8.エルマの資金源

「シュミット工房長、新式銃はできたか?」

「ヒョ? やや、これは出資者様じゃねぇですか」

「新式銃だ。いや、火薬でも弾丸でも何でもいい。何か、何か、研究開発に成功したものはないか?」

「マ、マ、待ちなすって。なんでぇなんでぇ? どうしたって、急にんなこと言い出したんで?」


 ずんぐりした体型に長く伸びた白いヒゲ。油がガッチリ染み付いた作業着に、目を保護するゴーグルを掛けて。シュミット工房長と呼ばれた男はエルマの剣幕に目を見張った。


「状況が変わったのだ。次の作戦までに何らかの打開策が用意できなければ、精鋭一〇〇〇人は使い物にならなくなる。最悪、私も死ぬだろう」

「カーッ。そりゃまたおっそろしい話で」

「そうだ。シュミット工房長、何かないか?」

「ンァー。事情はわかったが、ねぇもんはねぇや。出資者様が来てからまだ十日だ。何も変わっちゃいねぇな」

「やはり、そうか……」

「あ、あのー……エルマ少尉? ここはマジ何なんですか?」


 マモト曹長は興味深そうに薬瓶棚を見ながらそう聞いた。


「オヒョ? そのわけぇのは誰でぇ?」

「彼はマモト曹長だ。二二五小隊の下士官のトップなので、そろそろここも教えておくべきと思ったのだが」

「オホッ! 整った顔した野郎だたぁ思ったが、もしや、出資者様のコレかい?」

「――今日限りで畳む工房だから必要もなかったな」

「ヒョッ!? 冗談! 冗談だぁっての!」

「えーっと……マジ、結局ここは何なんですか?」

「二二五小隊で使う銃器の研究開発製造等を行う場所だ」


 シュミット工房。元は金属加工の腕で知られる馬車工房であったが、今では工房長のシュミット以下全員が銃の製造開発を行っている。


「ホレ、帝国と西側の関係が悪くなっちまったろ? あれで卸先が減っちまってなぁ。にっちもさっちも行かなくなって弱り果ててたころに、出資者様が来なすってな」

「工房ごと買い上げた。現在従業員の賃金は私が出している」

「え? ここって工員何人いるんですか?」

「ヒョ。ワシを含めて一五人だのう」

「……マジで新米少尉がどうやって金の工面してるんですか? エルマ隊長が金持ちの生まれだって聞いた覚えはないんですが」

「主に相場と投資だ」


 アーデルヘルム――つまり、エルマの前世――は武によって地位を確立した軍人貴族の家系である。建国当初から続く家であり、ここ三代ほどは軍のトップを連続して排出している暴力装置のエリート中のエリートだった。

 そんな、国家戦略を担うほど政治中枢に食い込んだエリートが前世で得た、表と裏の知識と未来の記憶がエルマの中にはある。相場の世界など自分の家の庭先よりも危険がなかったのだ。


「そ、相場って……マジですか? 博打みたいなもんじゃないですか」

「初期資金は実際に博打で生み出したがね」

「マジっすか……」


 実際、エルマにとっては相場で勝つよりも競馬場で賭けを行うことの方がずっと難しかった。年端としはも行かない少女が大金を賭けようとすれば、良識ある大人たちは止めるものだ。勝者のわかっているレースをいくつか目の前で無駄にして、エルマはほぞを噛むこととなった。


「実業も行っているので安心したまえ。今日明日いきなり私が破産するようなことはない」

「は、はあ……エルマ隊長が言うのならマジでそうなんでしょうね」

「そうなのだ。信じたまえ、命令だ」

「はい、エルマ隊長。マジで拝命しました」


 エルマとマモト曹長は敬礼し合って小さく笑った。


「ヒョッヒョッヒョ。出資者様も軍でうまくやれているようで一安心でさぁ」

「失敬だな。シュミット工房長、私の天職は軍人だと言ったはずだ」

「イヤ、ワシらからすれば、出資者様は投資家としか思えんかったんで」

「俺は軍人のエルマ隊長しか知らないから投資家と言われても、マジで理解の外なんですがね」


 シュミット工房長とマモト曹長の視線が、同時にエルマへと向いた。


「何だね、君たち。珍獣を見るような目で」

「ヒョ……そのまんまじゃが」

「マジで謎が深まるばっかりなんですが」

「何も不思議はなかろう。私は目的まで最短距離でやるべきことをしているだけだ」

「エルマ隊長。最短距離だからって橋を渡らず谷を飛び越える人はいないんです」

「ヒョッヒョッヒョッヒョッヒョ!」

「ええい、笑いすぎだ、シュミット工房長!」


 まったく、とつぶやいて、エルマは腕を組む。


「待てよ……。谷を飛び越える……?」

「ヒョ?」

「エルマ隊長?」

「シュミット工房長」

「ム。出資者様、なんでさぁ?」

「ひとつ、懐かしい仕事を頼みたい」

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