2幕.エンゲルハルト攻略作戦

5.東西の戦果

「また逃げられたのかね」


 東部方面軍司令部。その中でも一際ひときわ豪華な一室で、髪に白いものが混ざった大男は椅子に座ったまま問うた。


「は、はい、アーデルヘルム元帥閣下。申し訳ございません……」


 本来の部屋の主である東部方面軍司令官は、直立したまま顔を青くして敬礼した。


「司令官。東部方面での工作員の排除は急を要する。わかっているね?」

「も、もちろんでございます。小官も微力を尽くして奮闘しているところであります」

「であれば、この状況が好ましくないことも理解できるはずだ」

「……はい、アーデルヘルム元帥閣下」


 春だったエルマの着任から季節は移り、帝国はすっかり夏に。それと同時に人の往来も活発になっていた。――工作員が紛れ込むにもいい具合に。


「ですが、アーデルヘルム元帥閣下。自然国境の河川も夏となれば泳ぎ渡れる場所が多くなります。雪解けを終えた山脈は山菜を食料により大きく迂回することが可能になっています。……防諜には限度があることもご理解いただけないでしょうか?」


 帝国は広大である。その広さは大陸でも三本の指に入る。これに一歩も足を踏み込ませず守り切るのは不可能だとアーデルヘルム元帥も理解している。

 だが、


「司令官。君はのであろう? 見つけられなかったのではなく、見つけた上で逃げられた。これが問題なのだよ」

「それは、西の……?」

「あまりに対照的過ぎるのだ」


 西部方面軍では、西の隣国の工作員を相手にエルマが快勝を重ねている。さらに、記者が集まるたびに銃の有用性を繰り返しアピールしていた。

 一方の東部方面軍は、工作員を取り逃がし続けている。しかも――


「逃げ際に工作員どもが一射加えてくるせいで、戦いに負けたような記事ばかりだ。司令官、君は俺を無能な元帥に仕立て上げたいのかね?」

「そ、そのようなことは決してございません! 市民もアーデルヘルム元帥閣下の勇名はよく存じております!」


 ――工作員は銃を持ち込んでいた。

 工作員たちは、東部方面軍の部隊に見つかると銃で一撃だけ加えてすぐに逃げ帰る。射程圏外からの銃撃になることも多く、東部方面軍にはほとんど損害らしい損害は出ていない。

 なれども、市民にはそんなことはわからない。


「司令官。銃を用いて手柄を上げ続ける西部方面軍と銃を用いられて手柄を逃し続ける東部方面軍。……いかに誇張されていようとも、事実は事実だ。このことは、俺の政治的立場を悪くしている」

「……やはり、隣国からの工作なのでしょうか?」

「間違いあるまい」


 工作とは軍事や政治の機密を嗅ぎ取るだけのものではない。産業技術や財貨の奪取、施設の破壊や要人の暗殺など多岐にわたる。そして、のも、工作活動のひとつである。


「エルマ少尉にはあえて手柄を立てさせる。俺――東部方面軍には全力で手柄を立てさせない。結果は帝国が秘匿しても勝手に公開する。……いやらしい手管てくだだ」


 この一連の流れを、アーデルヘルム元帥は己の発言力を低下させるための周辺国からの工作であると判断した。

 なれば、混乱を抑えるには打ち破って解決する他ない。


「司令官。予算を倍増して構わん。早急に成果を挙げよ」

「はい、アーデルヘルム元帥閣下! 閣下なくして我が帝国軍は成り立ちません。より緊張感を持ってことに当たります!」

「頼んだぞ」

「お任せください! 失礼します」


 危機感を共有し、資金を用意する。アーデルヘルム元帥はするべきことをした。


「それにしても……エルマ少尉といい、隣国といい、どこから銃を調達しているのか……」


 そこに答えがあるとは夢にも思わず、アーデルヘルム元帥は独り言ちた。


        ◇◆◇


「ヤンティス大将が?」

「はい、エルマ隊長! 中央軍のヤンティス大将が視察にお越しになったそうです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る