18.かつての結末

「エルマ隊長、質問いいっスか?」

「なんだ、伍長?」

「アーデルヘルム元帥はマフィアに何を期待してるんスか?」


 空荷になった馬車を転がしながら、カピバラ伍長は私に視線を向けた。


「帝国への非合法な攻めに対する反撃を期待している。軍が動けば、それは戦争になる。だから、帝国と隣国は工作員の応酬をしているわけだが、マフィアは軍ではない」


 非合法には非合法を。アーデルヘルムは、アントーニオ組がスパイとは別の水面下での戦いに帝国側として尽力することを期待していた。甘いと言われるような対応さえ幾度も選んで、彼らを存続させたのである。

 だが、それは裏切られることとなる。


「覚えているか? アントーニオ親分はこう言った。『俺たちは帝国軍を怒らせちゃいないと思うんだが』」

「覚えてるっス」

「つまり、アントーニオ組は理解していないのだ。このまま放っておいても、何の役にも立たない。帝国に巣食う寄生虫でしかない」

「なるほど。だから、強制したわけっスか」


 がこん、と石畳の段差か石でも踏んで、馬車が一回揺れた。


「ちゃんと言うこと聞くんスかね?」

「慈悲は示した。戦力もくれてやった。これでもなお役に立たないのなら――」


 アーデルヘルムは知っている。アントーニオ組が戦争が始まるとすぐに隣国に付いたことを。市庁舎を占領し隣国軍を笑顔で迎え入れたことを。町に住まう大勢の帝国臣民の生命財産を奪い、己の私欲を満たしたことを。

 今度は絶対に、絶対に絶対に許さない。もし、裏切るのなら――




「――私の功績になってもらうだけのことだ」


        ◇◆◇


「クソッ! クソッ! クソックソッ!」


 アントーニオはソファを蹴りつけ、テーブルをひっくり返し、それでも怒りは収まらず、当たり散らしていた。


「ボ、ボス、もうその辺りで……」

「うるせぇ!  お前らが役立たずだから、あんな小娘にナメられたんだろうが!」

「ぐっ……! す、すんません」


 大理石の灰皿で叩かれ、護衛の男は歯を折った。アントーニオは男に一瞥いちべつもせず、次の護衛に蹴りを食らわせる。


「腕一本折られるのが怖くて小娘に挑めませんでしたってかぁ!? そんなのが通るか! お前らは命を捨ててでも、俺を守るのが役目だろうが! わかってんのか、クソども!」

「がはっ……! も、申し訳ありません」


 アントーニオは荒れに荒れ、応接間はそこかしこを血飛沫で染めた。


「何が『帝国の役に立て』だ! 何が『アーデルヘルムほどお前たちに期待していない』だ! 俺はアーデルヘルムが恐れる男だぞ! 西側最大まで組織を拡大した天才マフィアだぞ!」


 アントーニオは勘違いをしていた。組を厳しく取り締まらないのは、アーデルヘルムが己を恐れているのだと思い込んでいたのだ。

 そうして、アントーニオの政治センスの欠落がアーデルヘルムの譲歩を呼び、与えられた譲歩を自分の力と勘違いして肥え太った。アントーニオは幸運な無能であった。

 だが、その幸運はエルマの到来で終わりを告げた。アントーニオは自らの才覚と向き合わねばならなくなった。すなわち、現状を正しく認識して帝国に尻尾を振るか――妄想を愚かしく信奉して帝国に反旗をひるがえすかを。


「はあ……はあっ……! おいっ! 木箱は全部あらためたんだろうな!」

「は、はい、ボス。四丁ずつ、木箱に木片で保護された状態で入っていました。試射はまだ済んでいませんが……」

「じゃあ、四丁だけ試射しろ。五発ずつだ。機能することだけわかればいい」

「そんなに少なくていいんですか?」

「ああ、もったいないからな」

「もったいない……?」




「――西に渡りをつけろ。この銃と弾薬、売りさばくぞ」

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