3幕.暗躍する英雄

17.アントーニオ・コスタというマフィア

 立派な門構えの上品な大邸宅。それが第一印象。

 少し目を凝らすと、少々のいたみが見つかる。装飾の手入れに気を使っていないのだとわかる。

 そして、門扉の前に立つ男どもを見れば、誰でも理解する。


「あん? なんだ、お前? ここはアントーニオのボスの家だ。ガキの遊び場じゃねえぞ、コラァ!」


 ――ここが、マフィアの持ち物なのだと。


「エルマ・クルムだ。ただちに、アントーニオ・コスタに取り次ぎたまえ」

「……何ぃ?」


        ◇◆◇


 外に向かった窓のない部屋。向かい合ったソファにテーブル、絵画や観葉植物を置いて、それらしく作られた応接間。八人の護衛たちに囲まれて、ソファに深く腰掛けた男がそこにはいた。


「アントーニオだ。よろしく、お嬢さん」

「エルマだ。よき付き合いになることを祈ろう」


 軟派なんぱな男がスーツの着崩し方を覚えて四十絡みになれば、このようになるのだろうか。アントーニオというマフィアはそのような男だった。


「まずは確認だ。お嬢さんが帝国軍の銃の英雄エルマで間違いないな?」

「そのように呼ばれている」

「お嬢さんはなんだって、こんな強面こわもてどもの巣窟そうくつに来られたんで? もしや、帝国軍に『アントーニオを体で籠絡ろうらくしてこい』とでも命じられたのか?」


 ガハハ、とアントーニオ親分の護衛が揃って大声で笑う。


「必要とあらば」


 虚を突かれたか、笑い声は一瞬で止んだ。


「……何だって?」

「帝国を守るために必要とあらば、私はどこの野良犬にでもこの身を差し出そう」


 ごくり、と生唾を飲む音が複数聞こえた。


「……だ、誰が野良犬だ! コラァ!」

「そ、そうだそうだァ!」

「な、ナメんじゃねえぞ、このアマァ!」


 それからワンテンポ遅れて、護衛どもの罵声が重なった。


「あのー、ちょっといいっスか?」


 カピバラ伍長が気負う様子もなく手を小さく上げた。私もそうだが、彼も普段着だ。軍務では見ることがないから、少々面白い。


「俺はお嬢さんと話しているんだが? 邪魔しないでくれるか?」

「エルマ隊長を脅かしたいのはわかるんスけど、この人、八人程度じゃ負けてくれないっスよ?」

「な……っ!?」


 護衛だけでなく、アントーニオ親分自身も身じろいだ。


「……これは驚いた。銃というのは噂以上に強い代物なんだな」

「いや、エルマ隊長だけ素手で他全員フル武装での話っス。こんな狭い部屋じゃ、騒ぐ間もなく全員ぶっ殺されて終わりっスよ」


 いよいよ取り繕うこともできず、アントーニオ親分たちはカピバラ伍長を凝視した。


「嘘……ってわけじゃ、ないんだな?」

「俺を守りながら全員制圧するくらい鼻歌じりにやってのけるっスよ。エルマ隊長は銃なんかない方が圧倒的に強いっス」

「ボス! こんなハッタリなんて聞いても意味なんてないです!」

「ならば、試してみるかね?」


 アントーニオ親分たちの視線は私の下へと帰ってきた。


「……こいつらをお嬢さんに挑ませてもいい、と?」

「ああ、いいとも。実力を疑ったままじゃやりにくかろう」

「それなら――」






「ただし――参加料は腕一本だ」






「……ボス。人を増やしますか?」

「よせ、みっともない」


 浮つく護衛どもより先に、アントーニオ親分はソファに深く座り直し、落ち着いてみせた。


「それで……もう一度聞くが、お嬢さんはなんだってこんなところに来たんで?」

「伍長」

「はいっス」


 伍長は抱えてきた木箱をテーブルに置く。


「開けていいんだな?」

「無論」


 アントーニオ親分が木箱を開けると、中から姿を現したのは衝撃吸収剤の木片に包まれた四丁の銃だった。


「ひとまず、二五箱用意した。すべてアントーニオ組に差し上げよう」

「……どういうことだ?」

「これからは西で仕事をやってもらいたい」


 要するに、帝国でマフィア活動をするな、西の隣国でしろと私は言った。


「お嬢さんは『ひとまず』と言ったな? 何丁出すつもりがある?」

「二〇〇〇丁。弾薬も五万発分付けよう」

「……俺たちは帝国軍を怒らせちゃいないと思うんだが?」

「ならば、帝国の役に立て。私はアーデルヘルムほどお前たちに期待していない」

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