14.言葉にできない

 エンゲルハルト山への出発を翌日に控えた、二二五小隊の会議にて、


「開発が間に合わなかったので、諸君らには新型銃が貸与されることとなった」

「……は?」


 エルマは奇妙なことを言い出した。


「あの、エルマ隊長……マジいいでしょうか?」

「マモト曹長、何かね?」

「マジで開発が間に合わなかったんですよね?」

「そうだ」

「なのに、新型銃がマジに貸与されるんですか?」

「そうだ」

「……どういうことですか?」


 マモト曹長の疑問は、その場の全員の疑問であった。


「難しい話ではない。すでに開発を終了していた銃を採用するというだけのことだ」

「なるほど、そういうことでしたか」


 マモト曹長は、ほっと胸をなでおろした。


「はい、エルマ隊長、質問っス」

「何かね、伍長」

「今まで採用せずに放ったらかしにしてた理由は何っスか?」


 胸をなでおろしたばかりのマモト曹長が凄い顔で伍長を睨んだ。気付くのが誰であれ、結果は特に変わらないのだが。


「実物を見せて説明しよう」


 そう言って、エルマは一丁の銃を取り出した。


「長いっスね」

「こいつの銃身は、これまでお前たちが使ってきた銃と比べて二倍近い長さがある」

「あと、厚みもあるんスかね?」

「より多くの火薬の使用に耐えられる構造だ」


 長い銃身、多くの火薬。その二つから導き出される答えはひとつ。


「長射程銃……っスか?」

「そういうことだ、伍長。有効射程は倍以上。撃ち下ろしならばその射程はさらに伸びる」


 戦国時代の日本において、主に合戦で使われた火縄銃の銃身は一メートルほどだが、狭間筒はざまづつと呼ばれる、銃眼じゅうがんに固定して使うことを想定して作られた厚みのある火縄銃の銃身はおよそ二メートル。射程距離は倍以上、数百メートルにもなったという。


「へえー、凄いっスね――ぐえっ!?」

「伍長、気を付けて持たないと……遅かったか」

「な、何っスか、この重さ!?」


 厚みと長さは重さに跳ね返ってくる。新型銃は一〇キログラムほどあった。これは二二五小隊が普段使っている銃の倍の重量である。


「それが、当時の私が採用を思いとどまった理由だ。これを何丁も持ち歩くのはきつかろう」

「何丁もって……エルマ隊長、もしや、これは紙製薬莢やっきょうができるよりも前からあったんですか?」

「マモト曹長、鋭いじゃないか」


 二二五小隊の面々は、紙製薬莢やっきょうが登場するまでの間、銃を三丁担いで行軍させられたことをよく覚えている。連射力を確保するためにとはいえ、一五キログラムは肩がきしむほど重かった。もし、それが三〇キログラムならば、どれほどきついことか。顔色を青くして震え上がった。


「三丁担ぐよりはマシですけど、マジできつそうですね……」

「あと、紙製薬莢やっきょうをひとり一〇〇は持つこと」

「……は? ひゃ、く?」

「大量の紙製薬莢やっきょうを携帯するために、各員に体に巻き付けられるバッグを支給する。調整は自由にして構わない。返却の必要はない」


 エルマが渡したバッグは一抱えあるほどの大物で、隊員たちはエルマの一〇〇という言葉が聞き間違えではないと理解させられた。


「え、エルマ隊長! ま、マジ待ってください! こんなに持っていくんですか!?」

「しかたあるまい。一個小隊で中隊か大隊を相手取ることになるのだからな」

「だ、大隊……」


 二二五小隊はエルマを含めて三一人。それに対して、大隊は四〇〇人を超えるほど。間違っても戦おうなどと思ってはならない相手であった。


「あと、これは銃を体にくくりつけるためのベルトだ。腕で抱えるよりは大分楽になるだろう」

「それはマジ助かりま……あの、エルマ隊長?」

「背中に付けるよう強めに縛る方が楽に歩ける。これは他の背嚢はいのうを使う場合でも同じだ。覚えておけ」

「エルマ隊長、エルマ隊長」

「何だ? マモト曹長、聞こえているぞ」

「これ、銃を通す穴がマジ三つあるんですが……?」

「一〇発も連続で撃てば、銃身が熱されて暴発の危険が生まれる。代えの銃は必要だ」


 ヒィ、とマモト曹長と隊員たちは声にならない声を上げた。


「それと、紙と火薬と弾丸は用意したから、紙製薬莢やっきょうは自分で作ること。明日の朝までに準備を完了しろ」


 ヒィ、とマモト曹長と隊員たちはもう一度、声にならない声を上げた。

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