第5話 洞窟の奥に

  優梨と吉野に付き合わされるようになってから俺は多忙を極めた。

  勉強、勉強、息抜き、勉強…。このサイクルはいつの間にかゲーム、勉強、ゲーム、ゲーム…へと変わりつつあった。いやまだ4月だから…なんてのは言い訳に過ぎない。俺は優梨に誓ったのだから、良い学校に入らなければならない。…いやでもその優梨が今こうして…あぁ…わからなくなる。

  とにかくこうしてこいつといられることは俺にとっては幸せと言えた。…だが、現実世界にこいつはいないのだから、いつまたいなくなるともわからない。だから…俺は俺の道を作らなければならないんだ。


「あ、おはよ~天太」

 朝から教室で勉強していると吉野が声をかけてきた。

「吉野か。おはよう」

「ねぇねぇ、昨日またレベル上がったんだよ」

「お前早いな」

「ユーリィのためにも強くなって助けてあげなきゃ!」

「…ゲームにハマっただけじゃなくて?」

「それもあるよね」

「まあでも驚いたな。ゲームと現実が繋がってるなんて思いもしなかった。それであいつを手助けできるなら確かにいいんだが…」

「なんか問題ある?」

「現実世界の俺たちには何にも得はないってこと」

「天太…損得で友だちを助けるかどうかを決めるの?」

 吉野は軽蔑の視線を俺に向ける。

「う…。いや、違くてだな…。学生生活の残された僅かな時間をゲームに浪費するのはどうだろうかとかそういう…」

「言い訳無用~!そんな子にはおしおきでぃ!」

  吉野がポカポカと俺の頭を何度も叩いてきた。

「ちょ、おま…やめろ…結構痛いから…!」

「ユーリィはもっと痛いんだよ!」

「いやあいつ自身は戦ってねぇし…」

「だよね」

「言ってみたかっただけだろ」

「うん…」

「叩くのやめろ?」

「…いや…」

 吉野はまだその手を止めない。

「あぁあもうっ!いい加減にしろ!」

  俺は極めて紳士的に接しようとした訳だが吉野があまりにしつこいので声を荒らげてしまった。

「天太…しーっ」

  吉野は人差し指を鼻の前に突き出した。

「……お前が悪いんだろが…」

「それで~今日はどうする?」

「知らんっ!」

  俺は行くあてもなく席を立った。

「…怒らせちゃった?」

  当たり前だ。


「ふぅ…全くあいつは…何でそう俺につきまとうんだ…」

  男子トイレに逃げ込んだ俺は洗面所で嘆いていた。

「困っているようだね。」

「ん?誰だ?」

 突然誰かも知らない男が話しかけてきた。

「僕は須賀 武志。君はどうやら吉野くんとの付き合いに悩んでいるみたいじゃないか」

「…その事を知ってるってことは俺のことは知ってるみたいだな。それで?須賀くんは俺に何の用なわけ?」

「ん~。武志でいいよ。いやね、君たちが仲良さそうにしているのが目に入るとだね、なんだかすごく……うらやましくて」

「は?」

「もし…もしよかったら僕も友達にしてくれないかなぁ…!あのね、もし僕が君と一緒にいたら、ほら、吉野くんの相手をする人が1人増える訳だろう?そうしたら…君は吉野くんに構わないですむわけだ!ね、ね、いいだろう?君だって別に吉野くんと特別親しくしたい訳じゃあないんだろ?」

 そいつはギラギラとした目つきで熱く語りながら俺に詰め寄って来る。

「いや…あのな。吉野は置いとくとしても、お前と親しくしたいとは言ってないぞ」

「んなぁっ!それは…僕がウザいってことかい…?」

「包み隠さず言おう…。うん、ウザいよ。その喋り方とか特に…」

「これはだね君…ポリシーってやつだよ…」

 俺の言葉がやや響いたらしくちょっとその勢いは衰えた。

「まあ吉野に気があるんなら直接言やぁいいんじゃねぇの?あいつオープンだからすぐ友達になれるだろ」

「き…気があるだなんて…そんなわけないだろう?はは…今のことは忘れてくれたまえ。ではまたね」

  武志はそそくさと去っていった。

「なんだったんだあいつ…」


  そして昼休み。

「よーし、今日もやるぞ~!」

  一人やる気を出す吉野がいた。

「とりあえずこの前みたいに急に電話が来るかもしれないから飯は食っておこうぜ」

「今日のメインはなにかな~」

「おい、そのセリフを言いながら俺の弁当箱に近づくな」

「あ、あのっ」

「ん?」

「その…だね。もしよかったら…僕が昼食をご一緒してあげてもいい…けど?」

 声をかけてきたのはさっきトイレで会った武志だった。

「は?」

「…ともだち?」

「さっき知った」

「な、なぁにを言うんだね。僕たち友達だろ?」

「なぁ、とりあえず上から目線みたいなのやめようぜ」

「す…すまない」

 武志は申し訳なさそうに肩を落とす。

「この人あれだ。武志くんだ」

「知っているのか!?」

「クラスメイトくらい覚えなよ」

「あ、そうだったんだ」

「無理もない…君と僕とは同じクラスになるのははじめてだからな。だが…吉野くんとはかれこれ3年の付き合いとなるのだよ」

「話したことあったっけ?」

「え、えーと…これから話すんだよ」

「じゃあ付き合いとはいわないね!」

「まあいいじゃないか。僕も一緒にお昼食べてもいいだろう?」

「いいけど…」

  ちらりと吉野の方をみると吉野の顔は曇ったようだった。

「まいは嫌だな」

「はっきり言うね!」

「だってゲームやれなくなっちゃう」

「ん?何をやっているのかな?」

「ストスト」

「おーっと、これはこれは奇遇だね。僕もやってるんだ。ストスト」

「へー」

「どうかね、一緒に」

「……」

 吉野は武志の方を見ずに携帯を握りしめている。

「いいじゃねぇか。な、吉野」

「むうぅぅう!いいよっ!」

 至極嫌そうな感じだが吉野はなんとか了承した。

「おー、ありがとう。じゃあ遠慮なく」

  どう考えても遠慮するべき態度を取られてるんだが…厚かましいなこいつ…。

「しかしどうしようかね。今日は優梨が電話してこない」

「適当にどっかのダンジョン入るしかないかぁ」

「誰か他にもいるのかい?」

 その問いに答えず吉野はゲームを続ける。

「じゃあまいがいるダンジョンきてね」

「どこ?」

「はいこれ」

 そう言うと吉野は俺にだけその画面をひょいと見せてすぐに操作を始めた。

「えっと、僕にも教えて?」

「よーし、いこう~!」

「僕まだ教えてもらってないよ…」

「おいおい、露骨に無視してやるなよ。ちょっとひどいんじゃないか?」

「だって…だってぇ…」

 吉野はまだ武志を受け入れられずにいるようだ。……気持ちはわかるが。

「もしかしたら優梨に協力できるくらいの実力があるかもしれないしキープしといてもいいんじゃないか…?」

「はっ…!それもそうかも…!」

「ん?なにをこそこそ言ってるのかね」

「いやぁ、ごめんごめん。教えるよ。ちょっと集中してて気がつかなかったんだ」

「そうかそうか」

 そう言うと武志はにっこりと微笑む。

「こいつメンタルすごいな…」

「えーと、どれが武志くん?」

「ふふ…実はもういるのだよ」

「えー?いないよー?」

「ここだ!」

  唐突に画面上にプレイヤーが表示された。

「え?なにこれ、バグ?」

「アサシンでしょこれ!」

 全くわからない俺と対照的に吉野が即答する。

「流石だね吉野くん。そう。僕は闇に忍び獲物を狩るアサシン!時には敵の目を欺くため味方の目にさえ映らなくなることも可能なのだ!」

「へぇ、そんなこともできるのか」

「でも戦闘性能はどうかな~」

「ま、まあ…そこそこかな」

「とりあえず行ってみよう」

  吉野の示したダンジョンに向かった。


「今回は洞窟か」

 薄暗い洞窟がぽっかりと口を開けている。ここが今回のダンジョンらしい。

「いいでしょ。ダンジョンって感じ」

「身を隠す場所は十分にあるようだな」

「あれ、誰かパーティに入ろうとしてる」

「どうする?」

「まあ数は多い方がいいんじゃないか?」

「承認だ!」

『はじめまして、アイランと申します』

 早速その人はチャットをしかけてきた。

『はじめまして!』

『よろしくお願いします!』

『はは、あまり畏まらんでくだされ』

「ね、ねぇ…もしかしてこの人…」

「NPCかもしれないな…」

「ん?何を言ってるんだ?」

「ああ、まあ、うん」

『とりあえず自己紹介でもどうですかな?』

「なんかこの人面倒じゃないか?」

「ほら、ネトゲにコミュニケーション求める人なんだよ。乗ってやろうぜ」

「そういうならいいが…」

『俺はユノス。ソーサラーだ。後衛の敵は任せてくれ』

『マイマイはマイマイだよ!遊び人で場の撹乱が得意!』

『僕はジヴル。アサシンさ。死角から強烈な一撃をくれてやる』

『ふむ。皆の役割もはっきりしましたな。それでは参りましょうか』

「なんかアイランさん信頼できそうだね」

「歴戦って感じするね」

「安心して前衛を任せられそうだな」

『むむ、早速敵が現れましたぞ!』

  前方に3匹の大きな蝙蝠がいた。

『よし、アイランさん、先制お願いします!』

『任せてくだされ!』

 そう言うとアイランさんは大きな剣を抜き構えた。

『……』

『……あれ?アイランさん?』

『…え、ちょっと、何やってんすか』

『そりゃあ!』

  ザシュッ!

  蝙蝠のうち1匹がまっぷたつになった。

『おお!すごい威力!』

『いやでもなんか…気のせいかな』

『さあ来ますぞ!』

  蝙蝠たちが襲いかかってきた。

『でいっ!』

『とりゃ!』

  蝙蝠の突進に合わせて剣を振る。

『ききっ!』

『よし、効いてる!』

  蝙蝠が反撃を受け後退する。

『そこは逃げ場じゃないぞ!』

  後退した蝙蝠のさらに背後から唐突にジヴルが現れた!

『喰らいなッ!』

  ジヴルがナイフで蝙蝠を切り裂いた。

『よし、あと1匹!』

『多分アイランさんがやってくれてるはず!』

『…あれ?』

  アイランさんはまだ動いていない。

『ききっ!』

『ぬお!』

  蝙蝠がアイランさんに襲いかかった。

『ふん、こんなもの痛くも痒くもないですぞ!』

  アイランさんは蝙蝠に噛まれたがほとんどダメージを受けていないようだった。

『そりゃあ!』

  そして遂に蝙蝠はアイランさんの斬撃を受け散った。

『あの~もしかしてアイランさん…』

『どうしたマイマイ?』

『めちゃくちゃ遅くないですか?』

『ほう、そこに気づくとは、なかなかやりますな』

『いや…重いなら脱いだ方がいいんじゃないですか?その鎧。ピンクだし…』

『いやいや、先程蝙蝠の攻撃を防いだ防御力を見てくだされ。……あと、色は関係ないでしょうッ!』

 …色は触れない方がよかったか…。

『まあそういうことなら先制は任せないことにしますよ。硬さを活かしてもらいます』

『申し訳ない…』

『それにしてもどうしてユーリィは電話かけてこないのかな』

『今はいいだろ』

『むむ?ユーリどのの知り合いですかな?』

 俺たちの会話を聞いたアイランさんが口を挟む。

『知っているんですか!?』

『最近話題の交信術師ですな。何しろ低レベルでもダンジョンをクリアできるとの噂でしてな。私もあやかりたいものです』

『へぇ、意外と頑張ってんじゃん』

『ただ、一かバチかみたいな面もあるらしく、日によって優秀さがかなり変わるのだとか…コンディション調整がまだうまくないのですかな』

『……俺がいる日だろうな…』

『もしよかったら紹介してあげよっか?』

『ほう!それはありがたい!また次の機会にお願いさせてもらいます!』

『まいどあり~』

『とりあえずここをぱぱっとクリアしちゃおうぜ』

『お~!』

『4人もいるんだ。すぐにクリアできるだろうさ』

『あ、忘れてた』

『失敬な!』

 武志が姿を現してツッコミを入れる。

『さて、それじゃあ進もう』

  アイテムを回収しながらダンジョンを進んだ。


『よし、ここで最後だよ』

『どれ、軽くひねってやりましょうか』

『僕は後から行くから扉開いてくれよ』

『行くぞ!』

  扉を開くと…そこそこ大きな広間だった。

『薄暗いな…。あんまり中が見えないぞ』

『ぐるるる…』

『なんか聞こえる!』

『がる…ぐぅ…』

『おい…こいつは…』

『おおきい…龍だね…』

 広間の中央には大きな寝息をたてながら巨大な龍が眠っていた。

『聞いてないですぞ!まさかドラゴンをハントするクエストだったなんて!』

『おい…!大きい声を出すな…!』

『ぐるるるる…』

『こいつ寝てるんだ…。不意打ちもできるし宝だけとることも出来る…。ほら、あそこにある銅色の宝箱、あれを取るぞ…』

  俺たちはゆっくりと龍の傍を歩いていった。

『あともう少し…!よし、開けるぞ…!』

  遂に宝箱にたどり着き手をかけた!

『……開かん』

 宝箱は開くことはなかった。

『え、なんで?』

『鍵だ』

『そんなのどこに…!』

『…あいつの首を見てみろ』

『あっ!』

  その龍の首にはネックレスのように鎖がかけられ鍵が吊り下がっていた。

『まあオシャレな龍だぁ…じゃなくてあれ鍵だ!』

『やるしかないか…』

『勝てそう?』

『わからん。何しろ大きいから強いだろう』

『ふむ、私の龍スラッシュが役に立ちますぞ』

『当てる前にやられないといいけどね。』

『なに、寝ている間に攻撃すれば良いことです。それではいきますぞ…!』

 そう言うとアイランさんはノロノロとしながらも龍に向かっていった。

『勝てるかなぁ…』

『弱気になったらだめだよっ!』

『……そりゃあ!龍スラッシュ!』

  アイランさんが立ち昇る龍のようなオーラを放つ斬撃を龍に喰らわせた。

『ぐえぇえぇえ!』

 龍が絶叫とともに目覚める。

『やったか!?』

『いった…おい、お前か!わしが寝てる間にそんなことするのはお前なんじゃな!』

 その声を上げたのは他の誰でもなく龍だった。

『おい、普通に喋るぞ…』

『いやなんだ…剣が滑ったようですぞ』

『聞き苦しい嘘までついて…』

『なるほど、そうか……とでも言うと思ったかぁ!貴様ら冒険者の魂胆などわかっておるわい!大方この宝箱の鍵を手に入れるために寝てるわしからオキニのネックレスを取ろうとしたんじゃろう?だが残念。みな失敗してこの中よ』

  龍は腹をぽんと叩く。

『我が名はドラジェ。何人たりともこのわしのお部屋を荒らすものは許さんぞ!』

  ドラジェが咆哮を上げると部屋に一斉に明かりがついた。

『やっぱ怒らせちゃったか…』

『ていうかこの部屋…暗くてよくわかんなかったけどやけにファンシーじゃないか?』

『かわいい~』

 マイマイが龍そっちのけで部屋の装飾に見とれている。

『お、わかるかの?かわいいじゃろ?』

『うんっ!このぬいぐるみとか特に!』

『ほぉ~っ!わかってくれるか!そうなんじゃ。みんなそれがキモいだなんだと言うんじゃが…それがかわいいというのがわからんのじゃ!』

『ね~!そういうのを真っ向から否定するの良くない!』

『じゃろじゃろ!』

 ドラジェとマイマイがきゃいきゃいとおしゃべりをはじめた。

『…おい、何を話してるんだ』

『あ、ごめ~ん。ドラジェちゃん、ちょっと友達になれそうだった…』

『…いかんいかん。わしとしたことが敵の娘っ子なんぞに気を許してしまったわい。次はないでな!』

 ドラジェはぺしと両手で頬を叩くとこちらに向き直った。

『あ、この服もかわいい~!ネックレスといいドラジェちゃんオシャレだね』

 その声を聞いてドラジェは再びマイマイの方へ向き直る。

『じゃろじゃろ~?わかっとるの~貴様』

『マイマイって呼んで!』

『マイマイちゃ~ん!このお菓子食べてみるのじゃ~!』

『あま~い!』

 ドラジェとマイマイは気づけばお茶会を始めていた。

『……帰っていいか?』

『おっとすまない…。また惑わされてしまったわ…。さぁかかってくるがよい!わしの首を落とさねば宝箱は開けられんぞ!』

『望むところだ!』

 俺たちは一斉にドラジェに飛びかかった。

『……待って!』

『は?』

 マイマイが俺たちとドラジェの間に割って入る。

『あの……宝箱、いらないから』

『おいおい、何言ってんだよ』

『そうですぞ。何のためにここまで来たのですか』

『…でもマイマイ…ドラジェちゃんは倒したくない…』

『ば…ばかなことを言うでない!貴様ら冒険者は喜んで殺戮を繰り返す血も涙もない連中じゃろうが!わしもそんな貴様らを幾度も腹に収めてきたのじゃ…。この先にあるのは食うか食われるか…それだけなんじゃ…』

 ドラジェは困惑したようにそう言う。

『そんなことないっ!』

 だがマイマイはそれを強く否定した。

『マイマイちゃん…』

『ドラジェちゃんは龍だけど、素敵な心を持った女の子だよ…。そんなドラジェちゃんをこうしてしまったのは、私たちみたいに勝手にあなたから大切なものを奪おうとした冒険者の方…。だからマイマイは、もう奪いません。友達に、なろ?』

 そう言ってマイマイは手を差し出す。

『……幾度も冒険者を見てきたが…そなたのような者ははじめてじゃ…。…あいわかった。わしも矛を収めよう。その他の冒険者よ。ヌシらに戦う意思があれば別じゃが、どうする?』

『いや…俺ももういいや。こいつがここまで言うんじゃ邪魔できない』

『こういうイベントもあるんだな。僕も敢えて戦わない選択肢を選ばせてもらおう』

『私は…斬っちゃったけど許してくださるのかな?』

『そなたの鎧はわしと同じピンクだし許してやるわい』

『そらみたことです!ピンクも役に立ちましたぞ!』

 アイランさんは勝ち誇ったようにこちらを見てきたが無視した。

『じゃあ、マイマイたちは帰るね』

『待て待てどこへ行く。土産のひとつも持たさんで友人を返す訳にはいかんのじゃ』

『え?』

  そういうとドラジェはネックレスを首からはずした。

『使え。欲を張らない者にこそわしはこれを受け取って欲しかった』

  ドラジェはにっこり微笑むとマイマイに鍵を渡した。

『ありがとうドラジェちゃんっ!』

  マイマイはドラジェを抱きしめた。

『ふふっ。いつでも遊びに来るのじゃぞ』

『じゃあ、これ、開けてみていい?』

『良いぞ。…少々照れくさいものなんじゃがな』

  マイマイは宝箱を開けた。

『これは…!』

『…リボン?』

『俺たちには不要なものだったかな』

『これってもしかして!』

『流石マイマイちゃん。わかってくれたかの?』

『うん!ドラジェちゃんがつけてるのと一緒だ!』

『え?つけてた?』

『失礼っ!』

 マイマイが口をとがらせる。

『…ごめんなさい』

『ありがとう!大切にするね!』

『わしの加護を授けておく。きっとマイマイちゃんを守ってくれるよ』

『えへへ…じゃあ、これ、持ってて?』

 マイマイは自分の服から装飾をはずしてドラジェに渡した。

『これはなんじゃ?』

『マイマイのブローチだよ!』

『…ふふ。ありがとうな』

 ドラジェはさっきまでこちらと戦おうとした時からは考えられない程の笑顔だった。

『じゃあまたね!ありがとう!』

『…その…なんか悪かったな』

『いいんじゃよ。わしも冒険者にも良いヤツがいるんだと知れたしの』

『私の龍スラッシュ…大丈夫でしたかな?』

『なんともないわい!わしを誰じゃと思っとる!』

 ドラジェが胸をぽんと叩いた。

『はは…流石ですな』

『ばいば~い!』

  俺たちはダンジョンから出た。


『いやあ、楽しかった~!アイランさんもありがとう!ボス戦できなくてごめんなさい!』

『いえいえ、いいんですよ。私も久しぶりに心温まりました。人間と魔物の友情…素晴らしいですな。私もいつかは回復のできるような魔物とともに旅をしてみたいものです』

『ははは。できるといいね』

『どっから出てきた願望だよ…』

『まあ道中でアイテム稼げたし僕も問題ないね』

『今度ユーリィに依頼する時はぜひ呼んでね!』

『頼もしいですな。その時はユーリどのに尋ねてみましょう』

『じゃあこれで解散ということで』

『おつかれさまでした』

  パーティは解散された。


「いやあ、なかなかいい冒険でしたなぁ」

「しかしボス戦にあんな攻略法があったとは知らなかったな。吉野くん、君はやはり面白いな」

「えへへ~」

 吉野はぽりぽりと頭をかく。

「しかしアサシンも便利だな。ほんとに敵に気づかれないんだな」

「ソロだときついんだ。かといってマルチでも手数が多いわけじゃないから文句言われることもあるよ」

「長所短所あるからなぁ」

「そういえばまいがもらったリボンってどんなのだろ」

「あぁ、確かに気になるな」

「えぇと…これかな。ドラジェのリボン。あ、これ名前からしてユニーク装備だねぇ!」

「それめちゃくちゃレアなんじゃないか?」

「効果はね。風属性無効。さらに風の攻撃倍増」

「属性こそ限られているがめちゃくちゃ強いじゃないか…。特に吉野は風の攻撃使うから相性もいいし」

「ありがとう…ドラジェちゃん…!」

「これ装備枠は頭か?」

「うん。そうだね。防御力も高いね」

「どのくらい?」

「戦士系しか付けられない兜よりも高いよ」

「頼もしすぎるな」

「謎の多いゲームだよなぁ。入手法とかが決まってないから攻略班も機能してないらしいぞ」

「確かに謎が多いね…」

「何か知ってるのかい?」

「いやぁ?」

「しかし優梨はほんとに連絡してこなかったな」

「さっきからそのユーリってのはなんだい?」

「あぁ、俺の…幼なじみだよ」

「依頼だ何だってのは?」

「えーと…パーティ作ってもらうみたいな…そのだな…」

「…何か腑に落ちないがまあいいか」

「おっと、そろそろお昼が終わっちゃう!」

「あ!まだ昼飯食べてないわ!」

「あ、大丈夫。食べといたから」

「何も大丈夫じゃねぇよ!処理することが目的じゃないんだぞ?」

 その言葉通り俺の弁当箱の中身はすっかり消えていた。

「どれ、天太くん。僕の昼食を分けてあげよう」

  武志が弁当箱を俺の方に向け蓋を開けた。

「……おい。お前はこの弁当の中だったら何がうまいと思うんだ?」

「何を言うか。メインで固めた素晴らしい弁当だろう?」

「あー、多分それでだ」

「は?」

「メインはことごとくまいちゃんのものってコト」

「吉野くん、何を言ってるのかな…?」

「見ろ、お前の弁当だ」

  弁当箱の中を見た武志の目が見開かれた。

「…からっぽじゃないか…!」

 武志はあんぐりと口を開けて驚いている。

「…不運だったな…お互いに…」

「ごちそうさまでした」

 吉野が達観した様子で手を合わせた。

「というかほんとにいつの間に食べたんだよ…」

「アサシンにも負けないよ~」

 吉野はふんすと鼻息を吹かした。

「それに関しては勝てる気がしないなぁ…」

「仕方ない。今日は飯抜きでいくしかない」

「大丈夫?」

「…誰のせいだ」

「じゃあ…はい、これ」

「お?吉野くん、結局とってあるのかい?」

「たまねぎ。にがて」

「……」

「……」



  今日の授業が終わった。

「さて、帰るか」

  帰りのホームルームが終わり俺はカバンを手に取り席を立った。

「ん?あれは…」

  吉野と武志が話しているようだった。

「だからだね…もし良ければ一緒に帰らないか?」

「うーん、まいはねぇ…その…あんまり良くないかなぁ…」

「そ…そうか…わかった…すまない」

「あ、えっとその…武志くんが嫌とかそういうんじゃないの…。ただまいは…」

「いや、いい。今日君たち2人と遊んでわかったよ。…僕はやっぱりいない方がいい。楽しかったよ。でも僕は君たち2人に避けられてるのがよくわかった」

「それは否定しないけど…そうじゃないの」

「…否定してやれよ…」

「まいね、放課後まではいっぱいいっぱいみんなと仲良くするけどね、そのあとは、ちょっとだけひとりになりたいんだ。家に着くまでの間だけ。この時間だけはまいだけのもの。だから、別に一緒に帰るのが嫌なわけじゃないよ?」

 吉野は上目遣いで武志を見据えると申し訳なさそうにそう言った。

「なるほど、そういう事情があったんだな」

  俺は頃合だと思ってそう言いながら会話に参加しようとした。

「あ、天太。帰ろー」

「は?」

「ん?」

「え?」

「…今お前何の話してたの?」

「えっと、言い訳をしてたの」

「………僕は、失礼するよ…」

  武志はとぼとぼと教室を出ようとした。

「おい待てって。…今のはあんまりだと思うぞ吉野」

「ごめんなさい…」

「まあなぁ、わからなくもないぞ?武志。お前のアプローチの仕方は少し良くない。上から目線だしな。喋り方はまぁいいとしても自分勝手でしつこいと引かれるのは当たり前だ」

「ぐ…返す言葉もないよ」

「吉野が今日嫌がってたのも気づいてなかったのか?」

「……ほんとは気づいてたさ。でも、やっと話せたんだ。僕は2年間、ずっと話せなかったから。それなのに…それなのに天太くんッ!君はどうだね!はじめて同じクラスになったくせにやけに吉野くんと親しいじゃないか!」

 急に武志は感情的になってしまった。

「いや、俺は別に…」

「正直、妬ましい!」

「正直だね…」

「それってぇ、まいとともだちになりたいってこと?」

「そうだ!いや、そうです!是非とも!」

「にへっ。それならいいよ」

 吉野は歯を見せて笑った。

「え?」

「嫌なんじゃなかったの?」

「だって武志くん、そんな感じじゃなかったんだもん」

「まあ、そうだよな。上から目線じゃ対等な友達とは言えん」

「…すまない」

「また一緒にストストしようよ。武志くん」

「…よろしくお願いしますッ!」

「よろしい~。じゃ、帰ろっか」

  3人で学校を出た。新しい友達とはいえ少し癖の強い武志。根は悪いやつじゃないんだろうがいきすぎることがありそうだ。……また騒がしくなりそうだな…。

  そういえば結局騒がしい奴からは連絡が来なかったな。…来なきゃ来ないで少し寂しいのはわがままか。何かあったわけじゃなければいいが…。

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ジュダストロ・ストーリー 瀬戸 森羅 @seto_shinra

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