、何人もの女の子が光となって散っていった。楽しさと悲しさが交互にやってくる中で、ジェイは気付いた事がある。光の力を持って生まれてくる子は確かにごく僅かで一番少ないが、大地を操る力の子は光の次に少ない。火や水、電気や植物、風や氷、色んな力があって同じくらいの割合でいるのに、大地はそれらに比べて少ない。そして、光ほどでもないが、他の力に比べて大地はフューダと対峙した時に粘る。どうしてなのか、理由は考えても分からないし、アンに聞いてみたがアンも心当たりがないらしい。そんな事が分かったところでフューダを倒せるわけでもない。ジェイは気になりつつも、考えるのをやめた。

 100人以上の女の子が育ち、散っていった。もう何人育てたのか、正確な数字は分からない。世の中はその間に500年は流れたであろう。アンは次第に弱っていき、車椅子で散歩に行くこともままならなくなっていた。ある日、ジェイとライトはそんなアンに呼び出された。

「どうした?」

「…そろそろ、私の力が尽きると思う。きっと…、次の子が…、最後。」

ジェイとライトは互いの顔を見合わせた。何も言わなかったが、互いに思っていることは同じである事は分かった。

「そうか。アン、よくここまで頑張ったな。立派だぞ。」

「最後だっていうその子、ちゃんと育ててやろう。」

アンの力が尽きれば、自分達も終わるかもしれない。しかし、ジェイは一度命を落としているし、ライトもすぐに終わる命であった。平均よりずっと長く生きたジェイとライトにとっては十分すぎる生涯である。アンに笑顔を向け、アンも笑顔になった。ジェイはライトをアンの側に残し、花畑の木に向かった。すでに光の玉は木になっており、ジェイが来るのを待ち構えていたかのように、ジェイが木の下に来た瞬間にゆっくりと降りてきた。光の中から出てきた女の子は、元気いっぱいに泣き出した。その子を連れて帰ってアンに見せると、アンはニッコリと笑った。

「名前は何にする?」

「今回はアンが決めろよ。」

ジェイとライトに促されたアンは、しばらく考えて、赤ん坊の顔を覗き込んだ。

「そうだねぇ。…シャーロット、なんてどう?」

赤ん坊は満面の笑みで手足をバタバタさせた。何とも微笑ましい様子に、アンもジェイもライトも笑顔になった。

「シャーロット、で決まりだな。」

「ああ。本人もお気に入りみたいだしな。」

シャーロットは世の中のあれこれをまだ何も知らない。そんなシャーロットの今の笑顔ができるだけ失われないために、みんなで愛情を注いだ。

 花畑の赤ん坊が生まれてきた木は、花を全て落として葉っぱだけになった。アンはライトの補助なしでは日常生活を送れなくなった。ジェイも子育ての合間にライトを手伝い、それを見ていたシャーロットはアンの手をギュッと握って笑顔を見せた。そんな暮らしを続け、アンは少しずつ弱り、シャーロットはすくすくと成長していった。そして、4歳になったシャーロットは大地の力を発現した。自在に大地を操るシャーロットは、新しい技を覚えると自慢げにジェイに見せ、アンとライトには笑顔で話した。ジェイとライトはすごいと褒めたが、アンは何も反応を示さなかった。そんな日々を送ること2年、シャーロットはアンに直接聞いた。

「ねえ、お婆様。どうしてお婆様は私を褒めてくれないの?ジェイとライトは褒めてくれるよ?」

アンの手を握りながらシャーロットはそう言った。子どものド直球な質問に、弱っているはずのアンは苛立ち、力一杯シャーロットを向かいの壁に向かって投げつけた。シャーロットは大泣きし、近くにいたライトはアンをなだめ、色んな音に驚いたジェイは夕食の準備の手を止めて駆け足で様子を見に来た。

「どうした?!何事だ?!」

ジェイはベッドの向かいの壁に寄りかかって大泣きしているシャーロットを見て、すぐにそちらに駆け寄った。壁は凹み、シャーロットの額からは血が出ている。

「シャーロット様、何があったんですか?」

生まれてきた子に対しては丁寧な口調で話すジェイである。この場も丁寧な口調ではあるが、焦りを隠せていない。シャーロットは言葉が出ず、ただ泣き続けるだけだった。

「…ジェイ、アンが…、アンがやったんだ…。」

「え?」

ジェイはライトに言われ、アンを見た。ベッドに横になっているが、明らかに何か苛立っているような顔だった。

「アン。本当にアンがやったのか…?」

「…シャーロットが悪いんだ。褒めてくれって…。冗談じゃない。」

ジェイには何の話か分からなかった。そっとジェイに近付いたライトが小声で簡単に説明した。

「シャーロット様も頑張ってるんだ。それは認めてあげよう。な?」

「ダメ!」

弱っている老婆とは思えないくらいのハッキリとした声量でアンは言った。驚いたシャーロットはジェイの後ろに隠れた。

「ダメ…、って、何がダメなんだ?」

「光じゃなきゃ、フューダには勝てない。なのに、私は光の子をなかなか生み出せなかった。失敗作ばかり…。最後って分かってたのに、大地を発現した。失敗作を褒めるなんて、できない!」

アンは激しく泣き出した。こんなアンを見たことがないジェイとライトは驚いた。ジェイとライトは目で合図し、ジェイはシャーロットを連れて別の部屋に連れて行った。家の外でライトと話し合い、今後アンとシャーロットを会わせないことにした。

 あれから5年の時が流れた。ジェイとシャーロットは町中のアパートを借りて暮らしていた。シャーロットは力の事を隠しながら、普通の子と同じように学校に通っていた。毎日が楽しいようで、毎日笑顔を見せてくれる。ジェイはアンに出会う前の経験を活かし、宝石の加工の職を得ることができた。元々器用で、長い時間を生きてきた中で様々なものを見たこともあり、加工だけでなくデザイン能力も高く評価された。奴隷のような扱いを受けることなく、安心して働きながら収入をえられるのが、ジェイにとってありがたかった。仕事は夕方には終わり、学校にシャーロットを迎えに行けるよう配慮もされている。周囲には父子家庭ということにしており、仲が良いので実際そうにしか見えない。光から生まれたシャーロットは父がどういう存在なのかあまり分かっていないが、ジェイと暮らす日々は楽しいものであり、それでよかった。

 そんなある日、いつも通り学校にシャーロットを迎えに行ったジェイは、いつも通りシャーロットからその日あったことを聞きながら家に向かって歩いていた。その日、シャーロットのクラスでは演劇鑑賞をしたらしい。

「すごいんだよ!演技なのに、本当に起こった事みたいだった!衣装も可愛くて、キラキラしてた!」

そう話すシャーロットの目も、いつになくキラキラしていた。ジェイは笑顔で頷きながら話を聞いた。

「いいなぁ。私もああなりたい。」

「シャーロット様は俳優に憧れたのですか?」

「憧れただけじゃないよ。私、なれるように頑張りたい!」

それを聞いたジェイは、シャーロットにバレない程度に顔が曇った。確かに、シャーロットは顔が整っていて、大地の力を持って生まれた子に共通することだが、生まれつき目が赤い。アンから離れて暮らし始めてから明るくなり、ハキハキしてきた。それだけなら俳優に向いているかもしれない。しかし、シャーロットには大きな壁がある。夕食時、ジェイはそれをシャーロットに話した。

「シャーロット様。お分かりいただけているとは思いますが、シャーロット様はいずれフューダと対峙することになります。力を磨かねばなりませんし、その力を隠して大衆の前に出続ける俳優は少々厳しいかと。」

シャーロットは頬を膨らましてジェイを睨みつけた。シャーロットは気に入らない事があると、いつもこうする。自分の将来の夢を否定されたのだから、今回の場合は仕方ない。

「分かってるけどさ…。それ、絶対に私がやらないといけないの?お婆様、私のこと失敗作って言ってたし。」

あの日の事は、シャーロットの心に深く刻み込まれてしまっている。優しくしてくれていた人が突然、自分を投げ飛ばして失敗作と言い放ったのだ。ショックが大きいなんてものではない。ジェイははっきりとした正解が分からないまま、頬を膨らませたままのシャーロットに答えた。

「フューダに対抗できるのは、力を持つ者だけです。持たない者は簡単に始末されてしまうのです。現状、フューダに対抗できる特別な力を持っているのはシャーロット様しかいないのですよ。」

「そうだけど…さ…。」

「それに、シャーロット様は失敗作ではありません。楽しいことを全力で楽しんで、憧れも見つけて、シャーロット様はそんな毎日がつまらないですか?」

「ううん。楽しいよ。楽しいし、嬉しい。」

「そう思って過ごせているのなら、それはシャーロット様にとっては成功です。成功、失敗は自分でしか決められませんから。」

シャーロットはジェイを見た。優しい笑顔を向けてくれていた。血の繋がりは全くないけれど、優しさに溢れていて、言う時は言ってくれる。きっと、父親とはこういうものなのだろう、と感じた。

 1週間後、ジェイはシャーロットを連れてアンがいる家に行った。力のことを隠して普通に学校に通っているとはいえ、力の使い方は身につけていないと、突然暴走したりした時に困る。なので、定期的に家に戻ってはライトが稽古をつけているのだ。その間、ジェイはアンと2人だけの時間を過ごす。2人が互いの事をどう思っているのか、ライトはとっくの昔に気付いている。気遣いの意味も込めて、シャーロットの稽古を引き受けている。ジェイはアンが横になっているベッドの横の椅子に腰掛けた。

「アン、調子はどうだ?」

アンは言葉を出すことはなかったが、ジェイの手を握ろうとした。それに気付いたジェイはアンの手を取って、優しく握った。

「シャーロットは元気に育ってるよ。今、俳優に憧れてるんだ。フューダのことを言っても、絶対に俳優になるんだって。アン、ごめんよ。私は、夢を叶えさせてやりたい、と思ったんだ。私も失敗作だな。」

フューダさえいなければ、シャーロットは何にも縛られずに俳優の夢に向かって進むことができたはずだ。しかし、フューダがいて、アンが生み出したからこそ、シャーロットはこの世に生まれてきた。シャーロットの使命はジェイも十分理解している。それ故、どうすることもできない自分が情けなかった。

「…で。」

「え?」

アンは何かを言おうとしている。ジェイはアンの顔に自分の顔を近付けて聞き取った。

「そ…、そんなこと、言わないで。ジェイは、立派だよ。」

近付いたジェイの頭を、アンはもう片方の手で撫でた。ジェイは少し驚いた。あれだけシャーロットに対してキツく当たっていたアンが、シャーロットの肩を持とうとしたジェイに優しく触れたことが以外だった。アンが手をベッドの上に戻した後、ジェイもアンの頭を撫でた。そんな2人を窓の外からニヤニヤしながら見ていたライトは、窓を軽く耳で叩いてジェイを呼び寄せた。

「悪いねぇ。いいところで。」

「…どこから見てた?」

「ジェイが撫でられてたところ。」

ジェイは顔を薄っすら赤くした。ライトはそんなジェイの肩に乗った。

「で?何の用だ?冷やかすために呼んだんじゃないだろう?」

「ああ。前から思ってたんだけど、シャーロット、光じゃないにしては強めな力を秘めてると思うぞ。」

「え?」

それを聞いたジェイは、アンを1人部屋に残してライトと一緒に外に出た。シャーロットは待っている間、暇だったのか、地面に絵を描いていた。

「シャーロット、待たせたな。ジェイにもさっきのやつ、見せてやれよ。」

「うん。いいよ。」

シャーロットはそう言うと、赤い目をさらに赤く光らせて、地面から大きな土壁を引っ張り出した。さらに、訓練用で置いていた大岩を小さな拳で砕いたり、腕を金属のように硬くして木を殴り倒したりした。

「ねえ。これってすごいの?」

笑顔のまま不思議そうに聞くシャーロットのことは、もちろん視界に入っていたが、想像以上のものを見せられて頭の整理がつかず、ジェイはシャーロットの質問を聞き逃していた。

「ねえ、ジェイ?」

「…シャーロット様、お身体は何ともないのですか?」

「うん、普通だよ。」

過去に何人かいた大地の力を持つ子も、確かに力強い感じはしていた。だが、シャーロットは別格だ。それに、今まで光以外で目を光らせた子はいなかった。

「シャーロット様。その力は絶大です。それ故、この事は周囲に漏らしてはいけません。約束できますか?」

「うん。できるよ!」

シャーロットは笑顔でジェイと約束した。その後、ジェイとライトは目線だけで会話をして、ジェイはシャーロットを連れて町中の賃貸に戻った。

 さらに数年が経ち、シャーロットは中学生になった。勉強に励む傍ら、町の劇団に入って演技を磨いていた。子どもながら元々の美貌は群を抜いており、それは中学生になってさらに磨きがかかり、演技も初心者ながら悪くない、ということで少しずつ町中に知られることとなった。明るい性格もあり、人気者となったシャーロットは地方のニュースのワンコーナーで紹介されるほどになった。新聞にも取り上げられ、劇団には芸能事務所の担当者がお忍びで視察に来ている、という噂まで立った。ジェイは力の事を気にしつつも、楽しそうにしているシャーロットを見たら、本人には何も言えなかった。勉強と劇団をちゃんと両立させ、さらにはアンの家にも定期的に通ってライトやジェイに力の使い方の指導も受けている。多忙なシャーロットを支えるため、ジェイは出来ることは全てした。家事はきっちりこなし、食事は体作りのために手を抜かず、シャーロットがやりたい事を出来るように宝石店での仕事も続けて収入を切らさないようにした。アンとライトはシャーロットのことも心配だが、ジェイが頑張りすぎているように見えて、ジェイのほうが心配だった。

 ある時、アンの家に行く日、ジェイはシャーロットをライトに預け、アンの部屋に入った。相変わらず寝たきりのアンだが、会話が全くできないわけではない。ジェイはベッドの横の椅子に腰掛け、アンに自慢げに雑誌を見せた。

「アン。見てくれよ。地方の情報誌だけど、町の劇団が取り上げられて、シャーロットが特集されたんだ。すごいよな。やりたい事を見つけて、真っ直ぐに進んでるんだから。」

「…そうだね。けど、目立ちすぎじゃない?」

「心配ないよ。力のことはシャーロットも分かってる。言いふらしたりする子じゃない。」

「う…、うん。」

その後、ライトと交代するために、ジェイは外に出た。少しして、ライトはアンの部屋に戻ってきた。

「ふう。やっぱり、シャーロットの力は強い。光だったらとっくに消滅してたかもしれないな。」

「ねえ、ライト…。どう思う?」

アンはジェイが置いていった雑誌を見ながらライトに尋ねた。ライトは正直に思ったことを言った。

「すごいと思うよ。ちゃんと自分が楽しめることを見つけて、努力してる。」

「…シャーロットに会わせてもらえないかな?」

「だ、大丈夫か?」

「ちゃんと話がしたい。」

アンは本気のようだった。ライトはそれを聞き、何も言わずに部屋を出て、ジェイとシャーロットのところに行った。話を聞いたジェイは驚き、すぐにシャーロットを見た。シャーロットは明らかに戸惑っている。

「シャーロット様。無理をする必要はありません。自分の気持ちに、正直に動いてください。」

「…分かった。会ってみる。」

その答えを聞いて、ジェイはライトと共にさらに驚いた。少し迷ったが、ジェイとライトはシャーロットを連れてアンの部屋に入った。アンはジェイの後ろに隠れるようにして立つシャーロットに気付き、大きく息を吸って気持ちを整えた。

「シャーロット。こっちまでおいで。」

そう言われたシャーロットは、ジェイとライトの顔を交互に見た。ライトは頷き、ジェイはシャーロットの背中を軽く押した。何かあれば守ってくれる、という安心感を得て、シャーロットはアンのベッドの横の椅子に腰掛けた。

「…久しぶり。劇団は楽しいの?」

「え?う、うん。楽しいけど…。」

「けど…、何?」

「いや、どうしてそんなこと聞くのかな、って。お婆様、興味なさそうだし…。」

最初はアンと目線を合わせていたシャーロットだが、次第に気まずさを感じて自然と目線を逸らしていた。そんなシャーロットの気持ちは、アンにも伝わってしまっていた。

「そうだね。私はフューダを倒すこと以外、考えてない。それが今までできなくて、時間が過ぎていっても世の中は混乱したまま。おまけに、私はこのザマ。自分じゃ動けない。」

弱っているアンのその言葉に、力強さはない。自分の時にどうにか出来なかったことを、まだ後悔しているのだ。

「フューダを倒せるのは光だけ。けど、あなたは大地の力を持って生まれた。私にとって、失敗作であることには変わらない。」

手を出すことはないにせよ、弱った体からは想像できない真っ直ぐな目とハッキリとした言葉に、シャーロットだけでなくジェイとライトも緊張で心臓を掴まれているような感覚になった。アンは続けた。

「けど、今のシャーロットは私の理想の形。私も、みんなと仲良くして、好きなことを見つけたかった。その願いを忘れたことなんて一度もない。ジェイとライトがいてくれるようになって、かなり救われたけど、私は好きなことを見つける余裕なんてなかった。私のこの弱い気持ちがシャーロットを生み出したんだと思う。」

失敗作には違いない。けれども、アンにとってシャーロットは自分がありたかった姿なのだ。長い時を生きてきた中で、アンは自分の理想を捨てず、心の奥底に一生懸命押し込んでいた。それは、誰かが手助けできる領域ではない。2人と1羽は何も言えなかった。

「シャーロット。フューダは必ずあなたの前に現れる。そのときは嫌でも戦わないといけない。それは分かる?」

「…うん。」

「分かってるならいいよ。あなたは最後のシャイーリャ族。何事も中途半端は許さない。やるべきことをやりなさい。」

アンはそれだけ言うと疲れたのか、すぐに寝入った。ライトが布団を整えて、シャーロットとジェイをリビングに連れていった。

「あんなに喋ったのは久しぶりだ。普段、オイラが話し掛けてもあんなに喋らない。」

「私も久しぶりに見たよ。しかし、シャイーリャ族なんて呼ばれるようになってから、余計に神経過敏になったよなぁ…。」

フューダはいつからか、自身のことをダルクヮイ族の首領と言い、アンが生み出した子達をシャイーリャ族と言うようになった。その呼び方は時代と共に世界に広がり、どこにいても世界中の情報をすぐに得られる今の時代は誰もがその呼び方をしていた。ダルクヮイ族は悪い奴ら、シャイーリャ族は助けてくれる人達、という認識らしい。実際そうなのだが、時代が違うとはいえ、自分達が命の危険に晒された途端に力を持つ者に救いを求める人間達に違和感を感じた。また、アンにとってシャイーリャは本名でしかない。世間が一族の名前として勝手に使っていることも違和感の原因の1つだ。ピリピリし始めてから生まれた光の力の子は1人だけだったが、アンの指導は怖いなんてものではなく、耐えきれなかったその子は力を暴走させてしまい、フューダと対峙することなく天に旅立った。

「まあ、仕方ないさ。じゃあ、シャーロット、訓練の続きしよう。」

ライトはそう言いながらシャーロットを見ると、シャーロットは泣きそうな顔をしていた。演技ではなく、本気の泣き顔である。

「シャーロット様?どうされましたか?」

「…ごめん、ジェイ。私、もう帰りたい。」

アンに会うことが、シャーロットにとっては相当なエネルギーを必要としたらしい。変えられない過去の出来事が、今日のアンの言葉を必要以上に鋭くしている。ジェイとライトは目を合わせ、静かに同時に頷き、ジェイはシャーロットを連れて帰った。ライトは心配そうに2人を見送り、アンの部屋に入って、寝ているアンの横に座った。

 その後、シャーロットがアンの家に行くことはなかった。ジェイは2回連れて行こうとしたのだが、シャーロットの震えが止まらなくなってしまい、当分は無理と判断した。シャーロットの学校が休みで劇団で稽古があるときに、少しだけアンの様子を見に行くようにはしていたが、あれ以来アンが目を覚ますことはなかった。

「オイラもあれから起きたところを見てないんだ。脈はあるし、呼吸もあるから、生きてはいるんだが…。」

「そうか…。引き続き頼むよ。」

「シャーロットはどうだ?元気してるか?」

「ああ。今度、国立劇場で開催される演劇コンテストに出る、ってはりきって練習してる。主役だから、余計にな。」

「主役はすごいな。…そういえば、オイラ達の知らない間に、国なんて区分ができてたんだったな。」

「時代は確実に変わってるよ。」

ジェイとライトが本来生きていた時代は、領地争奪の争いはあれど、土地に明確な区切りはなかった。時代と共に、同じ人間であっても見た目も使う言葉も考え方も全く異なることが分かってきた。様々な違いから争いが起き、相手を支配しようとした。そして、人間は国境を作ったのだ。ジェイとライトがいる場所は、現在ベルラッテと呼ばれる国となっている。

「芸術の国ベルラッテ、を目指したいんだと。まあ、その他にも世界の主要機関が集まってるから賑やかだよ。」

ベルラッテ国立劇場の舞台に立つことはとても栄誉あることで、それを夢見る俳優は世界中にいる。レベルの高い演劇を観られるとあって、それを求めて世界中から観客が集まる。さらに、国際機関の本部が集中していることから、世界中から要人が集まる。知らない間にジェイとライトの周りは過剰なほどに発展していた。

「今度のコンテストが終われば、シャーロット様も高校生だ。ますます美人になるかもな。」

「一応聞いとくが、力のことは大丈夫なのか?」

「ああ。問題ない。誰かに話すこともなければ、力が暴走することもない。そんなことをしたらどうなるかは、シャーロット様だって分かってる。もう、半分大人だからな。」

「そうか。それならいい。ちゃんと応援してやれよ。」

「言われなくてもそうするさ。ライトも、アンのこと、頼んだぞ。」

ジェイは町中のアパートに帰っていった。夕食の準備をしていると、シャーロットが笑顔で帰ってきた。

 コンテストは大盛況だった。久しぶりにシャーロットの演技を見たジェイは、演技力が格段に上がっているのを感じた。観る者全てを虜にし、スタンディングオベーションを浴びたシャーロットは舞台上で満面の笑みを浮かべながら客席に向かって手を振っていた。チームとしては準優勝、シャーロット個人としては文句無しの最優秀賞だった。外でシャーロットが出てくるのを待っていたジェイだが、芸能事務所の関係者風な人がウロウロしているのを見て、なかなか出てこないだろうことを察した。案の定、ジェイは2時間近く待たされた。

「ごめん!だいぶ待ったよね?」

「構いませんよ。芸能関係者なら誰だって、あの芝居を見さされたらシャーロット様を欲しがるでしょう。で?スカウトされたのですか?」

「う、うん…。7社くらい、かな…。」

「それはすごいじゃないですか。…何かご不満でもあったのですか?」

俳優を夢見るシャーロットのはずだが、スカウトされたというのにどこかうかない顔をしている。 

「いや…、だって…。力のことがあるから…。どうせ、お婆様にダメって言われる…。」

シャイーリャ族の使命を理解している者として、夢を叶えている暇などないのだから諦めろ、と言うべきだろう。しかし、ジェイはこれまでに何人もの少女が夢すら持つことなくフューダによって散らされていった現実を目の当たりにしてきた。アンのことは支えたいし、アンの希望を叶えてやりたい気持ちは今も当然のように持っている。だが、シャーロットが失敗作、という発言だけはどうしても許せなかった。

「良いではありませんか。俳優を目指したって。光から生まれた力を持つ者とはいえ、他の方たちと同じく今を生きているのですから。夢を追いかけてきたシャーロット様は、とても輝いていましたよ。ここで終わって、納得できますか?」

ジェイにそう言われたシャーロットは、涙を流し、そして笑った。その後、各事務所の話を聞き、所属先を決め、ジェイは影から見守ることになった。ジェイにとって、初めてアンに反抗した出来事となった。

 その後、何年かの下積みを経てシャーロットはベルラッテのみならず、世界中で人気が出た。演技力は当然ながら、歌唱力も優れているとなって、シャーロットが初主演を務めたミュージカルが世界中で人気となったのだ。目指していた俳優として仕事ができる喜びは当然あったが、忙しさのあまり気が休まらない日々に悩みが尽きなかった。そんなシャーロットにとって、唯一の癒しとなる時間が、ある1人の俳優との雑談だった。

 その俳優は、下積み時代に出会った男である。

「君、歳のわりに疲れてるんじゃない?」

その俳優の男はシャーロットより2歳年上で、シャーロットと同じく下積み中の若手俳優だった。初めて出会って一言目にそんなことを言われたため、シャーロットからしたらその男の第一印象は悪かった。

「君、シャーロット・オリーヴァだろ?聞いてるよ。将来有望な女優が入った、って。でも、そんなに疲れを前面に出してたら、有望株が台無しだ。」

ズケズケと言いたいことを言いまくる男を鬱陶しく思い、シャーロットは男に背を向けて台本を読もうとした。しかし、男は構わず続ける。

「ちゃんと気持ちを休める時間を持ってるか?自分の気持ちを誰かに吐き出すのも良いらしい。君、八方美人だろ?誰も君の悪い所を言わないんだ。そういう人は大体無理してるからな。」

「うるさい!黙ってて!人の気も知らないで!」

シャーロットが大声でそう言うと、男は一瞬怯んだが、すぐにニヤリと笑った。

「そうそう。それで良いんだよ。一度大声出せたんだから、僕には少しは言いたいこと言いやすくなったろ?いつでも鬱憤を聞いてやる。あっ、僕はセイン。セイン・ハッシュドリッヒだ。よろしく。」

最初の印象こそ良くなかったが、これがきっかけで2人は雑談を楽しむようになる。互いに言いたいことを言い、喧嘩になることもあったが、それがストレス発散に繋がった。スケジュールが合えば食事にも行った。シャーロットはセインと過ごすうちに、早く仕事を貰えるようにならなければ、と知らぬ間に焦っていた自分に気付けた。肩の力が抜け、改めて自分がどうなりたいかを考え、それに向けて努力出来るようになった。焦りと辛さばかりだった毎日から抜け出し、楽しい気持ちが戻ってきた。そんなシャーロットを見て、セインも負けていられない、と前向きになれた。影からこっそり見守っていたジェイは、シャーロットに変な男がついた、と最初は思ったが、イキイキとしているシャーロットを見ていたら引き離すことはできなかった。

 2人はそれぞれ努力し、次第に仕事が増えていった。シャーロットは俳優業の他に歌手としても活動し始めた。セインは舞台や映画の準主役を任されるまでになっていた。忙しい合間を縫って、2人は会える時には必ず会った。すでに、友人の枠を超えた関係となっていた2人にとって、互いに相手をなくてはならない存在と思っていた。だが、シャーロットは悩んでいた。力のことを正直に話すべきか、このまま隠し通すか、寝る直前まで悩む生活が続いた。

「シャーロット。何か悩みごとがあるんだろ?浮かない顔してる。」

そう言われたシャーロットは、セインの顔を見ると、その奥にジェイが怖い顔で立っているのが見えた。シャーロットの気持ちは固まった。ジェイには首を横に振り、セインに全てを打ち明けた。セインは驚いたが、すぐに受け入れた。

「シャーロットがシャーロットであるなら、何だっていいじゃないか。普通の人と生まれ方や持って生まれた能力が違うだけだ。そんな中で夢を見つけて、今こうして叶えようとしてるシャーロットはすごいよ。」

少し離れたところから様子を見ていたジェイが歩み寄ってきた。この時、セインは初めてジェイの存在を知った。

「シャーロット様。ダメじゃないですか。誰にも言わない約束でしょう?」

「ごめんなさい。でも、セインに隠し事はしたくなった。」

「はぁ。まあ、いつかこうなるのではないかと思ってましたけどね。」

「な、なあ?この人…。」

「ああ。セインは初めてだよね。私を育ててくれた、ジェイだよ。」

シャーロットに紹介されたジェイは、セインに対して軽くお辞儀をし、すぐにセインに顔を近づけた。

「ジェイだ。セイン、だよな?今の話、誰かに言うと、私は君を粛清しなければならない。シャイーリャ族は他の誰にも指図を受けない。」

「い、言いませんよ。シャーロットのこと、大切だから…。」

恥ずかしそうにそう言うセインは、顔を少し赤く染めていた。それを見たシャーロットも顔を赤くし、そんな2人を見たジェイは呆れたが、口元だけは笑っていた。

「私はいつでもシャーロット様を見守っている。シャーロット様を悲しませたり、困らせたりしたら、許さない。」

「僕にとって、シャーロットはただの友だちじゃない。大切なんだ。安心してくれ。」

ジェイはセインのその言葉を信じることにした。

 宣言通り、セインはシャイーリャ族のことを他の誰かに言いふらすことはしなかった。シャーロット共々、仕事が忙しくても会う時間は作った。業界内でも売り出し中の2人の仲は噂になり、芸能記者が付きまとうこともあった。2人にとっては会えることこそが大切なのだ。誰かに覗かれようが関係なかったが、事務所の命令もあり、こっそり会うようになった。それでも記者は付きまとおうとしていたのだが、しつこい記者は影でジェイがお仕置きをした。様々な困難を乗り越え、2人は互いをより理解し、シャーロットが普通の人と同じように子を身籠るという奇跡まで起きた。しかし、芸能の仕事が増えるということは、多くの人に知られるということであり、その多くの人は皆が良い人というわけではない。シャーロットには最悪なファンが付いていた。セインに妊娠を伝え、結婚を約束したまさにその時、フューダがシャーロットを拐った。シャイーリャ族だからではなく、単に1人のファンとして独り占めしたくなったのだ。シャーロットとセインの幸せな時間は幕を閉じた。シャーロットが拐われた数日後、アンも力尽き、真っ青なイヤーカフだけを残して光となって散った。何かを感じてアンの家に向かったジェイだったが、家に辿り着くことができず、花畑に行くこともできなかった。ジェイとライトは以来会うことはなく、互いに死んだものだと思っていたのだった。

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