13.輜重隊の決断

 山の中腹まで爆音が響いた。それだけで、二二一輜重しちょう隊の隊長はすべて察した。


「エルマ少尉の予想通りってことか……」

「隊長、ただちに隊員を集合させます。行ってよろしいでしょうか?」

「行け。敵影の確認はしたのか、なんて抜かすやつは殴ってでも連れてこい。僕は他の輜重しちょう隊に伝令を向かわせる」


 エンゲルハルト攻略作戦は西側隣国の工作員とその拠点を叩くことが主旨しゅしだが、拠点建物を爆破して工作員を皆殺しにするような予定はない。むしろ、できるだけ多くの工作員を生きたまま捕縛し、情報を得るつもりであった。

 この時得られるであろう情報には、帝国の都市部まで浸透した工作員の個人情報がある。どこに住み、どんな名前をした、何を職業とする人間か。これを掌握することで、工作員全体の排除を達成するのがこの作戦の大目標であったのだ。


「――だから、帝国軍が建物ごと工作員を吹き飛ばすような爆発をするわけがない。確実に敵襲がある。そう伝えろ」

「はい、隊長! 伝令行ってきます!」

「頼むぞ。……これが僕とエルマ少尉の杞憂きゆうであってくれよっ!」


 だが、二二一輜重しちょう隊の隊長の願いは虚しく、山道でも爆音が響いた。本隊との接続路は切断された。

 すると、坑道から続々と見知らぬ武装集団が現れる。その数、およそ二〇〇。


「お前ら不審な武装集団に一応告げる! ここは帝国の領土であり、我々は作戦行動中の西部方面軍である! ただちに武装を解除し、地面に伏せろ!」

「それはこちらのセリフだ」


 武装集団は従わず、槍と弓を構える。


「降伏しろ。我々が欲している戦果に輜重しちょう隊の首などは入っていない。降伏すれば、命は保証するぞ」

「……っ!」


 どうする。二二一輜重しちょう隊の隊長は悩む。

 勝ち目はない。護身用の剣程度しかない軽装備の輜重しちょう隊とは異なり、武装集団は防具も揃った完全武装。武力の差は歴然。輜重しちょう隊が持つ選択肢は、もはや、降伏するか逃亡するか玉砕するかしかなかった。


「長々と時間はやれん。十数える間に決めろ」


 どうする。決断を迫られる。

 降伏しても逃亡しても、輜重しちょう隊の荷は焼かれ馬は殺される。そうなれば、帝国軍の精鋭三〇〇〇は無補給での地獄のような復路をたどることになる。重傷者は置いていくしかないし、単純な飢えや乾きだけでもバタバタ倒れているに違いない。敵からの妨害があればその数はさらに増える。

 そんな状況で生きて帰れても、輜重しちょう隊は責任を追求される。隊員はその後の不遇な人生を約束されてしまう。


「……くそっ! エルマ少尉、信じているぞ!」

「隊長……」

「総員、新しい馬車に集合せよ! エルマ少尉にもらったやつだ! 急げ!」


 陣形を捨て、輜重しちょう隊は馬車列へと走る。

 見逃す理由はない。武装集団もそれを追って走る。


「はあ、はあ……総員、抜剣っ!」


 新しい馬車の前で輜重しちょう隊は武装集団と刃を交える覚悟を決めた――




「そこじゃない! 裏だ! 馬車の裏に回れ!」




 ――その瞬間に、エルマの声が飛び込んだ。


「総員、走れぇーっ!」


 輜重しちょう隊が走って走って、馬車の裏に回り込む。そう、に。


「よろしい、状況は整った。目標は所属不明の武装集団だ。二二五小隊、撃てぇ!」


 エルマの号令で、弾丸の嵐が武装集団を襲った。

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