3.一流半の弓射手
「賞状。エルマ・クルムどの。貴官は国境警ら任務において、密入国する一団を捕縛し、国防に貢献しました。よってここにこれを賞し、赤色メープル章を授与します。帝国軍元帥、アーデルヘルム・フォン・フルス。おめでとう」
「はい、閣下。ありがとうございます」
私は受け取った賞状をしまって答礼をする。
大きな拍手の中、西部方面軍第二師団第二大隊指揮官である中佐が勲章を私の胸に――おいこら、鼻息を荒くするんじゃない。生唾を飲むんじゃない。付ける場所はもっと上だ、バカ者。
「お、おめでとう」
「はい、閣下。ありがとうございます」
西部方面軍司令部にて、表彰式が行われた。参加者は第二大隊で曹長以上の者。人数でいえば、五〇にも満たない小さなものだ。
ここで戦闘における功を賞する勲章まで授与されたのは、先日の国境警ら任務で捕まえた連中から、帝国内での工作員活動が明らかになったことが大きな理由であろう。
「ごほん。エルマ准尉には、アーデルヘルム元帥閣下より特に称賛するよう通達があった。長年の懸念であった西側からの工作員の尻尾を掴んだことを大変喜ばれている。閣下直筆の賞状もその表れである」
「はい、閣下。これからも帝国のため、微力を尽くします」
「うむ。皆、改めてこの若き英雄に拍手を!」
拍手を受けながら、私は壇上から降りる。
式が終わり、緊張が
◇◆◇
「西部日報です! エルマ准尉、おめでとうございます!」
「労働者新聞です! エルマ准尉、今のお気持ちを!」
「日刊経済です! エルマ准尉、今回の功績は何が決め手でしょうか!」
式場を出た私を待っていたのは記者の群れであった。
戦争にこそ発展していないが、周辺国との小競り合いは長く続いており、帝国臣民の不満は高まっている。帝国の武威をもってわからせるべき――つまりは、攻め込め――と唱える臣民も少なくないほどだ。
そこに現れた、密入国する工作員を一網打尽にしてのけた新任准尉。記者が集まるのは道理であろう。
何を聞いても余さず記事にしてやろうと意気込む彼らに、私はにっこりと微笑む。
「記者の皆様、ありがとうございます。このたび表彰されたことは光栄であり、身が引き締まる思いです。いただいた勲章に恥じぬよう、より一層
私が微笑むと、一斉にフラッシュが
「ですが、任官したての私が功を立てられたのは、優秀な先達である下士官と兵たち、そして――銃のおかげです。銃は私以上の貢献者なのです」
フラッシュが止み、息が詰まったような声が幾人かから聞こえた。
「その……英雄アーデルヘルム元帥は、銃をあまり評価されていないと聞いたのですが……?」
「お、おい!」
めでたい話を聞きに来たのだろう、と質問をした若い記者を言外にたしなめる壮年の記者。記者証を見るに同じ新聞社の記者のようだった。
「心配には及びません。これはアーデルヘルム元帥が想定されていない運用での成果なのです」
「……どういうことでしょう?」
「銃はまだ新しい兵器です。高価で数を揃えるのは難しく、慣れた銃射手も一流の弓射手と比べれば劣ります。けれども――」
「――持たせれば即座に一流半の弓射手並みにできる」
記者たちに、どよめきが起こる。
「私は着任からわずか一日でこの成果をあげました。三一名の武装した密入国者を相手にして、ひとりも逃がさなかったのです。四〇名の一流半の弓射手がいなければ、できないことではないでしょうか?」
これは嘘だ。今の銃にそこまでの性能はない。
私は敵兵の
「つまり、これは銃の新しい運用による成功例なのです」
つまり、これは銃の性能を高く見せるペテンなのだ。
「成果を重ねて、私の言葉が正しいことを証明していきますので、よろしくお願いします」
「おおぉ……!」
「これはとんでもないことになったぞ!」
「一面を抑えろ! 紙面いっぱいを使って特集記事を作るぞ!」
「英雄だ! 新たな英雄の誕生だ!」
銃の英雄エルマ。私はこの名を育てていく。
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