第9話 私は化け物。
アリスは岩が飛んできたほうに走って向かっていた。セインが言っていたアルゲンタという村に行けばいいことは分かっていたが、一本道をどれだけ行けば着くのかは想像がつかなかった。ただ、良くないことが起きているのは分かっている。フューダが関わっているかは分からないが、とにかく現地に向かうことにした。
アリスが走っていると、後ろから1台の車がアリスの行く手を阻んだ。アリスは止まらざるを得なかった。誰が出てくるのか身構えていたが、中から出てきたのはニコラだった。
「アリス!こんなところにいたの?」
ニコラはアリスに飛びかかって、抱きついた。バランスを崩してアリスとニコラは倒れ込んだが、ニコラはお構いなしにアリスに抱きついたまま喜んだ。後からダグラスも車から出てきた。
「おい、ニコラ。アリスが困ってるぞ。」
「いいじゃない。心配してたんだから、これくらいはさせてよね。」
「に、ニコラ…、苦しいです…。」
「え?あっ、ごめん。」
きつく抱きすぎたことにニコラは気づき、立ち上がってアリスに手を差し出した。アリスはその手を取って立ち上がった。アリスの様子を見てニコラとダグラスはホッとした。
「もう!突然いなくなるんだから。心配してたのよ!」
「す、すみません…。」
「アリス。何があったか、詳しく聞きたいが、今はそれどころじゃない。とにかく、車に乗れ。」
ダグラスにそう言われ、ニコラに手を引っ張られ、アリスは車に乗せられた。
車の中で、アリスは今起きていることを聞かされた。今いるエメラード郊外のさらに奥、アルゲンタの鉱山で崩落事故が起きた。不運なことに、近くにガス溜まりがあり、崩落した岩と採掘に使う道具の金属が擦れて火花が飛び、大きな爆発も起きてしまった。怪我人は多数出ており、死者も何人かいる、とのことだ。
「崩落した鉱山には、まだ数名閉じ込められてるらしくてな。爆発の危険性があることと、崩落の規模が大きすぎることで、地元の消防じゃ手に負えないそうだ。それで、実動部隊に出動要請がかかった。隊長とジョージ、ジルバも向かってる。現地で合流して、策を練るぞ。」
ダグラスはさらにアクセルを踏み込んでスピードを上げた。山の向こうから大きい岩が飛んできていることからも、大変なことが起きているのだとアリスは思った。
「ねえ、アリス。偶然見つけられたのは良かったけど、どこで何してて、どうしてあんなに必死で走ってたの?」
ニコラは突然アリスに尋ねた。丸1日連絡が取れなかったアリスのことを本気で心配していたのだから、当然の質問だ。しかし、今のアリスには、その優しさは少し心に刺さった。
「えっと…、優しい方に助けていただきまして、怪我の手当とか、朝ごはんをご馳走になったりとか…。そしたら、大きい音がして、大きい岩が飛んできて…。守らなきゃ、って思って走ってました。」
「大きい岩が飛んできたって…、その助けてくれた人、無事なのか?」
「あ、いや…、私が粉々にしたので…。」
「もしかして、あの光の力か?」
「ああ。空が明るくなったあの時の。アリスの力だったのね。」
「あ、はい…。今は家ごと光で包んでいるので、その方は大丈夫です。」
何と言われてしまうのか、アリスはビクビクしていた。エメラードでのあの出来事が、頭の中でチラチラと思い出される。
「そうか。守りきったか。よくやった。」
「1人でも頑張ったんだね。すごいじゃん、アリス。」
「…え?」
褒められたことにアリスは驚いた。国際防衛機構が人を守る組織なら、エメラードでの出来事を踏まえて、自分を危険とみなしてもおかしくないと思っていた。アリスは、自分が実動部隊に入った時、反発の声があったことも、なんとなく分かっていた。実動部隊の5人は、みんなすごい人だ。知識もあって、体力もあって、技術もある。人を安心させることだってできる。自分の人間離れした力が人を恐れさせ、人の憎悪を沸き立たせてしまったのを目の当たりにした今のアリスにとって、実動部隊は眩しすぎる。
「あ、あのっ…!嫌じゃないんですか?」
「え?何が?」
「その…、私、迷惑なんじゃないですか?皆さんと違いすぎてるっていうか、何も役に立ててないし、今回もこうやって面倒を掛けさせてしまって…。」
アリスは、ニコラとダグラスに本音を言ってほしかった。フューダの下にいた頃は、優しくされたことなんてない。助け出されて、初めて人の優しさに触れて、嬉しかった。しかし、エメラード市民の本音に触れて、助けてくれた人達に無理をさせているのではないかと考えるようになった。本音を隠し続けると、人は悪いほうに変わってしまう。結果があの暴行だ。
「ねえ。さっきアリスが助けたって人、力を使った後、なんて言ってた?」
「え…?話ができて楽しかった、それも個性だ、って…。」
ニコラは優しい声でアリスに聞き、アリスの回答を聞いて両手でアリスをギュッと抱きしめた。アリスは何が何だか分からなかったが、妙な安心感を覚えた。
「エメラードで聞き取りはした。酷いこと、たくさん言われたんだよね。でも、そんな人達のためにフューダを追っていった。そんな良い子、人と色々違うからって嫌うわけないじゃない。」
アリスの目から涙が溢れた。そんなアリスの頭をニコラは優しく撫でた。そんな2人のやり取りで、ダグラスは運転しながら心が温まった。そのままにさせてやりたかったが、事故現場のすぐそばまで来ていたため、申し訳ないと思いながらも2人を現実に戻した。
「さあ、もう着くぞ。状況は最悪らしい。アリスも協力してくれるか?」
「…はい。もちろんです。」
フューダの下から助け出されたあの日から、何度も救ってもらった。役に立てるなら精一杯やろう、とアリスは心に誓った。
ダグラスとニコラ、アリスが車から降りると、ビルとジョージ、ジルバがすでに鉱山の作業員から聞き取りを行っていた。ビルが後から来た3人に気付き、手招きで呼び寄せた。
「よく来てくれた。…って、アリス⁈一緒だったのか⁈」
ビルのその声に、ジョージとジルバも反応した。
「無事だったか!よかったー。心配してたんだぞ。」
「てか、アリス、お前、結構な暴行を受けたって聞いたけど、怪我してなくねえか?」
「あ、その…、なんか、私、治りが早いみたいで…。肋骨も折れてたみたいですが、今はもう元通り…。」
「1日で治るのかよ。すごいな、お前。」
盛り上がる隊員を、ビルは手を叩いて静かにさせた。隊員達はビルの前に横一列に並んだ。
「アリス、悪いが、積もる話は後だ。今はこの最悪な鉱山事故をどうにかする。」
アリスは背筋をピンと伸ばした。フューダの気配はない。無関係に起きた事故のようだ。ビルによる状況説明が始まった。
ここ、アルゲンタにあるチタンが採れる鉱山は世界的にも重要視されている。チタンの採掘権を持っている会社は3社あり、内1社は経営方針の転換が上手くいかず、経営難に陥っていた。なんとか損失の穴を埋めようと、去年から他の2社にバレないように、それぞれの会社に割り振られている採掘割合を無視して、規定以上のチタンを採掘し始めた。経営難で道具を整備できず、人の確保も難しくなっていたその会社は、安全性を無視してとにかく量を採ることだけを優先した。素人が適当に採掘する状況が長期間続いた。掘らなくてもいいところを掘ったり、道具を正しく使わなかったり、危険な行為を危険と認識できる人がいなかった。その代償が今日一気にやってきた。掘らなくてもいいところを掘っていると、偶然にもガス溜まりにあたってしまい、滅茶苦茶な掘り方をした坑道の強度は脆く、一気に崩れた。さらには、出てきたガスが可燃性であったため、崩落により金属同士が擦れたことで起きた火花で大爆発を起こした。
「はっきり言って、人的災害だ。今、会社の責任者を拘束、取り調べをしている。作業員の話によると、中にまだ人がいるらしい。しかし、正確な人数が分からん。ダグラス達が来る前に調べたが、まだガスが出ている。状況は最悪だ。」
そんな話をしている途中でも、鉱山の中からゴロゴロと何かが崩れる音が何度も聞こえてきた。爆発が起これば、現場前にいる実動部隊もただでは済まない。
「話を急ぐぞ。私とジョージ、ジルバは取り残された作業員の救出に向かう。ダグラスとニコラは外から鉱山の状況を私達に伝えてほしい。何かあればまだ近くにいる作業員と住民を避難させろ。」
「はい!」
ビルはアリスの前に歩み寄った。ビルはアリスの身長に合わせてしゃがんだ。そして、申し訳なさそうに話を切り出した。
「アリス、エメラードでのこと、すまなかった。」
いきなり謝られて、アリスは驚いた。
「そんな…。ビルさんのせいではありません。」
「優しいなあ。で、本当に怪我は大丈夫なのか?」
「は、はい。」
「それなら、私達と一緒に鉱山の中に来てほしい。私は隊員を死なせたくない。情けない話だが、この状況、何かが起きても私じゃ守り切れない。アリスのその力を貸してほしい。」
エメラードではあれだけ責められた光の力を、今は必要とされている。アリス自身も分からないあの力を使って守れるのかも分からない。しかし、ビルがここまでして頼んでいることを、拒否することはできない。
「行きます。意地でも守ります。」
アリスは静かながらも力強く答えた。それを聞いたビルはアリスの頭をポンポンと叩き、立ち上がった。
「よし。じゃあ、それぞれ配置につけ。時間がない。早速行動開始だ。」
ビルの一言で、隊員達は配置についた。
鉱山に入る前、アリスはジルバからイヤホンマイクを受け取った。使い方の説明をしている間がなかったため、使える状態にしたものを耳に付けてもらった。
「エメラード事件も、暴行事件も、これが無くて困ったからな。付けとけ。」
エメラード事件のときは、ブラスに借りたイヤホンマイクを使ったが、途中で落としてしまった。今回はそのようなことがないようにしようと、アリスは気合いを入れた。
「ジョージ、ジルバ、アリス。準備はいいか?」
「はい!」
ビルとダグラスがグータッチをして、4人は鉱山の中に入っていった。ガスマスクに酸素ボンベ、必要最低限の工具を持っての活動だ。ここからは、命の危険と隣り合わせだ。
「酸素は2時間で無くなる。それまでにどうにかするぞ。」
そう言われて5分進んだら、早速瓦礫が行く手を阻んでいた。ここは工具を使ってどうにか通れるようになったのだが、さらに10分進むと再び行く手を阻まれていた。しかも、ここは大きな岩がある。
「おいおい…、どうするよ…。」
「ちょっと、失礼します。」
途方に暮れる3人の前に出たアリスは、大岩に手を当てた。セインの家でやったときよりは威力を抑えて、光線を手から出した。岩はバラバラと崩れ、通れるようになった。
「す、すごいな。」
「さあ、先に進みましょう。」
アリスは淡々としていた。辺りをキョロキョロ見回している。
「どうした?」
列の一番後ろにいたジョージが聞いてきた。鉱山に入ってから、アリスは何度もキョロキョロしていたのだ。
「作業員がいそうなのは、まだ先だぞ。」
「あ、いえ。なんとなく、この鉱山が怒っているような気がしまして…。」
「はは。面白い表現だな。まあ、人間が好き勝手やった結果だから、怒って当然なん…。」
その時、ジョージのすぐ後ろの頭上が崩れてきた。寸前で気付いたアリスがジョージの腕を掴み、自分のほうに引っ張った。勢いで倒れ込む2人と崩れる音に、ビルとジルバは驚いた。
「なんだ?!…って、おい!2人とも、大丈夫か?!」
「大丈夫っすよ。アリスが気付いてくれたお陰で助かりました。」
ジョージとアリスは体に付いた砂を払った。崩れたところを見てみると、人1人が通るのがやっとなくらい、道が塞がれてしまっていた。
「帰るときになんとかしよう。今は生存者がいるかの確認を急ぐぞ。」
ビルはそう言って、隊員達を引き連れて先頭を歩き続けた。その5分後くらいに、外にいるダグラスとニコラから報告があった。
「みんな、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。ダグラス、何か分かったのか?」
「ええ。なかなか最悪な状況ですよ。」
ダグラスによると、問題を引き起こした会社は作業員の新人教育を行っておらず、適当に掘り進めていたという。外から山全体をドローンでスキャンしたところ、坑道全体が崩落する危険が出るほど掘っていた。作業員にはノルマがあり、ノルマを達成するまでは外に出られない、という決まりがあった。ノルマは厳しく、一度鉱山に入ったら、素人の作業員は3ヶ月は出られないほどだ。
「どんな経営してたんだ…?」
「それだけじゃないですよ。今、出ているガスにも問題があります。」
「みんな、絶対にガスマスクを外しちゃダメよ。」
ニコラが割って入った。かなり真剣な声である。
「ガスの主な成分は硫化水素。適当に機械で掘ったら、運悪くガス溜まりに当たったみたい。それに、作業環境が整ってないなら、適当に排泄してただろうし、そこからも発生してるでしょうね。」
硫化水素は毒性が高く、可燃性だ。あるところまでは卵が腐ったような不快な臭いを感じるが、一定量を超えると臭覚障害が起きて臭いを感じなくなる。つまり、空気が入れ替わりにくい鉱山の中では、高濃度の硫化水素が溜まっていた。そこで崩落が起き、金属同士が擦れて火花が散り、大規模な爆発に繋がったものと思われる。
「かなり高濃度だから、生存者は期待薄かも。」
「酸素ボンベは金属です。こうしている今も、腐食が進んでいる。早急に生存者の確認をして、早めに脱出するのが最善です。」
「…分かった。ダグラス、ニコラ、2人は近辺に残っている人を念のため避難させておいてくれ。何が起きてもいいように。」
「はい!」
通信は一旦終了となった。ビルは通信機器を眺めて、ポケットにしまった。
「どんどん奥に行く。硫化水素は機械にも影響がある。ここから先は、外と連絡が取れないかもしれない。とにかく、急ぐぞ。」
ビルは3人を引き連れてどんどん奥に進んで行った。ジルバ、アリス、ジョージは、ビルに続きながらも、周囲に人がいないか見ながら進んだ。
30分ほど進むと、広い空間に出た。4人が来た道以外に進む道は無く、この空間が鉱山の最深部のようだ。頭上から小さな石がポロポロと落ちてきている。周囲にも様々な大きさの石や岩があり、地盤の脆さを感じさせる。4人はそれぞれ、生存者がいないかどうか確認を始めた。岩の下や岩の影に数人いたが、いずれも息がなかった。生存者を諦めかけたとき、ジルバが何かに気付いた。
「アリス、ちょっと来てくれ。」
呼ばれたアリスは素直にジルバのもとに駆け寄った。
「どうされました?」
「この岩、どかせるか?工具じゃビクともしなくてな。」
壁際にある大岩が、何かを塞ぐようにあるのが気になるらしい。話を聞いたビルとジョージも集まってきた。
「確かに、この向こうに何かありそうだな。」
「けど、ここに来たときみたいにアリスの光線で砕いたら、中に人がいた場合危ないんじゃ…。」
アリスは、自分が発した力が人に当たったらどうなるのかを知らない。しかし、ただでは済まないことは分かる。どうしようかと、アリスが大岩に手を当てて考えた。しばらくして、アリスは驚いた顔で大岩を見た。
「どうした?」
ジルバがアリスに尋ねた。
「え?あ、いや…。何でもありません。」
そう言って、アリスは大岩から1歩離れた。そこで地面に手をつき、目を瞑って深呼吸した。再びアリスが目を開けると、両面が青いはずのアリスの左目が赤く光っていた。周りの3人が驚いている間に、アリスは地面についている手に意識を集中させた。すると、大岩の真下の地面がドロドロになった。大岩は支えるものを失い、向かって右側に倒れた。倒れた大岩の向こうにはちょっとした空間があり、そこに7人の作業員が座り込んでいた。出口を塞がれた空間にいた事で、偶然にも硫化水素の影響を抑えられたようだ。皆、絶望的状況の中で現れたオレンジ色の制服を着た実動部隊を見て、涙を流した。ビルとジョージは持ってきていたガスマスクを1人ずつ取り付けた。しかし、救助用のガスマスクは6つしか持ってきていない。ビルが自分のガスマスクを取ろうとしたとき、アリスがそれを押さえて阻止した。まだ左目が赤く光っている状態のアリスは、自分のガスマスクを取り、残った作業員に取り付けようとした。
「や、やめてくれ!」
作業員はアリスの手を振り払った。力強く振り払われたアリスは、少し驚いた。
「お、俺は最近鉱山に入ったから知ってる!エメラード事件のときの化け物、お前だろ?目が光るなんて、あり得ねえよ!」
アリスは俯いた。他の隊員はアリスにどう声を掛けようか慌てた。しかし、アリスはすぐに顔を上げた。
「今は助かるために、化け物に頼ってください。お願いします。」
冷静に、それでも力強くアリスから発せられたその言葉に、作業員はキョトンとした。その間に、アリスは作業員にガスマスクを取り付けた。
「待て。アリスはどうするんだ?」
ビルがアリスの腕を掴んで尋ねた。アリスはニコッと笑った。
「問題ありません。私、化け物ですから。さあ、急ぎましょう。」
空間の奥の方に人がいないことを確認したジルバは、ビルにその旨を報告した。その後、ビルを先頭に、空間を脱出した。アリスの目が綺麗な青色に戻ったとき、さっきまでみんながいた空間は崩れてきた岩に埋まった。同時に、アリスは少しふらついたが、両足で力強く踏ん張って、なんとか持ち堪えた。
「大丈夫か?やっぱりガスマスクがあったほうが…」
「いえ、それとは関係ありませんよ。少しバランスを崩しただけです。」
心配するジルバに、アリスはここでも笑顔を見せた。ビルもジョージも心配そうにアリスを見たが、現状、アリスに頼るしかないことも理解しており、複雑だった。
他に生存者がいないことを確認し、一同は急いで出口に向かった。途中、何箇所か崩れて道が塞がっていたが、アリスが武術で岩を砕いて通れるようにした。作業員も一緒だったため、力を使わなくてもいけそうなところは自力で砕いたのだ。それでも、普通の人にはできないことなので、作業員は皆驚き、アリスを化け物を見るような目で見た。もう少しで出口というところまで来ると、武術だけではどうにもならないくらい大きく、大量の岩が道を塞いでいた。
「くそ…。あと少しなのに。」
「隊長。酸素の残りも僅かです。」
「とにかく、道を開くぞ。」
ビルもジョージもジルバも、作業員がアリスを人として見ていないことに気付いていた。ヒソヒソと、作業員同士でアリスのことを面白がって話しているのが聞こえていた。3人とも、本当は怒鳴りたかったが、この状況、3人の立場を考えると、それはできない。それなら、せめてアリスの心の負担を減らそうと、ここでは3人が自ら工具を持った。しかし、作業は進まない。酸素も減ってきた。
「ありがとうございます。気を遣わせてしまいましたね。私は大丈夫ですよ。」
アリスは3人の後ろから声を掛けた。作業員のヒソヒソ話にも、3人の気遣いにも、全部気付いていた。アリスは道を塞ぐ岩に手を当てて、目を瞑った。岩がどれほどあるのか、取り除いたら他がどう崩れるのか、感じ取ってから目を開けた。アリスの右目は青く、左目は再び赤く光っていた。手に少し力を込めた瞬間、道を塞いでいた岩は粉々に吹き飛んだ。アリスは何も言わずにビルを見て頷いた。ビルも頷き、作業員を連れて走った。外の光が見え、それに向かって行くと、出口が見えた。そこには、ダグラスとニコラが待機していた。
「こっちだ!早く!」
ダグラスとニコラが呼ぶほうへ全員で走った。作業員7人と実動部隊4人は、無事に外に出られた。作業員は外に出られた喜びを爆発させた。
「喜んでもいられない。早く村から離れるぞ。」
「ん?まだ何かあるのか?」
喜ぶ作業員に、ダグラスが水を差した。ビルが事情を聞くと、状況は最悪を極めていた。
「硫化水素の濃度が急激に高くなってます。どこかからガスが一気に吹き出しているとみて間違いないでしょう。さらに、休火山のはずのこの鉱山ですが、マグマが上がってきているのも観測されました。」
大量の硫化水素ガスにマグマ。村が1つ吹き飛ぶには充分すぎるらしい。つまり、実動部隊と作業員は、いつ爆発するか分からない爆弾の上に今立っているということだ。救助された作業員はパニックになり、我先にと車に押し寄せた。そんな作業員を実動部隊が落ち着かせ、全員を乗せた。実動部隊も後から乗ろうとしたが、2人乗れない。
「おい!早くしてくれよ!死んじまう!」
「その化け物を残して行けばいいだろ!」
作業員は口々にそう言った。そんな作業員の前にビルは立った。
「いい加減にしろ!あんたらが言う化け物のお陰で外に出られたんだ!感謝できない人間のほうが化け物だ!」
作業員は黙った。誰も反論しなかった。ビルは車の外に出た。
「ダグラス。ジョージとジルバ、ニコラと乗って村を出ろ。」
「隊長とアリスはどうされるんです?」
「どうにかするさ。アリスをあんな奴らと一緒にするわけにはいかないし、1人にもできんだろ?」
「…分かりました。」
ダグラスは言われた通り、3人を乗せて自らの運転で村を離れた。
ビルとアリスは車を見送り、ビルは新しい酸素ボンベに取り替えた。
「さて、どうするかな…。」
「よかったんですか?一緒に行かなくても。」
「どうせ2人は乗れなかったんだ。隊長として、他の隊員に譲るのが当然だろ?」
ビルはそう言いながらも、どうアリスを守りながらこの状況を打開すればいいのか、検討もつかなかった。検討する気も起きなかった、というのが正しいかもしれない。ビルは、アリスの目がまだ右目が青く、左目が赤く光っていることが気になっていた。
「なあ、アリス。目、まだ光ってるけど?」
「え?」
そう言われた瞬間、アリスの頭の中であの声が響いた。
『準備はいい?』
アリスは何のことだか分からなかった。そんなアリスの頭の中に、映像が流れた。同じようにやってみろ、ということらしい。アリスはビルを置いて、鉱山の入り口に近づいた。意識を集中させ、どこからガスが出ているのか、マグマはどの位置にあるのかを探った。確信を持てたら、アリスはしゃがんで、手を地面につけた。アリスを中心に、風が起こり、地面が唸り、光は地中に入り込んだ。風も、振動も、光も、段々と強くなっていく。ビルには何がなんだか分からなかった。ただ、目の前でアリスがどうにかしようとしてくれているのは理解していた。5分くらい、そういう状態が続き、やっと収まったときにビルが直視すると、アリスが倒れていた。驚いたビルはアリスに駆け寄った。
「おい!アリス!しっかりしろ!何をしたんだ?!」
時を同じくして、ダグラスから連絡が入った。
「ダグラス、悪い。今それどころじゃ…」
「さっきの光や地震動、アリスですか?」
「あ、ああ。」
「じゃあ、助けてくれたかもしれませんよ。」
ダグラスによると、残した機器で観測を続けていたところ、光や振動が確認されてから、硫化水素ガスの濃度が低くなり、マグマも上昇をやめ、下がっていったらしい。ビルは試しにガスマスクを取ってみた。異臭は感じず、体調に影響もない。
「作業員を降ろしたら、すぐに迎えに行きますから、それまで安全なところにいてください。」
ダグラスにそう言われたビルは、アリスを抱きかかえて鉱山から離れた。
フューダは興奮していた。興奮のあまり、高笑いしていた。フューダの様子を心配した側近が部屋に入ってきた。
「フューダ様、どうされたのですか?」
扉をノックする音にも気付かないくらいに興奮していたことに、ようやく自分で気付いたフューダは、咳払いをして冷静さを取り戻した。
「ああ。すまない。けど、喜ばずにはいられない。アリスが成長した。母親の力と自分の力を同時に使ったのだ。」
「なんと…。それは朗報ですね。」
フューダは側近と共にアリスの成長を喜んだ。今は敵対関係にあるはずの少女の成長を、本気で望んでいるのだ。育ての親としてではなく、己の望みを叶えるための鍵としてだが。
「母親の力も強大なものだったが、光属性ではなかったからな。シャイーリャはこれだから不便だ。光の一族のくせに、光属性の人間がなかなか現れない。現れたとしても、使いこなせず命を落とす。」
「ダルクヮイは闇属性しかありませんからね。フューダ様が極めておられますから、我々も安心してついていけます。」
アリスの家系の不便さを嘆くフューダに、側近はフューダの凄さを語った。フューダは悪い気はしなかった。
「確かに、俺は強い。それに見合う光がようやく現れた。これで、やっと材料が揃う。世界は俺の思うままだ。」
フューダはワクワクしていた。今回は自分達が仕掛けたことではなかったが、偶然にもアリスの成長を促すこととなった。1つ手間が省けた嬉しさと、馬鹿なことをしてくれたどこぞの社長に感謝し、フューダは先々の計画を練っていく。
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