7.エンゲルハルト攻略作戦

「うんうん。エルマ少尉、今日は実に楽しかったよ!」

「はい、ヤンティス大将。光栄です」


 射撃訓練は楽しむためのものではないのだが、まあいい。このまま気分よくお帰り願えるならそれに越したことはない。

 ヤンティス大将が壁に弾痕を付けた後、さらに五つほどに弾がめり込んだ。壁にはもっと高さが必要だと私は認識した。


「知っているかもしれないが、僕は非アーデルヘルム元帥派。つまり、非主流派だ」


 帝国軍において、アーデルヘルムの名は絶対的である。しかし、それでも対立派閥が存在しないわけではない。

 ヤンティス大将。彼こそが反アーデルヘルムを掲げる非主流派の頭領だ。が、


「僕らでも、銃があればアーデルヘルムに一泡吹かせられるかもしれないな! いやー、未来は明るいっ!」


 そこで『アーデルヘルムに取って代わってやる』と言わない辺りが非主流派の頼りなさだ。


「ん? エルマ少尉、どうかしたかい?」

「はい、ヤンティス大将。お時間は大丈夫なのかと思いまして」

「はっはっは! 問題ない。僕の仕事はそんなにないからね」


 ……帝国に銃を並べるために、アーデルヘルムは引きずり下ろしたいが、後釜がこれではさすがに困るな。

 武功と世論を背景にアーデルヘルムに譲歩を迫るかアーデルヘルムの後を継いだヤンティス大将を私が支えるか、それともさらに別の人物を頭にえるか……。そのうち解決せねばならないが、頭の痛い問題だ。


「ああ、そうだ。エルマ少尉はエンゲルハルト行きを希望していたね」

「はい、ヤンティス大将。輜重しちょう部隊の警護担当を望んでおります」


 帝国の西側国境に存在するエンゲルハルト山。勇猛で知られた前王朝の英雄、エンゲルハルト将軍の名を付けられたその山は、今有史以来もっとも注目を集めている。

 夏になり、西側での工作員潜入は人里から離れた山岳を越える動きが増えている。そして、捕らえた工作員からの情報で、エンゲルハルト山に工作員の大規模拠点が設営されたことが明らかになった。帝国はこれを襲撃し、西側の工作員を一掃することを決定した。

 延々続く西側での工作員防衛戦に終止符を打つべく立てられた作戦――それがエンゲルハルト攻略作戦であった。


「結構結構。エルマ少尉は愛国心に溢れたいい士官だ。僕は嬉しいよ」

「ありがとうございます」

「そんな君の部隊に、少しばかり贈り物がある」

「贈り物……ですか?」


 欲しいものと言われれば、銃。いや、その開発資金か。

 だが、ヤンティス大将は『君の部隊に』と言った。ならば、そういったものではないな。

 では、馬か? 荷駄を詰め込む馬車か?






「うむ! 喜びたまえ、エルマ少尉は前線に配置されることになる!」






 ちょっと待てぇ!?


「や、ヤンティス大将。私は輜重しちょう部隊の警護を希望したのですが……」

「はっはっは、遠慮は要らんよ! 君ほど武功に執着した若者がここだけ輜重しちょう部隊の警護など、本心から望んではおるまい。ほれ、隠さなくてもいいのだぞ」


 まずい。

 まずい。

 まずいまずいまずいっ!

 これはダメだ。これはいかん。このままでは――死にかねん!


 エンゲルハルト攻略作戦。これは前世でも行われた作戦だった。必勝を期して三〇〇〇の精鋭が動員され、短期決戦で西側工作員の拠点を叩く手はずを整えた。

 しかし、その結果は散々であった。

 拠点に工作員はおらず、反対にこちらの輜重しちょう部隊が強襲され、前線部隊が駆けつける間に物資の大半は焼失する。西側による偽情報だったのだ。

 物資を失った三〇〇〇は人里にたどり着くまでに大勢が倒れ、最終的に半数以上が再起不能となった。


 私はこの未来を変えるべく、輜重しちょう部隊の警護を申し出たのだ。それを、それを、それを――!


「安心するといい! 僕は絶対にエルマ少尉を輜重しちょう部隊なんかに配属させはしないからね!」

「こ、光栄、です……」

「うむ! 覇気に満ちたいい返事だ! すばらしい! またひと手柄あげてきてくれたまえよ」


 敬礼した私の手を少しばかり震えさせるにとどめた。

 この場でこいつをしばき倒さなかった私の愛国心をこそ褒めてくれ。

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