幕間.銃の本質

「さて、諸君。お勉強の時間だ。準備はいいかね?」

「「「はい! エルマ隊長!」」」

「結構。座って聞け」


 二二五小隊の詰め所。予定を書きつけるための黒板と着替えや装備を保管するロッカーの他は椅子もない、この無骨な石造りの小屋に、十代後半から三十代前半の四〇名が詰め込まれていた。


「銃砲の強みは何か。起立して答えろ、マモト曹長」

「はい、エルマ隊長! マジ最強に無敵な武器であることです!」

「ここにマスコミはいない。思った通りに答えてよろしい」

「……であれば、初心者をすぐに、マジでかろうじてですが、使い物になるところまで引き上げられることだと思います」

「模範解答であり、半分正解だ。マモト曹長、座ってよろしい」

「半分……ですか?」


 不思議そうな顔をしながら、マモト曹長は地べたに座り込んだ。


「次は貴官に聞こう。伍長、貴官の得意な獲物は何かね?」

「え、自分っすか?」

「そうだ。無論、銃と答える必要はない」

「剣が得意っす。……エルマ隊長にあっさり負けておいてなんですけど、近距離での斬り合いは自信があるっす」


 エルマが准尉として着任して早々に絞め落とされた伍長だが、その後に他三人とまとめて木剣ぼっけんでの模擬戦でも叩かれていた。ちなみに、その狙いは、まだどこかエルマを小娘とあなどる雰囲気のあった小隊を引き締めることであった。


「では、剣を持った貴官と銃を持った素人を、それぞれこの小屋の対角に配置して戦わせたとする。どちらが勝つかね?」

「それは自分っす。ろくに狙いも付けられない素人の一射なんて、怖くもなんともないっす」

「その通り。運に見放されでもしない限り、勝つのは伍長だろう。――現状の銃の性能であれば、だが」

「……えっ?」

「伍長。もし、君の剣が届く距離に至るまでに、二発撃つことができる銃があったら、どちらが勝つ?」

「それは……多分、自分が勝つっす」

「三発であれば?」

「うっ……」

「伍長。座ってよろしい」


 エルマはチョークを手に取ると黒板に書き付ける。




「――銃の本質は『その個人の攻撃能力』を『銃の性能』に置き換えることにある」




 それまで行儀ぎょうぎよく静かにしていた四〇名がざわついた。


「そして、三連射もできれば一端いっぱしの武人に勝ててしまう」

「いや……ですが、エルマ隊長。そんなマジ凄い銃なんてないじゃないですか。だから、俺らは重たい銃を三丁も担いで歩き回ったのでは?」

「ああ、そうだ。マモト曹長。しかし、私はそれが近い未来にできるものと確信している」


 エルマは詰め所のドアを開いて、併設された訓練所を指し示す。


「立ちたまえ。諸君に可能性を見せてやろう」


        ◇◆◇


「通常の銃の弾込め手順はこうだ」


 訓練所。特別に整備されてもおらず、だだっ広いだけが取り柄の土のグラウンドに、エルマは銃口を上に向けて銃を突き立てた。


「まず、銃口から弾薬を注ぐ」


 エルマは小分けにしたケースから火薬をサラサラと入れる。


「次に、弾丸を入れ、弾薬ごと銃底部まで突く」


 銃身に付属した細長い棒を取り外し、銃口から奥に向かって押し込む。


火蓋ひぶたを開き、火皿に口薬くちぐすりを入れ、火蓋ひぶたを閉じる」


 銃底部付近にある火薬入れに、点火用の火薬を入れた。


「火ばさみを上げ、点火した火縄をくくりつけ――引き金を引く!」


 エルマが引き金を引くと、火ばさみが落ち、火縄の火が点火用の火薬に触れる。爆音とともに弾薬が燃焼し、弾丸が飛び出した。


「銃の清掃は省略したが、この通り、慣れても三十を数える程度の時間が掛かる」


 エルマは事もなげに言ったが、隊員で四十秒以内に撃てる者はひとりもいない。相当な早撃ちであった。


「マモト曹長。素早く撃てるようにするにはどうしたらいいと思う?」

「ええっと……この流れでエルマ隊長が聞くということは、俺らの腕の向上ではなく、マジで『銃の性能』の向上の話ですよね?」

「そうだ。察しがいいな」

「でしたら、弾薬と弾込めを一緒に行えるようにするとか」

「他にはあるか?」

「奥まで突き入れる必要がないようにするとか」

「他には?」

「いちいち口薬くちぐすりを入れなくて済むようにするとか」

「他は?」

「火縄なしで引き金だけで点火させるとか」

「他」

「銃の清掃の手間も要らなくなるとか……なんだか、言っててマジのマジで無茶苦茶ですね」

「だが、その発想で合っている」


 エルマは持っていた袋から指ほどの大きさの紙の包みを取り出した。


「紙製薬莢やっきょうという。使い方は簡単だ。紙袋の下端を噛み切り、内包された弾薬と弾丸を袋ごと銃底部に突き入れて発射する。袋は脂や蜜蝋みつろうを染み込ませており、運搬時の防水と装填時の潤滑剤と発射後の清掃を簡略化する効果がある」


 それは、戦国時代の日本において活躍した、早合はやごうと呼ばれるものによく似た、初期型の薬莢やっきょうであった。

 エルマは実際に紙製薬莢やっきょうを用いて、装填を行い、発射してみせる。


「早いっ!」

「なんだ、今の装填速度!?」

「おい、いくつだ!? 誰か数えてたか!?」

「た、多分、十九か二十だ!」

「嘘だろ!?」


 今度はざわつくにとどまらず、四〇名の隊員たちは目の前で起きた出来事に騒ぎ出した。


「ところで、諸君。火縄で火を点ける口薬くちぐすりは火薬なわけだが――これは火打ち石の火花でも点火できると思わないかね?」

「……まさか、火縄が省略できるっすか!?」

「いいぞ、伍長。柔軟に思考しろ」


 それは地球の西欧において、フリントロック火打ち石式と呼ばれた火縄銃の進化系の発想であった。


「諸君。銃は早くなる。強くなる。こんな小細工ひとつで変わるのだ。――その小細工をするのが帝国ではなく隣国であっても、だ」

「……っ!」


 隊員の心に言葉が刺さるのを待って、エルマは続ける。


「私がこれを重要視し、どのような方法を用いてでも帝国に浸透させるべきと考えている理由が実感できたかね?」

「「「はい! エルマ隊長!」」」


 興奮する隊員たちを横目に、エルマは密かにため息を吐いた。


「ままならぬものだな……」


 自分アーデルヘルムもこのくらい物わかりがよければ話が早いのに、と。

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