第7話 ありのまま私の本心
家に帰ると、直が作ったであろう料理が食卓に並んでいた。
かなり冷えてるから大分前に作ったものだろうけど、少なくとも直は私の家まで来てこれを作ってくれたんだ。どうして私のことを避けているのに、料理は作ってくれるんだろ。
理由は全くわからないけど、どんなに悲しい理由でも、私は直に直接会って、ずっと隠してた想いを少しでもいいから伝えないと。
そうじゃないと、せっかく遅くまでメンタルケアをしてくれた紗都に義理が立たないし、何より、このままズルズル直との距離が離れていくなんて死んでも嫌だ。
気合いを入れるために直の作ってくれた美味しい料理を温めて掻き込み、歯を磨き、スマホに直からの通知が着ていないことを確認してから、すぐに家を出た。
私の家から直の家まではほんの徒歩10秒くらいの距離にあり、一瞬で到着する。
「………ハァ~~~…スゥ~~…」
大きく息を吐いて、新鮮な酸素をいっぱい肺に入れる。
両手で頬を挟んでぐりぐりと表情筋を緩め、何度か笑顔の練習をしてから「よしっ」と気合を入れ直してから、いつもの癖でチャイムも鳴らさず玄関の扉を開いた。
「おじゃまします」
ドアに鍵はかかっていなかったのに家の中は真っ暗で、いつもならこの時間はリビングでのんびりテレビでも観ているのに、どうも直の両親は不在らしい。
直は………靴があるから、多分いる。
一階は全部電気が消えてるから、いるとしたら二階………かな。
トイレとか洗面所にいる可能性もあったけど、何となく、直感的に直は二階の自室にいる気がして、電気を点けて階段を上る。
廊下を進んで直の部屋の前まで来ると、部屋の扉は半開きになっていて、中から鼻を啜るような音が聞こえてきた。
「………直…?」
扉を押して中に足を踏み入れると、ベッドの上に三角座りで塞ぎ込む、直の姿があった。名前を呼べば肩がぴくりと震え、近付こうとすると、
「ち、近付かないでっ」
拒絶の声に、思わず立ち止まる。
ある程度覚悟をした上で来たけど、直に拒絶されるとやっぱり胸が痛くて、苦しくて堪らなくなる。
放課後前のメンタルだったら多分、この時点で泣きながら帰っていたと思う。今だって、すぐにこの場から逃げ出したくなるくらい辛いし、これ以上自分を拒まれるのが怖い。それでも――――
少しずつでもいいから、伝える努力をする。
紗都からもらった力強い言葉を頭の中で復唱して、もう一歩、直の方へと近付いた。
「……いやだ。離れたくない」
口から出た言葉は自分でもびっくりするくらいか細くて、震えていた。
それでも何とか直の耳には入ってくれたみたいで、伏せていた顔を少しだけ上げて、私の方を向いた。
暗くて表情はよく見えないけど、学校の休み時間で会った時よりもちゃんと顔が見れた気がする。それくらい、あの時はよそよそしかったから。
もう一歩、もう一歩と近付いて行き、直に触れようと手を伸ばす。
瞬間、弾けるような痛み。
「駄目ッ!触らないでっ!!わたしっ、柚のことっ、傷付けちゃうからっ……!!」
何が起こったのかすぐには理解できなかった。
自分の手に残るジンジンとした滲むような痛みと、隠すように自分の左手を抱き締める直の姿で、ようやく、自分の手が直に振り払われたんだと気付く。
あまりのショックで、思わず荒っぽい言葉を直にぶつけてしまいそうになってから、どうにか激情を抑える。
ダメだ……こんな状態の直に強い言葉をぶつけちゃ、絶対ダメ。
例えそれが直を直接責めるような攻撃的な言葉じゃなくても、捲し立てるようにして言うのは駄目な気がして、もう一度深呼吸をする。
「……近付いたら駄目な理由………聞きたい」
少しの間、息が詰まりそうな沈黙が流れる。
辛抱強く息苦しさに耐えていたら、ようやく口を開いてくれた。
「……友達とくらいキスするって言ってた……けど……それはあくまで遊びでってお互いの了承があって………わ、私は……そういうのじゃなくて…いきなりだったし…柚とキスしてから、柚の近くにいたら体が変に熱くなったり、冷や汗掻いたり………柚の顔見たら胸が苦しくなってっ……ずっと変で……自分が分からなくて、いきなりキスするみたいに自分の行動を制御できないならっ……いつか………暴力とか奮っちゃうんじゃないかって怖くなって………!!」
途切れ途切れだけど、ちゃんと応えてくれた。
……私があの時、中途半端な言葉を使ってしまったから……今、直がこんなに悩んで、苦しんでるんだ。
「違うよ、直。ごめん……ごめんね。あの時の言葉、全然私の本心じゃなかった。私は、直が友達だからキスしてきたこと、許したわけじゃなくて………直だから…だよ。キスしてきたのが直だから、許せた。む、むしろ……直にキスされて嬉しかった………だ、だって、だって私は………」
流石にその先の言葉は続けられなかったけど、こんなのほとんど告白してるのと一緒だと思う。
でも、直は鈍感だから、きっとここまで言っても気付いてくれない。
だから。
「直………キス、しよ?」
私を見る直の目が、大きく見開かれたのが分かった。
すぐにその顔は逸らされてしまう。
「だ、だめ………だよ」
「なんで?直は勝手にキスしてきたのに、私がキスしたらダメなの?」
「………」
多分、今私、すごくズルいことを言ってる。
でもいい。
だって、このズルさも、直とキスがしたい欲望も、全部ありのまま私の本心なんだから。
もう一度、直は私の方に振り向いた。
「いい……の?」
薄暗い部屋の中、一歩、一歩と近付いて、寝台に両手をつき、片膝を乗せる。
身を乗り出すと直の潤んだ瞳が目に入って、可愛くていじらしい頬を両手で包み込んだ。
返事の代わりに、唇を塞いだ。
柔らかくて温かくて、気持ちいい、愛しい直とのセカンドキス。
頬を挟み込んだままゆっくりと唇を離し、見つめ合う。
「他に……私が直に近付いちゃ駄目な理由………ある?」
こくりと頷く。
「じゃあ…私が気にしてないと思ったらキスするし、ひとつでも納得できる理由があったら私、すぐに家に帰るから……教えて欲しい」
直は不安そうな目で覗き込んで来たから、私は安心させるために、精一杯の笑顔を浮かべた。
それがきっかけがどうかは分からないけど、直はやがて、ゆっくりと首肯した。
「……今日の、学校の帰り………柚が清水さんと一緒にいるの見て…ず、ズルい……なんて……柚は私のものじゃない、柚にはたくさんの友達がいて………柚のことが好きな人もたくさんいて………清水さんも私と同じ…なのに……私の方から離れた癖に………こんな矛盾した、醜い感情を持ってる………から……ん」
震える唇に、キスを落とす。
「……休みの日……柚も、ひとりになりたい時だってあるはずなのに……我が物顔で柚の家に泊まりまくって………柚の時間を奪ってっ…それ以外でも、たくさん拘束してるのに……それでもまだ一緒にいたい…なんて………人の気持ちも考えない………自分勝手なやつ…だから………んぅ」
思い込みが激しい唇に、キスをする。
「………柚が告白されてる時に……守るためとか言って監視したり………毎日のようにご飯を作ったり…柚のためにしてるみたいな顔して………ホントは柚だけの力で出来ることかもしれないのに………柚の成長を妨げんぅっ……」
最早よく分からないことを言い出した唇を、キスで塞ぐ。
キスをする度に幸せが生まれて、もう理由なんてないとばかりに静かになってしまった直の唇に、自分のを触れさせる。
下唇を甘く食んで、舌で少しだけ湿らせると、直の体はびくりと跳ねた。
もっと味わいたかったけど、これ以上したら我慢できなくなりそうで、惜しみながら顔を離す。
もう片方の膝もベッドに乗せて、小さく丸まった直の体に両腕を回し、優しく包み込んだ。
振り払われることも、抵抗もなく、私に委ねるように体重を掛けて来てくれた。
「………もう…ない?」
「もう……ないっ」
安堵の涙が、直の頬を伝っていた。
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