柘榴石



 怖かった。連れ去られる事でも死ぬ事でも無く、自分のせいで大切な場所を失うのが。その恐怖は私の脚に力を、覚悟に火を注ぐ。一緒に逃げていた子から手を解き、背中を「走って」と言って押した私は、逃げる子供たちの列を横に逸れて手にいっぱいの炎を抱える。震える体を騙す様に大声を上げて、お前らの狙っている柘榴石ガーネットはここにいるぞと主張する。


 ものすごい勢いで近寄ってくる黒いに炎の塊を落とす。ダメージを負ったようには見えないが、ひるむ。倒す必要は決してない。今は皆が逃げる時間を稼げればそれでいい。私は周りに炎をまき散らしながら、精一杯に駆け抜ける。逃げていた方向とは反対向きに。黒が濃いほうに。


 どのくらい走っただろうか、周りの景色に樹々が混ざる。こんなに長い間使ったことがなかった力は私の制御を外れていき、暴走し始めた。炎は渦巻き、周りを燃やし尽くすだけではなく自分自身をも焦がし始める。私はそれでもいいと思った。元々私のせいでこんな惨状が生まれたのだ。それを引き起こした罰として、相応しい終わり。でもそれを認めない人がいた。


 炎に包まれ、薄れゆく意識をつなぎとめたのは瑞稀の声。私の名前が呼ばれるのが耳朶を打つ。かろうじて開けた瞳がこちらに向かって走る友達の姿をとらえる。なんで、声とも呼べない空気の塊が口から漏れ出す。でも本当は分かっていた。瑞稀は、私の大切な友達は誰かを見捨てられない、優しすぎる女の子。そんな瑞稀が眩しくて、私は――


 私の制御から外れた炎は、瑞稀の小さな体を貫いた。どう見ても致命傷、呼吸をする事すらしんどいはずだ。それでもよろけた足取りで炎の中心私のほうへと飛び込む。抱きしめられた瞬間、炎が弾け飛ぶ。


「―――」


 耳元で紡がれる言の葉を受け取った瞬間、私の意識がぷつりと切れた―――




「私は友達を…殺してしまいました。強い罪悪感が貫き、自分が生きているのが許せなくなりました。でも彼女が最後に残した『生きて』という言葉が私を貫いて離さなかったのでした」


 胸元で強く手を握り、震えた声で手紙を読み上げる。一度深呼吸をし、肺にある重い空気を吐き出す。


「森で気を失った私が次に見たのは先生の姿でした。そこで私は戦うことを決めたのです」



―――ぱちぱちと生木の爆ぜる音で私は目を覚ました。火の弱まった焚火と、その奥に眠ったように動かずに、座っている男が見える。突然、吸い込まれるような深い緑の瞳がこちらに向いた。


「…まだ居たのか」


 そう言うと男は立ち上がり、黒い刀に手をかける。ゆっくりと抜かれた刀はぼろぼろに欠けていた。がさり、焚火の近くの草むらが音を立てたと思うと、勢いよく黒い化け物が飛び出してくる。刃こぼれのした黒い刀はそれを音もなく二つに分けた。


 その光景を前に呆然としていると、男は私に気付いて一言。


「こいつらを殺す気はあるかい?」

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