幕間.行賞と副官

 話は数日さかのぼる。


        ◇◆◇


 論功行賞ろんこうこうしょうは論功と行賞からなる。すなわち、功を論じることと賞を行うことである。

 エルマは上層部の話し合いの結果、武功第一位と決められた。文句なしの第一位ではないが、第一位は第一位。それなりの褒賞が同時に決められたのだ。その内容はというと――


「つらい」


 二二五小隊の詰め所。書類仕事をしていたエルマが心底悲しそうな顔をしてつぶやいた。


「エルマ隊長、マジでどうしたんですか?」

「上層部が私のことをまるで理解していなくてつらい」

「……マジのマジでどうしたんですか?」

「マモト曹長、どうしたもこうしたもない! 見ろ! この、処罰がごとき褒賞を!」


 ――報奨金一〇〇〇万および休暇二週間。


「こんな端金はしたがねと引き換えに二週間も出仕できないなど意味がわからないだろうが!」


 マモト曹長は二二五小隊の先任下士官ということもあって手当は多い。エルマにこき使われる以前から、民間勤めの同年代の倍近い年収がある。しかし、一〇〇〇万には届かない。そして、新米少尉であるエルマの給与は、マモト曹長と同程度。つまり、


「それ、マジでまったく端金はしたがねじゃないんですが!?」

「このくらい、一月もあれば余裕で稼げる!」

「無理です無理ですマジ無理です。あと、出仕禁止じゃなくて休暇です。報奨金と引き換えの罰じゃないです」

「出仕できないのだから、同じだ!」

「全然違いますよ!?」


 はぁー……、とため息を吐きながら、エルマは机に突っ伏した。突っ伏したまま、器用に書類仕事を再開した。


「せめて、私ひとりだけ出仕禁止ならば無視して仕事を続けたものを……小隊ごと休みでは、どこにも出撃できないではないか……」


 三〇キログラム以上の荷物を担いで登山と戦闘をしてから、まだ五日も経っていない。マモト曹長は理解ある上層部に心から感謝した。


「ま、まあまあ、と思えばいいじゃないですか」

「私がその程度の仕事に詰まるように見えるかね?」

「いえ、正直マジまったく見えないです」


 エルマには中尉昇進の内定が伝えられていた。ここまでエルマはいくつも武功を積み重ねたが、それでも異常な昇進速度である。これはエルマを押し上げようとする勢力が多いということに他ならない。

 だが、押し上げようとする勢力の言うがままに、エルマを昇進させ続ける気もない。


「中尉になっても、当面私が指揮するのは二二五小隊のみだ。実態がない昇進にそこまでの手間はない」


 折衷せっちゅう案。中尉に昇進はさせるが分隊は増やさせない。もちろん、中隊を任せもしない。権限が少尉と何も変わらない、名ばかり中尉のできあがりである。

 無論、エルマはそこで終わる気などなかった。


「よし、書き上がったな。マモト曹長、君はこれをやっておきたまえ」

「え、なんですか?」


 エルマは書類をまとめながら、数冊の本をマモト曹長に渡した。


「……あの、エルマ隊長」

「なんだ?」

「これ、士官学校の問題集では?」

「参考書と教科書も渡しておく。二年以内にはすべて解けるようにしておきたまえ」

「二年!? 待って待って! エルマ隊長、マジでどういうことですか!?」

「察しの悪い男だな」






「――私が中隊を任せられた時に、副官を務められるようになっておけと言っている」






 マモト曹長は顔を手でおおって天井を仰いだ。口元は締まりきらず、唇を震わせ、目尻からは涙が零れ落ちそうになっていた。


「……俺で、いいんですか?」

「お前がいいと言っている」

「俺、エルマ隊長が男だったらマジで惚れてましたよ」

「普通、逆ではないか?」

「男惚れってやつですよ」


『付いてこい』と言われた。それだけで、マモト曹長は命を投げ捨ててでも付いていきたくなった。これは、そういう話だ。


「それと伍長は入れ替わりで曹長になる。指導しておけ」

「カピバラ曹長になるんですね」

「ふふっ。そうだな」


 マモト曹長も笑った。


「俺、エルマ隊長が女だったらマジで口説くどいてましたよ」

「はははっ!」

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