9.美人に酌をされて嫌がる男はいない

「本日は私たちのお願いを聞いてくださり、本当にありがとうございます」

「いやいや、我々も新進気鋭しんしんきえいで知られるエルマ少尉たちの願いとあらば、ぜひ聞き届けたいからね」


 和やかなムードで始まった会合……なのだから、挨拶を終えるまでくらいは下を見るんじゃない。まったく。


「それでは、二二一輜重しちょう隊と」

「二二五小隊に」

「「乾杯」」


 私と西部方面軍第二師団第二大隊所属第一輜重しちょう隊――通称二二一輜重しちょう隊の隊長の杯が小さく打ち鳴らされた。


「「「かんぱーい!」」」


 会場となった酒場の各所で、二二一輜重しちょう隊と二二五小隊の面々が杯を打ち合わせる。


「酒もメシもエルマ少尉のおごりだ! お前たち、エルマ少尉に感謝しろよ!」

「「「ありがとうございます! エルマ少尉!」」」

「どういたしまして。二二五小隊も私の支払いだ。遠慮なく飲み食いしろ」

「「「はい、エルマ隊長! ありがとうございます!」」」


 わっと会場が沸き、酒と料理が消費され始める。どちらも軍の男どもだ、そのスピードは実に速い。


「伍長、飲みながら聞け。酒と料理は前もって店主に大量に用意するよう指示している。が、もし足りなくなるようであれば、私に言いに来い。別の店から追加を買い付ける」

「了解っス、エルマ隊長!」


 これでいい。マモト曹長の影響か、二二五小隊の下士官は揃って目端が利く。一度言っておけば、それとなく各テーブルの様子を確認しておいてくれることだろう。


「エルマ少尉、今回は助かったよ」


 周囲の騒ぎに消える程度の声で、二二一輜重しちょう隊の隊長は言った。


「上には常々働き掛けているのだが、どうにも輜重しちょうというものは後回しにされてしまいがちでね」

「ご苦労お察しします」


 輜重しちょうとは食料や武器といった軍需物資のことであり、帝国における輜重しちょう隊とは軍需物資を前線に運搬する部隊のことである。

 彼らの存在は前線部隊の戦闘能力の維持に関わる重要なものなのだが、その性質上、武功を立てることがほとんどないためか、どうにも軽視されやすい。


「エルマ少尉。新しい馬車の提供、心から感謝する」

「こちらこそ、装備品の運搬を引き受けてくださり、ありがとうございます」

「やはり、銃は重いですかな」

「ええ、平地であればともかく、山登りとなるとまだ厳しいようで……」


 私はシュミット工房長に新しい馬車を作らせ、それを二二一輜重しちょう隊に寄贈きぞうした。代わりに、二二一輜重しちょう隊には通常の割当を超えて二二五小隊の装備品の運搬を認めてもらったが。……まあ、これは馬車を提供する理由として納得されるよう考えたのだが。


「さて、私は酒を飲めないのでしゃくをして回るとします」

「おっと、主催者にそこまでさせられないですよ」

「気になさらず。こちらの会場には、女は私しかいないようなので」


 前時代的だとは思うが、それはそれ。美人にしゃくをされて嫌がる男はいない。この程度で余計なトラブルの発生率が減るのなら、私は喜んで芸者でも道化でもしようというもの。


「とはいえ、お触りは厳禁です。された方には、伝票をお願いしましょうか」

「は、ははは……」


 アホをやらかしたら全額支払わせるぞと言ったら、一部で乾いた笑いが漏れた。やるつもりだったな、このバカどもめ。

 もし、私が兵として入隊したなら、性的な理不尽すらも覚悟しなければならなかったであろう。一兵卒からでも成り上がる自信はあったが……。うむ。士官学校を出るまで待って正解だったな。


「エルマ隊長、そういえば、向こうの会場のさんは大丈夫っスかねー?」

「問題なかろう。あれは目端が利く。案外、私の支払い負担を減らしてくれているかもしれんぞ」

「は、ははは……っス。ちょっとありそうなのが怖いっスねぇ」


 目端が利くのことを思いながら、私はジュースのコップを傾けた。


        ◇◆◇


「マジ触んなよ! フリじゃないからな! マジで支払わせるからな!」

「マモちゃん、おしゃくしてー」

「マモっちゃん、こっちもお願いー」

「マモちゃーん、そっちの漬物取ってー」

「マジうるせぇえええ!」


 二部隊合わせて一〇〇人近い人数をひとつの酒場に詰め込むわけにも行かず、会場は二つに分けられた。

 そして、エルマがいない方の酒場で役を命じられたマモト曹長は、フリフリの可愛らしい服を着せられと長い髪のカツラを被せられお目々うるうる唇ぷるんのメイクをキメられて駆け回っていた。


「ぎゃー!? マジでシリ触りやがったやつは誰だぁ!?」

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