第10話 抉られる気持ち、迷いない判断。

 アルゲンタの鉱山事故は、世界中で大きく報道された。違法な採掘、違法な労働環境、違法な経理処理、さらには経営陣の豪遊散財が明らかとなった。まだ裁判も始まってない現時点で、逮捕者の終身刑は確実視された。加えて、今回救助された作業員7人の密入国も発覚し、それぞれの母国へ強制送還されることとなった。アルゲンタはチタンという重要な資源を失ってしまったのだが、事故のあった鉱山から新たに硫黄が大量に採れることが分かった。脆くなっていた地質も、どういうわけか安全な範囲まで持ち直していた。チタンよりは儲けにならないが、それでも埋蔵量が世界屈指であり、これで復興を目指すこととなった。ベルラッテはエメラードとアルゲンタの2つの街を滅茶苦茶にされたことで、政界は疲弊した。エメラードはフューダが関係していたのでどうしようもない節があるが、アルゲンタの件はどうして問題を起こした会社に採掘の許可を出したのか、その責任問題に発展してしまった。

 一方、国際防衛機構はというと、絶望的状況からの救助や、その後の死亡者の遺体回収、住民避難の円滑さが評価された。元々世界中の憧れの的である実動部隊は特に讃えられた。だが、実動部隊の隊員は皆複雑だった。確かに、救助や避難誘導は普段から訓練を行って備えているが、今回はアリスがいなければどうしようもなかった。エメラード事件や暴行騒動を踏まえて、報道機関にアリスのことは伏せられている。しかし、目撃者が情報や写真をインターネット上に流し、機構の情報統制はほぼ意味を成していない。オレンジの制服を着ていない実動部隊の隊員は危ない、という情報は世界中に広まっていった。実動部隊の隊員達は、自分達が称えられ、アリスが悪く言われてしまっている現状に納得いくはずもなかった。

 アリスは倒れた3日後に目を覚ました。回を重ねる毎に回復が早くなっていくアリスを、ブラスは不思議に思い、同時に心配にもなった。誰よりも硫化水素ガスに直接触れていて、かつ暴行騒動でのダメージもあるはずなのに、どこにも異常がない。ビルと相談した結果、一旦は実動部隊の隊員に説明することにした。アリス以外の全員が集まる始業時刻に、ブラスは実動部隊の部屋で、状況を説明した。

「怪我の程度も軽く、内臓の損傷も見られない。一見すれば、体に何の異常もない。」

ブラスの説明を聞いた隊員は、一度は安堵した。ブラスは結論を急いだ隊員の気持ちをへし折るように、首を横に振った。

「あくまで、ぱっと見の話だよ。問題は回復速度だ。普通の人の何十倍、いや、何百倍も早い。細胞レベルの細かいところで、アリスの体は疲弊してしまっている可能性が高い。」

体のどこかが傷ついた場合、人の体は時間を掛けて治癒していく。治療や薬で回復を助け、本人の持つ治癒力により回復の早さは異なる。体の負担にならない程度に回復するのが当然なのだが、アリスはあまりにも早すぎる。フューダのアジトから救助されるまでの生活を考えると、治癒力が高いとは思えない。ブラスは、アリスの体に何らかの負荷が掛かっていると考えていた。

「とにかく、普通じゃ考えられないってことだよ。」

隊員達は話を聞いてしばらく言葉が出なかった。確かに、エメラード事件でアリスに起きたことを考えると、どうして生きているのか不思議である。暴行騒動だって、大人数から暴行を受けても気を失うことはなく、その傷はすぐに癒えてアルゲンタの鉱山事故に向かっている。

「じゃあ、先生もアリスは化け物だと思うのか?」

沈黙を破ったのはジルバだ。アリスが鉱山事故で救助した作業員から化け物と言われていたことを気にしていた。

「アリスは人間だ。確かに、物語の中でしか見たことのない超能力みたいなものを使えるし、怪我の回復も早いが、体の仕組みは我々と変わらない。それに、アリスは気遣いをしすぎるくらいに優しい子だろ?」

異質だからとアリスに矛先を向ける人間のほうが化け物だと、ブラスは思っていた。それに、ブラスはアリスに直接助けられている。不思議なことは多かったが、感謝しかない。鉱山事故で助けられた作業員のアリスに対する態度を聞いた時は、信じられない気持ちになった。ブラスの言葉を聞いて、ジルバはもちろん、他の隊員も安心した。一通り説明を終え、ブラスは医務室に戻った。その後、実動部隊はいつも通りの仕事を始めた。事務作業を片付け、世界の現状を把握し、出動要請に備えて機器の点検を行った。

「隊長。そういえば、アリスはいつ復帰するんですか?」

ダグラスがビルに聞いた。ブラスの説明を聞くのに意識が向きすぎて、ビルは言うのを忘れていたし、隊員も聞くのを忘れていた。

「ああ。とりあえず、検査で問題がなければ週明けから復帰だ。今は自室で休んでるはずだよ。みんな、見かけたら声掛け頼むぞ。」

ずっと1人になると、気が滅入ることがある。人との繋がりは大切にしてほしい。フューダのところで1人耐え続けたアリスには特にそうであってほしい。隊員みんなの願いだ。

 実動部隊の隊員達の優しさには当然気付いているアリスは、1人屋上で考え込んでいた。自分が化け物と言われてしまうのはしょうがないと思っているし、それで誰かを助けられるのなら構わない。だが、そのせいで色んな人に迷惑を掛けているのが辛かった。目が覚めた日、医務室のテレビに映し出されたのは、国際防衛機構の前に集まって声を上げる人達だった。何かを書いた段ボールを持っている人もいた。だいぶ字が読めるようになったアリスは、そこに批判的な言葉が書かれていることをちゃんと理解した。人々は口々に、化け物を排除せよ、世界中の苦しんでいる人を助けるのが先だ、と声を上げていた。すぐにブラスがテレビを消し、大丈夫だ、と言ってくれたが、迷惑を掛けているという感覚が消えることはなかった。今も、敷地の外には数人の抗議集団がいる。アリスは屋上から屋上に飛び移り、集団に一番近い建物の屋上に移動した。門の前を警備している職員に、人々が詰め寄っているのが見えた。

「どうしてあんな化け物を庇うのよ?!」

「あいつ、敵かもしれないんだぞ!」

「苦しんでる人は大勢いるのに、何してるの?!」

「金の無駄遣いだ!」

ブラスによると、アリスは人より感覚が優れているらしく、聴力もその1つだ。国際防衛機構の立派な建物の屋上にいても、下にいる人の声はアリスの耳にはっきりと聞こえてくる。アリスは両手を固く握り締め、唇も血が出るくらいに噛み締めた。もう、迷惑は掛けられない。ここにいてはいけない。アリスがそう思って振り返ると、すぐ後ろにいた誰かにぶつかった。

「うわっ!あっ、ご、ごめんなさい!」

誰かも確認せずに走り出そうとするアリスの腕を、ぶつかった人物がしっかりと掴んだ。驚いたアリスは振り返った。

「す、スコットさん…?」

「どう見ても俺だろ。」

アリスはスコットに体を向けるように体勢を変えたが、スコットはアリスの腕から手を離さなかった。スコットはアリスの顔をじっと見ていた。

「あ、あの…、何か?」

「ここから出て行ったとして、行くあてはあるのか?」

スコットにはアリスが何を考えているのかお見通しのようだった。言葉に詰まるアリスの腕をようやく離したスコットは、抗議の人々が見えるところまで行き、柵にもたれかかった。

「すごいな、アリス。ここにいても、あの声が聞こえるんだろ?」

「…人より色々と感覚が良いみたいです。」

「先生から報告は受けてる。実動部隊の隊員として、それは強みになるぞ。」

「…世間はそうは思ってないですよ。」

アリスはスコットの横に立ち、門の前に集まっている人々を見た。声を上げるのを止めない様子は、アリスの心に深く突き刺さっていく。アリスの目には涙が浮かんで流れていったが、今のアリスにはそんなことに気付く余裕がない。

「私、助けられた時、とても嬉しかったです。やっとフューダから逃れられるって。やっと外の世界に出られるって。けど、助からないほうが良かったですね。私には平和に過ごす資格なんて…」

アリスが最後まで言う前に、スコットはアリスの腕を引き、柵から離れた。集まった人々が見えない位置で、スコットはアリスと向き合い、アリスの両肩をしっかり掴んだ。

「人と違ってたら普通に暮らせない?犯罪者に育てられたら正しい道を行けない?そんな馬鹿な世の中なんて要らない。そういう負の連鎖は無くさないといけない。」

スコットはそう言って、さらに続けた。

「アリスもフューダの被害者だ。苦しんで、耐えて、やっと自分の道を歩き始めたんだ。それなのに、今も苦しんでる。それなら、国際防衛機構は君をもう一度助ける。」

そんなスコットの言葉の後ろから、下からの批判の声も聞こえてくる。アリスの気持ちはぐちゃぐちゃになっていた。優しい人に囲まれて過ごしたい。けれど、それが優しい人を批判の渦に巻き込んでしまう。スコットの言葉に甘えたい。けれど、それを世間は許さない。次第に、アリスの呼吸が荒くなっていった。

 アリスが我に返った時には、どこかのソファの上で横になっていた。驚いたアリスは飛び起きて周りを見た。広い部屋の窓際に立派な机があり、そこにスコットが寄り掛かって立ち、正面にブラスがいた。アリスが起きたことに気付いた2人はアリスに近付いた。

「アリス、大丈夫か?!すまなかった。あんな場所で言うことではなかった。」

詫びるスコットの背中を、ブラスが軽くポンポンと叩いた。

「長官は悪くないですよ。そんなに気を落とさないでください。」

「あの…。一体何が…?」

アリスは何のことかさっぱり分からなかった。

「ああ、過呼吸で倒れたんだ。長官室が近かったから、ここに運んだ。」

「長官から連絡を受けてね。過呼吸なら騒がないほうがいいと思って、みんなに内緒で僕が来たんだ。」

何が起きたのかを聞いたアリスは申し訳ない気持ちになった。気を遣わせ、心配を掛け、迷惑を掛けた。気持ちが張り裂ける寸前だった。

「あの、私やっぱり…」

やっぱりここにはいられない。出ていく。そう言おうとしたとき、館内に警報音が鳴り響いた。長官室にも通信が入った。

「スコットだ。どうした?」

「実動部隊長、ビル・リーチであります。先程、救助要請がありました。場所はアメリカ、ハリウッド。映画の撮影中に敷地内の土地の一部が突然陥没、数名の演者、スタッフが巻き込まれたようです。さらなる陥没の危険性もあり、地元消防の手に負えないため、要請がきました。」

「すぐに向かえ。1人でも多く救助するんだ。」

アリスは嫌な感じがした。すぐにソファから立ち上がった。

「お、お忙しいみたいなので、私はこれで失礼しますね。ご迷惑をお掛けしました。」

「あ、ああ。本当に大丈夫か?ちゃんと部屋で休むんだぞ。」

アリスは軽くお辞儀をして、ゆっくりと部屋のドアを閉めた。閉まったドアを、スコットはジッと見つめた。

「先生、アリスにとって、何が一番いいと思う?」

「僕にも分かりません。身体は確かに元気ですが、あのままだといつか心が壊れます。既に壊れかかっているというのに。回復が早すぎるのも気になりますね。とにかく、今は見守ることですね。」

「何もしてやれないのが辛いよ…。」

2人は無力さを感じた。誰かを助けても、能力のせいで恐れられてしまう。アリスの苦しさは自分達の想像を絶するだろうということくらいしか想像できなかった。


 国際防衛機構実動部隊は、世界中のどこであっても、早く現場に辿り着く必要がある。そのために開発されたのが、世界に1つだけの高速輸送機だ。国際防衛機構本部から見て地球の真裏の地点にも、1時間で着くほどの速度を誇る。高速すぎるため、人体にはかなりの負担が掛かってしまう。そのため、実動部隊の入隊試験には、この輸送機に乗れるだけの適正があるかどうかを測られる。体力が優れていても、この適正検査で落とされる人はかなり多い。全てを突破した隊員も、入隊後に何度も訓練をして体を慣らす。それくらいのリスクを持って、隊員は現場に向かうのだ。

 今回も、ベルラッテから距離がそこそこあるアメリカのハリウッドに向かうため、隊員は輸送機のある格納庫に向かって走った。必要な機材を素早く選び、輸送機に載せ、席に座った。

「目的地まで、大体15分ってところだろう。」

「みんな、シートベルトはしたか?」

ビルとダグラスが最後に確認をし、今回の操縦担当であるダグラスが輸送機を動かした。耐性もあり、訓練もしているとはいえ、隊員達は不快感を感じずにはいられない負担に襲われる。ビルの予想通り、15分で到着したら、隊員は皆ホッとした。

「移動はやっぱりキツイな…。」

「最近はずっと車移動で済む場所だったもんね。」

ジルバとニコラの若手2人は特に苦手に思っている。そんな2人だが、移動による負荷耐性は近年の入隊試験受験者の中でも群を抜いていた。2人が合格できた大きな要因なのだ。

 実動部隊は先着していた地元警察、消防から話を聞いた。撮影の準備をしていたら、突然陥没が起きたという。撮影所の建物が丸々一棟巻き込まれた。そこには演者とスタッフが少なくとも10人はいた。陥没の規模が広い上に深く、さらなる被害も予想されるため、実動部隊に出動を要請したらしい。実際の現場を見てみると、一般の消防では本当に手に負えない規模だった。

「うわ…。さすが、ハリウッドの撮影所ね。どんだけ大きいのよ?」

「少なくとも、球場くらいはあるな。ワイヤーアクションとか、爆破シーンとか、そういうのがあるから、広くないと話にならないんだろ。」

ジルバとニコラがハリウッドの規模に圧倒されているのを、中堅2人が現実に戻した。

「はいはい。ハリウッドはすごいな。だが、今はそうじゃないだろ?」

「巻き込まれた全員を引き上げる。これは映画じゃない。本物の救助活動だ。」

既に装備を身に着けたダグラスとジョージは、ジルバとニコラにも装備を身に着けるよう指示した。急いで準備をした2人も、ようやく仕事モードに入った。全員が準備を終えたのを確認したビルは、4人の前に立った。

「巻き込まれた正確な人数は分からない。現在、確認を取ってもらっているところだが、それを待っていたら時間切れになるだろう。とにかく、素早く動くぞ。最初は全員、要救助者の捜索と救助に当たる。正確な被害者の人数が判明したら、ニコラは地盤の調査をしてくれ。さあ、やるぞ。」

「はい!」

隊員達は陥没の中に向かって駆け出した。

 1時間の間に6人が見つかった。最初に見つけたスタッフがどうにか喋れる状態で、記憶しているだけ人がどこにいたのかを聞き出した。それを頼りに捜索した結果が6人だ。1人は残念ながら息絶えていたが、あとの5人は息があり、すぐに病院に運ばれた。

「ったく、一体人数確認にどれだけ時間が掛かってるんだよ。」

ビルははっきりとした人数がなかなか判明しない状況に苛立っていた。それが分からないと、隊員をいつまでも危険な場所に置くことになり、そっちにも命の危険が及ぶ。

「隊長、イライラしないでください。」

近くにいたジョージがビルに声を掛けた。

「この映画、大物俳優が何人も出てるらしくて、見学のスタッフも多かったみたいです。撮影前でも覗きに来るくらいだから、誰がいつどこにいたかまでは把握しづらいんだと思いますよ。」

「やれやれ…。華々しい世界も大変だな。」

さらに1時間が経ち、新たにスタッフ3人を見つけたが、いずれもセットの下敷きになっており、残念な結果となった。その頃になってようやく、正確な人数が伝えられた。

「ニコラ、戻って警察、消防と地盤調査を頼む!巻き込まれたのは既に見つかった人を含めて13人だ!あと4人!見つけるぞ!」

人数が分かったことで、実動部隊は気を引き締め直した。それぞれがそれぞれの持ち場について、全力で役割を果たしていく。


 実動部隊の5人が現場に向かって行くところを、アリスは輸送機の貨物室から見ていた。長官室から実動部隊室に向かって走っている時、窓の外で飛行機が動いているのが見えた。そこに実動部隊が乗り込むのも見えた。このまま真面目に道順を守っていたら置いて行かれると思ったアリスは、一番近くの窓を開けて、建物から建物に飛び移り、静かに滑走路に降り立った。すると、タイミングよく貨物が運ばれてきたため、それにつかまり、輸送機に乗り込むことに成功した。隠れる必要はなかったかもしれないが、一応療養中ということになっている身であるため、こっそりついてきた次第である。

 これからどうするか、アリスは全く考えていない。とにかく、現場に向かいたいのだが、黙ってついてきた上に、自分のせいでまたみんなが悪く言われてしまうのではないかという恐怖があって先に進めない。しかし、来たからには行動しなければならない。アリスは制服の上着を脱いで、黒シャツ短パン姿になった。これなら、実動部隊の仲間だと気付かれにくい。上着を貨物室に残し、アリスは外に出た。

 ハリウッドの撮影所は事故の影響で大パニックになっていた。スタッフ、演者が少しでも安全な場所に逃げようとあちこち走り回っていた。1人か2人は大声で落ち着くように促していたが、誰も聞く耳を持たない。その中をアリスは走って進んで行った。途中、警察官が見えたら一旦通路の角で身を隠し、隙を見て進んで行く。現場がどこなのか分からないため、全て勘だった。

 進んで行くうちに、人気のない場所に出た。ドアの横の画面にある表示を見ると、人の名前のようだった。しばらくその場所を進むと、勢いよくドアが開いた。

「うわぁ!」

アリスは思わず声を上げた。ドアを開けた人もアリスの声に驚いてアリスを見た。

「え?アリス様ですか?」

「…って、ジェイ⁈」

ジェイは片手にオレンジジュースを持ち、背中にリュックを背負っていた。

「鉱山事故の日、心配してたんですよ。大丈夫でしたか?」

「ご、ごめんなさい。ちゃんとお礼も言わずに出て行ってしまって…。」

「そんなことはどうでもいいんです。アリス様は大丈夫なのですか?」

「私は全然、なんとも…。それより、セインは?」

アリスに聞かれたジェイはハッとした。アリスの腕を掴み、そのまま走り出した。

「ちょ、ジェイ?」

「事態は急を要します。セインが陥没に巻き込まれたかもしれません。」

「…⁉」

陥没が起こる直前、ジェイはセインにオレンジジュースを買ってくるよう頼まれて売店に向かった。売店は少し離れたところにあるため、ジェイは走って行ったのだが、会計を済ませた頃に外が騒がしくなったことに気が付いた。走って逃げる人を呼び止めて事情を聞き、さっきまで自分がいたところに戻ると、建物ごと地面の下に沈んでいた。その場を離れるように言われ、楽屋を確認しに来たが、セインはいなかった。アリスが感じた嫌な予感は的中してしまっていたのだ。

「国際防衛機構の本部でその話を聞いて、そうでなければいいと思って、こっそりついてきたんですが、現実に起こってたんですね。」

「こっそり?」

「あ、鉱山事故の時にガスを吸いすぎたとか、体に負荷が掛かりすぎたとかで、来週まで休養するように言われてたんです。」

全力で走りながらそう説明するアリスに、その前を全力で走るジェイは驚いた。一旦足を止め、アリスの両肩を持ってアリスを止めた。

「ジェイ?急ぎましょう。セインの安否を確認しないと。」

「アリス様は大丈夫なのですか?」

「ご存じの通り、私、治りが早いんです。へっちゃらですよ。」

にっこり笑うアリスに、ジェイは複雑な思いを抱いた。セインにとって大切な存在であるアリスに無理させていいのか。しかし、確実にセインを見つけるにはアリスがいたほうがいいに決まっている。

「分かりました。急ぎましょう。決して無理はしないでくださいね。」

ジェイとアリスは再び走り出した。

 広い撮影所の奥のほうにある建物で陥没は起こった。ジェイとアリスが近くまで辿り着いたとき、ニコラが状況を隊員に伝えているところだった。ジェイとアリスは規制線の内側に入り込み、物陰に隠れて様子を伺った。

「おそらく、陥没の原因は近くの水道設備の工事。工事のために水道管の下を掘ってたみたいだけど、掘りすぎて元々あった地下の空洞に当たったみたい。その空洞が今回巻き込まれた建物の真下にあって、飲み込まれたってところね。」

ニコラはそう説明していた。きっと、陥没している中に、他の隊員がいて、救助活動をしているのだろう。さらに何か聞かれたらしく、ニコラは答えた。

「地質はそれほど脆くはないけど、頑丈とも言い難いわ。さらなる陥没の危険は十分にある。とりあえず、一緒に分析した警察と消防は退避させて、アタシも救助に加わります。」

言葉通り、ニコラは警察と消防を規制線の外側に退避させ、自身は陥没している中に飛び込んで行った。物陰に隠れていたジェイとアリスは、チャンスと言わんばかりにさらに現場に近づいた。

「これまで、誰が救助されたとか分からないんですか?」

「ええ。全員スタッフだった、というのは聞きました。」

未だセインが見つからないのであれば、陥没事故に巻き込まれた可能性が非常に高い。どうすればいいのか分からないまま、時間だけが無情にも流れていく。その間に、3人が見つかった。2人は息があり、1人は息絶えていた。見つかるたびに消防が走ってきては、人を運んでいく。その様子をしっかりと見ていたが、セインではなかった。

「あと1人だ。頑張ろう。」

見つけた人を地上に上げたビルがそう言った。きっと、その1人がセインだ。ジェイとアリスは物陰から祈っていた。30分後、1人のスタッフの遺体が見つかった。

「みんな、お疲れ様。よく頑張ったな。残念ながら、6人の命は救えなかったが、家に帰せるんだ。みんなの頑張りは無駄じゃない。」

ビルはそう言って、隊員を励ました。すると、ジョージが疑問を口にした。

「演者とスタッフが巻き込まれたって話でしたが、みんなスタッフでしたよね?」

「ああ。そういえば、そうだな…。」

実動部隊が首を傾げている背後の物陰が、ざわざわし始めた。気付いたジルバが銃を持って近付き、突撃した。

「誰だ⁈」

銃を向けられているのにも気付かず、ジェイとアリスは慌てていた。ジェイがスマートフォンでセインに連絡を取っているところだった。

「…ダメだ。全然出ません!」

「じゃあ、やっぱりまだあの中に…」

「って、アリス⁈お前、何でここに…。てか、隣のおっさん、誰だ?」

驚くジルバを無視して、ジェイとアリスは物陰から飛び出した。2人に驚く実動部隊の4人の横を止まることなく走り抜け、2人は何の装備も身に着けず陥没の中に飛び込んだ。

「お、おい!待て!」

「アリスだったよな…?」

「隣を走ってた男、誰よ?」

「疑問の解決は後だ!追うぞ!」

ビルの一言で、実動部隊は全員でジェイとアリスを追いかけるために再び陥没現場に降りた。足元は悪く、とてもスピードを出せるような環境ではない。しかし、ジェイとアリスは普通にグラウンドを走るかのように加速している。2人が何をしようとしているのか不明である今は、離されても追いかけるしかなかった。

 お互い全速力で走るジェイとアリスは、建物があった場所の奥の方に向かっていた。ジェイがオレンジジュースを買いに出る前、セインは隅っこにある椅子に座って台本を確認していた。セインがそこから動いていないなら、その辺りにいるはず、と予想してのことだ。予想した場所に着き、ジェイとアリスは必死に呼び掛け始めた。

「セイン!どこだ!いるんだろ?!」

「声でも音でも何でもいいです!何か合図を出せませんか?!」

呼び掛けも虚しく、何も変化はない。ジェイとアリスは瓦礫をかき分けてセインを探し始めた。手掛かりは見つからず、焦る気持ちばかりが増していく。ジェイの表情は険しく、アリスは半泣きだ。そんなとき、アリスの頭の中で、あの声が響いた。

『その場所のまま、もっと下。諦めないで。』

アリスはその声の通り、どんどん下にいった。瓦礫を取り除き、土を掘った。そんなアリスを見たジェイは、アリスの左目がほんのり赤く光っているのに気がついた。ジェイもアリスと一緒に土を掘った。2、3分掘り進めると、布が出てきた。

「セインの服です…。」

ジェイが小声で言った。2人はお互いに顔を見合わせ、先程よりも早いペースで掘っていった。2人を追ってきた実動部隊が来る頃には、全てを掘り出していた。

「おい!2人共!何を…、って、人?!」

ビルがジェイとアリスに説教をしようとしたが、2人が見つけた人を見て驚き、それどころではなくなった。

「おい!セイン!しっかりしろ!」

「セイン!返事をしてください!」

必死に呼び掛ける2人を押し退けて、ダグラスとジョージが呼吸と脈を確認した。

「まだ息はある。急いで病院に搬送すれば助かる。」

「けど、近くの病院はもういっぱいだって…。」

ビルはそれを聞いて即決した。

「国際防衛機構本部に搬送するぞ。ダグラス、先に搬送してくれ。私たちは他に被害者がいないか再度確認する。」

医療設備が整っていて、ベッドもあり、何より医師が素晴らしい。ビルのこの判断に、他の隊員も賛成した。すぐにセインを運び、ジェイとアリスも輸送機に乗せ、ダグラスはベルラッテに向かって離陸した。残った隊員は残された人がいないかの確認を急いだ。

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