6.非主流派ヤンティス大将

「やあやあやあ、君がエルマ少尉かい。うんうん、実によくやってくれた!」

「はい、ヤンティス大将。私がエルマ・クルムであります。お褒めいただきありがとうございます」

「うむ。いい返事だ。若者はこうでなくてはな。ああ、君も掛けたまえ!」

「はい、ありがとうございます」


 生きて動いているこいつを見るのも久しぶりだな、と私は少々懐かしんでいた。

 運動不足が見て取れる大きな腹に日に焼けていない白い肌。整髪剤でガッチリ固めた頭にピンと立たせた軍服のえり。アーデルヘルムより少々年下の初老に差し掛かった男――ヤンティス大将は、かつての私アーデルヘルムの政敵であった。


「ヤンティス大将。私にお会いしたいとのことでしたが、何か私に不手際がありましたか?」

「不手際? ないない! 西側の若き英雄に、僕が一度会ってみたかっただけのことだよ!」

「光栄です」


 キビキビと答えながら、私は内心あきれていた。

 二二五小隊の詰め所は西側国境沿いの辺鄙へんぴな街の外れにある。そんなところまで、中央軍の大将ともあろう者が気軽にやってくるなと言いたい。エルマアーデルヘルムも暇ではないのだぞ。仕事をしろ仕事を。


「それでだね、エルマ少尉。僕にも君の部隊が使っているという銃を見せてほしいのだ!」

「はい、ヤンティス大将。少々お待ちください。――マモト曹長」


 詰め所の前に立たせていたマモト曹長から、私の銃を受け取る。


「どうぞ、ヤンティス大将。弾丸や火薬は込められておりません」

「ほほう……これが噂の……」


 私が言い終えるのも待たず、ヤンティス大将は銃を手に持ち、べたべたと無遠慮に触っていく。おい待て、銃口に指を入れるんじゃない。拭きにくいだろうが。


「使用された武器ですので、お手が汚れるかもしれません」

「構わん構わん、僕も軍人だからね!」


 こっちが構うのだ。ああもう、銃身に顔を付けるな。あとでこの銃は交換しよう。


「うむ! 僕も実際に使ってみたいぞ!」

「はい、ヤンティス大将。それでは訓練所に標的を用意いたします。――マモト曹長」


 マモト曹長を走らせて、訓練所を空ける。おいこら、降って湧いた休みに頬を緩めるんじゃない。お前はあとで訓練所二〇周だ。


        ◇◆◇


「ほうほう、あれが的かい? ずいぶんと大きく見えるね」

「はい、ヤンティス大将。私どもは、主に弓のものよりも大きな標的を使用しております」


 訓練所のふち、ここに街の外へ向かうよう射撃場を整備している。これは、仮に誤射をしても市民に被害を出さないための配置だ。無論、訓練所の敷地を飛び出さぬよう高い塀も備えたが、事故は起きるものだと思わねばならんからな。


「的が大きい理由はあるのかい?」

「はい、ヤンティス大将。これは精密に狙い撃つことよりも素早く連射することを重視しているためです」


 ……とは言ったが、実態はそこまでよくない。

 現在は銃身内部にライフリングを掘っていない。前世アーデルヘルムのころの研究では命中率が上がり飛距離も伸びたのでこちらでも研究させているが、まだ開発段階なのだ。同様に、火薬や弾丸も研究中であり――


「――要するに、的が大きいのは集団での運用を考えているためです」


 ――要するに、今の銃には遠くから狙えるだけの命中精度や射程距離がないのだ。


「ふむふむ、なるほど。よくわかった。エルマ少尉、いい説明だったよ」

「ありがとうございます」

「銃というのはすばらしいものだな!」

「はい、ヤンティス大将」

「銃さえあれば、新任少尉の女の子でも、あのアーデルヘルムが苦戦する工作員をやっつけられる! 銃だけでどうにかなる! 銃がすべて! いやー、本当にすばらしい! 感動した!」








 しばいたろか、こいつ。








「はい、ヤンティス大将」

「ん? 少しがなかったかい?」

「気のせいではないでしょうか」


 私がそう感じるよう印象操作をしているのだが、言われると何か腹立たしい。


「おお、僕の腕も捨てたものじゃないな! いきなり命中したぞ!」

「ヤンティス大将。そこは訓練所の塀です」

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