11.エルマの頼み事

 かくして、エンゲルハルト攻略作戦は始まった。

 時刻は早朝、天気は快晴、夏の一番暑い日。最寄りの旧鉱山町に集められた兵員は次々に登山を開始する。三〇〇〇のうち、いくらかは町に残すとはいえ、それでもずらりと伸びた大行列が作られた。


「エルマ隊長、マジでまだ出なくていいんですか?」

「ああ、マモト曹長。我々は銃を輜重しちょう隊に預けるから最後尾になる。動くまでまだ時間もある。休んでよい。ただし、全員飲み水は確認するよう通達せよ」

「はい、エルマ隊長! エルマ隊長がマジ気遣ってくれたと伝えておきます!」

「そういうことでは……まあいい、好きにしろ」

「うっす、好きにします」


 飄々ひょうひょうとした様子で、マモト曹長は隊員たちのところへ駆けていった。どう伝える気なのか少々の不安はあるが、マモト曹長であれば悪いようにはしないだろう。割り切って行くとしよう。


「割り切る……割り切る、か」


 結局、エンゲルハルト攻略作戦の作戦会議は甘い見込みのまま終わった。

 指揮官のホフマン中佐だけが悪いというわけではない。当時のアーデルヘルムも含め、軍上層部には油断があった。帝国は強大であり、周辺国は嫌がらせ程度のことしかできない――それが共通の認識だった。

 その意識を変えるには、大敗も必要なのではないだろうか?


「……ふん、くだらない言い訳だな」


 意識が多少変わったところで、帝国は銃を並べねば勝てない。無意味だ。

 ならば、私が今やるべきことは何だ?


「――この戦いに勝つ。それだけだ」


 私は二二一輜重しちょう隊に向かって歩き出した。


        ◇◆◇


 エンゲルハルト山は鉄鉱山である。いわゆる、スカルン鉱床と呼ばれるものであり、かつては磁鉄鉱と石灰岩が大量に存在したという。

 現在では、その採掘は終了しており、坑道が残るのみとなっているのだが、


「これはまた穴だらけだな……」


 その坑道が山のあちこちに空けられていた。


「ははは、エルマ少尉の言う通りだよ。町では穴山とも呼ばれていたからね」


 馬車に同席している二二一輜重しちょう隊の隊長は笑った。兵たちは横を歩いているからだろうか、その笑い声は小さく抑えられていた。


「現地をご存じなのですか?」

「ああ、僕自身がこの辺りの出身でね。昔の賑わいぶりは耳にタコができるほど祖父母から聞かされて育ったものだよ」


 二二一輜重しちょう隊の隊長は懐かしむように二度三度頷いた。


「穴だらけなのは前王朝時代に発見された古い鉱山なのも理由かと。鉱山技術が未熟で闇雲に試掘したものや盗掘のために勝手に空けられたものもあると聞いている」

「なるほど……」


 こうも多くては、すべてを人が出られないほどしっかりと塞ぐというのも現実的ではあるまい。


「まあ、そんな近寄ると不格好がバレてしまうような風景でも、僕らみたいに長く住んでいると愛着が湧くものでね。息子がこの辺りで仲間たちと探検ごっこを楽しんでいるのを見ると、思わず目尻が垂れてしまいますよ」

「息子さんがいるのですね」

「ええ、僕に似ず、勇敢な子で。最近は物騒なので山で遊ばせてやれないのが残念です」


 くだんの隣国の工作員の拠点から最も近い町なのだから、そうもなるだろう。数字として現れずとも、人々の生活に影響はあるのだ。


「それで、エルマ少尉は僕たちに何を頼みたいのかな?」

「……察しておられましたか」

「何台もの新しい馬車に飲み会はエルマ少尉のお酌付き。銃を運ばせるだけで、そこまでの根回しは必要ないだろう?」

「彗眼です」

「僕たちは恩義を感じている。必要なものがあるなら優先して出す。取り持ってもらいたい相手がいるなら喜んで仲介しよう。エルマ少尉は何をして欲しいのだね?」

「では、ひとつだけ」







「――襲われた時は、新しい馬車の回りに味方を集めてください」

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