第2話 干渉の交渉

 高校3年の春、青春を取り戻すべく受験に勤しむ俺の許に、何者かが電話をかけてきた。ただノイズが流れるだけの無言電話かと思いきや『まぁくん』と俺を呼ぶ声が聞こえたのだった。


  その後もノイズばかりが続いたが、徐々に声のようなものが聞こえだした。

「やっ…り…じゃ……かなぁ…」

「おい!聞こえてるぞ!」

「……ん~…?…か…きこえる…?」

「聞こえてる!聞こえてるぞ!」

「ここを……こ…して…あー、あー」

「はっきり聞こえるようになった!」

「わっ!こっちもはっきり聞こえる!もしも~し!」

 ようやく鮮明に声が聞こえるようになった。

「もしもし!」

「その声…!本当につながったんだ!」

  聞き覚えのある声だ。忘れもしない。それは俺の幼なじみの声だったから。

「おい!その声…喋り方、お前優梨なのかっ!?」

「ふっふ~ん!そうなんだよ!」

  俺はとうとうおかしくなったらしい。幻影ばかり追いかけていた幼なじみは遂に俺に話しかけてくるようになった。

「…いや、お前がいるはずがない。これは夢だ…」

「…まーくん。私ね、今別の世界にいるの」

「別の世界?」

  ますます信じ難い。あまりに非現実的すぎることが重なって起きている。

「お前は死んだんだ…だから声が聞こえるはずもないし別の世界なんてものもあるわけがない…」

「決めつけないでよ!」

「いいや!俺は見た!…花に包まれた棺の中で眠る…冷たく固くなったお前が炎の中に消えていくのを…」

「それはそっちの世界の私なのよ。私はこっちの世界の私なんだよ」

「いや、わけわからん…」

「私の名前はユーリ・インディフィ。元の私とは魂が同じなんだけどね」

「じゃあ…お前自体はこっちの世界のお前なのか?」

「だからそう言ってるじゃん!」

「じゃあ…生きているってことなのか?」

「うーん…そうとも言えない?そっちの世界の私の肉体は死んでしまっているから…」

「じゃあお前の…ユーリ・インディフィの魂はどうなったんだ!」

「ここがポイントらしくて…ユーリ・インディフィは逆に魂が死んでしまったらしいの。それで肉体を失った私の魂が世界を飛び越えてこの肉体に入った…みたいな」

「そんなことあるのか…」

「どうもこのユーリは特別な人だったらしくて…異世界と交信する術に長けていたのだとか…。だから肉体が私の魂を呼び寄せたんだって」

「それでお前は良かったのか?」

「まあ生きていられるからいいよ。こうしてまーくんともお話できてるし!」

「そこがよくわかんないんだけど」

「この身体が異世界と交信する機能を持ってるらしくて、私にもできちゃったの!異世界交信!」

「できちゃったって…」

 そんな簡単な話なのか…?

「でもまだ感覚がわからなくて…。さっきみたいにノイズがすごかったりするの。上達したらもっとすごいことができるかも!」

「今よりってあるのか?」

「例えば今はなんとか通信媒体に干渉してお話してるけどテレパシーみたいにいつでも話せるようになったり、映像を共有したりっていうことができるみたい!」

「それはなんか…ちょっと嫌な予感がするんだが…」

「えー!なんで?いつでもお話できるんだよ?」

「…もしかしてそれは俺に拒否権がなかったり?」

「……うん!」

「いやそれはおかしいだろ!電話のままでいいよ!」

「でも上達しちゃったらそれの方が便利だしぃ~」

「プライバシー!知ってる?プライバシー!」

「やだなぁ~そんなの関係ない仲でしょ~?」

「いやあるよ…確かにお前が別の世界ででも生きてるって知ったらそれは嬉しいけど…お前がいなくなって色々大変だったんだからな!その遅れを取り戻すために頑張らなきゃならないんだから…!」

「ご…ごめん…じゃあ…もう…連絡しないね…くすん…」

「いやいやいや待って!俺が悪かった!いいよ!いつでも連絡してこい!な!」

「わあ!ありがとう!」

  うまく乗せられた気がするぞ…。

「今のはちゃんと通信記録に残したからっ!」

「こいつ……」

「この世界ね、まるでまーくんがやってたゲームみたいな世界なの。だから、まーくんに色々教えてもらいたいなぁって思って…。それくらいじゃいいよね?」

「あーそういうことなんだ。わかった。確かにゲームは飽きるほどやった。なんでも聞いてこい」

  なんでそんなにやったのかは…あえてこいつに言う必要もないな。

「それにしても…まーくんとまた話せるなんて、夢みたいだよ」

「それはこっちのセリフだ。…お前がいないと、俺はだめだったらしい…」

「まーくん…。わかった!たくさん連絡するから!」

「あー…ほどほどにな?」

「うん!」

  こうして俺は死んでしまったはずの幼なじみと世界の垣根を超えて繋がることになったのだ。誰よりも信頼していた幼なじみだ。こいつさえいれば俺はもう苦しくもなければ寂しくもない。

  はずだったのだが…。


  朝起きて…。

「あ、まーくんおはよう。起きた?」

「ん…おはよう。今起きたよ」

「今日から毎朝起こしてあげるからね!」

「あぁ…ありがと」

  登校中に…。

「まーくん今日は何の授業なの?」

「えーっと…」

  授業中に…。

  ぶるる…ぶるるる…ぶる…。

「おーい、さっきから携帯めちゃくちゃ鳴ってるやついるぞ~。その回数は流石に異常だと思う。うん。緊急かもしれんから行ってきてもいいぞ~」

「あ、すみません。なんでもないんで電源切っておきます」

  ぶるるる。ぶるる…、ぶる。

  なんで電源切っても震えてんだよ…!

「……天太ァ…あとで職員室に来い…」

「は…はい…」

  ちくしょうめ!出られないんだから何回もかけるなよな!

 そして放課後も…。

「やっほー!さっきはなんで出てくれなかったの~?」

「いい加減にしろ!学校行ってるってわかんないのか!」

「ご…ごめんなさい…私ずっとまーくんとお話したかったのにずっとできなかったから嬉しくて…だから…」

「あーわかった!でも頻度多すぎんだよ!じゃああれだ。学校のある時は時間を考えてもらうとして…そうでない時は緊急時以外は定時連絡という形にしよう。そうしないと流石に多すぎる…」

「えー!…あ、いや…わかりました…。あ、でも緊急時ってどういう…?」

「そうだな…なんかわかんないことがあってどうしても訊きたいって時かな」

「わかったよ!我慢する!」

「あぁ。でもわかんない事があったら我慢するんじゃないぞ」

「それはもうばっちり我慢しないよ!」

「そこまで振り切られるとちょっと嫌な予感がするがな…」

「ふふふ~」

「まあいいや。じゃあ時刻は…そうだな…朝7時と夜7時ということにしよう」

「2回だけ!?」

「2回もだろ。何回かけてくれば気が済むんだ…」

「だってだって!朝の挨拶はもちろんだけどお昼だって一緒に食べたいし、それに登校中も下校中も話せるでしょ?帰ってからだって私に構ってよ~!」

「…あのな…悪いんだが…俺にも俺の時間ってものがあるんだ。勉強しなきゃならないからあんまり時間を取られると大変なんだ…。それに、登下校だって四六時中携帯を手放せないでいたら事故に遭いそうだし他の誰かと話す機会だって減る。…そりゃあ俺だってお前と話せるのは嬉しい…けど…お前はもうこの世界の人間じゃないんだ…」

「……ごめん。私やっぱり、連絡しない方が良かったんだね…」

 自分でも言いたくはなかった。でも優梨のことをどうしても諦めなくてはならなかった俺は、その認め難い現実を受け入れなくてはならなかったのだった。

「…どうだろう…俺はこの2年間、一時もお前を忘れたことはなかったよ。また話せるなんて思ってもみなかった。だから本当に嬉しい。嬉しいけど、寂しい。だって…もう触れられるお前はいないんだから…」

「まーくん…」

「お前も気づいてたんだろ?あの日、俺が何を言おうとしていたか…」

「……あの日?」

「…忘れたのか?」

「えっと…その…」

 全く憶えていないような口ぶりに俺との感情の齟齬を感じた。

「お前にとっては…それほど大きいことではなかったらしい…」

「違う!違うよ!実は私…その日の記憶がほとんど無くて…」

「記憶が?」

「うん…多分…その…死んじゃう前だったからかも…だから私、自分がなんで死んだかもわかってないんだ。…多分ぼーっとしてて車にでも撥ねられちゃったんだと思うんだけど…」

「なんだって!?じゃあお前は…あの日起きたことについても何も知らないのか…」

「なんの事かもわかんないけど…そうだよ…」

「お前は…殺されたんだよ…!」

「えっ…!」

「俺が…お前と帰っていたのに…少し目を離したら…お前はもういなかった…」

「まーくんは悪くないよ…多分私が…」

「いや!お前は悪くない!お前がふらふらどこかに行ける状況じゃなかったんだ!」

「…じゃあ私が死んじゃったのはまーくんのせいなんだ」

「…そうだ」

「じゃあ私が連絡しても文句言わないね?」

「あ…」

 しまった。これでは断りようもない。受話器越しににやつくあいつの顔が浮かぶような気がした……。

「決まり!」

「いやいや!確かにそうだけど…それとこれとは話が…」

「違くないね!あーあ!もっと生きたかった!まーくんと一緒にいたかった!だから…まーくんの時間、私にちょうだい?」

「…わかった!わかったよ!じゃあ好きなだけかけてこい!でもほんとに忙しい時は構ってやれないからな!」

「わーい!じゃあそうしよう!」

  死んでしまった幼なじみと、電話を通して繋がることになった。ある意味これは幸福なことだったのかもしれない。だがこの奇妙な遠距離恋愛を楽しむよりも、その先に待ち受ける苦悩の日々に嘆息することになるのだった。

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