「こいつらを殺す気はあるかい?」


 刀を鞘にしまいながら、それでも深緑の瞳は私を捉えて離さない。殺気ではないが鋭い何かが身体を貫く。私の覚悟を問われている気がした。


 黒い化け物は斬られた部分から崩れ、灰になっていく。すぐにでも消えてなくなってしまうだろう。改めて思う、私はどうしようもなく臆病だと。もう何の力もない化け物の目に浮かぶ執念を恐いと思ってしまう。それでも瑞稀との約束が頭に浮かぶ。私はもうこの生き方しかできないから、だから小さくてもはっきりとした声で告げた。


 その言葉を受け取った緑目の男は付いてこいと言わんばかりに立ち上がった。徐々に明らんでいく空を見ながら私は初めて生まれ育った場所から離れて行った。


 数年間一緒に旅をする中で分かった事があった。黒い化け物を鬼と呼んでいる事。大切な人を鬼に殺されてから、鬼を殺す旅をしている事。私の炎の力のように特別な力を持っている事。普段は優しい目をしているけど、戦うときは冷静な瞳に変わる事。でもそれは、強い怒りの感情を何とか抑え込んでいるだけにも見えた事。


 私より一回り年上で生きるため殺すための技術を色々教えてもらっているうちに、彼の事を先生と呼ぶようになった。二人で鬼を殺しまわる旅をしていた。隣に死があるような生活だったけど、どうしようもなく楽しかった。いつまでもこうしたいとぼんやり思った。そしてある戦闘の中で先生は死に、私の片足は無くなった―――


「長いようで一瞬に感じた旅は前触れもなく終わりました。私はそのことが信じられなくて何日も呆然としながら歩き回りました。あの時、鬼に襲われていたら死んでいました。もしかしたら先生が守ってくれていたのかもしれませんね」


 小さく笑って、言葉に詰まる。思い出すだけで胸が苦しくなるあの光景。


「腹部に大きな穴が空いている先生の死体を見つけました。呼吸の仕方も瞬きの仕方も分からなくなって、鬼が襲ってきたのに動けませんでした」


 再び深呼吸。声が震えるのを、感情を抑えて書いてある内容に沿って話し続ける。


 「幸いにもある人に助けてもらったのでこのように無事でした。その人は私が普通の人間として生きられるようにしてくれました。とてもありがたく思っています」


 ここから先は何度も書き直した後がある。彼女は最後まで結論を引き延ばした。こんな事を話してもどうにもならないことを知りながら言葉にしたかった。


 線香は既に灰と化し、傾いた夕陽は雲を赤く濡らしていた。


「すみません、ここからは私の我儘です。先生はただ聞いておいてください。」


 彼女は前置きをして空白になった部分を自分の感情のままに読む。


「もう一度会いたいです、先生。だから、私は…」


 風が強く吹き抜け、灰が舞い上がる。彼女はゆっくりと立ち上がり、晴れた夜空の下を規則正しく歩いていく。


「守れなくてごめんなさい」

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手紙 和音 @waon_IA

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