第3話 第3天使アカデミー
荘厳な乳白色の柱が立ち並ぶ校舎に、自然豊かな中庭。黄金色の鐘の鳴らす音はどこまでも透き通る。ここは第3天使アカデミー。天使たちが通う学校。
今まで何度も夢見た神話のような学校。そんな交わることのなかったはずの神聖な場所の前に、私は立っていた。
「すごい…本物だ…」
思わず言葉も出なくなった。何もかも信じられないことだらけで、自分がどうかしてしまったのではないかとも疑った。
しかしこれは紛れもない現実の出来事だった。…いや、現実…ではないのかな…?
「さぁ、早速学園長様に話をしに行きましょう」
「わ…私も行くんだ…」
「やはり顔を合わせなければいけません」
「わかった…」
そして私はついにアカデミーの門をくぐった。
「あれ?見ない顔。誰?」
「もしかして新入生かな?」
「最近多いよね」
周りから好奇の目線が突き刺さる。
「ほんとにみんな天使だ…しかもゲームでは描かれてないような顔までしっかりみんなにある…」
まあそれはそうだろう…。これで目が髪の毛に隠れて見えないような天使がそこら中にわんさかいたらまいってしまう。
「リリィ様。この扉の先です」
そして学園長室の前にやってきた。
「じゃあ、行こう」
私はノックをして名乗った。
「私はキューティ・リリィという名の天使です。入学の件についてお話させていただきたいです」
数秒後に声がかけられた。
「…入りなさい」
その重い扉を開けると、中では学園長が大きな机の向こうに座っていた。
「君が新しい天使かね」
「はい」
「キューティ・リリィ。…なるほど」
何がなるほどなのかしらー…?
「さて、それでは本題だな。君にはこれからこの第3天使アカデミーに入学してもらう。もちろんリリィとしてだ」
「ききました。天使として戦いに参加するんですよね?」
「ほう。戦いと聞いても逃げずにここまで来たのだな」
「はい」
「よほどの命知らずか…ただの阿呆か」
「…実は、私この世界のことを知っていたんです」
「何?」
その言葉を聞いた学園長の目つきが変わった。
「ここは私の世界にあった創作の物語の世界そのものなのです」
「それは興味深い。それでは私のことも知っているのかね?」
「ランドルフ・ハーベスト学園長、ですよね。」
「…シンバ。名を教えたか?」
じろりとシンバの方を睨む。
「いいえ。道中でも確認しましたがリリィ様は本当にこの世界のことをよく知っておりました。そして、マスカット・ハート様に会いたいと言うのでこの第3天使アカデミーにお連れしました」
「ほう…ハートくんか。…わかった。リリィくん。君はハートくんと同じクラスに所属するように手配しよう」
「いいんですか!?」
「うむ。楽しく勉学に励んでくれ」
先程までの厳格そうな様子を一変させしわくちゃの口角を上げる。
うわぁ~!ハーベスト学園長、厳しそうだけど優しいな!
「ありがとうございます!」
「それでは宿舎も用意してありますのでご案内致します」
「うむ。頼んだぞ」
「失礼します」
私たちは学園長室を出た。
「さぁ、学生寮に行きますぞ」
「お願い!」
シンバに導かれながら学生寮へと向かった。
学園内の校舎より少し離れた場所に建っているのが学生寮だ。この学園の生徒の一部が暮らしている。基本的には天使にはそれぞれ家があるのでこの学生寮に暮らしているのは家や家族を失った天使や私のような連れてこられた新入生らしい。
「どうです?お気に召しましたか?」
「意外と広い部屋だね。ていうか、ほんとにいいの?こんなに広い部屋で」
「ええ。しかしまぁ、ルームシェアというものなのですが」
「ルームシェア…ということは別の天使と一緒に暮らすんだ」
…ハートだったらいいな…。
「そうです。リリィ様ともう1人のお方とで暮らしていただきます。安心してください。男性とは同室になりませんから」
「それは徹底してほしいね」
「それでは今日は色々と準備をしていただいて、明日から学校に行ってもらいますので」
「うん。色々ありがとうシンバ」
「いえ。それでは」
シンバは深々と礼をして去っていった。
「んー、どうしようかな。とりあえずまだみんな授業中だろうし、夕方くらいまでは家具の配置をあれこれして時間を潰そうか」
早速私は部屋の手入れに取り掛かった。
気がつくと空が茜色に染まっていた。放課後を告げるチャイムが鳴り響いてしばらく後、ざわざわと人の声が寮に集まってきた。
「あ、みんな帰ってきたんだ。挨拶、行った方がいいよね」
私は部屋を出た。
「あれ?誰?」
いきなり声をかけられてしまった。
「えっと…新入生のリリィです」
「へえーっ!みんなみんなー!見て見て!新しい天使の子だよ!」
「え、ほんと?」
「うわぁ~!ようこそぉ~!」
囲まれてしまった。でもよく見ると…この子たち…!
「スウィーティ・クローバーにキーウィ・ダイヤモンド…メロン・スパーダまで!」
「なになに?もしかして私たち有名人?」
「…にしてはこの子、知りすぎじゃない?」
「スパイ…ってわけ?」
「あー!違う!違う違う!あなたたちが大好きだったの!」
「わ~ファンってやつ?」
「ファンができるようなことしたかしら…?」
「まぁみんなのために頑張ってるし有り得るかもね!」
「スパーダがそういうなら…」
ああ…なんということだ…まさか…まさかグリぐりの『主役』たちのかけあいを見られるなんて…!
そう、この子たちは第3天使アカデミー編のメインキャラクターたちだ。4人組で行動しており事件や困難を乗り越えて成長していく。
ということは…いるはずなんだ!あの子が!
「ね…ねぇ!マスカット・ハートは!?あの子はどこにいるの!?」
「ハート?あぁ、もうすぐくるよ」
「ハートが…くる…!」
「もしかして1番ファンみたいな?」
「う…うん…。そうなの」
「いいなぁ!ハート!新入生にいきなりモテモテじゃん!」
「あ、じゃあちょっとみんなこっちきて?」
スパーダがみんなを廊下の曲がり角に連れていった。
しばらくして足音が近づいてきた。
「あれー?みんな、どこ行ったんですか?」
ハートの声!原作と同じ!声優どうなってんの!?
などと私が声だけで恍惚としているとスパーダが曲がり角からハートに向かって飛びついた。
「ハートぉ!!」
「きゃああああ!」
「あはははは!引っかかった!」
ハートはスパーダを抱き抱えながらふくれ顔になった。
「むぅ、みんな何してるんですかぁ…。ん?そちらの方…見慣れない方ですね」
「あ…あ…ああ…あの…」
「新しく寮に入る天使の子。ハートのファンなんだってさ」
「り…リリィです。キューティ・リリィ…。よろしくお願いします…」
緊張のあまり言葉が出てこない…!
「あ、あ…かしこまらないでください!マスカット・ハートと申します」
「ファンなんだから名乗らなくても知ってるでしょ」
「まぁいいじゃない。ところでハート以外だと私たちの誰が良い?」
「あ、そういう質問ずるいよぉ~!」
「えっと…」
「あんまり困らせちゃダメですよ!さ、リリィさん。あまり気になさらず」
「…困ったことがあったら、なんでも言うのよ」
「ありがとうございます!ダイヤさん!ハートさん!」
「さんづけはやめましょ。ダイヤでいいわ」
「私もハートでいいですよ!リリィさん!」
「あんたはさん付けしたままよ?」
「あ…ごめんなさい」
「いえいえ!いいんですよ!それもハートらしいっていうか…」
「敬語もやめてくださいぃ!」
「だからあんた…」
「あははは!ほんとにハートなんだぁ…」
「あれ?リリィ泣いてるの!?」
感極まって私は涙を流していたようだ。それもそのはずだ…こんな…目の前で嘘みたいな光景が繰り広げられているのだから……。
「えっ!私なんかしちゃいましたか!?ご、ごめんなさい…」
「ううん…そうじゃない…そうじゃないんだけど…」
「ふふ~ん。リリィは嬉し泣きしてるんだね」
「あら、ほんとにハートが好きなのね」
「うん…私をずっと元気づけてくれたの…」
「そう言って貰えると…私も…うれじいですぅ~!」
そう言いながらハートまで泣き出し私に抱きついてきてくれた!
「あ!ハートまで泣いた!」
「あははは!楽しい~!」
初めての会話はかなり混沌としてしまったけれど、ハートはやっぱり優しい心を持った天使だった。
ハートたちとの会話を終え私は自室に戻った。
「そういえば…ルームメイトは…?ハートではなかったみたいだけど…」
「ただいま~」
ガチャりと扉が開く音と共に声も聞こえた。
「あ、君が新入生の子だね。どもども~」
「あ…リリィっていいます」
「フルネームは?」
「キューティ…リリィ」
「うんうん。いい名前」
ほんとかなぁ…。
「私はストロベリー・モカ。よろしくねぇ~」
「モカちゃんか。よろしく!」
ストロベリー・モカ。少し変わり者の天使。ちょっと癖があるけどかわいいから許せちゃう。多分一緒に暮らしても楽しいと思う!
「うん!じゃあ部屋のルールを決めようか!」
「早速なんだね」
「当たり前じゃん!2人で暮らすなら不満にならないようにルールを設けるもんだよ~」
「じゃあどうやって決める?」
「えーっと…じゃあこの箱の中に紙を入れるから…それを引いた人がその当番になる」
「その箱…米とか入ってないよね?」
「コメ…?よくわかんないけど紙を入れるんだよ。役割を一緒に書こうね」
「ん~でもそれだと永久に同じことやることになるよね?私的にはこう…当番は日とか週で変わるべきだと思うよ」
「うん。じゃあそうしよう」
「簡単に折れてくれて助かるよ」
「食事とお風呂と…」
「じゃあこの紙で…はい、私たちの名前を交互に書いた円の表を作ったから」
「これをどうするの?」
「名前の数だけ当番を書いてー、はいこれにこの円の表を合わせる」
「あ、もしかして!」
「ぐるぐる回せるから自分がどの当番かよくわかるでしょ!」
「あったまい~!」
小学生の時のやつなんだけどね…。
「うん。じゃあ早速当番の役割をこなしておくれ」
「なんかあった?」
「うん、ご飯を作ってよ」
「えっと…私今日ここに来たばっかりで…」
見たところキッチンらしきものはあるけれど使い方が全くわからない…。
「じゃあ今日は一緒にやろう!」
「ありがとう!」
「はいじゃあまずは炎の魔法で火をつけま~す」
「待って」
早速きた。
「ん?」
「待って待って…私まだ魔法使えないの」
「あらま」
「もしかして料理ってだいたい魔法使うの?」
「びっくりだね!逆に他に方法があるの?」
「あー…うん。まぁいいや」
「でもまあ魔法は学校で習えるよ。一緒に覚えてこ」
「ありがとう!」
「じゃあしばらくはほぼモカの当番かぁ」
「ごめんね?」
「大丈夫!リリィには夜頑張ってもらうから!」
「夜?」
「この当番表のここ」
「おとぎ…ばなし…!?」
「うん…読んで?」
「モカちゃんいくつ?」
「13歳…」
「意外と若いんだよね…」
「まだ読んでもらえるでしょ?」
「いやでも13歳は…アウトかなぁ」
「じゃあお料理もお風呂も1人でなんとかしてくださ~い!」
「あー!わかったよ!」
「やった~!」
この学校に通う天使の年齢はかなりばらつきがある。それというのも私みたいに無茶苦茶な編入をする者が多いのがそれを物語っている。天使たちの通う学校の中でもこの第3天使アカデミーは複雑な事情を抱える天使が多い。学生寮に暮らす家のない子は尚更だ。
「うん、でも困ったらほんとなんでも手伝うからさ。よろしくね、モカちゃん」
「うん!」
そしてその夜、やっぱりおとぎばなしは読まされるようだ。
「んーとね、じゃあこれ読んで欲しいな」
「えーっと…字は大丈夫か。星になった天使…。ちょっと悲しそうなお話ね」
「涙無しには読めないんだよ。リリィが呼んだら泣けないかもしれないけど。くすくす」
「ばかにしてくれるじゃない」
「でも楽しみにしてるんだから、読んでね」
「はいはい」
私はその本を受け取り読み始めた。
「星になった天使…。……」
十数分をかけて読み終えた。
「うっ…ぐす…ミゲル…」
「泣いてるじゃん」
「だってミゲル…かわいそう…」
「まぁ確かに悲しいお話ね」
「ね、リリィ。一緒に寝よ?」
「なんでよ」
「寂しくなっちゃった…」
「…わかった。じゃあ着替えちゃいましょう」
「わーい!」
はぁ…かわいい。
「じゃあ電気消すよ」
「はぁい」
「モカちゃん。明日から学校だから色々教えてね」
「うん!任せて!魔法ならちょっと自信あるんだ!」
「頼りになるね!」
「えへへ」
それから数分が経った。
「ねぇ…起きてる?」
「ん…うん…」
真っ暗な室内にモカちゃんの声が響く。
「ねぇ…リリィねぇねって呼んでもいい?」
「ねぇね…?」
「うん…だめ…?」
「んー…いい…よ…」
「やった!ありがとうリリィねぇね!それじゃあおやすみね!」
「おやすみ…」
そして夜が明けた。
「おはよ、モカちゃん」
「おはよ、リリィねぇね!」
「ねぇねって…なに急に」
キュン死しちゃうじゃない。
「昨日の夜呼んでいいっていったでしょ?」
「え?言ったっけ?」
「言ったよぉ!だからもう取り消せませ~ん!リリィねぇねはもうモカのねぇねで~す!」
「あー!異論はない!決まり!」
「やったー!じゃあ今日から学校頑張ろうね!」
「うん!」
学生寮でも友達ができたし、本当に学校が楽しみになってきた!ハートたちと過ごす毎日はどんなに楽しいんだろう!魔法や戦いの勉強は辛くても、きっと頑張って見せるぞ!
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