16.論功行賞に出席しない者たち

「武功第一位は西部方面軍第二師団第二大隊所属第五遊撃小隊、隊長エルマ・クルム少尉とする! エルマ少尉、おめでとう」

「はい、ありがとうございます!」


 万雷の拍手。西部方面軍司令本部の大講堂を埋め尽くす軍人、抽選で傍聴人に選ばれた一般人、記者たち。かつての小規模な表彰とはまるで比べ物にならない栄誉がそこにはあった。


「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「エルマ少尉、お顔をこちらへ!」


 賞状を受け取ると、一般人と記者から声が飛ぶ。


「傍聴人は静粛に」


 静粛にと言いつつも、強くは命じない。そうして本当に萎縮されてしまっては困る、という思惑が透けて見えるようだった。そもそも、ここに傍聴人を入れること自体が異例なのだ。


「それでは、論功行賞を続けます」


 あの戦いから十日。私は論功行賞で武功第一位に選ばれた。

 もっとも、この評価が完璧に妥当で文句が付かないものかといえば、そんなことはない。

 私が抱える戦力は二二五小隊のみであり、できた攻撃も遠距離からの練習すら不十分な狙撃モドキだけ。撃破した敵兵の数は後から加わった部隊にもかなり取られている。命令違反スレスレの独断まがいな行動もあった。それに、なにより――


「武功第二位は西部方面軍第二師団第二大隊所属第一輜重しちょう隊、隊長ジークフリード・シェーンベルク少尉とする! 、おめでとう」

「はい、ありがとうございます!」


 ――死をして、物資を守り切った男たちがいたから。


        ◇◆◇


 記者会見に向かう途中、私は廊下で二二五小隊に合流した。


「あっ、エルマ隊長、武功第一位マジおめでとうございます!」

「マモト曹長、ありがとう。君たちの褒賞は大きくなるよう、きちんと働きかけている。安心したまえ」

「そういうつもりではマジないんですが……ありがとうございます」


 帝国軍は今回の作戦を「国内の工作員を撃滅するための大規模作戦」と発表し、その成果を「戦闘により数百の目標を撃破または捕縛」とした。さらに、新英雄として知られる私を武功第一位に選ぶことで成功のイメージを強調したのだ。結果としてみれば、私は当初望んでいた輜重しちょう隊の警護よりもずっと大きな武功を手にすることができたのである。

 そして、光が私に降り注げば、影の下に隠れる者も出る。


「ホフマン中佐殿は出席すらない、か」

「入院中ってことですが、マジなんですかね?」

「おそらくは違う。上層部からの要請か自主的にか……いずれにしても、武功上位に名前がなくては立場がなかろう」


 今作戦の指揮官であるホフマン中佐は論功行賞を欠席した。

 対外的には大成功とうたったが、誘い出されて危うく精鋭三〇〇〇を失う大惨事となるところであったのだ。誰かが責任を取る必要がある。近く、ホフマン中佐は戦闘とは縁のない部署へされることだろう。


「マモト曹長。いや、二二五小隊全体に言おう。覚えておきたまえ、負けた者は生き延びてもみじめな人生しか待っていない」


 だから、アーデルヘルムは湖に身を投げた。帝国の滅びた世界を見ながら生きてなどいられるはずがなかった。


「……じゃあ、二二一輜重しちょう隊の隊長はどうなるっスか?」

「伍長、お前っ!」

「マモト曹長、いい。彼は死した勝者だ」

「あの人、奥さんと子どもがいたんスよ?」

「そうだな。妻と子どもを遺して逝った――彼女たちが、裏切り者と後ろ指をされることなく生きられるように」


 あの時、二二一輜重しちょう隊の隊長は考えたはずだ。家族と生き残るために帝国を裏切ることを。

 だが、彼はその道を選ばなかった。家族の人生をみじめなものにしないために。隊員たちの家族の人生をみじめなものにしないために。


「私は人の名前を覚えるのは得意ではないが……彼の名は死ぬまで覚えておこうと思う。ジークフリード・シェーンベルク少尉。立派な帝国軍人として」


 私が虚空に敬礼をすると、隊員たちもそれにならった。


「……なんか、格好いいっスね」

「伍長、そうか?」

「俺もエルマ隊長に名前覚えてもらいたいっス! 立派な帝国軍人枠で!」

「……そもそも、伍長の名前はなんだった?」

「枠以前の問題っスか!?」

「伍長の名前はカピバラ伍長です。マジです」

「マモト曹長! それ、デカいネズミっスよね!?」

「私は人の名前を覚えるのは得意ではないが……彼の名は死ぬまで覚えておこうと思う。カピバラ伍長。面白い帝国軍人として」

「エルマ隊長!?」


 隊員たちは揃って大笑いした。


「さあ、記者会見だ。帝国臣民が信頼する精鋭小隊らしくビシッと決めたまえよ」

「「「はい、エルマ隊長!」」」


        ◇◆◇


「エルマ少尉を帝国軍大学校に送れないだろうか」

「……新英雄殿をですか?」

「そうだ。彼女はいい。戦果もそうだが、見目よい女性というのが素晴らしい。帝国軍のイメージ戦略にぴったりだ。彼女が大きな失敗をする前に、それなりの――それでいて無難な――地位にけたいのだよ」

「思惑は様々ですが、各所からエルマ少尉を推薦する声は上がっています」

「そうか。では、非主流派から僕の名前もその中に加えておいてくれ」

「はい、わかりました。――ヤンティス大将」

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